07話 初バトル
俺は脱兎の如く逃げ出した。
CGでも特殊メイクでもなく、凄まじい形相で迫ってくるゴブリン(仮)を見て、俺の決意はあっという間に消え去ったのだった。
すいません調子に乗りました!
何が主人公だ!
俺なんかただ巻き込まれただけのモブAだっての。
「グギギギガガガカ!!」
すぐ後ろでゴブリン(仮)の声が飛ぶ。
やっべぇ。スピードはほぼ互角じゃねぇか!
『ちなみに翻訳してみた結果……オレノ……ナワバリ……オマエ……クウ……だと思われます』
つまり、コイツの縄張りに侵入したから俺を食うってか。
ふざけんじゃねぇ。食われてたまるかっての!!
咄嗟に俺は、思わずホバーボードのスピードを全開にしようとした。
「やべっ!」
だが、当然そのスピードに慣れていない俺は、ホバーボードから振り落とされ、大地へと転がる結果となってしまう。
無様に転がる俺に、ゴブリン(仮)が迫る。
「ギギギギキ!」
「うわああっ!!」
俺はパニックになり、身体を丸めて蹲った。
目前に迫った死。
食われるという恐怖。
それは、平凡に日本で暮らしていた俺にとってみれば、身近ではあり得ないものであった。
実際は、可能性は低いながらも常にその“死”という名の危険は存在するものだ。
だが、それを感じられる環境に俺は居なかった。
家族は皆健在であり、大きな事故にも病気にもなった事のない俺にとって、死とは遠く離れた現象だったのだ。
そんな蹲ったまま何もできない俺だったが、突然左腕が強引に動かされ、こちらに向かって迫るゴブリン(仮)に向けて突きだされた。
『シールド!』
アルカのその言葉と共に、バリアが出現。
ゴブリン(仮)は、突然現れた壁に激突しそのまま弾かれ、後方へと転がる。
『ケイ、落ち着きなさい。貴方は死にません。私が守ります!』
アルカ。
そうだった。
今、俺は一人じゃなかった。
深く深呼吸して、ごちゃごちゃした頭を整理する。
落ち着け落ち着け。
何のためにガチガチの装備で固めて来たってんだ。
殺したいわけじゃない……。でも、逃げるのが困難で相手がこっちを殺す気なら、やんなきゃなんないだろう。
「アルカ……防御お願い」
『了解しました。目標が近づいた場合、強制的に弾きます』
俺は震える手で、トリプルブラストをホルスターから引き抜く。
剣で戦うのはまだキツイ。まずは遠距離攻撃だ。
弾丸は雷属性のサンダーブラストをセット。
額のバイザーを下すと、銃口の先に照準が映し出される。
まるでゲームみたいだなと思いつつも、今はこれがゲームなんだと思い込むようにした。
不謹慎だとは思うが、いきなり現実世界で殺し合いというのはハードルが高すぎる。
ならばいっそ、戦闘はゲームだと思い込む事にする。現実逃避も甚だしいが、今は許してほしい。……って誰に対して言っているんだか。
「よ、ようし……ゲームスタートだ」
照準がゴブリン(仮)に合わさった瞬間、俺は引き金を引いた。
バリッという音と共に、電撃が銃口から発射される。
見事に命中。
だが、ゴブリン(仮)は僅かに仰け反っただけで、まるで何事もなかったかのように接近を続けた。
『目標には筋肉も内臓も存在しないため、麻痺を目的としたショックガンは通用しないようですね』
考えてみればそうか。
相手は人間じゃなかったんだっけか。
だったら……
「これならどうだっ!」
銃身部分を回転させ、風属性のウインドブラストをセット。
これが、トリプルブラストの特性だ。
あらかじめ弾を三つセットしておき、状況に応じて三種類の弾丸を使い分ける事が出来るのだ。弾丸の変更は、銃身そのものを回転させる事で行う。三つある銃口の中で、一番上になっているのが発射される銃口だ。
ボンッという音と共に、空気の塊が銃口から発射される。
放たれるのは銃弾では無い。撃つ事が出来るのは、電撃であったり空気の塊であったりと、銃弾内部に蓄えられたエネルギーだ。地球の実弾にあたるものは存在しない。
さっきのはイメージ的に電撃のスタンガンだったが、今度のは例えるならばゴム製のスタンガンだ。
圧縮された空気の塊を受け、ゴブリンの身体はいとも簡単に吹き飛んだ。
が、すぐに起き上がり、接近を再開したのだった。
やはり、ただの風圧じゃ駄目か。
今撃った二つの弾丸は、主に対生物戦において無力化する事を目的とした弾丸だからな。
相手に風穴を開けるぐらいまで空気を圧縮する事も出来たのだが、設定を変えるのはパッとは出来ないからな。てっとり早いのは銃身を回転させて最後の弾を試す事だ。
ファイヤーブラスト。
火属性で、唯一敵を排除する目的で選んだ弾だ。
なんで火を選んだかは、この星の環境からして、大抵の生物は火に弱いとアルカが計算した為である。
実際、地球でも火なら大抵の生物に通用するわな。
ゴォン! という轟音と共に、銃口から火球が発射される。
そして、火球はゴブリン(仮)の身体へとぶち当たると、その肉体の8割を消滅させた。残ったのは、顔半分と僅かに残った左半身。
どう考えても、こちらの勝利だった。
ゴブリン(仮)は「ギギ……」と声にならないような音を出して、そのまま崩れ落ちた。
「―――あ」
元々片膝をついたまま撃っていた訳だが、まるで急に足の力が抜けて身体が崩れそうになった。
殺した。
元々、幼い頃からせいぜい害虫程度しか殺したことのない人間だ。
それが、銃とはいえこの手で生物の命を奪ってしまった。
仕方ないだろう。
殺さなきゃこっちが殺されていたし。
もし地球の森の中で熊に遭遇したとして、それに対して反撃して殺してしまったとしても、何の罪があるのか。
そう、生きるか死ぬかだったんだ。
何の問題も無いだろう。
……なんだけど、それとこれとは別問題だ。
やはり、こういった行為は、気持ちの良いものではない。
ハイテクな武器を手にして、それを使えるという事にも興奮してしまったが、やはり武器を使うという事はこういう事なんだよな。
こういう状況だ。武器を手にしている限り慣れていくんだろうし、早い所慣れた方がいいんだろうけど……。
『ケイ……』
「あぁ大丈夫。思ったよりは平気かも」
倒した相手が見た目怪物だったから、まだ平気だったかな。これが、ちゃんとした人間型だったらもっとパニクっていたかもしれない。
『そうですか。私には貴方の心のケアまでは出来ませんが……』
「いや、むしろこうして話してくれる相手が居るだけでもありがたいよ」
そう。こんな訳の分からない場所で、もし一人きりだったとしたら……と想像すると、寒気がする。多分、正気を保っていられたか自信がない。
アルカが傍に居る事で、どれだけ救われているか……。
……まぁ、これを伝えるのは、もうちょっと事態が好転した時かな。
まだ何も解決していないのだし。
『! ケイ、殲滅した標的の残骸を見てください!』
「ええっ!?」
アルカに言われて視線を戻すと、倒したゴブリン(仮)の残骸は、まるで砂のようになって空気中にふわーっと溶けていった。
そして、その残骸の後には、奇妙な石のようなものが残されていた。
「触っても平気かな?」
『スーツの上からでしたら問題ないかと。念のため、いつでもシールドを張る準備はしておきます』
オッケー。頼みます。
俺は、恐る恐るゴブリン(仮)の残骸跡から、その石をつまんで持ち上げてみた。
サイズは親指程度。
何と言うか、適当に削り取った鉱石みたいなもんだ。
色は薄い青色。クリスタルみたいなもんなのか、若干中は透けて見えるな。
「……なんだと思う。これ?」
『現状では判断が難しいとしか。……詳しくは艦の検査装置で調べなくてはなりませんが、推測するにあの生物の核となる物質ではないかと』
「核? って事は、これがあのゴブリンみたいな生物の脳みそって事なのか?」
『脳であり、心臓であり、とにかく肉体を維持する上で必要な要素が詰まっているものと推測されます』
「まぁ、じゃないとあの訳わかんない砂みたいなので動いてた事の説明は無理だよね」
『とにかく、それは艦に持ち帰る事を推奨します』
「えぇっ!? こんな変なおっかないもの持ち歩けってのか!?」
『何か変化があった場合は、すぐに私が報告します』
「た、頼むぞ。こんなの持って歩いていて、いきなりゴブリンが生まれた! とか勘弁だからな」
『……生まれる……ですか。なるほど、でしたらアイテムボックスの中に収納しましょう。あれならば、中に入れた物は時空間が固定されます』
「あぁ、そんなのあったか」
色々あって装備の一つを忘れていた。
《アイテムボックス》
スーツの腰部から太腿あたりにかけて取り付けられている収納道具。こいつは実は内部の空間が圧縮されていて、小さく見えてとんでもない容量を収納できるものなのだ。
要は、未来から来た丸いロボットのポケットみたいなもんだ。ただ、あれほど無限という訳でもないし、サイズがでか過ぎるものは入らない。だから、入るのはせいぜい小物と手で持てるサイズの武器ぐらいといったところか。
ちなみに、手を突っ込めば望むものが出てくるとかいった便利な機能は無い。あまり大量に入れすぎると探すのが困難になる訳だが、取り出す際は今のところアルカに一任している。アルカに頼めば、ささっと取り出せるので非常にありがたい。
そんな訳で、クリスタルをアイテムボックスの中へと放り込むと、俺は一息ついた。
「とりあえず、初戦闘勝利……かな。ちゃららら~~ってな」
『ぬ? なんですかそれ』
「ゲームだと、戦闘に勝ったらファンファーレが鳴るんだよ。そんで、敵の持っているアイテムが手に入り―――」
ちょっと待て。
よくよく考えてみたら、今のって敵がアイテムをドロップしたって事かいね。
いやいやいや。そんなマジでゲームみたいな事ある訳ないっての。
『ケイ、どうしました?』
「いや、今はとにかく先に進もう。お前の残り時間もあるしな」
『……そうですね。では、また敵勢生物が近づいてきた場合は警告します』
「それはよろしくお願いします」
ゲームみたいにいきなりエンカウントするのと、事前に知っているのとではすんごい差があるからな。
俺は、転がっていたホバーボードを持ち上げると、ハンドルを操作して再び旅を続けるのだった。
次話、やっとこの世界の住人登場です。