28話 決闘≠喧嘩
ゾンビと戦ったその翌日の話になります。
仕事が無い。
まさか、この歳(17歳)でその事実に困るような事態になるとは……。
あ、いや。ハンターの仕事の事ね。
そして、ハンターの仕事自体は山のようにありますよ。
ただ、俺が受けられるような、Gランクお仕事が無いという状況です。
隣では、俺と同じように掲示板を見上げていたGランク少年が、がっくりと肩を下してギルドを去っていく様子が見える。
……哀愁が漂っているな。ひょっとして、俺もそう見えるんだろうか。
それにしても、おかしなものだ。
本来ならGランクの仕事は、常時依頼のようなもので、毎日必ずいくつか依頼がある筈なのだが。
例を挙げると、
昨日俺がやった薬草採取。
鉱石の採取。
近隣の村への荷物の配達。
果ては、近所の公園のトイレ掃除まである。
これらが朝早くから全て無くなるというのは、どう考えても変だろう。
Gランクのハンターお試し期間は、1週間。その間、こなした依頼の内容によって、ハンターとしての適性を見る。
が、そもそも依頼を受けられなければ、そのままハンター落選……となってしまうのだ。
こちらからすれば、死活問題である。
「あ! 別にこっちで勝手に魔獣狩ればいいのか」
ただ、ハンターになれば都合がいいというだけで、別にハンターにならないといけない……という必要はないんだった。
『しかし、魔獣の情報というのは貴重です』
「それもそうだな……」
アルカでは、半径2キロの範囲でしかサーチが出来ない。
移動距離に制限がある今は、なかなか難しい状況なのだ。
……アルドラゴからあまり離れる訳にもいかないしなぁ。
船に何かあれば、すぐに駆けつけられる状態にないと、かなり不安である。
だって、あれが俺の生命線だしね。
あれが無いと、俺帰れないし。
『む』
「どした?」
『ケイ。今はロビーから出ないようにしてください』
「……何か問題か?」
『外から、話し声が聞こえます』
「話し声?」
そりゃ王都の往来だ。話し声もするだろう……と思っていたが、そんな事でアルカが反応するわきゃないな。
「俺に関係する事?」
『はい。……聞きますか?』
「悪口?」
『……と言えばそうなのですが、今の状況に関係する事です』
「じゃあ、聞いとくべきか」
『では、音声を拡大します』
陰口とか悪口なんて、自分から聞くもんじゃないんだけど、それが今の状況に関わっているなら仕方ない。……嫌だけどね。
「だから、理由を言えっての」
「うるさいわね。貴方には関係ない事でしょうが」
む……。この声は、ジェイドとモニカか?
「関係ないって……お前泣いていたじゃねぇかよ」
「あれはあたしが悪いんだってば!」
「じゃあ、ちゃんと理由を教えろよ。悪い…悪くない…じゃ分かんないぜ」
「……ごめん。これに関しては言えないんだ。ギルドの恥になっちゃう」
「くそ。やっぱりあのガキが何かしやがったのか」
「だから、なんで話がそこに行くのよ!」
「あの野郎と話をしてからだろう! あの野郎と関係が無いとは言わせねぇぞ」
「う……それは……」
「まさか、お前……あのガキと……?」
「馬鹿! 話が飛躍し過ぎよ!」
「何はともあれ、俺はあのガキが許せねぇ。人の女を泣かせた事を後悔させてやる……」
「ひ、人の女って……私たちまだ付き合っても……それに、アンタ何するつもりなのよ。今せっかく、憧れのブローガさんに鍛えてもらっているんでしょ?」
「ああ。ブローガさんに迷惑かける訳にはいかねぇから、俺は直接手は出せねぇ。……あくまで俺はな」
ジェイドはここで「ククッ」という含み笑いをした。
「あのガキには、ハンターになれないようにしてやる」
「ひょっとして……今朝からGランクの仕事がどんどん無くなっているのって……」
「さぁて、どうなのかねぇ。まぁとにかく、あのガキには俺を敵に回した事をとくと後悔させてやるぜ」
「馬鹿! 止めなさいよ! どうなったって知らないわよ!!」
「お前には関係ないさ。まぁ、きっちり復讐はしといてやるよ」
「馬鹿ーッ!!」
去っていくジェイドの足音。
モニカさんは、オロオロしている様子だったが、そのままギルドの中に戻ってきた。
どうするべきかかなり迷っている様子だったが、結局何も言わずに受付の席へ戻った。
―――以上、盗聴終わり。
「……はぁ」
うわぁ。
なぁにが俺を敵に回した事を後悔だ……あのヤンキー。
やってる事は、陰険な嫌がらせじゃねぇかよ。
『とは言え、今の会話は証拠にはなりませんね』
「あいつ認めてないしな。でも、こいつは問題だ。放っておけるもんでもない」
自然の流れでハンターになれないのなら、仕方ないと諦めるが、こういった謀略ならば話は別だ。
問題は、どう考えても恋に目がくらんだ男の嫉妬……そして曲解。あからさまな悪意じゃないだけマシだが、だからといって許せる話でもない。
さて、どうしてくれようか。
『モニカさんに話をしてみては?』
「う~ん。あの様子だと、かなり誰かに言うべきか迷っているよな。……ただ、あのヤンキーがはっきり告白したって訳でもないしな。自分が犯人だって」
そこが厄介だ。
しらを切ったらそれまでだし、またこちらに逆恨みしてくる可能性大だ。
「かと言って直接ボコボコにしたんなら、逆にこっちの悪評が広まるし」
気は一番晴れるんだけど、やっぱりあいつがやったっていう証拠が無いとこっちが悪もんだ。
どう考えてもハンターになれない憂さ晴らしにボコったとしか思えないな。
『では、ヤンキー君に対して真実を伝えますか?』
「最終的には伝えるべきなんだが、それだけだと俺の気が済まないからな」
ここはいっちょ、合法的に一発殴る手段に出るしかないだろう。
う~ん。俺も染まってきたなぁ。
◆◆◆
「という訳です」
「……はぁ。あの馬鹿」
先生! ジェイド君が転校生をいじめています!
とばかりに、まずはあのヤンキーの保護者に説明会です。
当然、相手はBランクハンターのブローガさん。
一度会えば、アルカの力によって何処にいるかすぐ分かるんだぜ。2キロ以内だけど。
「お前さんばかりか、他のGランクハンターにも迷惑かけやがって……。しかも、なんて卑怯で姑息な手段だ」
「一応、あいつがやったっていう証拠はないですけどね」
「俺の方に心当たりはある。あの馬鹿が自分の舎弟のFランクハンター達に、なんか指示してやがったな。ありゃあ、そいつ等にGランクの依頼を片っ端から処理させてたんだろ」
「そんなの居るんだ」
ますますヤンキーのやり方じゃねぇか。
くそぅ。嫌な思い出がよみがえる。
「分かった。今からアイツ探して、吐かせよう。くそ……あの野郎、俺に恥かかせやがって」
ブローガさん。立ち位置的には、チンピラが憧れるヤクザの偉いさんみたいだな。
「あ、位置は分かっています。裏通りの歓楽街を、睨みをきかせながら歩いていますね」
「なんで分かるんだ。……まぁ、いい。ユウ、ヤン、あの馬鹿連れてこい。落とし前付けてやる」
と、傍に控えていた双子に指示をする。マジでヤクザみたいだなー。
だが、ちょい待ち。
このまま内輪で処理されちまったら、こっちも困る。
「落とし前つけるのはいいんですが、その前に俺に相手させてもらえません?」
「あん? ……早い話が、決闘でもすんのか?」
「いえ……どっちかと言うと喧嘩ですかね」
「喧嘩? んな生易しい事で決着つくのか?」
「いや、逆に決闘なんて大げさにされたら困りますよ。こっちの気が晴れれば、それでいいんで」
「なんなら、一発か二発殴らせてやるぞ」
「そうすると、アイツも納得しないでしょ。後からまた逆恨みしてネチネチやられたら困るんですよ」
「……それもそうか。だが、こっちはお前が勝とうが負けようが、制裁はさせてもらうぞ」
「それは別に構わないですよ」
むしろ、可哀想かもな。俺に殴られた後、また殴られるのか。
まぁ、報いは受けろ、ヤンキー君。
しばらくすると、例の双子に連行されるように、ヤンキー君……ジェイドが現れた。
「てめぇは! それにモニカ!?」
そう、ここはギルドの中庭にある訓練場。
ブローガさんによって、ここを貸し切らせてもらった。部外者はギルド職員ですら一切入れない。
ここに居る事を許可されたのは、俺、ブローガさん、双子、ヤンキー君ことジェイド、そしてモニカさんだ。
モニカさんは、青い顔をしてオロオロしている。
「ジェイド……てめえ、なんで呼び出されたか理由分かるか?」
おおう。ドスの利いたおっそろしい声。言われたのが俺だったら、完全にビビってた。
言われたジェイドの方も、ビビったのか顔を引きつらしている。
「ブ、ブローガさん。そのガキに何言われたのか知りませんが、誤解ですって。俺は何もアンタの顔に泥塗る真似はしてないっていうか……」
「ジェイド!!」
「ひ、ひっ!」
一喝で黙らされた。
うひょー。なんかすっきりすんなぁ。
「……ジェイド君。私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、どう考えてもやりすぎだよ。レイジ君だけじゃなく、他のGランクハンターの子達も、ジェイド君のせいでハンターになれなくなるんだよ」
「ぐっ……」
モニカさんの切実なる訴えに、さすがのジェイドも言葉に詰まる。
コイツ自身、俺以外のハンターの被害を考えてなかった可能性が高いな。
「理由は話せないけど、悪かったのはあたし! レイジ君は何も悪くないんだって!」
「ジェイド。お前がやっている事は、傍から見ていると、醜い嫉妬と逆恨みだ。そんなもんが、お前が憧れたハンターか? 何か言ってみろ!!」
「や……俺は……その……」
自分がやって来た事を思い返してみたのか、ジェイドの顔がどんどん青ざめていく。
やがて、膝からガクンと崩れ落ちた。
「お……俺は……俺は……ただ、モニカが可哀想で……でも、どこに怒りをぶつけたらいいのか分からなくて……くそ……」
まあ、こいつも行動と結果が馬鹿だっただけで、そもそものきっかけはモニカさんの為だからな。
育ってきた環境のせいで歪んじまっているみたいだが。……まぁ、昔俺が関わったヤンキーどもも、本当はこんなだったかもしれないんだな。
尤も、同情はするが、許す気はない。
「で、ジェイド。何か申し開きはあるか?」
「………」
ジェイドは虚ろな表情で、首を横に振った。
―――あ。これはもう決着がついちまうパターンだ。
「ちょっとタンマ」
急いで俺は割り込んだ。
全員の視線が俺に向く。
「申し訳ないけども、こんな面倒くさい事に巻き込まれたのは俺の方です。だから、俺とコイツに決着をつけさせてください」
ジェイドは意味が分からないといった表情をしているな。
そして、モニカさんが慌てて口を挟む。
「ちょ、ちょっとレイジ君! この話はこれで終わりなんだから、もう君が関わる必要は無いんだよ」
「そうは言っても、いきなり殴りかかられたり、仕事の邪魔をされたり、迷惑をこうむったのは俺です。このままじゃ俺の気が晴れません」
「そ、そうだけど……」
「んじゃ、形式にのっとって、決闘といくか」
「ブローガさん!?」
「いや、そいつとの約束なんでな。モニカちゃんだって、このままじゃ筋が通らないって事は分かるだろ」
「で、でも、レイジ君はこないだハンターになったばかりで、まだGランクなのよ!」
それに引き換え、ジェイドは一応Dランク。
一見すれば、力の差は目に見えている。
それはジェイドにも理解できたのだろう。
「俺と決闘……だと? てめぇ、マジで言ってんのか?」
「いや、マジでは言ってないよ」
俺のあっけらかんとした物言いに、全員きょとんとする。
「俺は、決闘じゃなくて喧嘩だって言ってんの。こんな事に、決闘なんて重々しい事必要ないだろ」
「け、喧嘩……だと?」
お、メラメラと火がついてきたな。
そう、意気消沈している相手をぶっとばしても、特に気は晴れない。
やるなら、元気いっぱいの時じゃないと。
「とりあえず、ルールは武器有り。殺すのはさすがに駄目。相手の意識が無くなるまでやるか、先に降参した方が負け。一応、万が一の時はブローガさんお願いします」
「お、おう……」
俺はコートを脱いで、ゴーグルも外す。この二つはとりあえず必要ないし、これで身軽にはなった。
そして、高周波カッターを握って準備OK。
「てめぇ……本気で言っているんだな。喧嘩だなんだ言っているが、剣を抜いた以上怪我しても文句は言えねぇぞ」
「いいからさっさとやっちゃおう。お互い、これで恨みっこ無し。それでいいね」
「てめぇから言った事だ。……自分で責任とれよ」
ジェイドは、腰からナイフを抜き取る。
二刀だ。
しかも、ナイフにはトゲトゲがついたナックルガードが付いており、どちらかと言えば打撃補助の武器と言えるかもしれない。
「準備は良いな。……じゃあ、始めろ」
ブローガさんの合図と共に、喧嘩は始まった。
その合図と同時に、俺は手に持っていた高周波カッターをその場に落とす。
元々、これで戦う気なんて無い。これで斬ったら、確実に殺してしまうしな。
武器有りOKにしたのは、こっちも武器を使わないと勝てないからだ。
使う武器は、当然俺が今着ているアーマードスーツ。出力は、大体20%ってところか。ちょっと多いかもしれないが、まぁ死にはしないだろ。
続いて、全力のダッシュ。
これに関しては散々練習したから、最初に試した時のような失敗は無いぞ。
ジェイドまでの距離は10メートル程だから、他人から見たら、多分ビュンと風が通り抜けたかのような感じだったろうな。
一瞬でジェイドの懐へと潜り込んだ俺は、全力で拳を打ち込もう……として、パワーの出力を10%に下げる。昨日のゾンビみたいになったらと思うと怖かったからな。
それでもって、ジェイドの腹部目掛けてボディブローを打ち込んだ。
「ごがっ!!」
考えてみたら、はっきりと人間を殴ったと言うのは、これが初めてだったかも。
まぁ色々と恨みが溜まっていた相手だったし、気は晴れたかな。とりあえず、スッキリはした。
そんな事を思っていると、ジェイドは白目をむいてその場に崩れ落ちた。
よし、死んでないな。
ヤンキー君達は、今後もそこそこ出番はある予定。
それにしても、この下り思ったよりも長くなりました。なかなか予定通りにはいかないものです。
また、ここしばらく毎日更新でなんとかやってこれましたが、そろそろ厳しくなってきた……。
ですので、次回は多分26日の更新になるかと……。あくまで予定ですが。




