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58話 逃亡者



 エメルディア王国を襲った騒乱の幕開けは、ある一報からだった。


「逃亡者……だと?」


 エメルディア王国の王宮……その謁見えっけんの間にて、神聖ゴルディクス帝国より派遣された来た聖騎士……ルクスは皇帝よりたまわった書状を王へと渡す。


「ディアナスティ王国……かの竜王国より、重罪人が人間の世界へと逃げだしたとの事です。かの国からは追手が差し向けられるとの話でしたが、我が国がそれを拒否。人間の世で起きた問題は、人の手で解決する……そう宣言しました」


 聖騎士ルクスは、白銀の鎧を纏った金髪碧眼の見目麗しい青年だ。

 まるで物語に登場してくる勇者のようなたたずまい。彼を一目見た、ほんどの者達はそういう感想を持つのだった。


 実際の所、彼は清廉せいれんな騎士であり、頭が固い所はあれど非の打ちどころはさほど見当たらない人物ではあった。……とりあえずの所は。


 この場に居たのは、エメルディア王、大臣、護衛の騎士が二人。そして、ルクスの5人だけだ。書状の中身が中身なので、最低限の人数のみで謁見している。


「竜王国の重罪人……という事は、当然その者はドラゴンでしょうな」


 大臣が尋ねると、ルクスは「はい」と頷く。


「ふん。どうせ、そのドラゴンの残した爪……牙……鱗を我が国のものとしたいから、そう宣言したのであろう。ドラゴンの死体なんぞ、宝の山だからな」


 そう口にするは、エメルディア王国の王。

 50代の威厳溢れる風貌ではあるが、国内外の評判はさほど高くは無かった。何といっても、我慢という言葉を知らないと揶揄やゆされる程に、短気な男なのだ。

 ちなみに国の規模で言ったら、ゴルディクス帝国はエメルディアの5倍以上の国土がある。国の人口、文化水準で言っても随分と開きがある。エメルディア王は余計にそれが気に入らない。

 よって、目の前の特使に大しても良い感情は持っていなかった。


「既に何度か交戦し、奴めはこのエメルディア王国内へと逃げ込みました。よって、この国で自由に動く権限を頂きたい」


 何度か交戦……。

 最強の生物と言われるドラゴン族と、交戦して生き延びているという事実にも驚きだが、追い詰めているのが人族であるルクスの方だと言うから驚きだ。

 そんな人物からの頼みだ。当然エメルディア王も―――


「断る」


 場がシーンとなった。

 傍に控えている大臣は、目を丸くして王を見つめている。


「……どういう事でしょうか?」


 意味が分からないといった様子でルクスは尋ねる。


「この国の問題はこの国で解決するという事だ。逃亡したドラゴンを倒す事等、貴公の手助けを受けるまでもない」

「……ドラゴンを倒す程の手練てだれの者が、この国には居ると言う事ですか?」

「まぁな。貴公も噂ぐらいは聞いているのではないか? カオスドラゴンを撃退した者の噂を」


 大臣は、その言葉に「え!?」と声が出そうになるが、慌てて口を押えた。


「……あれはハンターという噂だったのでは?」


 そう、あれを撃退したのは国では無くハンター協会に所属している者である。しかも、聞いた話によると正確には撃退した訳でも無く、ただなんとか生き延びたレベルだという話なのだが……。


「ふん。その者ならば、今はこの国に仕えておるわ。よって、その者ならばドラゴンを倒す事ぐらい造作もない事と言えよう」


 大臣からしてみれば、王は見事に嘘八百を言い切った。色々と強引な王政を行ってきた男ではあるが、よもやこんな嘘を堂々と言ってのけるとは……。

 大臣は止まらない汗をハンカチで拭い続けるのだった。


「! それは……是非ともお会いしてみたいものです」

「いずれ会わせよう。よって、貴公には悪いが即刻帰国して―――」

「いえ、申し訳ありませんがそういう訳にもいきません。私としても出来る限りの事をしなくては、陛下に怒られてしまいますからね」


 気持ちよく喋っていた王の言葉をルクスは遮った。王はあからさまに不機嫌な顔となる。


「しかし、貴公にはこの国で自由に行動する権限など……」

「いえ、こう見えて私、こういった物も持っていますから」


 そう言ってルクスが取り出したのは、一枚のカード。

 ハンターライセンスカードだった。しかも、そのランクは“A”である。


「Bランク以上のハンターであれば、国外での活動も認められています。つまり、形式としてこういった訪問をしましたが、私の行動を阻害する権限は貴国には無いと言う事です」


 王の顔色が即座に赤くなる。……この場合の赤は、怒りによる赤だ。


「だが、騎士でありながらハンターを兼任する等……」

「特例で認められています。これは、ハンター協会の承諾も得ていますから、何の問題もありませんよ」

「ぐぬぬ……」

「では、この場は失礼いたします。どちらが先にドラゴンを仕留めるか……については、早い者勝ちという事でどうか」


 ルクスは片膝の体勢から立ち上がり、そのまま背を向けて謁見の間から出て行こうとした。


「待て貴様!」


 が、王の怒号によってその足が止まる。


「特使とは言え、一介の騎士風情が王に対して無礼ではないのか……」

「無礼……でしたか。申し訳ありません。単なる田舎の村育ちの作法知らずですから、どうか大目に見てもらえると有難いです」


 ちっとも申し訳ないと思っていないような笑顔で、ルクスは軽く頭を下げた。

 その態度に余計に腹が立つ。


「今、この場で不敬罪で貴様を牢に入れる事も出来るのだぞ」

「はぁ……。私を牢にですか、別に構いませんが、その際は最大限に抵抗しますがよろしいか? 加えて言えば、帝国に対する敵対行動ととっても良いのですが……」


 その言葉にこの場に居た者達はゾワリと背筋が冷たくなるのを感じた。

 今は武器を取り上げられているが、ドラゴンと渡り合えるほどの実力を持ち、尚且つAランクハンターだ。この者が暴れたとして、どれほどの被害が出るというのか……。


 また、帝国に敵対するという手段も考えられない。

 万が一にも戦争となれば、どう考えてもエメルディアに勝ち目はないのだ。


「話は以上ですね。では、失礼します」


 謁見の間の扉が閉められる。

 途端、その扉目掛けてグラスが飛んだ。


「おのれ! 不敬なガキめ! ゴルディクス帝国め!!」

「陛下。相手は帝国の聖騎士です。下手に怒らせたら、どうなるか分かりませんよ」

「この儂が青二才相手にへりくだれというのか!」

「へりくだる必要はありませんが、怒らせるなと言っているのです。ドラゴンは奴が倒すと言っているのです。放っておけばいいでしょう。もし被害が出たとしたら、それこそ帝国へ賠償ばいしょうでも請求すれば……」

「ならん! そのドラゴンは我が国で処理する」

「しかし、どうするというのです。我が国には、ドラゴンに立ち向かえるほどの力を持つ者は居ませんよ。騎士団が総がかりでも難しいです」

「ふん。さっきも話に出ていたであろう。例のカオスドラゴンを倒したとか言うハンターを連れてこい」


 あぁ……と大臣は天を仰いだ。

 やっぱり本気で言っていたのか。


「その男ですが、王都の一部貴族や城の者が何度か接触を試みたらしいのですが、全くこちらに対して反応を起こさないらしいですな。プライベートも謎が多いらしく、何処に住んでいるか等、足取りが全く掴めないらしいです」

「なんだそれは? 王都に暮らしている事は間違いないのだろう?」

「ギルドに出入りはしているらしいのですが……ギルドに入る所を見た者が居ない上に、出た後の行動も全く不明なのです。まるで幽霊ですな」


 まして、一定以上に親しい者もそれほど多くない。ギルドマスター、ギルドの受付嬢、あとは一部のハンターぐらいである。

 そのどれもがギルド関係者となると、無理に聞き出すと言った行動はとれないのだ。


「ならば、適当な罪を被せて、城へ連行して来い」

「よ、良いのですか? その者の信用が得られないばかりか、ギルドとも関係が悪化しますが」

「構わん。今はとにかく、あの若造よりも早くドラゴンを倒すのだ。後の事は後で考えればよい」


 そうは言うが、ギルドとの関係悪化はどう考えても悪手あくしゅだ。

 万が一、ハンターギルドが王国を見限れば、どうなるか。魔獣の被害の増加、国民の非難不満、他国との交易にも影響を及ぼす。

 だが、それでもここは頷かなければ王は納得しないであろう。


「……はぁ、分かりました。数日中にその者を城へ連れてきます」

「明日までだな」

「は、はぁ!?」

「それと、あの若造の足止めもしておけ。3日以内にドラゴンを狩るぞ。魔法騎士団にも声を掛けておけ」

「あ、足止め? 3日以内? ど、どうやってですか?」

「そんなもの、頭を働かすのはお前達の役目だろうが。やっておけ」


 王はそれだけ言うと、謁見の間から出ていくのだった。

 大臣は一人、押し付けられた無理難題に頭を抱えた。




◆◆◆




「やれやれ……ここまで怒号が響いていたぞ。こちとら、いつ傍に居る騎士に斬りかかられるのかとビクビクしてたっての」


 謁見の間を出たルクスを出迎えたのは、ゴルディクス帝国より共にやって来た騎士の一人……ブラットだ。

 ブラットはルクスよりも2つ年上の22歳。飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を持つ背の高い男だ。ルクスとは騎士団に入団した頃からの付き合いであり、世渡り下手なルクスを当時からフォローしていた男でもあった。


「噂通りの愚王ぐおうだな。全く、皇帝陛下の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気分だ」

「おいおい、ここは王城だぜ。そんな王様の悪口を堂々と言うもんじゃないさ」

「ふん。こんな国の衛兵や騎士どもなど、何人こようが問題ない」

「……まあ、それが事実だから厄介なんだよな」


 実際、一日もあれば城を陥落させるなど、ルクスには容易い事だ。……帝国の聖騎士とは、そういう存在なのだ。

 二人は廊下を歩きながら、情報交換をした。


「それで、協力の方は……無理だわな。さっきの雰囲気からすると」

「問題ない。ハンターとして動けばいいだけの話だ」

「となると、俺達は手伝えないぞ。あくまで騎士としてのお前のフォローが仕事だからな」

「それも問題ない。翼に傷を負わせた以上、遠くへは飛べない。この王都近隣に潜伏している筈だ」

「でも、どうなんだろうねぇ」


 そう呟くブラットに、ルクスは眉をひそめた。


「何がだ?」

「いや、ひょっとしたらやっこさん……この国に来る事が目的だったりするかもよ」

「どういう事だ?」

「先の戦闘の様子を見るに、やっこさん戦う事よりも逃げる事に徹していやがった。しかも、逃げる方角は3度の戦闘のうち、3度ともこっちの方角。こりゃあ、こっちに何か目的があったんじゃねぇかってのが俺の推理だ」

「この国に? 一体何の目的があってだ? こんな世界の果ての国で」

「それが分かれば苦労はせんよ。大体、やっこさんが大罪人だって話だが、具体的に何をしたのかは聞いちゃいないだろう?」

「……それは陛下から聞いてないな」


 聖騎士の仕事は受けた命を実行するだけ。その理由までは必要が無い限り聞く事は無い。


「まぁ、何はともあれこの国の先には何もない。追い詰めた事には間違いないさ」

「だが、悠長にもしていられん。ぐずぐずしていたら、先に狩られる」

「はぁ? この国の力でドラゴンは倒せんだろ。技量レベルから察すると、騎士団総がかりでも厳しいぞ」

「何でも、カオスドラゴンを倒した男がこの国には居るらしいからな」

「はぁ!? そんな話聞いた事―――って、そういやちょっと前に耳にしたか。ただ、あれは撃退したわけじゃないみたいだけどな」

「カオスドラゴンと戦って生き延びた男が居るだけでも十分脅威だ。いくら俺でも、奴と一対一サシで戦うのはキツイ」


 ドラゴンの実力はピンからキリまであるが、カオスドラゴンは問答無用で脅威の存在だ。

 実際、あのドラゴンと戦ったルクスだから分かる事だが、奴よりもカオスドラゴンの方が実力は上だと判断できる。


「それでもそんな男がエメルディアにねぇ……。もっと噂になってもいいと思うがな」

「恐らく、国に仕えているというのは嘘だ。だが、ドラゴンと戦える機会を与えられるとなると……引き受ける可能性は高い」

「まあ、総じてハンターランクが高い奴は戦闘狂だからな」

「そいつ自身に興味はあるが、まずは陛下からいただいた仕事を片づけるのが先だ。そいつの事はその後で良い」

「へいへい。まずは酒場でも行って情報集めといくか。それぐらいはやっても構わないだろ」

「頼む。……それと、俺は飲めん」

「やれやれ……うちの聖騎士様の唯一の弱点だわな」

「うるさい」


 ポンポンと肩を叩く手を、煩わしげに叩き落とすルクス。

 が、その意識は背後に向けられていた。


 すこし離れた場所から、こちらをこっそりと見ている気配が一つ。


 最も、ちっとも脅威は感じない。放っておいて構わないとルクスは判断した。


 そして、その人物であるが……


「うふふ。あれが噂の聖騎士ルクスか……。そして、その聖騎士が凄腕ハンターのレイジ様と激突! うふふ……レイジ様♪ レイジ様♪ どんな方なのかなぁ、会うのが楽しみだなぁ」


 まだ見ぬ理想の男を思い浮かべ、まるでワルツでも踊るよう優雅に、クルクルと回るその者は、この国の第一王女……シャルロット。まだ14歳の夢見る少女だった。



 こうして、異邦人ケイの与り知らぬところで事態は動き、ケイやチーム・アルドラゴの者達は否応にも事件に巻き込まれていくのだった。




 久しぶりに主人公登場しない回。いや、他人から見た視点でも登場しないのは、初めてですね。会話の中ではチラチラ出てきましたが。


 新キャラも多数登場しました。特にルクスは、今後色々と出番を想定しているキャラクターでもあります。

 また、今回色々と他国の情報が出る話になったのであ、今までぼんやりしていた世界観を改めて設定しました。この辺、考えるのはめんどくさいのと楽しいのが半々ですね。

 一つの事件が終わったと思ったら、また新たな厄介事に巻き込まれるケイ達。果たして、今回の結末はどうなるか……。

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