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26話 「新米ハンターレイジ」


 ハンターの仕事は別に魔獣退治だけという事は無い。

 まぁ、協会が設立された当初の目的は当然それだったのだ。名前が狩人ハンターとなっている事からも想像はつくだろう。

 しかし、協会の規模が膨れ上がり、魔獣退治の仕事だけでは各ハンター達へ回す事の出来る仕事が足りなくなっていった。

 よって、ハンター協会は仕事の範囲をもっと身近なものに広げる。

 それこそ、一般人の護衛から、盗賊退治。または、剣術の稽古なんて仕事まで。

 ハンターはエヴォレリアの人々にとって、より身近で欠かせない存在となったのだ。

 だから、ハンターの登録者も多い。

 ちょっとの危険さえ我慢すれば、なんとかその日をしのぐだけの日銭を手に入れる事は出来るのだ。ダァトへ身を落とすぐらいなら……と、危険を承知でハンターを目指す子供も多かった。


 うん。

 傍目はためから見たら、俺もその子供の一人だな。


 Gランクの見習いハンターが請ける事が出来る仕事を探していたのだが、突然背後から手が伸びてきた。

 殺気と呼べるものではない。人が背後に立った時、ぞわっとする感覚があると思うが、あれみたいなもんだ。

 だが、そんなもの映画のアクションスター達の動きを手に入れた俺からすれば、避ける事は容易い。


「て、てめぇ!」


 相手の男は、大体20代半ばくらいの厳つい男だ。

 髪の毛は短く刈り上げられており、左頬あたりに稲妻を思わせるタトゥーがある。……はっきり言うとヤンキー。

 恐らく俺の襟首でも掴もうとしたんだと思うが、俺が後ろを向いたままささっと避けた為、その手は空を切る形となった。


「えっと……何か?」


 平然としている―――と思うかもしれないが、内心はドキドキとビクビクとワクワクが入り混じった複雑な心境だったのだ。

 何回も言っているが、俺には喧嘩の経験なんて無い。よって、厳つい男に怒鳴り声を上げられるだけで、身体はまともに機能しなくなる。

 と同時に、テンプレな展開キター! と、ワクワクしているのも事実だった。

 これ、もし客観的に見れていたら、楽しかっただろうな……。


「何かじゃねぇ! てめぇモニカに何言いやがった」

「??」


 ……誰?

 モニカさんとは何者ぞ?

 俺は必死に思い出そうとするが、そんな名前の人は全く記憶にない。


『……恐らくですが、先ほどの受付嬢さんの名前ではないかと』

「おお!」


 確かに、胸にネームプレートみたいなもんがあったが、俺はこの世界の文字が読めんからな。

 彼女がモニカさんとは気づかなかった。


 ……でも、何故に怒鳴られなきゃならんのでしょうか。


「てめぇが受付からいなくなった後、あいつはギルドマスターに怒られて泣いてたんだ! 何しやがったてめぇ!」

「え?」


 怒られた?

 俺のせいで?

 俺、何かやっちまったんだろうか。あのテーブルに指くいこませたのがそんなに悪かったのか?

 ……ともあれ、話を聞きにいかないと。俺のせいだというのなら、問題だ。


「教えてくれてありがとう。ちょっと話を聞いてくる」

「待て! 質問にちゃんと答えやがれ!!」


 受付へ向かおうとする俺を、ヤンキー君は背後から殴りかかる。

 俺は、それを首をさっと傾けて躱した。

 ヤンキー君の拳はまたも空を切り、勢いのあまりそのまま転んだ。


 うおお。オーク達との戦いでも思ったが、これって凄いな。

 身体の危機察知能力が異常に上がっているというか、大抵の事なら体が勝手に動いてくれる。


「舐めやがって!」


 怒り狂ったヤンキー君は、まるでボクシングみたいなフットワークで、拳の乱打を俺に向けて浴びせる。

 尤も、ボクシングのデータなら俺の頭にも入っている。

 撃ち出された拳は、身体に当たる前に全てパァンパァンと掌で弾き落とした。


 俺は喧嘩もろくにした事のないビビりのガキですが、それでも矜持きょうじみたいなもんはある。

 なんで、理由もよく分からんのに殴られなきゃならんのだ。

 一応対抗する力がある以上、抵抗はさせてもらうぞこの野郎。


「なんで俺が殴られなきゃいけないのか、説明して欲しいんだけど」

「とぼけた事言いやがって!」


 ヤンキー君は相当頭に血が上ったのか、遂に腰にあるナイフの柄に手を掛けた。

 マジでやる気か?

 ここってギルドのロビーだろ?


 が、そのナイフが抜かれる事は無かった。

 体格の良い壮年の男が、ヤンキー君の背後に回り込み、ナイフを抜こうとした手を抑え込んだからだ。


「さすがにそれは見逃せんぞジェイド」

「ブローガさんっ!?」


 そのままヤンキー君……改めジェイドは、鮮やかな手口で床の上に抑え込まれてしまう。

 俺は背後に迫る人の気配に気づき、コートを翻して背後の相手を威嚇する。そして、同じくこちらを抑え込もうとしていた二人の男を睨み付ける。

 双子……なのか、顔だちがよく似ている。服装も黒っぽいし、暗い場所だったらどっちがどっちか分からんぞ。


「これって、抵抗していいもんなのか?」


 俺からすれば一方的に絡まれただけなんだが、それでも喧嘩両成敗になるんだろうか?

 だとしたら、腹立つぞ。


「ユウ、ヤン! そいつは悪くない! 控えろ!!」


 ブローガという男の一喝で、二人の男は苦渋に満ちた表情で手を下す。

 そして、ユウかヤンかどっちか分からんが、一人がブローガからジェイドの身柄を引き継ぐ。


「面倒に巻き込んで悪かったな。俺は、Bランクハンターのブローガだ。

 そして、アイツ……ジェイドはあれでも俺のチームの仲間でな」


 なるほど。

 そういう事情か。という事は、あのユウ&ヤンも同じチームって事か。


「ただの喧嘩でじゃれあっているだけなら、ここじゃ日常茶飯事なんでな。いつもならそのまま放置していたんだが、あの馬鹿は武器を抜こうとしやがった。……さすがに、ギルド内での刃傷沙汰はご法度でな。このままじゃ罰則を受けてペナルティを受けるかもしれん。だから、止めさせてもらった」


 なるほど。

 あくまで自分たちのペナルティを防ぐために仲裁したって訳ね。

 まあ、荒事が日常のハンター達からしたら、こんな事珍しくもないんだろう。


「あのジェイドってのもBランクなの?」

「んな訳あるか。あいつはハンターに成りたても成りたて。Dランクハンターだよ。俺はこうやって新人を育成するのも仕事のうちなんでな。今はあの馬鹿どもを育てている最中だ」


 え。Dランク?

 ぺーぺーじゃないか。あのヤンキー……20代くらいに見えたけど、ひょっとしたらもっと若いのかもしれない。

 それに比べて、Bランクと言ったらべテランもベテランだ。

 見た感じ、年齢は50過ぎ……と言ったところだから、もう第一線からは退いているのかもしれない。


「それで、なんで俺が殴られそうになったのか、理由は分かるんですか?」

「ふぅむ。話は詳しく聞いてないが、受付のモニカちゃんの話だったよな。だったら、アイツはモニカちゃんに惚れているだけだから、ただ逆恨みしただけだと思うぞ」

「さ、逆恨み……」


 がっくりきた。

 いや、そうなんじゃないかとは薄っすら思っていたけどさ。

 それだけでこんな騒ぎって、これだから自制心のきかないヤンキーってのは。


『ヤンキーに恨みあるんですか?』

「そりゃあるよ」


 直接ボコられた訳じゃないが、いじめに近い目には遭った事がある。

 思い出したくない記憶だ。

 とにかく、俺はもう一度ブローガさんに向き直る。


「仲裁してくださってありがとうございました」

「さっきも言ったが気にすんな。元々、ペナルティを防ぐためだと言っただろ」


 ポンと俺の肩を叩いて、ブローガさんは去って行った。格好良いな……。こういうタイプの大人に会うのは初めてだ。さすが、Bランクは伊達じゃないって事だな。

 その後に、双子に引きずられる形でジェイドが続く。

 あ、なんがギロリと凄まじい目で睨み付けられた。……こら、そのうち何かありそうだな。

 ……めんどくさいよぉ。


「とにかく、そのモニカさんって人に話聞くか。俺のせいで迷惑かけたんなら、謝んないと」

『律儀ですねぇケイは』

「うるさい。人に迷惑かけるのが嫌いなんだよ」


 だが、受付に戻ってみると、そこにはモニカさんの姿は無かった。

 ただ、閉鎖された受付の奥に、一人の老人が立っていた。


「あの子だったら、今日の所は帰したよ」

「え?」

「君は聞いたのだろう? あの子の言葉を……」

「言葉?」


 うわぁ。嫌な予感がするとげも、ひょっとしてアレか。


 ―――逃亡ダァト。


「ギルド職員にも、ハンターにも、昔ダァトだった過去を持つ者は居る。それを、未来あるハンター候補の前で言うべきでは無かった」


 ……俺としては、そこまで気にしてはいなかったんだけどな。

 元々、ダァトに関してだってついさっき知ったようなもんだし。

 それにしても、ダァトってのは思っていた以上に根が深いのかな。地球同様に、差別だったり偏見だったりが染みついているって事か。

 正直言えば、未だにダァトに関して割り切れてるわけじゃない。それでも、なんとか折り合いをつけてやっていこうと思った矢先にこれか……。

 本当に厳しいな……この世界。


「まあ、今日一日反省させるだけの事じゃ。君が責任を感じる事じゃない」

「分かってますよ。気にし過ぎても仕方ない事です」


 すると老人は、俺の身体をジロジロと眺めて……


「ふぅむ。チグハグな存在じゃな、君は」

「え?」

「戦いは自信があるみたいじゃが、精神があまりにも未熟。苦労はするじゃろうが、上手く指導してくれる者さえ現れれば……ふふ、これは口に出すことではないのう。まあ、一週間頑張りなさい。新米ハンター君」


 そう言って、老人は去って行った。

 他の職員たちは、老人が居なくなった途端に「はぁ…」と重い息を吐く。

 それだけで、今のが誰なのかよく分かった。


『恐らく、今の老人がギルドマスターですね』

「だろうなぁ」


 それにしても、いきなりギルドマスターに会うとは思わなかった。

 これは、早々に変な目立ち方をしちまったか。

 ……元々、力の方は隠すつもりは無い。俺としては、早々に必要以上の魔石を集めて、樹の国とやらへ行きたいのだ。それには、力を隠してのんびりやるのではなく、最初から目立つのを承知でガンガン行くしかないと思っていた。

 しかし、いざやってみると失敗したかなぁと思う。さっきのジェイドみたいなのといい、厄介な事に巻き込まれそうだ。


 まあ、もうどうしようもないし、仕方ないと思うしかない。

 とりあえず、今日の所は明日の朝から出来る仕事を取って、王都見物とでも行こうか。


『新米ハンター……レイジの誕生ですね』

「そうだな。じゃあ、まずは仕事探すとするか」



 なかなか、単純にスカッとする話が書けないものです。

 難しいなぁ……。

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