85話 ケイとアルカの事情
……アルカ引き籠り生活開始から3日が経過。
「あの……アルカさん。いい加減話をしてもらえませんか。あの件に関しては、俺が100%悪かったですから」
『………』
俺の目の前に存在するのは、ちょっと広めの教室程の室内を覆い尽くす、青い光の柱だった。
この光こそ、アルドラゴの中枢……いわゆるメインコンピューターである。どういう仕組みなのかさっぱりだが、これが彼等の世界のコンピューターらしい。
俺はその光に向かって、誠心誠意謝り倒す。謝罪の対象は、そのコンピューターの中に存在するアルカの意識だ。
が、バイザーからは何の返事もない。
今のアルカは音声による返答が出来ないから、このバイザーによるやりとりしかコミュニケーションの方法が無いのだが、ちっとも反応は無かった。
それでも、一時間程粘った後、俺は諦めてコンピュータールームから去った。
『どう、リーダー?』
「反応なし。今日もダメっぽいな」
室外で待機していたルークに苦笑いで返し、俺はとぼとぼと食堂へと向かった。
アルカが引き籠り生活を開始して、3日が経過しようとしていた。
原因は、当然3日前に俺がやってしまった絶対命令厳守権である。あの後、アルドラゴへと帰還した俺は急いでアルカに謝ろうとしたのだが、当のアルカはコンピューターの中に引き籠ってしまい、以後は一切俺の呼びかけに答えないのだった。
それでも、少し時間が経てば機嫌も治るだろうと思っていたのだが、3日経ってもこの有様である。
なんとかルークとの会話は出来ているらしいが、話題が俺の事となるとだんまりを決め込むらしい。実に徹底している。
俺は力のない足取りで食堂へと向かう。
その食堂に辿り着くと、既に客がいた。この艦内で俺と同じく物を食べる事が出来るのは、彼しかいない。
「主……その様子だと、今日もダメだったようでござるな」
彼……3日前に正式に仲間となったゲイルである。
が、彼は3日前と口調が変わっており、まるで時代劇の侍口調となっていたのである。
何故こんな口調になったのかと言うと、俺がアルカの対応に追われている間、戦闘技術のデータ用にと渡した数々の俺の脳内から取り出した視聴用映画……それを三日三晩見続け、ドはまりしたらしいのだ。特に、邦画のチャンバラ映画に感銘を受けたらしい。あれだ、外国人が侍とか忍者に憧れるあの感じ。
今まで映画とかそういう娯楽のジャンルが無い世界で生きて来ただけあって、その影響力は半端じゃなかったようだ。
正直、初めて聞いた時はドン引きしたのだが、その時は本人も大層気に入っており、既にどうしようもない状態であった。……なんかイケメンなのに残念な感じに仕上がってしまった。どうしてこうなった。
「いっその事、例の絶対命令厳守権とやらをもう一度使用して、無理やり顔を合わせてはいかがか」
「それが原因でこうなったのに、また使えと? それこそ一生機嫌を直してもらえない気がするぞ」
「厄介でござるな、女子というのは……」
「厄介だねぇ……マジで」
というか、誠心誠意謝っても無理というのは、どうしたらいいんだ。
時間が解決すると言っても、これから長旅が始まるというのに、この状態では困るのだ。ええ、困るのです。
「それにしても、三日でだいぶやつれたでござるな」
「そ、そう?」
確かに、それほど飯も食ってないからな……。なんか胃がキリキリしてよく食べられないんだよね。気が付けば、溜息ばっかりでるし。
《リーブラ》が完成次第ルーベリー王国に向かう予定なんだが、それ以外にもやる事はあったりする。まず、王都のギルドマスターの元に行って、国を出る前に挨拶ぐらいはしておかなきゃいけないだろう。色々迷惑もかけたと思うしな。他に、新装備のテストもあるし、この辺りの魔獣も倒して魔石も溜めておきたい。……だけども、アルカが気になって他の事に集中できんのだ。
なので、ここ3日間は部屋とコンピュータールームとアルカの部屋を往復する事の繰り返しだったりする。
……あ、言っていなかったが、アルカの部屋というものは、一応存在する。
最近はアルドラゴ内でも実体化して出歩く事も多かったので、クルー用の一室をアルカに割り当てたのである。ちなみに、個人用の部屋は全員分ちゃんとありますよ。元々、部屋だけは多かったわけですし。
ただ、アルカの部屋と言っても本人はさほど使っていないみたいだけどね。ベッドで寝る必要はないし、ただ私物の置き場所と、実体化を解いた場合の衣服や装備の置き場としか使われていないようだ。
それでも、部屋に置いてある服や魔晶が使われた形跡があるのでは……と期待して、ちょいちょい見に行っている。
「女性の部屋を勝手に開けるのはいかがなものだろうか」
「はっ!!」
今更気付かされた。
一応開ける前にコンコンとノックはしていたし、別に下着やなんかがある訳では無いのだけど、確かに変態だと言われても仕方のない行為である。
その辺も謝罪内容に追加しておこう。
それにしても、俺としてはアルカとここまで会話が無いというのは初めての事だった。元々身内以外の女子と話す経験なんて数少ないのだが、アイツの事は最初女子だと認識していなかったしなー。この世界に来てからずっと一緒だっただけに、アイツとは傍にいる事がまず当たり前だったのだ。
それが当たり前で無くなったので、身体のバランスが崩れたようで実に気持ち悪い。
転移初期の頃にあったアルカ依存症もだいぶ無くなって来たと自覚していたんだけど、そうでもなかったって事だよなぁ。
「いや……それはちょっと違うのではないかと思うのだが……」
「何が?」
「えーと、要は主がアルカ殿の事を……いや、これは拙者の口から言うべき事ではござらんな」
「???」
何が言いたいのか分からんが、追及する気力もない。
俺は適当に買い溜めしてあったパンを食べると、そのまま自室へと戻っていった。
……しばらくしたら、またアルカに謝りに行こう。
◆◆◆
「ふむ……なかなかに重傷でござるな」
ふらふらした足取りのケイを見て、ゲイルは溜息を吐き出した。
晴れてアルドラゴのチームの一員となったはいいが、よもや早々にこんな事件に巻き込まれるとは。しかも、問題が力で解決出来るものでは無く、色恋の問題だから厄介だ。
『色恋?』
ふわりと食堂にやってきていたルークが、ゲイルの独り言に首を傾げる。
「うむ。傍から見るとあれは完全に色恋の問題でござる。しかも、当人同士が全く自覚していないからややこしい」
『えー? だって僕らAIだよ』
「そんなもの、詳しい理屈は分からんが、身体があって心があれば何の問題も無いでござろう」
『えええっ? そ、そういうもの!?』
「少なくとも拙者はそう認識しているでござるよ」
『ううん。僕は恋とかよく分かんないけどなぁ』
「分からなければ分からないで結構。元々、感覚的なもの故、こうだとはっきり示せるものではないでござるよ。まぁ、拙者もさほど経験がある訳でもないでござるが」
『あ、ゲイルにーちゃんあるんだ』
「それは、これでも22年生きているでござるからな。拙者達の住んでいた場所には、人族の集落もあった故に、そういった事が無い訳でもなかったでござるよ」
見た目だけなら女性と見間違う程の容貌の持ち主であるゲイルだ。当然それなりに言い寄られた経験はある。そのせいで、集落の他の男達からは嫌がらせに近い目に遭ったりもしたし、女性達も結局は去って行った。というのも、彼の第一優先が爺ちゃんことゲオルニクスであり、日々の大半は彼の元で暮らしていて、集落にはたまにしか寄らなかった。そんな状態で、デートやらが出来る筈もない。
そもそもの話、ゲイルが異性というものに大して興味が湧かなかったというのも原因の一つでもある。
だからと言って同性が好きとかそういう事は無いのでご安心を。
「しかし、厄介でござるな。ここでもし他に女性が居たら、もっと詳しいアドバイスが貰えたかもしれんのだが」
『フェイ姉ちゃんとか?』
「むぅ……。彼女も何処まで頼りになるか分からんが、まぁいれば心強いでござるな」
フェイもアルカ同様のAIならば、同じように色恋事の経験は無いかもしれないが、それでもアルカ側の相談相手にはなれたのではないかと思われる。
『うーん。僕、もうちょっとアルカ姉ちゃんと話してみるよ』
「そうでござるな。それは新参者の拙者には出来ない事でござる。ルーク殿に任せた」
『おう、任せといて!』
頼りにされたのが嬉しいのか、ルークはぴょんぴょんと跳ねるように食堂を出て行った。
そして、コンピュータールームへ向かうと、再びアルカへの謝罪にトライしたらしいケイとすれ違う。そのがっくりした背中から察するに、結果は撃沈のようだ。
これは、自分も望み薄かもしれない……。
そう覚悟して、ルークはメインコンピューターに意識をアクセスし、データとなっているアルカへと向き合った。
データとなっている今は、実体化している時のように表情を作る事は出来ないが、それでもなんとなく今アルカがどのような顔をしているのか分かるようになってきた。
それによると、今のアルカは困惑していて泣きそうだ。……何故に?
『ね、姉ちゃんどうしたの?』
『ル、ルーク……こんな事を今更貴方に聞くのはどうかと思うのですが、一応聞いてみても良いでしょうか?』
『う、うん。なに?』
この状況でどんな事を聞かれるのかと、ルークはびくびくしながら次の言葉を待った。
すると、それはとんでもなく予想外の言葉だった。
『ケイは、何故私にずっと謝っているのでしょうか……』
『………………………………………………………え?』
なんだ、今の予想外過ぎる言葉は?
そもそも、アルカが怒ってケイの言葉に全くと言っていい程反応しないから、今のような事態になっているのでは無かったか。
『いや……リーダーは、お姉ちゃんがずっと姿を現さないし、声を掛けても反応しないから困っているみたいなんだけど……』
すると、アルカはきょとんとしたような顔となる。
『え? そうなのですか? 私としては、ケイを怒らせてしまったので、しばらくは合わせる顔が無いと思っていたのですが。それなのに、ケイが毎日数時間おきに謝ってくるので、どう対処していいのかさっぱり分からないのです』
実体化していたら、ルークはずっこけていたかもしれない。
これは、ケイを含めた男一同が思っていた事とだいぶ違っているぞ。
『えっと……そもそもお姉ちゃんは怒ってないの?』
『何故私が怒るんですか?』
『いや……あの……リーダーが絶対命令厳守権使っちゃったじゃない? それでてっきり怒っているものとばかり……』
『まぁ、それは思う所はありますけど、それに関しては艦長が決めた事ですから、今更どうこう言うつもりは無いですよ。それにあの時は私の方が強行過ぎたと反省しています。でも、そのせいでケイを怒らせてしまったのだと思っていたのですが……』
『あぁ……』
実体化していたら、ルークは頭を抱えていただろう。
よもや、そんな思い違いがあったとは……。
『大丈夫だよ。リーダーは少しも怒ってないから。そもそも、お姉ちゃんがちっとも反応しないから、すんごく困っているよ』
『そ、そうなのですか?』
『うん。だから、ちゃんと声に答えてあげてよ。そうしたら……』
すると、心底焦ったような言葉がアルカより返って来た。
『む、むりです!! 今更ケイにどうやって顔を合わせればいいのか分かりません! そんな事マニュアルにありませんから!!』
『いや、そう言われても……』
確かにアニュアルには無い。だけども、今の実体化してサポートするなりしている今の状況そのものが、本来の自分達の役割から大きく逸脱しているのだ。今更マニュアルも何にもないだろう。
どうやって説得するべきかとルークが頭を悩ませていると……
『……いっその事、ケイに私のデータを初期化してもらえるように頼んでもらえますか。そうすれば、今ある問題は一気に解決すると思うのです』
とんでもない提案が降って来た。
『えっ!? いやいやいやいや、そんな事したらリーダーと旅してきた事は全部忘れちゃうんだよ』
『しかしそれ以外に解決する方法が見つかりません。それに、記憶でしたらまた作り直せばいいだけですから、何の問題も無いでしょう』
『ええええ………』
アルカの突拍子もない提案に、ルークは完全に狼狽えてしまった。
データを初期化すればどうなるのか、アルカに分からない筈がないだろう。行動の記録は艦内のデータベースにアクセスすれば知識として認識するかもしれないが、記憶は違う。その時どういう事を思ったとか、誰に対してどのような感情を抱いたとか、そういう事を完全になくしてしまうのだ。
『ちょちょちょ、ちょっと待っててね。すぐに戻るから、早まった真似しないでよ』
ルークは慌てて意識を魔晶へと戻し、すぐさま実体化する。
そして、全速力でゲイルの元へと向かうのだった。
『大変だ大変だ大変だ!!』
いつの間にやらアルドラゴの艦内は、かつてないほどの危機に陥っていた。
という事で、3章部分ではほとんど無かった主人公とヒロインのお話。果たしてどう転ぶ事やら。
今回、土日の休みに書くつもりが、寒波のせいで朝から晩まで部屋がすんごい寒かった。暖房費の節約のために、実家に逃げたりしていたので、ほとんど書けませんでした。
遅れて申し訳ありません。




