36話 カオスドラゴン
魔獣の進化。
これ自体はさほど珍しくない事だ。
年月を経て、核となる魔石に魔力が蓄積され、より強力な魔獣へとその姿を変える。
ゴブリンからゴブリンキング。オークからオークキング等、その上位種と呼ばれる魔獣へ進化する事は、よく確認されている。
だが、こうして戦闘の最中、あと一歩で倒せる……という段階で進化する等、聞いた事もない。
アルカが調べた資料のどこにも、その事実は無かった。
もしくは、あったとしても目撃者が全て殺されたという事なのか。
「カオスドラゴン……!!」
ブローガさんが顔を歪ませて呻いた。
カオスドラゴン。あの、ワイバーンが進化した姿……それがその名を持つ魔獣だと言うのか。
「知っているんですか、ブローガさん」
「存在だけはな……。黒い霧を纏ったドラゴンに酷似した魔獣。それがカオスドラゴンだ。
全く笑えない冗談だ。あんなもの……完全に上級魔獣クラス。Aランクハンター……もしくはBランククラスが数人がかりで挑まないと勝機の欠片もない魔獣だぞ」
今この場に居るのは、Bランク一人、Dランク二人、Eランク一人、そしてGランクが一人か……。
どう考えても勝てる布陣じゃないな。
「グオオオオォォォォォオオオ!!!!」
今までとは迫力の異なる咆哮が響く。
ビリビリと身体が刺激され、威圧によって身体が震えそうだ。
「これまでとはレベルが違うぞ! 意識をしっかり持て!! でないと飲み込まれるぞ!!」
恐怖に―――という事なんだろう。
しかし、同じ場所へ吹き飛ばされたジェイド、ユウ、ヤンの三人は、その場に座り込んだまま動けずにいた。
俺も、初めてドラゴンを見た……なんて感動はどこにもない。あるのは圧倒的な畏怖の感情だ。そのまま気を抜けば、すぐに動けなくなってしまうだろうと思われた。
黒い恐怖の塊。
それが、俺たちの目の前に存在しているのだ。
やがて、何か決心したような顔つきのブローガさんが、大剣を構えて一歩前へ進み出る。
「こうなったら仕方ない。俺が時間を稼ぐ。その間にお前らは村人たちの避難を。……そして、王都へ救援を求めろ」
「あれと……一人で戦うつもりですか?」
「仕方ねぇだろ。お前らじゃまともに相手になんねぇ。それに、誰かがこの事実を伝えなきゃならねェ。……おい、レイジ」
そう言って、ブローガさんは俺に向かってBランクハンターの証であるカードを俺に放り投げた。
「それがありゃお前たちの言っていることが真実だって伝わるだろうよ。さっさと行け!!」
ブローガさんがもう一歩前へ踏み出す。
その背中は大きく、また格好良かった。
分かるな……。この人に憧れる人が多いのが理解できる。俺も、出来るならこんな大人になってみたいよ。
それに、こんな男気を見せられたら……放っておけないでしょう。
「お、おい」
ザ……と、俺もブローガさんの隣に立つ。
あぁ、やっちまった。
所詮は格好つけなんだけど、放っておけないよ。このままだと、ブローガさんは確実に死ぬ。だが、俺がこの場に居れば、死を回避できるかもしれない。
俺が……このスーツやアイテムの力をうまく引き出す事が出来るなら。
「俺も付き合います」
「ふざけた事言ってんな。このままだと無駄死にだって事が分かんねえのか」
まぁ、そう言うよね。
なら……
「100%」
ボンッ! と、スーツに内蔵されている人工筋肉が膨れ上がる。
正直、50%が制御限界の俺に、100%をまともに扱いきれるは思えない。でも、相手は加減を考えなくていい魔獣だ。
なら、ここで本気でやって何処までやれるか試してみるってのもアリだよな。案外あっさり勝てちまう可能性だってあるし。
「お、お前……」
ブローガさんも、今の俺のパワーを感じ取ったらしい。
「一昨日の模擬戦の時とは違いますよ。完全に本気で行かせてもらいます」
「なんだ……あの時はマジじゃなかったってのか」
「いや、あれは自分が扱いきれるギリギリのラインだったってだけです。今度は、周りの被害とか、相手の事とかそういった事考える必要ないんで、思う存分やれるだけっていうか……」
「ケッ。要は同じ事たろうが。それでも生きて帰れるかどうか分からんぞ」
「他にも、色々とアイテムは持ってますんで。なんとか乗り切って見せますよ」
そして、俺はまだ後ろで呆然としているジェイド達へブローガさんのカードを投げる。
「って訳だから、後は頼んだぞジェイド」
「お、お前……」
まだいまいち飲み込めてないんだろうな。仕方ない、状況が状況だ。
ジェイド達の頭の中は今はごちゃごちゃなんだろう。いきなり、ワイバーンが進化してドラゴンになって、ブローガさんと俺が身を盾にして自分たちを逃がそうとしているんだ。
まぁ、俺は死ぬつもりも死なせるつもりもないけどな。だから、俺のカードは渡さない。そもそも、Gランクの俺のカード渡したところで意味もないし。
『ケイ!』
「ブレスだ! 散れ!!」
ブローガさんとアルカの声が響く。
視線を戻すと、カオスドラゴンの口にエネルギーが溜まっていくのが見える。
要は、ゴジラの熱線だ!
「散るな! 固まって俺の傍に!!」
離れようとしたブローガさんは、俺の言葉を何か感じ取ったのか、俺のやや後方へ位置して身を低くする。
この位置なら、背後に位置しているジェイド達もギリギリ守れるはずだ。
カオスドラゴンの口から、極太のレーザー……ブレスが放たれる。
大地が抉れ、木々が吹き飛び、破壊の光がこちらに向かって突き進むのが見える。
「シールドッ!!」
左手を突き出し、前面に巨大なバリアを作り出す。
その途端に襲ってくる爆風と衝撃。吹き飛ばされぬよう、大地を強く踏み込み、バリアを維持する。
色が消え、白一色に染まった世界。破壊の白だ。
やがて世界に色が戻り、光が消えた。辺りは焦土と化していた。木々は消え去り、大地は大きく抉れ、チリチリと空気を焦がす嫌な臭いが立ち込めている。
それでも、俺たちが立つ場所だけは無事だった。まるで、これこそ冗談みたいな話だな。
「ここに居るとまた巻き込まれるぞ! 早く行け!!」
ブレスの衝撃にまた動けずにいるジェイド達を叱咤する。
言った後で、自分でもよくこんな言葉が出たもんだと感心する。
ちょっと前の自分なら、それこそ同様に腰が抜けて呆然としていただろうに。
まぁ、今の俺は地球の高校生……彰山慶次じゃないしな。エヴォレリアのハンターにして、宇宙戦艦アルドラゴの暫定艦長……レイジだ!!
「く、くそが……! てめぇ……絶対にいつかぶっとばしてやるからな!!」
泣き声に近い声でジェイドは叫び、こちらに背を向けて駆けていく。
ユウ君達も、「ご武運を!」と、格好いい言葉を残して後に続いていった。
「さぁレイジ……。行くか」
「ええ」
でも、その前にやる事がある。
「アルカ。お前はラザムとファティマさんの所へ行ってきてくれ」
『え?』
「正直、全開で戦ってもどこまでやれるか分からん。だから、助っ人を呼びに行ってほしい」
『でも、私が居なくなったらケイは!』
「舐めんなよ。ちょっとの時間くらい大丈夫だっての」
『でも……』
アルカは尚も反論しようとする。
いやぁ、気持ちは分かるというか、アルカが離れて一番困るの俺だからな。
それでも、ここは言うしかない。
「頼む。ここは何かプラスアルファが無いと、勝てない気がするんだ。アルカが居ない間は、絶対無茶しないから!」
『ほ、本当ですよ! 本当に無茶しないでくださいね!』
「するする! 約束するから!!」
『……約束……ですからね』
アルカの本体がリミットタイマーから外れる。
『3分で戻ります。なんとか凌いでください。……ゲート!』
おお! これが空間転移の魔法ってやつか。頭一つ分くらいしか穴が開いてないけど、さすがはアルカだ。確かにこれならばすぐに帰ってこられるな。
でも、格闘ゲームで言うと、超強いCPU相手に3分粘り切るって結構しんどいんだけどな。防御に徹していたらイケるかもだが、そういう訳にもいかんし。
『私、ケイが居ないと困るんですからね! だから、絶対に死なないよう努力してください!!』
それだけ言うと、アルカはゲートの中へと消えていった。
う~ん。やばいな。今のはなんかキュンと来たぞ。そういやアルカは女の子だったんだなと再実感した。
……いやいやダメダメ。人工知能に恋とかやべぇから。
俺は意識を切り替え、スッ……と目の前のカオスドラゴンを見据える。
そして、バイザーを下ろし、フェイスガードを展開する。
完全な戦闘モード。
超強いCPUに挑むとしますか。
「さぁ、ゲームスタートだ」
本来の予定ではもうちょっとあったのですが、それだとあまりにも長くなってしまうので、ここで一区切り。
続き、早く投稿出来るように頑張ります。




