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68話 王都激震




『うーんうーん』

「して、ルーク殿よ。何か原因とやらは分かったのか?」


 横たわるエルフの青年の身体に手を触れ、終始ずっとうなったままだったルークは、やがて手を離して、こちらを見下ろしているドラゴンを見上げて言った。


『うーん……分かったような分かんないような』

「ぬ? 分かったのか!?」


 ルークが腕を組んで首を傾げると、ドラゴンの方はくわっと顔を近づける。

 食われるか……という程の距離だが、人工知能であるルークは全く動じない。


『理屈の方はまぁなんとなく。でも、解決法はさっぱり分からないかなー』

「理屈だけでも分かったのならありがたい! 是非教えてほしい!!」


 ドラゴン……ゲオルニクスとしては、理屈すらもさっぱり分からなかったのだから、すがる思いである。禁忌を犯してしまった身の上であるから、竜王国の魔法に詳しい者に一切話は聞けなかった。だから、他者に話を聞くと言うのは実は初めてだったりする。


 ルークはうんうんと頷くと、ゲオルニクスに向き直った。

 実体化しているから人見知りのルゥモードの筈なのだが、そんな様子は微塵も見せず、力強い瞳でゲオルニクスを見据えている。

 人間、得意分野な話になると自信というものが過剰供給されるのかもしれない。……ルークが人間かは微妙な所だと思うが。


『う~ん。まず、さっき話を聞いていて思ったんだけど、肉体を蘇生魔法で生きている状態に戻したはいいんだけど、それってそもそも根本的な問題の解決になってないよねっていう話』

「ぬ?」


 ルークからの予想外の言葉に、思わず間抜けな声が出た。

 当のルークは、腕を組んでふんぞり返っている。まるで駄目な子に教える教師のような立ち振る舞いだ。


『だから、そもそもの原因は体内の魔力循環が出来ていなかったせいでしょ? んで、その最もたる原因は、このお兄さんの身体に魔力を精製する臓器が無いからという話』

「む……むぅ」

『それを忘れてお兄さんの肉体を生きている状態に戻しても、また同じ事の繰り返しじゃないの?」

「い、言われてみれば……」


 そう言えばそうだったのだ。というか、今までその事実に気づけなかった事を指摘されて初めて気付き、ゲオルニクスはがっくりと落ち込んでしまった。


『確かに……色々あったから、そんな事考えている余裕無かったね』


 エルフ青年が慰めるように言うと、少しだけ力が出る。


「で、では、坊主が身体に戻れない理由は?」

『う~ん。あんましはっきりした事は言えないけど、質の違う魔力が混ざり合っていて、特殊な魔法が出来上がっている……みたいな感じ?』

「質の違う魔力だと?」

『多分、この世界本来の魔力と、お兄さんの世界の魔力かな?』


 ゲオルニクスは竜族であるから一定以上の魔法は使えるし、封印指定の蘇生魔法すら使えるようにはなった。だが、本人は実はさほど魔法に関して詳しいと言う訳では無かったのだった。

 よく意味が分からず首を傾げていると、青年の方が口を挟んできた。


『なるほど……言うなれば、特殊な魔法が完成してしまい、その状態異常に掛かっていると言う事か』

『ああ、うん。そんな感じ』

「坊主……分かるのか?」

『爺ちゃんと違って魔法には詳しいからな。という事は、その状態異常を解除しなくては、身体には戻れないと言う事だね』


 少し得意げな様子で答える。親代わりとしては、誇らしい気持ちと悔しい気持ちが半々ではあるな。


『多分そうだね。でも、それの解除の仕方がぼくには分かんないな』


 毒や神経系の麻痺による状態異常ならば、ルークにも治療は出来る。だが、これは未知の状態異常だ。ぶっちゃけ、どんな作用を持っているのかすらよく分からん。

 でも、これに関すれば時間さえ掛ければなんとかなりそうな気もする。アルカの協力とアルドラゴの設備も利用できれば、なんとか解決は出来るだろう。

 ……問題は、その時間があるかという話なのだが。


「―――ぬ?」


 ふと、ゲオルニクスがムクッと顔を上げた。


『どうかした?』

「まずいな。儂等をここまで追ってきた、例の人間がこちらに近づいておる」

『え……えぇぇぇぇぇぇぇ!?』


 必要以上に狼狽えたのはルークだ。エルフ青年の身体を調べるようには言われたが、それ以外の事は何も聞いてない。

 残念ながら、彼にはアルカ程に臨機応変に対応できる判断能力は無かった。


『なんでなんでなんで!? 早いし、全然準備なんて出来てないし! っていうかリーダーもお姉ちゃんも居ないし! ぼくどうすりゃいいの!?』


 魔法について話していた時の自信は何処へやら。ルークは慌てふためいて右往左往している。


小童こわっぱ落ち着かんか。……仕方ない。小童、おぬしは坊主の肉体を抱えて何処かに隠れておれ」

『え?』

「奴が用があるのは儂よ。お主等に迷惑はかけん」

『じゃあ、爺ちゃん……』

「おう、やるか!」


 青年の言葉に応え、ゲオルニクスはバサッと翼を広げた。そして、呆気にとられているルークを残し、その場から一気に飛び立ったのだった。


「我が名はゲオルニクス! 矮小なる人間よ!! このような世界に果てまで追ってくる程に我が首が欲しいか!! 取れるものならば取ってみるがよい!!」




◆◆◆




「……ったく、お前はなんでこういつもいつも厄介ごとばかり持ち込んできやがる」


 早速ラザムにゲオルニクスさんの事を相談したら、か開口一番に飛び出した言葉がそれだった。

 そうは言っても、今回ばかりは厄介ごとの種はそっち持ちじゃねぇか。あの二人はファティマさんを訪ねてわざわざこの国までやって来たのだから。


「で? ファティマさんはいつ頃帰って来るの?」


 と、俺がやや憮然とした顔で尋ねると


「知らん」


 と、即答が帰ってきた。表情はどこか俺と同じように憮然としている。……いや、これはふて腐れているのか?


「……実は、逃げられたとかとういう話だったりするのか?」

『……なるほど。そういう可能性も無きにしもあらずですね。愛想を尽かされたんでしょうか』


 と、俺がアルカとひそひそと話していると、ラザムが激怒しながら割り込んできた。


「人聞きの悪い事ぬかすな!! 大体お前な、新婚ならまだしも出かけている奥さん相手にいつ頃帰るの? とか聞けるか! 寂しいと思っているとか勘違いされるだろう!!」

「寂しくないの?」

「い、いや……寂しいか寂しくないか……と問われれば、寂しいのたが……」


 まぁ一ヶ月だもんなぁ。寂しいよなぁ。

 俺達はニヤニヤしながら狼狽えるラザムを見つめていた。


「と、とにかく! 最初に会議の期間は一ヶ月程度だと言っていたから、そろそろ帰って来る事は間違いないと思うぞ。俺としても、ファティマの幼い頃からの知り合いだろう、是非とも会って話を聞きたい」


 あれか。小さい頃のファティマさんの話を聞くとかそういった理由か。

 気持ちは分からないでもないけど、下心が見え見えですな。


「連絡はしてもらえないの?」

「うぐ……したいのは山々だが、さっきの通話でこれから寝るとか言っていたのでな」


 さっき連絡していたんかい!

 いやいや。想像以上にラブラブなんすねアンタ達。……実年齢結構なお歳の筈なのに。まあ、仲良きことは良き事である。


「じゃあ、俺はこれからゲオルニクスさん達を連れてくるよ」

「おう、連れてこい連れてこい。お茶でも用意して待ってるぞ」


 予想以上に歓迎ムードだ。そこまでファティマさんの幼少期ネタを知りたいか。

 んじゃ帰るかと、アルカへと視線を向けた時―――


『た、た、た、大変だよーリーダーお姉ちゃん!!』


 小さなゲートの穴が出現し、中から魔晶モードのルークが飛び込んできた。ルークは一瞬にして人型へ戻ると、俺とアルカの傍まで駆けてくる。その顔は涙目であった。


「なんだなんだなんだ! どうしたルーク!?」


 ルークがこんなに慌てているなんて、並大抵の事ではない。

 まさか、ゲオルニクスさん達に何かあったと言うのか?


『ええと……あのね。そのね。ぼくが何が言いたいのかって事なんだけど、あの……その……ええと……』


 ……パニクっていてさっぱり伝わらない。

 やがて、アルカがつかつかとルークに近づき、ルークの頭をすぱこんと叩く。


『言葉で伝えられないのなら、意識をデータに戻して記憶をそのままよこしなさい』

『ああ! その手があった!!』


 ルークは魔晶モードへ戻り、俺の腕輪へとすっぽりと収まる。アルカが胸元のエンブレムなら、この腕輪がルークの収まり場所なのである。

 アルカも魔晶モードに戻り、バイザーの移動用端末を利用して記憶の共有をしている。

 やがて―――


『ケイ、どうやらゲオルニクスさん達が例の聖騎士に見つかってしまったようです』

「えええーっ!!」


 よりによって数分離れている間に来るとか。何と言う運の悪さだこれ。なんかこれも仕組まれてんのかと邪推してしまう。


「なんだなんだトラブルか? 悪いが、俺は力を貸せんぞ」

「分かってます分かってます」


 はいはい。神様とその関係者は多種族間の争いになるべく関与しないのでしたね。強いのにいまいち頼りにならない人達だ。


「で、ゲオルニクスさん達は何処に?」

『飛び去った方角は、王都方面のようですね』


 王都から来た聖騎士を迎え撃つために王都方面へ飛んだって事か。それにしても、王都に迫るドラゴンとか……この国の人間達からしたらとんでもない事だぞこれ。


「とにかく、まずはアルドラゴへ戻るぞ。下手したらあの聖騎士とやり合う事になるかもしれん。準備だけはしておこう」


 関わってしまった以上、放置しておくなんて俺にはできない。どうするのがベストなのか分からないけど、今はとにかく動かなくては。


『あ! あのお兄さんの身体預かっているんだった。あのままにしてきたから、ぼく戻らないと!!』




◆◆◆




『がっちりついてきているぞ。スピードは向こうの方がやや上!』

「ああ、分かっておる!!」


 エメルディアの空の上を、二つの影が猛スピードで飛んでいた。

 一つは当然新緑のドラゴン……ゲオルニクス。もう一つは、何やら白銀の鎧を着込んだような巨大な怪鳥。正確には、その怪鳥の背に跨った聖騎士ルクスだ。


 怪鳥の正体は、帝国が人工的に作り出した使役可能な魔獣……ガルーダである。帝国側はあくまで魔獣ではなく“聖獣”であると言い張っているが、聖騎士に支援用として一体ずつ支給されるものだ。

 ガルーダの空を飛ぶスピードは、元々ドラゴンに匹敵する。勿論戦闘能力ではその差は歴然としたものだが、純粋なスピード勝負では分が悪い。今まで、ゲオルニクスが帝国の一団をなかなか振り切り切れなかったのはこのせいでもあった。


『爺ちゃん、このままだとこの国の大都市の真上を通過する事になるぞ』

「それも計算の内じゃ。都市部の上空でなら奴もさすがに無茶な攻撃はしてこないだろうて」

『でも、罠が待ち構えている可能性だってあるよ』

「残念だが、今とれる選択肢は少ない。ならば、どちらかに賭けるしかあるまい」


 今まで三度、あの聖騎士とは戦ったが、逃げに徹していたせいもあって、純粋な実力勝負は行っていない。ただ、その短い戦闘で推測する力の差は、現状ほぼ互角と言った所か。

 ならば、もっとゲオルニクスにとって有利な場所で戦わなくてはならない。巨体、そして飛べると言うアドバンテージを最も活かせる場所。

 遮蔽物の何もない、海上という場所だ。

 あの聖騎士はガルーダに乗っているものの、自身では飛行能力は無い。ならば、海に叩き落としでもすれば、それで勝負はつくのだ。

 ここから最も近い海に辿り着くには、残念ながら王都を越えなくてはならない。

 ならば、最短距離を最高速度で駆け抜けるのみ。


 そう思っていた。


 そうしてドラゴンの巨体が王都の空へと舞う。

 この世界……エヴォレリアの主な都市や集落は、魔獣を寄せ付けない為に魔除けの結界なるものが四方に設置されている。

 が、魔獣ではない純粋なドラゴンにそんな結界は関係ない。


 なるべく向こうが攻撃しにくいように、建物スレスレを飛行。

 王都の住民達は頭上に迫るドラゴンの姿に狂乱し、悲鳴を上げて逃げ惑っている。


(すまんな。別に獲って食おうという訳では無いので、頭上通過ぐらい我慢してくれ)


 心の中で謝りながら、ゲオルニクスは飛行を続けていた。

 やがて―――


 ゲオルニクスの腹部に巨大な火球がぶつけられた。


「な―――に―――!?」


 撃ったのは、背後に迫っていた聖騎士だった。

 馬鹿な……。こんな場所で攻撃を仕掛けてくるだと!?


 ゲオルニクスは今の衝撃でバランスを崩し、そのまま真下の民家の密集地へと墜落していった。


 全長30メートルはある巨体の落下による衝撃は、真下にある家屋など簡単に押し潰してしまった。

 ドーンという破壊音が響き渡り、衝撃風……そして土埃がその周囲を覆った。


 とは言え、墜落したのはドラゴンだ。攻撃を受けたダメージも、墜落によるダメージもほとんど無い。だが、真下にある家屋やそこに住む者達は違う。

 もし踏みつぶした家屋に人が居たとしたら、確実に押し潰してしまっただろう。

 先の大戦においても、民間人の被害は出さぬように戦っていたゲオルニクスにとって、これは罪悪感で胸が押しつぶされそうになった。


「貴様! このような人の集まる地で攻撃を仕掛けてくるとは、それでも騎士か!?」


 自分への怒りと、攻撃を仕掛けてきた聖騎士に対する怒りでゲオルニクスは吠えた。

 聖騎士はガルーダの背から降り、近くの半壊した家屋の上に立つ。そして、剣先をゲオルニクへ向けて言い放った。


「ここは帝国では無い。よって、俺が住民を守る必要性は何処にもない」


 周りには、まだ逃げ遅れた住民たちが居る。悲鳴が響き渡り、助けを求める声すら聞こえる。だというのに、眉ひとつ動かさず、聖騎士ルクスはただゲオルニクスのみを睨み付けていた。


「呆れたものだ。長く人間の世界から離れておったが、ここまで落ちぶれておったとは……」


 ゲオルニクスは、下敷きになっている瓦礫を崩さぬようにゆっくりと立ち上がる。


「のう貴様。相手なら貴様の気が済むまでしてやる。だから、集落の外でやらぬか」

「悪いな。俺の任務は、貴様と戦う事ではなく、貴様を殺す事なんだ。だから、これ以上周りを巻き込みたくないなら、大人しく俺の剣の手にかかるがいい」

「……残念ながら、儂としても己の命やこの集落の者達よりも大事に思う物があるのでな。ここで死んではやれん」

『爺ちゃん……』


 せめてもの提案も跳ね除けられた今、取れる手段は一つだけだ。


「ほぅ……」


 翼を小さく折りたたみ、尾でバランスを取りながら二本の足で立ち上がる。その立ち上がった様は、まるで塔である。


「遂にやる気になったか……ドラゴンよ」


 聖騎士の顔に嬉々とした歪んだ笑みが浮かぶ。あのハンターはこの場には居ない。ならば、この競争は事実上の勝ちと言える。

 ならば、後の仕事はこのドラゴンの死体を帝国へと持ち帰るのみ。


「貴様を敵として認めよう。我が名はゲオルニクス。人間相手に名乗るのは、これで五度目だ」

「ならば俺も名乗ろう。俺の名前はルクス・アルデバート。神聖ゴルディクス帝国の聖騎士の称号を持つ男だ」


 王都の一角にて、老竜と聖騎士が激突した。




 本当はゲオルニクスとルクスの決着まで書きたかった。でも、あまりにも長くなるのでここで切りました。本格的なバトルは次回となります。……残念。


 完全決着するまで、一体何話掛かるかな……。

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