64話 ドラゴン退治開始
うわああああ。
関わり合いになるもんかと思っていたゴルディクスの聖騎士と関わってしまった。
しかも、この現状は非常にマズイ!! この場は城壁の上で、傍には立場上は一応お姫様のシャルロットが!
どう考えても、これって誘拐の現行犯じゃんよ。
その聖騎士殿……。聖騎士という名前に相応しく、どこぞの少女漫画や乙女ゲームに出てきそうな雰囲気の美青年である。恐らくは二十歳そこそこ……。手にした剣は、豪華な装飾をしていて実に格好いい。鎧は着込んでいないせいで、その細マッチョな身体がよく伺える。
そして、その聖騎士様はこちらを見てニヤリと笑った。
「君が噂の凄腕ハンターのレイジだな。例のカオスドラゴンと戦って生き延びたハンター……なるほど、俺の一撃を受け止めるとは、噂はガセではないようだ」
俺が誰かと言う事もバレているし。
あぁ参った参った。これって逃げた方が良いパターン?
とか、心の中でパニクっていると……
「……ふふ、心配しなくてもいい。これでも一応耳は良くてね。君達のさっきまでの会話は聞いていたよ。だから、誘拐犯として君を突きだすつもりは無い。……今のところは」
え? 聞いていたって、どこから?
あのアホな会話を聞かれていたってのは、それはそれで恥ずかしい。
ちょっとだけ赤面したが、そういや気になる事を言ったなこの人。
「今のところは?」
「まぁね。それにしても、カオスドラゴンを撃退したハンターを従えている……か。全く、大嘘もいいところだな、あの王様」
「うぐ……それは申し訳ありません」
聖騎士ルクスのその言葉に顔を歪めて反応したのは、傍に居たシャルロット姫だった。
「おっと、王女様がそこに居たのを忘れていたな。こちらこそ、口が過ぎました。出来れば忘れていただけるとありがたいです」
「いえ、父上のせいで、聖騎士様にもレイジ様にも大変な迷惑を掛けました。王に代わって謝ります。申し訳ありませんでした」
今までのアホな態度から一変して王女様の顔になったシャルロット姫が、俺達に向かって頭を下げた。
あぁ、こうなるとそれなりに王女様っぽく見えるな。
『……考えてみたら、かなり失礼ですね』
(いやすまん。最初の印象がどうにも悪すぎてな)
出会い方が違っていたらもっと印象も違ったかもしれんが、俺の中でシャルロット姫はアホの子でインプットされてしまっている。これを覆すのはなかなか難しい。
見れば、ルクスも同じような気持ちなのか少し驚いているな。……さっきの会話聞いていればそう思うよね。
「非公式ではあるけど、謝罪は受け取っておくよ。王から正式な謝罪は多分無いだろうしね。さて、話を戻そうか。
こっそり会話を聞いていた理由だけど、事情を知った君がどう出るか気になっていたんだ。でも、そのまま逃げられたらちょっと困るから、こうして出て来たという訳さ。……まぁ、まさか俺の一撃を防ぐ程の力を持っているとは思わなかったけどね」
自らの剣を見て、少しだけ悔しそうな顔をする。まあ、シャルロット姫とアルカの忠告が無かったら危なかったけどな。
「さて、ドラゴンは興味ないとの話だったが、それは本当か?」
俺を逃げさせなかった理由はそれか。俺はふぅと溜息を吐いて頷く。
「……少なくとも、自ら戦いを挑みに行く程興味はないな」
はっきりと本音を言うと、ルクスはがっかりしたような表情になった。
「ううんそりゃ残念。今の一撃で、君と本格的に競い合ってみたいと思ったのに」
「安心しろ。エメルディア王国に協力する気もないから、ドラゴンの相手はお前がすればいい。……で、帰っていいか?」
「いやいや、良くないな。俺は言ったよ、君と本格的に競い合ってみたいと」
ギラリと眼光鋭くこちらを見据える。勘弁してくれよ……こっちは出来るだけ関わりたくないってのに。
「俺も、興味はないって言ったつもりだったが?」
「興味はある無いに関わらず、君には競い合ってもらう。悪いけど前言撤回だ。このまま君が去るつもりなら、シャルロット殿下誘拐の件を報告させてもらう」
「なっ!?」
うわーその手で来たか。ひきょうもん。
げんなりとしていると、ルクスは懐から何か……一枚の絵のような物を取り出してきた。
「俺の国にはこういった物があってね」
そう言ってルクスが取り出したのは、絵……では無かった。
それは写真だった。
その写真に、シャルロット姫と向かい合っている俺の姿がバッチリとカラーで収められていたのだった。
「この国では馴染の薄い物だろうが、これは絵じゃなくて写真というものだ。カメラと呼ばれる魔導機械によって作られた、実際の風景を切り取って紙に写し出す事が出来る。まだまだ普及しきっていない代物だが、十分な証拠になるだろう」
あ、はい。知ってます。
しかし、カメラまで再現とか帝国恐るべし……。
それにしても、物的証拠があるとなるとマズイ。こりゃ言い逃れは出来ないな。
『いざとなれば、強引に奪う事も可能ですが……』
(……止めといた方がいいかもな)
『そうですね。相手の力が現時点では未知数ですし、傍にシャルロット姫が居る時点で無茶な行動は控えるべきかと』
現時点では、頷くしかないって事だな。
……あぁ、めんどくせぇ。
「……分かった。引き受けよう」
俺が両手を上げてそう言うと、ルクスは満足げに頷いた。
「本音を言えば、ここで君と斬り合いを楽しみたいところだが、一応俺はゴルディクスより派遣されてきた聖騎士だからね。
競い合いの方法は、当初の予定通りにドラゴン退治といこうじゃないか」
斬り合いじゃなくて本当に良かったです!
それにしても、ドラゴン退治ときたか。本当にこの世界に来てからというものドラゴンに縁があるな。
「正直、こっちの国の王族とこれ以上関わるのはごめんだ。だから、詳しい事情を教えてもらいたいんだが」
「あぁ、構わないよ」
こうして、俺はルクスより竜王国から罪を犯してエメルディアまで逃げて来た事……。
そのドラゴンを倒す事は竜王国より認められている事……。
そのドラゴンを倒すのは、エメルディアかゴルディクスか早い者勝ちだという事……。
「王国と関わり合いになる事を拒否するという事は、ゴルディクス対君個人という事になってしまうが、それでもやるかい?」
俺は頷く。確かに、王国と協力する方が情報も手に入って都合が良いんだろうが、色々と面倒な事になるのは目に見えているからな。下手したら拘束されるぞ。
傍に居るシャルロット姫は「えーっ!?」と悲痛な声を洩らすが、無視!
「俺が勝った場合と負けた場合は?」
「勝ったとしたら、ドラゴンの死骸は好きにすると良い。負けた場合は……そうだな、その魔道具の秘密でも教えてもらおうか」
「何?」
「俺の一撃を受け止める魔道具なんて、帝国でもそうそう無い。そんなものをなんで君みたいな者が持っているのか、その秘密を教えてもらおう。……これでどうだい?」
魔道具……オーバーテクノロジーアイテムの秘密か。確かに、この世界の人間からしたら、気になる所ではあるよな。
まぁ、秘密が分かったところでどうにか出来る問題でもないし、別にいいか。
まずこの世界とは全く関係ない異世界の代物だし、俺が手放さない限り手に入れようがない。そもそも俺も手放すつもりは全く無いしな。
俺は頷くと同時に、今日起きた事の全てを思い返し、元凶であるそのドラゴンを呪った。
◆◆◆
とりあえず、後の事はルクスに丸投げして、俺はハンターギルドへと急いだ。
あの後、ルクスが俺の事をエメルディア王国側にどう報告するのかという不安もあったが、かなり投げやりになっていた事もあってか、もうどうなろうと知らんと割り切る事にした。
ただ、シャルロット姫だけは「そんな! このまま放置なんて残酷です!!」とか喚いていたが、もう無視だ無視!! そもそもあの子に関わったが為にこんな面倒な事になったんだからな!!
と、憤りつつギルドマスターの部屋へと入る。
「……予想以上に厄介な事になっとるのぅ」
「……ご迷惑かけてすいません」
なんか話を聞いて憔悴した様子のギルドマスターを見て、俺は深く頭を下げた。
人のよさそうな顔した爺さんなせいか、ものすっごい悪い事をしたような気がしてくるな。
「とにかく……その聖騎士ルクスとの賭けには応じるつもりなのかの?」
「まぁ、仕方ないので……」
「ふむ。という事は、期せずしてハンターギルド対ゴルディクス帝国という図式では無く、ハンター対ハンターという図式になったという事か。そこだけは安心じゃな」
「ハンター対ハンター?」
「そうじゃ。聖騎士ルクスは、Aランクハンターとしての資格も持っておる。本来なら、騎士とハンターの資格は併用出来んのだが、ゴルディクスのギルドより特例で認められておる。まぁ、ハンターとして動く場合は、騎士としての権限は使え無い事になっとるがの。
恐らく、エメルディア王国側より、ゴルディクスの騎士として動く事を禁じられたのだろう」
あいつ、ゴルディクス帝国対俺個人とか言っていたが、嘘って事かな? まぁ挑発する意味で言ったのかもしれないが。
とは言え、それはそれで問題もある。
「ハンターとして動くって言っても、よりによってAランクハンターか……」
自分の会った事のあるハンターで、最高ランクがBランクのブローガさんだ。
ブローガさんの話だと、Aランクハンターはあのカオスドラゴンとも十分渡り合える実力を持っていると言う。……そう考えると、恐ろしい奴を敵に回してしまった。
まぁ、直接ぶつかる訳ではないからまだマシだけどな。
「まぁ、儂の見た所じゃと、単純な実力勝負だったとしたらルクスの奴の勝ちじゃな」
「……だろうね」
はっきり言われるとちょっとへこむな。
一応俺もカオスドラゴンは倒してはいるんだが。……俺だけの力じゃないけども。
「じゃが、お主には例の魔道具の力があろう。それを使えばどうなるか分からんぞ」
それも確かだ。
アルドラゴの装備さえ自由に使えれば、大抵の敵はなんとかなると思うんだよな。それなりに場数も踏んだし、身体もそれなりに動くようになってきて、インストールしてある戦闘技能もある程度引き出せるようになってきた。
怖いとは思うが、どこまで渡り合えるのかは興味はあるな。
……こんな風に思うのも、本当にこの世界に染まったって事なんだろうな。ちょっと悲しい。
「そして、ハンター同士の争いになった以上、ギルドとしてお主に力を貸すわけにはいかなくなったのぅ。まぁ、エメルディア王国からの指名手配の件については理解した。これに関しては、ギルドとして正式に抗議しておこう」
本当は別にいいんだけど……とは言えねぇ。
ハンターを辞めてエメルディアを離れる事になる―――なんて、今の段階ではとても言えないですよ。
とりあえず、例のドラゴン退治の件が片付いたらそれとなく話してみるか。それまでは保留だな。
「それにしてもドラゴンか……。本物のドラゴンって俺見た事無いんだよな」
カオスドラゴンはドラゴンによく似た魔獣だし、ファティマさんはドラゴンではあるけどもそのドラゴンの姿って見た事無いしな。
考えてみれば、ドラゴンっぽい存在はこの世界に来てよく遭遇してきたものの、ちゃんとしたドラゴンって見た事ないじゃんよ。
まぁこれから竜王国って所に行くんだから、それの前準備として見ておくのもいいか。倒せるかどうかは、また別問題として。
「ブローガの奴ならば、ドラゴン族と会った事があるぞ。力を借りるのは駄目じゃが、話を聞くだけならば構わんじゃろう」
そうか。じゃあ、挨拶がてらに会っておくか。
俺はギルドマスターに礼を言って、この場から去ろうとした。その背に声が掛かる。
「じゃが、街を出歩くのはしばらく避けた方が良いの。未だ城の連中どもはお前さんを探しておるからな。……まぁ、お前さんならうまくやるか」
その通り。あの魔眼持ちのお姫様でも遭遇しない限り、姿を消していれば何の問題も無いです。おまけに、外を歩く時を屋根の上を利用するつもりだし。
さて、勝てるかどうかは分からんが、ドラゴン退治開始と行きますか。
俺は今度こそ部屋を出た。
なかなか話が進まなくて申し訳ないです。
キャラが多くなると、会話だけで結構な文字数になるのですね。
次話は、ケイ達の賭けの対象になってしまった逃亡者サイドの話になります。
さて、どんな者達なのか……。




