44話 バジリスク
あの宿屋の親子がバジリスクに遭遇したのは、およそ半年前の事だったらしい。
田舎のある近隣の村からの帰り道で、商人たちが利用する合同馬車に乗っていた。
普通に行けば、何てことのない旅だった。
が、通常使う街道がその時訪れていた隣国の王族の移動経路に含まれており、警護の関係上一般人が使う事を許されなかった。
仕方なく迂回路を使用せざる得なかったのだが、乗り合わせた商人が断固として拒否。なんでも、規定の時間までに王都に辿り着けなければ、ご破算になってしまう取引があったらしい。
詳しい事は不明。その商人は、バジリスクに食われて死んだ。
結果として、街道を外れ、王都への近道を通ろうとした所を魔獣の領域に足を踏み入れてしまった……という事だ。
最終的に、生き残ったのは4人だけ。
宿屋の夫婦と、馬車の御者、そして馬車の護衛を担当していたハンターが一人……それのみだった。後は、全て食われた。他の客も、商人も、残りの護衛も。……夫婦の二人の娘も含めて全て。
無茶な行動をする元凶となる商人はもういない為、夫婦にとって、恨みをぶつける相手は当のバジリスク以外に無かったのだろう。
そしておそらく、こんな依頼を受ける物好きも、自分たちだけなんだろうと思う。
『これって、仇討ちって奴なのかな?』
「まぁ、それの一種だろうな」
はっきり言えば復讐か。
定番ネタなんだが、こういう世界だとこういった事情で家族や大切な人を失ったっていう人は多いんだろうな。
勿論、仇を討ったところで失った人が帰ってくる訳でもないんだろうが、殺した当の相手が、のうのうと存在しているってのは、なかなか割り切れるもんじゃないだろう。
『ですが、この世界では魔獣を完全に消滅させる事は不可能です。倒した所で、数年も経てば新たな魔獣として生まれ変わるのですから』
「だから、割り切りなんだろうよ。そんな事言ったら、人間だって死んだら転生するのかもしれないし」
少なくとも、死後は天国に行くっていうよりは真実味があるんじゃないかなと俺自身は思っている。異世界召喚がここに実例が居るとしたら、異世界転生だってひょっとしたら存在するのかもな。
異世界で強くてニューゲームか……。現世に未練が無いのなら、それも羨ましいかなと思ってしまうな。まぁ、俺は未練ありまくりだからこうして帰る手段求めて頑張っているけども。
ちなみに、今現在ルークの操縦するゴゥレム……タウラスビークルモードに乗って、王都より少し離れた場所にあるバジリスク領域へ向けて爆走中である。
タウラスビークルモード! そう、タウラスのパーツを組み替えて、移動用のビークルに変形したものである。まぁ、ビークルと言っても猛牛型のマシンに台車を引かせているだけの代物だが。
なんで牛なのかって事だが、12星座で移動用に使えそうなのが、他にアリエス、レオ、カプリコーンぐらいだったんじゃ。なんとなくレオは格闘用に使いたいし、羊と山羊って人を乗せて走るってイメージ無いでしょう。よって、消去法で牛さんになりました。
今は兼用だけど、いずれちゃんとした移動用ビークル作りたいな。
世界観無視すりゃ、バイクだの車みたいなのも宇宙船の中にあるんだけどね。まあ、ファンタジー世界に居るんなら、それっぽい外見のやつ欲しいじゃん。
そう思うと、アルドラゴの外見がドラゴンっぽくて本当に良かった。
『リーダー、そろそろ到着するよ』
「あいよ。バジリスクは神経系を麻痺させる猛毒を持っているからな。今回は俺はあまり前に出ないぞ」
一応、完全装備ではあるんだし、むき出しになっている頭部を狙われない限りは大丈夫なんだけどな。
実体化アルカとルークが実戦経験を積むという意味でも、俺はあまり前に出ないでおこう。
さてと、バジリスクか……。
爬虫類と言えば、ペットショップに居る蛇、亀、動物園でワニ程度しか見た事のない俺だ。
色々すっとばしてワイバーンとかカオスドラゴンとか見ちゃったけど、でかいトカゲってのがどういうもんか楽しみではある。あ、竜馬とかもう見てたか。
なんていうか、伝説上の生物をこの目で見れるってのはやっぱり楽しいんだよな。
『ケイ、敵性反応確認しました』
「よし、ルーク。タウラスバトルモードで先陣を切れ!」
『おーうっ!!』
ガチャンガチャン! と、猛牛型だったタウラスが分解され、新たなパーツを取り付けて人型に変形する。
タウラスバトルモード!
おお……何度見ても格好いい。パワー系の牛って、物語だと大体かませポジションなんだけど、俺は好きなんだよパワー系。こんなゴツイのが味方って、なんか頼もしいだろ。
俺たちの存在に反応したのか、岩陰からぞろぞろとバジリスクが出現し出した。
見た目の印象は、テレビで見た事のあるコモドドラゴン。それの大きさは倍くらいの奴だ。
こんなのにゾロゾロと囲まれるのは、結構な恐怖だぜ。
『モオォーーーー!!』
ノリの良いルークは、雄たけびを上げながら、バジリスクの群れへと突進した。
バジリスク達はキシャー! と威嚇の声を上げながらタウラスへと飛びかかる。4体のバジリスクがタウラスに組み付き、その毒効果のある牙を…爪を突き立てようとする。
が……
『効くかぁー! そんなもん!!』
訳せないからどんな金属で作られているのか分からんが、とにかく特殊金属で出来た装甲を、バジリスクが破れる筈もない。
ふんず……と自分に組み付いていた2体のバジリスクの首を掴み、周りに群がっていたバジリスクへと投げつける。
そしてもう2体も捕まえると、自らの足元へと叩き付けた。
地面に叩き付けたバジリスク目掛けて、タウラスは拳を振り下ろす。
『メガインパクトォー!!』
肘部分からのロケット噴射によって、加速をつけて渾身のパンチを繰り出す技だ。
残念ながら腕は飛ばない。
そのメガインパクトを受け、2体のバジリスクは粉々に粉砕され、そのままの勢いで大地に穴を作り上げた。
それを見て、バジリスク達はタウラスを脅威と捉えたのか、慎重に周りを取り囲みながら徐々に後ずさりしている。まずいな、逃げるつもりかな。
『まだまだー! かかってこーい!!』
ズシンズシンと巨体を揺らしながら、ルークはタウラスを操って逃げるバジリスクをじりじりと追い詰めていく。
だが、残念な事にタウラスはその巨体に違わず、鈍重である。
4本足でせこせこと動き回るバジリスクを捉える事は容易では無かった。しかし、バジリスク自体もタウラスに捕まったらお終いだと考えているのか、一定の距離以内には近づけずにいる。
よって、バジリスク達の選択肢は狭まる。
逃げるか、他の獲物へ攻撃するか……。
数体のバジリスクが、こちらへ攻撃の対象を改めた。
よし、俺も行くか……と思って武器に手を掛けた所で、アルカがすっと前に出る。
アルカの手には、新たに作り出した武器が握られていた。
《アルケイドロッド》
実体化したアルカのメインウェポンは、ほぼ水を利用した魔法である。よって、その水を効率よく形にするための補助用の武器がこれだ。
1メートルサイズの棒だったものが、カチッとスイッチを入れる事でアルカと同程度の身の丈サイズへと伸びる。
そして、その棒を目前に迫って来た2体のバジリスク目掛けて振るった。
空中のバジリスクが、4つに分断される。
即座に魔素になって霧散し、足元に魔石がポロリと落ちた。
杖の先からは、水色の半透明な刃が飛び出している。水の大鎌……。ウォーターカッターの原理を利用して水を刃に固定したもの。
アルケイドロッド・サイズモードだ。
なんで大鎌なのかは、俺のアニメの知識に影響されたらしい。
続いて遠く離れた位置に居るバジリスクを睨み付け、水の大鎌を解除し、杖の長さを戻してクルリと持ち手を回転させる。
両手で杖を横に持ち、その先端をバジリスクへと向ける。
ヒュン!
杖の先端より、圧縮された水の弾丸が放たれた。弾丸を受けたバジリスクは、即座に消滅したのだった。
そう、これライフルである。
アルケイドロッド・ライフルモード。
日曜朝にやってる特撮物では、近接武器と遠距離武器を一緒にした武器がよく出てくるが、実際にやったら強度がどうとか、銃でガンガン叩きあって暴発したらどうすんじゃ……的な問題があると思うのだが、これは特に機械的な制約は無いもんな。刃も銃弾も、アルカの水だし。
こんな感じで、遠くで逃げようとしているバジリスクはアルカのライフルによって駆逐されていく。
逃げられないと悟ったバジリスクは、破れかぶれになってタウラスへ立ち向かい、これまた駆逐される。
中には、その様子をぼーっと見ているだけだった俺へ向かってくる奴も居た。
うん。俺も新アイテムの慣らし運転とかしたかったから、ありがたい。
俺がジャーンとばかりに取り出したのは、
The日本刀!
……の形だけ真似た新武器である。
鍔とかは無いから、どちらかと言えば任侠映画とかで見るドスに近いのかもしれない。
ただ、柄の部分に普通の刀には無い物がある。
トリガーの如きスイッチだ。
俺は、飛びかかって来たバジリスク目掛けて、トリガーを引き絞りながら刀を振るった。
トリガーを引き絞る事で、刀身が一瞬にして赤熱化する。高熱によって切れ味の増した刃は、バジリスクの身体を簡単に両断してみせた。
《ヒートブレード》
いつまでも作業用カッターじゃヤダ! と言ってみたら、この日本刀を模した武器を作ってくれたのだった。
初めて持った時、ニヤけてしまったのは言うまでもない。
刀を持つってのは、男の子の憧れなんだぜ。
切れ味に関しては、高周波カッターの方が上らしいんだが、やっぱり見た目はこっちの方が良いね。一応高周波カッターもアイテムボックスの中に入ってますよ。
この肉を斬る感覚にもだいぶ慣れてきてしまったのが悲しいが、この世界で生きていく為だと割り切る。
それに、こいつ等を野放しにしておいても良い事は無いしな。
俺は、少し離れた位置に居るバジリスクに向けて、掌を向けた。
バシュン!
俺の掌より光弾が放たれ、バジリスクに命中する。バジリスクは光弾が当たった衝撃で吹き飛ぶ。だが、ダメージはそれほどでもないようで、こちらを警戒しながら窺っている。
う~ん。いまいち威力が小さかったか。対人相手ならこれでも良さそうだが、魔獣相手だとキツイか。
《ハンドバレットリング》
親指、中指、小指に嵌めるリングで、これを付ける事により、銃ではなく手からエネルギー弾を放てるのですよ。
つまり、ドラゴ○ボールの気功波だ!! 両手に付ければ、かめ○め波っぽい事も出来るぞ!!
そして……
俺は近くに居たバジリスクへ詰め寄ると、その頭部を掌で鷲掴みする。
「バーンフィンガー!」
ゼロ距離でハンドバレットを使用する技だ。
鷲掴みにした頭部が弾け飛ぶ。
うげ……思っていた以上に見た目がキツイぞこれ。血とか脳漿が飛び散らないだけマシだが、あまり生物系の魔獣に対しては使わない方が良いかも……。
こんな感じで、俺のこの手が光って唸る……的な技も使用可能です。さすがに名前は変えた。
チラリと辺りを見回すと、30体は居たと思うバジリスクの群れは、ほとんどが殲滅されていた。
これなら、後は任せても問題は無いな。
俺はそう判断して、ちょっとした野暮用に取り掛かるとした。
こうして15分程探し回った訳だが……。
「……あったか」
岩山の中……浅い洞窟内に、まるで戦利品のように置かれていた。
数々の犠牲者の人骨。
せめて骨だけで良かったか。これだけでもちょっと吐きそうなのに、肉とか残っていたらヤバかったな。
どれが誰の遺体なのか分からないし、これは全部集めて火葬した方がよさそうだ。
でも、その前に……
ハンターと思わしき遺体から、遺品であるカード、武器を、子供と思わしき遺体からは、服の一部とぬいぐるみらしき物の一部を拾っておく。
お金やら商品と思わしき物品もあったが、これはそのまま供養しておこう。後で祟られたら嫌だし。
アルカ、ルークと協力して遺体を一か所に集め、ファイヤーブラストで一気に焼き払った。
ごうごうと燃え上げる遺体の山を前にして、俺は両手を合わせて祈る。
宗教観とか絶対に違うと思うけど、こういうのは本人の気の持ちようだ。
顔を上げると、隣に立つアルカとルークも俺と同じように合掌していた。本人たちは俺の真似してやっているんだろうが、作られた存在であるこいつ等が、生きていた者達へ向けて祈ってくれている。なんだか嬉しいな。
その後、王都へと戻った俺たちは、まず世話になっていた宿屋へと向かい、娘さん達の遺品を手渡した。
夫婦は、遺品を握りしめ、抱き合うように泣き崩れた。
やっぱり、こういうのって得意じゃないな……。
バジリスク……その特性を全く活かせず、ただのでかいトカゲで終わってしまった。今度、コカトリスとか状態異常持ちと戦う時にはもうちょっと活かせるようにしようと思います。
ケイ君の新装備。気功波とシャイニ○グフィンガーは是非とも取り付けたかった武装なのです。しかし、喧嘩とかした事ない奴だったにも関わらず、だんだんと装備が近接戦闘特化になっていきますな。




