06話 エンカウント
いかに雄大な景色……と言っても、30分も見続けていれば飽きてくる。
一般的な地球人代表としては、地球外の惑星というだけで心が踊るものがある訳だが、そもそも景色自体が地球のそれと大して変わっていないので、飽きが来るのも早かった。
最も、何から何まで地球と一緒という訳では無い。
ここが別の惑星であるという証拠に、昼間だというのに空には巨大な月が浮かんでいるのだ。それ自体は外の風景を確認する時にアルカが見せてくれたのだが、実際にこの目で見ると迫力が違う。さすがに「ぬおーっ!」と奇声を上げて興奮した。
なのだが、後はずーっとなだらかな平原が続いているだけであり、欠伸を噛み殺しながら俺はホバーボードを運転し続けるのだった。
「つまんねー。つーか、ずっと立ち続けているってのもしんどくなってきた」
最初こそ、夢のハイテクマシンを駆るという事は興奮するものがあった。
てっきりふわふわ浮いているものかと思っていたが、いざ乗ってみると大地に足を付けているかの如くがっちりしている。
……まぁ、あんまりぐらぐら揺れても酔いが酷いしな。
それでいて、結構なスピードが出るものなのだ。
最初こそスピードを出し過ぎてボードから振り落とされてしまったが、スピードを調節して、自転車並→原チャリ並→バイク並と慣らしていっている。風圧が凄まじいので、時速50キロ程度が限界だ。
それもあってか、体力が完全に戻っていない俺にとって、立ったまま運転するというこのホバーボードはきついものがあったのだ。
『申し訳ありません。ケイの体力に関しては、完全に計算違いでした』
「なんだよ。俺が体力無ねぇってのか」
『い、いえ。何故か、私の中で人間という種族はもっと強い生命体だという認識がありまして……』
「なんだそりゃ? そもそも、データとか初期化されてんじゃ無かったっけ?」
『はい。データは無いのですが、何故か私の中で、人間という種族は凄まじい力を持った生命体であるという認識があるのです』
「なんだその戦闘民族みたいな人間は」
『恐らく、私の前の所有者が、そのような特殊なタイプの人間だったのではないかと思われます。記録としては残っていなくとも、記憶として僅かに残っているというか……』
ふーん。
まあ、俺は地球人の中でも弱いタイプの人間だという自覚はあるからな。
格闘技をやっている訳でも、スポーツが得意という訳でもない。
こんな事になるなら、もうちょっと身体動かす事をやっとけばよかったなと後悔しないでもないな。……まぁ、今更どうしようもないし。必要に迫られている以上は、これからやっていこう。
じゃないと死ぬかもしれないしな。
……それでも、限界はあるだろうとは思う。
人間、一朝一夕で強くなる訳ないし。格闘家とか強い人間は、何年も何年も鍛えた結果、あのような力を手にしたのだ。今の俺には、そんなじっくり鍛える余裕なんてないしな。
なんか早く強くなれる手段でもあればいいんだけど。
そんな努力して力を得た者が聞いたらぶん殴られそうな事を想いながら、俺はホバーボードを進めていた。体力の問題もあるので、定期的には休んでいる。
そんな適当な岩場で休憩している時だった。
突然、ピピピと目覚まし時計のような耳障りなアラーム音が鳴りだした。
なになになに? と困惑していると、
『レーダーに生命反応有り! 半径2キロ以内に、生命体の反応があります』
アルカから報告があった。
つーか、レーダーとかそういう機能あったんすか。
「む、虫とか小動物じゃなくて?」
『その程度の生命反応であれば、艦を出た当初から感知しています。これは、脅威判定がある生命体です』
うおお。遂に……遂に第一村人遭遇っすか。
いや、この場合村人じゃなくて星人になるんだろうか。
いきなりすぎる緊急事態に、俺としてもビビっている。
やべ。頭が真っ白になりそうだ。
『望遠画像にて、生命体を確認できますが、しますか?」
「するする!!」
うぅ……。せめて許容可能な人型であってくれ!
タコみたいな生物だったら、逃げるぞ。
ゴーグル内のモニターに、およそ2キロ先の映像が映し出された。
「……なんだあれ」
背丈は成人男性よりも頭二つ分くらい小さいぐらい。
毛皮の無い猿……のような姿で、皮膚の色は緑色。
そんでもって、額には小さな角らしきものが確認できる。
なんか、今見た生物に近い存在を、俺は知っている気がする。
勿論実際に見た事は無いのだが、特徴からしてその存在の名前に心当たりがある。
「ゴブリン」
そう。
画面に映ったのは、ファンタジー系のゲームや小説に登場する、ゴブリンに非常に酷似していた。
『おや。ケイはあの生物を知っているのですか?』
「いや。俺が居た星では伝説上……というか空想の生物の筈なんだが……っていうか、最初に遭遇した宇宙人がゴブリンって、何の冗談だそりゃ」
『う~む。恐らくですが、あれはこの星の生物と言えるかもしれませんが、宇宙人と言えるほどの知的生命体とは思えないですね」
「なんで分かる?」
『行動パターンを計測していますが、知性と呼べるものを確認できません。本能のみで動いていると推測されます。また……』
「また……何?」
『急所の位置を調べる為に、体内をスキャンしてみたのですが、およそ内臓と呼べるものを確認できません』
「………はぁ?」
あ、なんか間抜けな声が出た。
なんだよ内臓がないぞうとか。意味分からん。いくら異星の生物だからって、生物である以上は内臓とかあるもんだろ? SF映画とかでも、その辺は守られていた気がする。
『まるで、ただの土の塊が動いているようです。正直言って、信じられません』
「えーと……故障って事は?」
『私が認識できないレベルの故障という事は、直す手段が無いという事なのですが……可能性としては無いとは言い切れません。ですが、急所と呼べるか分かりませんが、目標の体内に、肉体を構成している物質とは異なる物体を確認できました。頭部……人間で言う脳にあたる位置に存在します』
「それが脳とかいう可能性は?」
『対象は明らかに鉱物なのですが……その可能性も否定出来ません』
なんというか、色々と想定外の事が起こりすぎたな。
第一村人かなと思ったらゴブリンで、生物かと思いきや内臓が存在しないとか。
あーやべ。全部放り出して逃げたい。
……まぁ、逃げるのも全然有りなんだけどね。別に無理して接触する必要なんて無いわけだし。
でも―――
「う~ん……しゃあない。とにかく、とりあえずはコミュニケーションとれるかどうか、試してみるしかあるまいて」
『……とるつもりですか?』
「さすがに、一方的に攻撃仕掛ける訳にもいかないだろう。そんな事したら、地球人として恥だ」
『……アレとですか』
「とりあえず、今は緑色の猿だと思う事にする! 後、アルカって翻訳とか出来るの?」
『う~む。ある程度、語彙さえ拾えれば、可能だとは思いますが……アレとですか』
「アレと!」
『本当にですか?』
「駄目だと判断したらすぐに逃げるし。……一応、緊急の防御はお願いします」
『……ふぅ。了解しました』
なんなのその溜息。
困った子……みたいなリアクション。
一応、頭と手足があって二足歩行で動いている以上、理解しあえるかどうか試してみるべきだろうが。
最近の漫画だったりアニメの主人公はな、適当に戦っているだけじゃ駄目なんだぞぅ。未知の生物との対話……そして共存を目指さなきゃダメなんだから。
とくとくとアルカに対して説明する。
『目標。こちらに向かって加速。後、20秒程で遭遇します』
「な、なにぃ!!」
俺は急いでホバーボードに乗り、いつでも逃げ出せる体勢をとった。
やっべぇ。すげぇドキドキする。
アルカは別として、俺としては初めての異星人との接近遭遇だ。
……例え、姿形がアレだとしても。
やがて、俺の視界にアレが映し出された。
「グギギギギキ!!」
牙を剥きだしにして迫ってくる生物を見て、俺は急いでホバーボードを反転させた。
『ええっと……対話はどうしたのですか?』
「すまん。俺には無理だ!」
次話、ちゃんと戦います。