67話 騒乱の始まり
年老いたドラゴン……ゲオルニクスさんとその身体に間借りしている形になっているエルフのお兄さんの話を聞いた。
エルフさんはどうも、子供の頃にこの世界にやって来たらしい。その時の記憶は無いらしいが、素っ裸で死にかけっていうのは俺と同じか。
アルカの話では、俺も亜空間に漂っている時点で服とか着ていなくて素っ裸だったらしいし。死にかけっていうのも、アルカに助けられていなかったらあのまま死んでいたと思うし。
ただ、過去の記憶が無いってのは俺と違うパターンだな。むしろ、それはアルカ達と同じか。アルカ達も記憶データは初期化されているから、この世界に来るまで自分達が何をやっていたのか知りようが無いみたいだし。
詳しい事情は分かったが、だからといって帰る為の道筋が出来たって訳でも無いな。
むしろ、これって俺達みたいに偶然この世界にやって来た異世界人って、ファティマさん達が把握しているよりも多いんじゃね? って感じだな。
例の魔神のせいなのかは、現時点じゃ分かんないけどさ。
何より、こうやって事情をがっつりと聞いてしまった以上、競争の対象としてぶっ倒すっていう選択肢はナシだ。
最も、だからと言って聖騎士に彼等を殺させるわけにもいかん。
さぁて、どうするかな。
「ふむ……聞いた限りでは、直接小僧の故郷に関する情報は手に入らなかったのぅ」
ゲオルニクスさんがちょっと残念そうに言う。
俺からも、俺が知っている限りの情報を伝えたが、エルフさんの故郷に関する情報は無かったな。他にエルフみたいな種族を見たという噂も聞かないし。
「しかし、お主等は元の世界に帰る為に行動しておるのだろう。ならば坊主、お前も彼等と共に行動してはどうだ?」
『いや、俺はそもそも故郷の記憶も無いから、特別帰りたいと思っている訳じゃないんだよね』
「だがな坊主。儂も残りの寿命がさほどある訳でも無い。今のうちに身の振り方を考えておかねばならんぞ」
『いや、今がこんな状態だってのに、そんな先の事まで考えられないよ』
エルフの兄さんの気持ちもよく分かる。
自分の身体すらまともに動かせない状態で、今後の予定なんぞ考えている余裕はないだろう。
とはいえ、その身体の方をまずどうするのかという問題なのだが……
「そう言えば、これからどうするんです? ファティマさんなら、多分あと数週間もしたら帰って来るかとは思いますが」
確か、会議に一ヶ月程度かかるとかいう話だったな。昨日話した時は会議の進み具合を聞かなかったが、そろそろ一ヶ月は経過する筈だ。と言う事は、早ければ数日後には帰ってくるという可能性もある。
「数週間か……。かつてならあっという間の間隔だったのだが、今の状態では長いのぅ」
『でも、もう頼れるのがその人だけなんだよね。だったら、待つしかないんじゃない?』
「仕方ないのぅ。なんとか頑張ってみるか」
そうは言うが、肝心の問題は数週間あの聖騎士をどうやり過ごすか……だよな。
まあ、こうして俺の方が先に発見したんだ。なんとか隠せるように頑張ってみようか。
『ケイ、まずはラザムさんと相談してみてはどうでしょう』
「そうだよな。まずはファティマさんと一番近い人に話しておくべきか」
しっかりしたファティマさんが帰るまでの日数というのも、把握しておいた方が良いだろう。
とは言え、ここからラザムの家はかなり遠い。
ジャンプブーツやタウラスを使用しても半日は掛かるぞ。
「仕方ない。ゲートの魔法を使おう」
『良いのですか?』
「あんまし時間掛けてらんないだろう。サッと行って、サッと帰って来るぞ」
ぐずぐずしているとあの聖騎士に見つかるからな。
俺は、改めてゲオルニクスさんへと向き直った。
「これから、ファティマさんの旦那さんに話をしに行ってきます。それまで、ここで待ってもらえますか?」
「ここでか? 傷もある程度癒えたから、直接向かっても構わんが」
「いや、王都では二人を狙っている奴が周囲に目を光らせているんです。じっとしていたらまず見つからないと思うから、とりあえずじっとしていてもらえます?」
「あやつか……。確かに、今の儂の状態で戦うのは難しいからの」
身体がまともに動けばあんな人間なんぞに負けんのに……とぼやくゲオルニクスさん。聞けば、かつての魔神達との戦争にも参加したという歴戦の英雄だという話じゃないか。
確かに、身体さえまともに動けば、あの聖騎士程度に負けないんだろうな。
『爺ちゃん、ここは彼に従おう』
「むぅ。仕方ないのぅ」
「よし。じゃあ、ルゥはここで待機してもらえるか? 俺達は話を聞いたらすぐに戻って来るから」
『えぇっ? ぼ、ぼぼぼ……ぼく一人で待機?』
ルゥモードの為、人見知り全開だったな。
不満かもしれないが、多人数で行った所で意味はないし。連絡要員として誰か残るのが良いだろう。
それに、治療魔法が得意なルークには、ちょっと調べてほしい事もある。
「その間、エルフの人の身体の方を診てやってくれ。魂が身体に戻れない理屈みたいなもんが分かるかもしれない」
『うぅ~。わかったよぅ』
涙目になりながらも従ってくれるようだ。すまんな。なるべく早く帰るから。
「じゃあ、ちょっと話をしてきます」
「うむ。頼んだぞ」
「アルカ、ルゥ、頼んだ」
俺の言葉にアルカとルークが正面に手をかざし、
『『ゲート』』
空間と空間を繋げる穴が出現する。
ゲオルニクスさん達は初めて見る空間魔法に「おおー」と感嘆の息を漏らした。
俺は二人に軽く手を振ると、アルカと共にその穴へと飛び込んだのだった。
◆◆◆
「ふぅん……レイジの姿を見失ったねぇ……」
王都にある酒場の一つ。そこの二階部分を貸し切りにして、ゴルディクスの騎士達が話し合いをしていた。
「は……はい。6人がかりで監視していたのですが、ギルドの屋上から飛び降りて以降、文字通り姿まで消えてしまって……」
騎士団長であるルクス、その補佐である副団長ブラット。その前に6人の騎士が整列し、頭を下げていた。
「噂の魔道具ってやつかな。しかし、姿を消したって事はなんらかの情報を掴んだ可能性が高いねぇ」
ブラットは、顎鬚を撫でながら面白そうに言った。
そして、目を細めて隣に座るルクスを見据える。
「先手……取られちゃうんじゃないの。いいのか、騎士団長様?」
「……良くはない。くそ、奴を侮っていた」
苛立たしげにルクスは机を叩く。
その音に、整列している騎士達はビクッと震えた。普段は涼しい顔をしているルクスが、ここまで苛立ちを表に出す事は珍しかったからだ。
「迂闊に手を出すからだ。相手の実力を把握できていないのに、話を勝手に進めるからこうなる」
「うるさい」
普段は飄々とした態度のブラットが、真顔でルクスに対して説教を始めた。
それすらも騎士達にとっては初めての光景であったのに、ルクスも顔を歪めて怒りを露にしている。これもまた初めてだった。
「お前、聖騎士になったからって少し調子に乗ってないか? 確かに帝国でも上位の力を身に付けた訳だが、別にお前が頂点という訳でもないんだぞ」
「うるさい!」
更に説教を続けるブラットに対して、ルクスはドンッとテーブルを叩きつけた。
「陛下の命令は、ドラゴンの肉体を可能な限り傷つけないで帝国に持ち帰る事。お前の下らん興味本位の行動のせいで、これまでの行動が台無しになったらどうするんだ?」
「うるさい!!」
テーブルを蹴り飛ばし、料理や飲み物が床に撒き散らかされる。
それでも、ブラットは止まらない。
蚊帳の外となった騎士達は、行く末を黙ったまま見守る事しか出来なかった。
「あの陛下が、悲しげな表情をお前に向けたのだとしたら、それはお前の責任だ。さあ、どう落とし前をつける聖騎士ルクス」
「うるさい黙れ!!」
激昂したルクスが剣を抜き、一閃―――!! ブラットの首を一気に斬り落とした。
「「「!!!」」」
騎士達はあまりの事態に唖然とした。
場は静寂に包まれ、コロコロとブラットの首が床に転がる音しか響かない。
まさか、ルクスがここまでの仕打ちをブラットにすると思っていなかったのだ。
それに、ルクス自体もここまで短絡な男だとも思っていなかった。プライドは高いが、比較的無茶な命令も下さず、物腰の柔らかい男だと思っていたのに。
―――が、
「やれやれ……久しぶりだなこの状態も」
首だけになった状態のブラットが、そんな言葉を発したのだ。
騎士達は、あまりの出来事に思考が整理できず、その場にへたり込んでしまった。
「……すまない。迷惑をかけた」
打って変わって冷静になった様子のルクスが、床に落ちたブラットの頭を拾い、頭部を失ったままの身体の傍まで持っていく。
頭の無いブラットは、その頭を受け取ると、まるで兜でも被るかのように平然と元の場所へと頭を戻すのだった。
斬られた箇所を合わせると、首元の血がまるで糸のように変化して首と首を繋ぎ合わせ、ドロドロと流れていた血もまるで時間を巻き戻しているかの如く首筋へと戻っていく。
やがて、僅かに残った傷口すらも消えてなくなり、首を落とされたという事実は完全になくなってしまった。……いや、床に僅かに血痕が残っているから、あれは夢でも幻覚でもない。
ブラットは首をコキコキと動かして動きを確かめている。やがて、唖然とした様子の騎士達を見て、
「あぁ。お前らに見せるのは初めてか。コイツはな、聖騎士の“刻印”受けた事の副作用でな、時たま精神面が不安定になる事があるんだわ。その時は、溜まっているストレスを一気に発散させてやるのが一番でな。いつもは戦闘で大暴れしていればすぐに発散できるんだが、ここ数日は色々あったし、ストレスも溜まるのも仕方ないわな」
首を落とされたと言うのに、あっけらかんと笑みを浮かべて言い放つ。ルクスは、何処かばつの悪そうな顔をして顔を逸らしていた。
それも驚きの事実ではあるが、騎士達が聞きたいのはもっと別の事である。
「あ、あの……その副団長の首の件を聞きたいのですが」
騎士の一人が勇気を出して質問すると、ブラットはやっと気づいた様子で「ああ!」と頷く。
「お前ら知らなかったのか。俺も聖騎士の刻印を受けちゃいるんだわ、一応な」
騎士達には当然初耳で「ええっ!?」と驚きの声が上がった。
それに対してルクスが補足する。
「だが、コイツは刻印に適合出来なかった。その反作用として、今のような身体になったという事だ」
「刻印の移植に失敗した者は、大抵死ぬという話らしいが、俺みたいに別の形で生き残るってのは稀らしいぞ」
ガハガハと笑うブラット。
さっきまで身体と首が離れていたというのに、どうしてそこまで明るくいられるのか。
それとも、今のような事はよくある事なのか?
「で、では……副団長は不死身なのですか?」
「いや、首を落とされたぐらいじゃ死ななくなっちまったが、これでもちゃんと死ぬぞ。ただ、その方法は言わないがな」
ニヤリと笑うブラットに、騎士達は思わず背筋が冷たくなる。
聖騎士とは、思っていた以上に華やかなものでは無く壮絶なものなのかもしれない。
「さて、聖騎士様が落ち着いたところで議題に戻ろう。ドラゴンの行方について、判明した事はあるか?」
だが、場はシーンとしたままだ。
結果は何もなし。
「やれやれ。さすがに昨日の今日じゃ何も分からないか」
残念そうにポリポリと頭を掻くブラットではあるが、騎士達はいつまたルクスの怒りが暴走するのかと気が気でない。
「あ……あの……そのハンターとやらの家族や付き合いのある者を脅してはどうです?」
騎士の一人が勇気を出して言うが、ブラットは一枚の報告書のようなものを取り出し、
「こいつはエメルディア王国側からこっそりと拝借した、レイジと言うハンターの周辺を調べた報告書だ。それによると、王都におけるプライベートな行動は全く不明。ほぼ、ギルドを出入りする姿しか確認できず。家族構成も不明、王都ではどこに住んでいるのか、食事はどこでしているのか、完全に不明。付き合いのある友人は居るようだが、判明しているのがハンターギルド関係者のみ。こちらに手を出すと、ハンターギルドと関係を悪化させる事になるので接触厳禁……との事だ」
その言葉を聞いてざわざわと小声で話し合う騎士達。
「お、おい。なんだよ、プライベートが完全に不明って」
「さっきも完全に姿を消していたし、いったい何者なんだあの男?」
そのざわめきを聞いて、ブラットは本格的に頭を悩ませていた。
(やれやれ。直接会った訳じゃないからよく分からんが、本当に底の知れない男だ。コイツはやはり興味本位で絡む相手じゃなかったなぁ……)
そうやって途方に暮れていると……
「やぁやぁ、ゴルディクス帝国の皆さん。お困りのようですねー」
声がした。
場に入る事を許可していない人物の乱入である。
本来ならば、その場で剣を抜き放って警戒にあたる筈なのだ。
なのだが……
「あ……あぁ……」
その場に居る誰もが、自然とその者の存在を受け入れてしまった。
そして、誰もがその事がその事実を不審に思わなかった。……あの、聖騎士ルクスやブラットでさえも。
「お探しのドラゴンの居場所。教えてもらいたかったら、窓にご注目!!」
言われるがままに一同は酒場に設置されている窓へと視線を移す。
窓の向こう……向かいにある店の屋根の上には、一人の銀色の髪を持つ少女が立っていた。その少女は姿を一瞬して銀色の狼へと変えると、こちらに背を向ける。
「はい! ドラゴンの居場所が知りたかったら、あの狼さんについていきましょう! 良い事があるかもしれないよ!」
その言葉が終わるや否や、ルクスは剣を手に取って窓から身を投げる。
銀狼も自らを追ってくる者を感知したのか、王都の屋根の上を猛スピードで駆け出した。
他の騎士達も、酒場から出てそれぞれの準備に取り掛かっていた。
そして数分後には、自分達が何をきっかけにして動き出したのか、その理由を考える事すらしなくなっていた。
次話より、ようやっとバトル勃発。
Bランク試験の時は、バトルばっかだから早く日常話書きたいな……とか思っていましたが、今回はやっとバトルが書ける……という感じです。
また、体調も方も療養のおかげでかなり良くなりました。最近は体調不良と寒さもせいもあってか、文章がいまいち浮かばない日も多かったのですが、なんとか三日に一度程度には投稿できるように頑張りたいです。
では、今後ともどうかよろしくお願いします。




