05話 「ケイとアルカ」
さてさて、武器の性能の確認が済んだのなら、いよいよ外に出てみるとしよう。
ああくそ、なんかそう思った途端にすげぇドキドキしやがる。
何せ初めての外出だ。
あれか、長い事家で寝込んでいて、久しぶりに学校行く感じ……とは違うか。
何にせよ未知の世界がそこに広がっているのだ。
ドキドキするなという方が無理だろう。
「で、どうやって出るの?」
『一時的に艦の動力を復活させて、扉を開きます』
「あ、そういうの出来るんだ」
『まだ動力の方は枯渇していませんから。ただ、エネルギーを補給できる目途が立っていないので、節約している状況です』
「動力ねぇ……。エネルギー・クリスタルだっけ? この艦の動力って」
『私たちの世界では比較的ポピュラーな動力源らしいのですが、こんな辺境の惑星に存在するかどうか甚だ疑問なので、それに代わる高エネルギー物質ならば問題ないかと思われます』
「うちの世界じゃあ、石油とか電気とか色々あったんだけど……そういうのじゃダメなの?」
『現時点では無理としか。方法は無いという訳では無いですが、あまりにも効率が悪すぎますからね』
まぁそうだよな。例えば電気で動くものに油をぶっかけても動くわけあるまい。
しかし、高エネルギー物質とやらが漠然とし過ぎていて、よく分からんというのが正直なところだ。
「まあ、実際に外を見てから……だな」
ここでぐちぐち言っていても仕方あるまい。
無いなら無いで、違う方法を考えないといけないのだから。
「ようし。外に出るぞー! あと、本当にヘルメット無しでいいんだよね」
『はい。外の大気は人間が生活するに適しています。気になるのでしたら、ヘルメットの着用しておきますか?』
「いや、いい。どうもあれ被ると落ち着かないし」
フルフェイスのヘルメット格好いいじゃんとか思っていた時期が俺にもありました。
でも、実際に被ってみたら、物凄い圧迫感を感じたのである。俺って閉所恐怖症だったんだ……と新たな発見がありました。
まぁ、最悪我慢して被るけどな。もし万が一宇宙遊泳とかする羽目になったらば。
で、俺はと言えば通常用出入り口の前に立っている。
なんでも、この艦には乗組員が出入りする通常出入口と、後部にある搬入口の二つが存在するらしい。
後は非常用の出入口とか、脱出用ポッドとかもあるらしいが、こちらは一度使うと元に戻せないらしいので、今は放置だ。
『では、開きますので、ささっと降りて下さいね』
「ささっとかよ。おおーっこれが外の世界か~って感慨には浸れないの?」
『そういうのは降りてからやってください』
「正論か。了解です」
『では、30秒程艦のエネルギーを起動します』
ブーンという音を立てて、周囲の機器に電源が入ったのを感じる。
やがて、ガチャンという音と共に、目の前の扉が縦に開いた。
「あ―――」
言葉を失ったとはこのことだ。
圧巻だった。
見渡す限りの平原がそこに広がっていた。
俺だって、地方都市の出身だから、田舎の風景とか畑とか見慣れているつもりだった。
だが、全く人間の手が入っていない世界というものは、こういうものなのかと実感した。
『早く出て下さい』
「おおっと!!」
そういやそうだったと思い出し、俺はよく見る飛行機のタラップ状になっている出口から飛び降りた。
2メートルくらいの段差はあったが、スーツの耐衝撃吸収機能によって、ほとんど足に衝撃が響く事は無かった。
そして、俺が外に出たのを確認してか、扉が閉まっていく。
おおっとそういえば、俺ってこの宇宙船の外観を見た事すら無かったな。
俺は、その場で振り返った……のだが、
「―――え?」
そこには、ただ巨大な岩山があるだけだった。
あれ? 俺ってここから出て来たんだよな? でもあるのは宇宙船……じゃなくて岩山。なんだこれ。
『カモフラージュ機能です。その場において、最も自然な物体に擬態する機能があります。ある程度なら、質感までも偽装する事が可能です』
「いや、エネルギーの節約って話はどうなったの?」
『いえ、こちらは太陽光エネルギーと地熱によるエネルギーを吸収して賄っているので、現状はエネルギーが尽きる事はありません』
「だったら他の部分にもエネルギー回せばいいじゃないのさ!」
『消費エネルギーの規模が違いすぎます。……そうですね、このカモフラージュ機能に使うエネルギーが1だとしたら、飛ぶ際に使用するエネルギーは1000です。ちなみにカモフラージュ機能を切って、太陽光エネルギーと地熱エネルギーのみで艦のエネルギーを使用しようとしたら、一分間飛ぶだけで約3週間掛かりますね』
「燃費悪!」
なるほど、これがさっき言っていた方法が無いわけでもないが、効率が悪いというやつか。
改めて、宇宙船というやつはとんでもないエネルギーを消費するもんなんだなと実感した。
……地球だって、空飛んだり大気圏離脱するだけでとんでもないお金かかるもんな。
『でも、最悪の場合はそうするしかないかと。全ての動力を切って、エネルギー補給のみに使えば、恐らくは1年ほどでこの星の重力圏を脱出できるまで飛べるかと』
「1年……長いなぁ」
『近くに他の惑星が無い場合は、ワープドライブを使用する為に更に2年は掛かるかと……』
「計3年かよ。ああ、もう! わかったよ!! 頑張ってエネルギーの代わりになるもん見つけるよ!!」
『期待しています! 貴方ならばできるっ!!』
「その代りにちゃんと協力してくれよな。俺にはそのエネルギーの代わりになるもんがよく分かんないんだから」
『ああでも、後68時間以内に見つけてくれないと、少々困った事になります』
「なんで?」
『移動用端末に内臓されているバッテリーのエネルギー残量が、大体その程度なのです』
「ちょっと待て! そういう事は早く言ってくれよ!!」
『今言いましたが』
いきなりの爆弾発言に、俺は焦った。
突然こんな場所に飛ばされ、それでも発狂しないでなんとかやってこられたのは、このゴーグルさんのおかげでもある。色々とそっけない所もあるが、話の通じる相手が居るという事は、結構な安心感があるもんなんだ。
「じゃあなんだ! あと3日以内に俺一人っきりのサバイバルに突入しちまうって事かい!」
『………そういう事になりますね』
「がああ! じゃあさっさと出発だ! んな景色なんて見とれている場合じゃなかった!!」
俺は慌てて手に持っていた1メートル程のサイズの板を地面へと落とす。
すると、板の中に折りたたまれて収納されていたバイクのハンドルに似た物が飛び出した。
……うん。
改めて見ると、元の世界で一時期流行ったキックボードとやらに似ている。
違いは、ボードにタイヤと呼ばれる物が付いて無いという所だ。
外の世界を走破する上で、一番適していると言われた物がこれだった。
これならば、他の乗り物に比べて消費エネルギーが小さいらしい。
まぁ、個人的には、バイクとかですっ飛ばしたかったのだが、そもそも俺、免許持ってないし。自分で運転出来る乗り物って言ったら、せいぜい自転車くらいですから。
とは言え、これも立派な移動マシン。当然ながら、人力では無い。
そして、タイヤが付いてない事から、陸路を走る訳でもない。
俺はハンドルを握り、マニュアル通りにボードにある起動スイッチを踏む。
すると、ブゥンという起動音と共に、ボード自体が地面から数センチ浮き上がった。
そう、コイツは夢のホバーボード!
とは言え、空気を利用して浮いている訳では無い。
なんでも、宇宙船や他の乗り物と同じシステムらしいのだが、重力を制御しているとの事。
ゴーグルさんの話によると、あちらの世界においては重力制御というのはかなりポピュラーなシステムらしい。
まぁ、そうでもないとそんなポンポン宇宙船は作れんわな。
詳しい説明は頭がパンクするから省いてもらったけども。
「よし、そんじゃあ大冒険の始まりだ! いくぞ―――」
いざ出発しようとして、ふと気づいた事がある。
「―――そういや、お前って名前みたいなもんあるの?」
『はい?』
「いや、ゴーグルさんって呼ぼうとして、その名前どうかなとか思ったもんで。何かちゃんとした名前があるんなら教えておくれ」
『………名前というのは、形式番号の事でしょうか?』
「いやいや。なんとかシリーズみたいなそういう名称とかないわけ?」
『恐らくは無いかと。形式番号ならありますが、声帯の問題で貴方では発音できませんよ』
「ああそうなのか。まぁいいや。とりあえずその形式番号ってやつ聞かせてもらっていい?」
『別に構いませんが、まず聞き取れないと思いますよ。私の形式番号は……“alka□8dser1w◇sg○eq$Tda”……なのですが、やはり聞き取れませんでしたね』
なるほど聞き取れないと言った言葉は正しかった。
まるで、テープの逆回しを高速で聞いたかのように、何と言ったかはさっぱりだ。
かろうじて、最初の方は無理やり言葉に表すならば“アルカ……”と言ったところか。
「じゃあ“アルカ”」
『はい?』
「なんとかそれだけ聞き取れたから、お前の事アルカって呼ぶけどもそれで問題ない?」
『えーと、アルカとは私の事でしょうか?』
「やっぱり気に入らない? だったら別に自分で決めてもらってもいいんだけど……」
『いえいえいえ! 念のため聞きますが、アルカとは私自身を指した言葉でよろしいのですよね! 今貴方が付けているゴーグルの事ではなくてですよね!』
「そ、そうだけど、大丈夫? いきなりテンション上がったけど」
『ノープロブレムです! アルカアルカアルカアルカ……。それが私の名前なのですね♪』
なんかすげぇ嬉しそうだ。
かなり適当に考えた名前だというのに、そこまで喜んでもらうとなんか申し訳ない気分になるな。
『では、貴方の名前も教えてもらっても構いませんか?』
「俺? そういや、名乗ってなかったけ。彰山慶次……だけど、友達はよくケイって呼ぶから、ケイでいいよ」
『ケイ……ですね。では、貴方はケイ。私はアルカ。そういう呼称でよろしいですね』
「ああ、いいよ。じゃあ、アルカ。大冒険の出発といこうか!」
『はい! では行きましょうケイ!!』
俺は地面を蹴り上げ、ホバーボードを発進させた。
次話、ようやくエンカウント!
ようやっとゴーグルさんに名前が!
ところで、気づいている方も多いと思いますが、アルカにも性別はあったりします。人格的な意味と、モデルになった人物の性別ですが。
それが生かされるのは、まだ先になりそう……。