61話 エメルディア城潜入
「おにーちゃん、おねーちゃんたちひさしぶりー!!」
「元気だった―?」
スリとソラだったか。窓から室内に入り込むと、妹二人が足元にじゃれ付いてきた。
あぁ……癒される。
『ええ、元気でしたよ。貴方達も元気そうで何よりです』
アルカとルークはしゃがみこんで二人の頭を撫でている。
俺もやりたいが、とりあえずセルアに話を聞かなければな。
「あ……あ……あの……」
「よう、久しぶりだな。何か用か?」
久しぶりに会ったからか、セルアは対面して言葉に詰まっていた様子だ。とは言え、のんびりと会話している暇もない。用を聞いたらさっさとギルドに向かわないと。
すると、セルアは何処かイラッとしたような顔と声色で言う。
「……最後に会ったのがあんな状況だったってのに、随分と軽いのね、アンタ」
「あんな状況?」
ええと……確か宿屋夫婦に引き渡して、そのままだったか。
何か問題あったかな。
「さっさと消えちゃって! こっちはありがとうも何も言えなかったじゃないの!!」
キーッとなって喚くセルア。
とは言え、俺もあの場の雰囲気に耐えられなくなったから逃げたのだが、それがまずかったのか?
「……別に良いのに」
「そっちは良くてもこっちは良くないんだっての!!」
セルアはフーフーと荒い息をつく。
「で、おじさん達とは上手くやっているの?」
すると、セルアは顔をちょっと俯ける。
何か問題が……? と、不安に思っていると、
「た……楽しくやってる」
と、照れたような言葉が返ってきた。なんだ、恥ずかしかっただけか。
「なら良かった。一肌脱いだ甲斐があったな」
実は、たまに遠くから見たりはしていた。
その範囲内で言えば、三姉妹は幸せそうに見えたから、特に心配はしていなかったのだ。
「……そ、その節は……あ、ありがとうございました」
「どういたしまして?」
よく分からんが、お互いにペコリと頭を下げる。
なんか違う気もするが、まぁいいだろう。
「で、要件はそれだけ? 急いでるから、早く行かないといけないんだけど」
今こうしている間にも、この民家に兵士の一団が押しかけてこないとも限らないのだ。
「そ、そうだった! アンタ達を探している奴が居るんだった!!」
「いや、探している奴等なら、今王都中に……」
「俺だよ」
ふらりと俺達が居た部屋の扉を開け、会話に割って入って来たのは、懐かしのキャラクター……ジェイドだった。
風の噂ではなんとかDランクに戻れたらしい。あれから会う事は無かったが、別に嫌いな奴ではないので、良かったと思っていたのだ。
「おお、久しぶり!」
「久しぶり……じゃねぇよ。しかし、本当に二階の窓から現れるとは思わなかったぞ」
その言葉に、何故か自慢げな様子のセルア。
「俺達探しているって、お前?」
「俺と言うか、王都のハンター全員にギルドマスター直々の命令だ。一刻も早くお前等を見つけ出せ……ってよ」
「あぁ、俺もギルドマスターには会いに行こうと思ってたんだ」
「外の様子は俺も知っているよ。お前、何やったんだよ」
「知るか。なんか勝手に窃盗の容疑かけてきたぞ。とりあえず逃げたけど」
「……遅かったか」
すると、ジェイド達もその事が理由で俺達を探しているという事か。
その後、なんでここに居るかとの事情を聞いたが、この民家はジェイドの実家だと言う話だ。
まず、ジェイドが俺がかつて泊まっていた事のある宿屋を探して、セルア達に辿り着いた。セルアは、話を聞いて俺達が何処に逃げるかを予想し、比較的落ち着けて、見通しが良いこの家の二階で俺達を張っていたと言う事らしい。
まぁ、彼女達を王都内で連れまわした際、屋根の上は散々駆け回ったからな。
「追われる本当の理由とか知っているのか?」
「いや、詳しくは聞いてない。ただ、相手が貴族じゃなくて城の方じゃないかって話だ」
「し、城!?」
どっかのアホな貴族が相手だと思っていたけど、まさか王城の方だったとは。
噂に聞くかぎり、この国の王様は結構な馬鹿……というか、短絡的な奴だという話だが、実は本格的な馬鹿だったとか?
「で、ギルドマスターはなんて?」
「とにかく、早く王都を出ろと言ってたな。後は、ギルドが何とかするとか」
ギルド任せか……。これから、ハンターを辞めるつもりの身としては、なんか心苦しいな。
いや、実は事情があってハンター辞めるんです。……なんて、今の状況下では言い辛い事この上ない。せめて、今のこのトラブルの原因だけでも、自分で探っておくか。
本当はトラブルも解決しておきたいけど、王族なんかと関わったら後々面倒そうだし。
「王都の方は出るつもりだけど、ちょっくらその前に城の方を探ってくるよ」
「は? 今なんつった?」
訝しげに眉を寄せるジェイドに、俺は畳み掛けるように言った。
「んじゃ、後でギルドにも寄るつもりだけど、元気でやれよな! モニカさんとの事は陰ながら応援しているぞ」
「は? なんだその今生の別れ……みたいな言い方」
いやあ、そうなるかもしれないんだよなぁ。そう思ったら、この厳つい顔も少々見る機会が無くなるのがちょっと寂しい。
ポンポンとジェイドの肩を叩くと、今度はセルアの方を向く。
「セルア達も元気でやれよな」
「う……うん」
「よし! じゃあチーム・アルドラゴ、最後のミッションに向かうぞ!!」
俺は、アルカとルークに向かって言うと、返事を待たずに窓から飛び出した。
その後を追ってくるアルカとルーク。
「お、おい!」
慌ててジェイドも追いかけて来るが、さすがに俺達のスピードには追いつけない。距離は次第に開き、やがて見えなくなる。
『最後のミッション……ですか。城へ行って何をするつもりですか?』
「とりあえず、なんで俺達を追ってるのか理由を調べる。そんで、比較的簡単に解決できそうなら解決するぞ。面倒そうなら諦める」
『まあ、城……という事は、王様の命令でしょうからね。多分簡単には解決できないですよ』
「それでもいいさ。このままギルドに全部丸投げするってのはどうも申し訳ない。せめて原因だけでも掴んでおきたい」
『もし、王様がただのわがままでケイのアイテムを取ろうとしたのだとしたら、どうします?』
「……こっそりとぶん殴るかな」
『こっそりとですか?』
「そう、こいつを使ってな」
目の前には城壁に囲まれた城がでーんと存在している。
俺は、ミラージュコートのスイッチを入れて、ステルス化した。これで、視覚的には完全に見えなくなった訳だ。
さぁて、某蛇さんばりに潜入ミッション開始だな。最も、ステルス迷彩装備済みだから、難易度は格段に下がるけども。
◆◆◆
あの後無事に住み込みで働いている宿屋へと戻ったセルアであるが、ある人物の来襲を受けた。
「先生!!」
赤い髪をした頬に傷のある少女が飛び込んできた。
「な、何? アンタ!?」
「先生!? 先生!! 居るんでしょ先生!?」
が、少女は聞く耳持たない様子で宿屋内を駆けまわり、部屋を一つ一つ確認していく。
……今、宿屋の夫婦が出かけていてセルアだけの留守番状態であり、おまけに客が誰も居なくて助かった。ついでに妹二人も遊びに出かけている。
いやいや。助かったではない。
従業員としては一つ文句を言わなくては!
「こらーっ! いきなり飛び込んできて何やってんだ!!」
セルアが大声で注意すると、少女はやっとこさ動きを止めた。
そして、スタタッとセルアの前へやってくる。
「すまない。少々我を忘れていた。私はCランクハンターのミカだ。この宿に私の先生が潜伏しているとの情報を得たのでな。急ぎ駆けつけた次第だ」
丁寧に……だが早口でとりあえずの説明をした。
どうも、悪さをする目的で来たわけでは無いようだが、言葉の意味がよく理解できない。
「ええと先生? ここ数日、人族の客はいないんだけど……なんか勘違いしてない?」
「そんな筈はない! それに、先生が王都に来た当初はこの宿を利用していたとの情報もある!」
「それって昔でしょ? 今は違うんじゃないの?」
「いや、先生が王都で宿をとった記録があるのは、この宿だけな筈だ。だとしたら、実は隠れて宿をとっているのではないかと思ったのが私の推理だ!」
と、自信満々に言い切った。
なんというか、思い込みの激しい子なんだろうか。そして、どことなく頭が残念そうだ。
「という訳だから、先生を出せ! ここに居るのは分かっている!!」
「いや、だからいねぇし! その断定口調で言うの止めてくんない?」
どことなくじゃなくて、かなり頭が残念な子だった。
見た目結構な美少女だというのに、そこも残念な子だ。
「そもそも、その先生ってどんな奴なのよ」
「む? 先生の情報か? 彼は、私の憧れる人生の師匠だ! 素晴らしい人格者で、戦いの腕も圧倒的だ。出来れば、いずれ人生のパートナーになってほしいと思っている」
「いや、そんな事聞いてねぇし。中身じゃなくて、外見の詳細を語ってよ」
「そうだな。髪の色は、まるで燃えるように真っ赤だ。続いて、頭に額当てのようなものを付けている。後は茶色の瞳に、少し幼さを感じさせる顔つき。服装は真っ赤な外套のようなものを着込んでいるな。外套の下はこれまた赤と黒の服だな」
……レイジじゃねぇか。
そんな外見の奴が二人も居る筈が無い。それにしても、こんなめんどくさそうな女の子の知り合いが居たとは意外だ。
「先生って、あいつ弟子なんていたんだ……」
「む! やっぱり先生を知っていたのか! さぁ出せ!!」
「いや、だから居ないってば。レイジの事なら、ちょっと前からの知り合いってだけ」
本当はセルアの大恩人ではあるのだが、何故だか目の前の子には言いたくない。
「む、むむっ! 先生に獣族の知り合いが居たとは驚きだ」
「っていうか、弟子ならあたしの話とか聞いてないわけ? 一体、どれぐらいの付き合いなのよ」
「かれこれ、3日程度だが」
「短っ!!」
なんか頭が痛くなってきた。
っていうか、3日程度の付き合いでこの心酔具合って、あいつ何やったんだよ。
「ひょっとして、先生ってアンタが勝手に言ってるだけで、実は弟子でも何でもない赤の他人だったりする?」
「む? 確かに先生とは私が勝手に言っているだけだ。だが、赤の他人とは失礼な! 彼の指示は実に的確であり、彼の元でなら私はもっと強くなれるんだ!」
「じゃあ他人なんじゃないの」
「ぐ……!!」
あ、言葉に詰まった。勢いで誤魔化してはいるが、正論言われると弱いタイプだな。
「それに……レイジの事を先生だって言うんなら、勿論アルカさんの事も知っているんでしょ」
「ぐ……ぐはぁっ!」
どうも会心の一撃だったらしい。というか、アルカさんの存在を頭の中から消し去っていたな。存在を無視する事で心の平静を保っていたか。
「し、しかし……あ、あの二人がこ、恋仲だという話は聞いてないぞ。先生も断言しなかったし……」
「う~ん。恋仲じゃあないかもしれないけどさ、すんごい信頼関係だよ、あの二人。その間に入っていけると思う?」
「う……!!」
「その間にアンタが入る事で、信頼関係が崩れるかもしれないけど、その覚悟とかあるの?」
「か……覚悟?」
「偉そうな事言える立場じゃないけどさ、あの二人の間に入ろうって言うんなら、色んな事考える余裕持った方が良いよって言う話」
そう言うと、なんだかミカはしょんぼりとしてしまった。その姿を見ると、ちょっとだけ可哀想な事をしたかなとか思ってしまう。
「後、レイジならちょっと前に会ったけど、もうどっかに行っちゃったよ」
その言葉を聞くと、ミカは小さく「ありがとう」と言って去っていった。
来た時はまるで暴風のようだったが、帰る姿はどこかじめっとした風のようだ。背中も、幾分小さく見える。
きつい事を言ってしまったかな……とも思うが、仕方ない。今の彼女では、自分の気持ちに一直線なだけで、周りが見えていない。今のままレイジ達との間に割り込んだところで、何もなし得ないどころか、酷く傷つくだけで終わってしまうだろう。
セルアの言葉を聞いて、少し冷静に周りを見えるだけの心を持てるようになればいいのだが……。
少しの間だが、レイジに対して恋心に近いものを抱いた事のある少女からの、精一杯のアドバイスだった。




