279話 雷竜
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェェッ!!!」
「おいおい、いきなりなんだぁ!?」
戦いの最中、突然狂ったように暴れ出したキマイラに、ヴィオは一体距離を取った。
(ダメージ受けすぎて、マジで狂ったか? いや、なんか違うな)
攻撃を再開するべきか、なかなか判断を下せないままでいると、次の瞬間、キマイラの肉体が眩い光を放ち出した。
そして、ヴィオは見た。
キマイラの肉体より、光の糸のようなものが全身から放たれたのだ。
最初は攻撃かと思ったものの、その糸はヴィオを素通りして、自分たちよりももっと上空で待機しているいくつもの飛行魔獣へ向かっていった。
放たれた糸は、およそ200本。
その全てが、飛行魔獣の群れに突き刺さる―――いや、縫い合わされた。
糸で繋がれた魔獣たちは、その糸によってキマイラに引き寄せられ、次々とその身体に激突していく。
激突した魔獣たちは、当然そのまま終わりではなく、キマイラの肉体へと吸収……文字通り溶け込んでいった。
一体一体を吸収するたびに、キマイラの肉体は肥大化していく。
まさか、この全ての魔獣たちをその身に取り込もうとしているのか!?
「ヤバい!」
慌てて宙を蹴って、キマイラと最接近し、その体表目掛けて拳を打ち込む。
だが、打ち込んだ拳はキマイラの肉にめり込むだけで、ダメージを与えたという手応えを一切感じなかった。
それどころか、打ち込んだ拳がじわじわとキマイラの肉体に吸い込まれていくのだ。
「!!」
まさか、自分まで吸収しようというのか!?
肉体を蹴って脱出は出来ない。ならば……と、脚部のブースターから空気を放出して脱出することに成功する。
打撃が無理なら遠距離攻撃だと判断し、両肩の突撃槍より雷撃砲を放つ。
しかし、雷撃はキマイラの肉体に穴を穿つのだが、その穴はすぐに修復されてしまった。
この感覚……かつて戦ったゴッド・サンドウォームを思い出す。
奴も、下級の同族魔獣をその身に取り込む事で肉体の傷を修復していた。それと同じようなものという事なのか。
打撃→×
遠距離攻撃→×
ならば残っているのは斬撃なんだが……
(つっても、斬ったからと言って効果があるとは思えん。生半可な傷だったら、すぐに修復しちまう)
こうやって考えている間にも、次々に魔獣たちはキマイラに取り込まれていく。それに比例して、肉体もどんどん巨大化していった。
それに、一体取り込んだと思ったら、また新たに糸が飛び出し、新たな魔獣を取り込む準備を整える。
瞬時に取り込む訳ではないというのは不幸中の幸いではあるが、それでも一秒に一体は吸収されている。
このまま放置しておけば、どこまで巨大になるのか分かったものではない。
そうして、どうやって攻め込むか考えこんでいると―――
「ヴィオ殿!」
上空で飛行魔獣を撃ち落とす役割であったゲイルが《サジタリアス》を駆って、文字通り飛んできた。
自分の担当である飛行魔獣がどんどんキマイラによって減っていくので、様子を見に来たという所だろう。
「あ、あれは……何でござるか?」
どんどん魔獣を吸収して膨れ上がっていくキマイラを見て、ゲイルも警戒を強めた。
「見てわかると思うが、複数の魔獣が融合して出来た化けモンだ。ちなみに今も継続中。
攻撃は通用するが、ちょっと傷じゃすぐに修復しちまう」
ヴイオのその言葉に、ゲイルは少し考えた後頷いた。
「……わかったでござる。拙者の翼丸と同時攻撃ででかい風穴を―――」
現在ゲイルの足として活躍するフライングユニット・《サジタリアス》。
これは《カプリコーン》と同様のサポートマシンであるが、バトルモードに変形して巨大な弓となる事が出来る。
確かにそれと同時に遠距離攻撃を放てば、より大きな穴を穿つことが出来るだろう。
が、その提案をヴィオは手で制する。
「いや、奴とは一対一でバトル中でな。悪ぃが手は出さないでおくれよ」
ヴイオのその言葉に、ゲイルは流石に眉を寄せた。
「……いや、既に一対一がどうこうというレベルではないと思うのでござるが……」
こだわりたいという気持ちは理解できる。
だが、敵対する相手がこのような状態なのだから、こだわる意味もあまりない気がする。
「まぁ、意地みたいなもんだ。それに、一応手は考えてある」
その言葉にゲイルはひとまず納得した。
ヴィオがそう言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。
「そうでござるか。では、拙者は戻るべきでござるかな」
ふぃーとその場から浮き上がって去ろうとするゲイルだが、それをヴィオは止めた。
「いや、せっかくだ。手は貸さなくていいが、ちょいと足場だけ貸とくれ」
「足場?」
首を傾げるゲイルであるが、次の瞬間……こちらに向かって跳びあがって来たヴィオを見て、言葉の意味を理解する。
なんと、ゲイルが既に乗っている《サジタリアス》の上にヴィオが乗って来たのだ。
しかも、シン・キマイラの巨体ごと。
「流石に……重量オーバーでござる!」
落ちる事は流石に無いが、《サジタリアス》もかなりしんどそうに飛んでいる。
これでは、いつものようにスピードを出して飛ぶことは不可能だろう。
「なにもずっと飛んでくれって言ってる訳じゃない。空の上で、少しの時間集中できる場所が欲しかったんだ」
「集中でござるか?」
「ああ、このシン・キマイラには一回の戦闘につき、一度限りの大技があってな。そいつを使わなきゃ勝て無さそうだ。
一回限りだから、外せねぇンだわ。だから、集中だ」
「な、なるほど……」
飛翔するスピードは遅いながらも、二人を乗せた《サジタリアス》はキマイラの頭上へと舞い上がった。
やがて、十分な硬度に達した所でヴィオは行動を開始する。
「じゃあ、いっくぜぇ」
そう言うと、ヴィオは両肩に取り付けられている二本の突撃槍を掴み、取り外したのだ。
更に、その両端部を連結させ一本の巨大な槍を形成する。
バチバチとその槍に雷が迸り、その放電が大きくなって槍そのものを包んでいく。
やがて、巨大な一本の槍となったそれを握り、ヴィオは投擲の構えを見せた。
そう。
一戦一回の最強技とは、この槍を投擲する事であった。
一本しかない武器であるため、外せば当然ながら武器そのものを手放すことになる。
つまり、絶対に当てなければならない。
「ヴィオ殿! 何処を狙うのか、見当はついているのでござるか!?」
何せ、対象はあの巨体。
一度に全てを消しつくす力であれば殲滅も可能であろうが、そうでないのなら、ただ穴をあけたところで意味はない。
だが、ヴィオにはすでに見えていた。
「おうよ! おめぇの核の位置はすでに分かってんだよ!」
現時点で最高レベルの雷属性攻撃。
その名には、色々と案が設けられた。
雷と言えば、地球上の神話で有名な神の名前を付けた「トール・ハンマーブラスト」や「ゼウス・サンダーブラスト」等が提案された。
だが、それはあくまで地球の神の名前。
このエヴォレリアの世界ではいまいちピンとこないし、使用者のヴィオからも却下された。
なので、明らかに最強であるという名がつけられる。
アルドラゴにおいて、最強の雷属性必殺技……その名は!!
「サンダードラゴンブラストォォォッ!!!」
雷の竜。
その名を与えられた一本の槍が、今も融合を続けるキマイラに向けて投擲される。
槍はキマイラの獅子であった頭部に命中し、そこからまるでドリルのように超高速回転を開始した。
回転によって貫通力をさらに高めた槍はキマイラの肉を抉り、肉体そのものを貫通する。
その槍が通り抜けた後は、雷撃砲とは比べられないレベルの巨大な穴が出来上がっていた。
キマイラの身体は一瞬で焼き尽くされたかのように真っ黒に炭化し、やがてポロポロと崩れ去っていった。
だが実はヴィオの狙いはそことはまた違っていた。
キマイラの肉体を貫通したサンダードラゴンブラストは、勢いを止めずにその真下にあるボロボロの戦艦に突き刺さる。
そして大爆発を起こした。
その中に、キマイラの肉体から抜け出したビスクが居た事をヴィオは気付いていた。
だから、真の意味で核であるビスクを最終的に仕留めるべく、槍を投擲する角度をキマイラの頭上からにしたのだ。
艦長たるレイジは、敵であろうと不必要な殺生は好まない。
だが、ヴィオはあのビスクの寿命が残り僅かだという事も、説得に応じて戦いを止める事は無いことを見抜いていた。
それに、あの女を生かしておくと、これからも無限に湧き出る魔獣の相手をする必要がある。
だから、完全に仕留めた。
それだけの事だ。
スーツの装着時間の限界が迫り、ヴィオはシン・キマイラの合体を解除する。
バラバラになったパーツから水上バイクの形に戻った《カプリコーン》に跨って海面に着水するのだが、ヴィオの顔はやや沈んでいた。
その様子にゲイルが声をかけるべきか迷っていると―――
「うっす。ひさしぶりー」
突然、その場に何者かの声が響いた。
声がした方向に視線を向けると、《カプリコーン》より一回りほど小さいが確かに水上バイクと思われる乗り物に間違った女性がその場に存在していた。
ゲイルは慌てて弓を構え、ヴィオも戦闘態勢に入ろうとするのだが、その何者かの顔を見て……驚きの表情を浮かべると共に一切の戦意を無くした。
「……パル?」
ヴィオの口から思わず出た言葉には、敵意は一切ない。
むしろ、親愛の感情すら感じ取られた。
「……知り合いにござるか?」
ゲイルの問いに答えず、ヴィオはただずっと目の前の……パルと呼んだ女性を見つめている。
対する女性はと言えば、ヴィオの様子を見て深くため息を吐いた。
「あーあ。やっぱりへこんでる。ったく、悪ぶっていても相変わらず甘ちゃんだよねー。
あんなの、改心する余地無いんだから、とっとと始末するのが当然じゃんよ」
「……そういう問題じゃないんだよ」
ヴィオはふてくされたように口を尖らせると、その言葉を聞いた女性は、やれやれと肩を竦めた。
「ま、予想通りへこんでいるみたいだから、一応説明しておこうと思ってさ」
「……説明?」
首を傾げるヴィオに、女性は自分だけが知っている事実を語りだした。
それは、あの戦艦内部でビスクが発狂した後の事……。
「あの女、あのでけぇ雷が落ちる前に既に死んでいたからね」
「「!?」」
「死ぬところはオレが見届けた。あの女……魔獣を取り込むたびに生気がどんどん失われていったっていうのは、アンタも気づいてただろ?」
「まぁな」
それにはヴィオも頷く。
元々、他者の血流の状態だとか体調の変化を見抜くのは得意としている。
あのビスクという女が、体内だけで言えば80歳以上の老人も同然の状態だという事は気づいていた。
「その事をオレが指摘したら、発狂してすべての魔獣をその身に取り込もうとした。
……その途中で限界が来て死んだよ。
だから、アンタがトドメを刺そうが刺すまいが、どのみち死んでた。だから、気にする必要ないぜ」
事実として、ヴィオがトドメを刺すより前に、ビスクは既に事切れていた。
原因は、謎の女性の言う通り、許容量を超えた融合したため、残っていた生気をキマイラに吸い取られてしまったのだ。
そもそも、キマイラの肉体より離脱した所で、未だにパスは繋がったままであるのだから、そのダメージはビスクにフィードバックされていた。
ビスクの生気が過度の魔獣との契約で生気が少なくなっていたというのも事実ではあるが、一番大きな要因はそのフィードバックによるものだ。
が、それを女性は言及することはしなかった。
「……ま、経緯は分かった。
んで、パル。
お前さんの今の立ち位置を教えろ」
ヴィオの問いに、女性はまたしても「はぁ」と溜息を吐いた。
なんとなく、気が重いという感じだ。
「アンタも気づいていると思うけど、今のオレは十三冥者とやらの一人……一応、グリードって名前で通っている」
その呼び名を聞き、ヴィオは苦々しい顔つきとなる。
「十三冥者……あの仮面野郎が作るっていってた戦闘集団だね。
って事は、アタシと敵になるって事かい」
「ま、一応、アイツにはこの世界に来た当初に助けてもらった恩があるわけだし、協力するのも仕方ないかなと思っているよ。
それに、下手に協力拒否したら、催眠で無理やり戦わせられるだろうし。だったら、嫌々でも従うしかないんだよな」
「……なるほど。って事は、嫌々だが敵対はする。
んで、逃げ出すにはあの仮面野郎をぶっ飛ばす必要があるって事だな」
「そだよー。ま、今回は挨拶したら引いていいって言われてるから、このまま帰るよ。
……次は戦うことになりそうだけどね」
「安心しな。その前にあの仮面野郎ぶっ飛ばすからよ」
「知っていると思うけど、アイツ強いからね。
じゃ、また会おうね」
グリード名乗った女は、水上バイクを操作するとその場でUターンをして、こちらに背を向けて去っていった。
しばしその背をぼんやりと眺めていた後、いい加減ゲイルは声をかけた。
「今の女性……何者でござるか?」
ややあった後、ヴィオは口を開いた。
「……パープル。一応、アタシの娘だよ」
これにて一戦目終了。
すみません。
自分でもここまで長くなると思ってなかった。
最初は、カプリコーンの性能披露に加えて、最後かもしれないから、通常魔獣の出番を増やそうなんて思っていたのです。
そしたら終わらない終わらない。
始めた以上は書かなきゃいけない訳で、更にビスクの過去話も予定にはなかったけど、今回で死んじゃう以上は書いてやるかと思って書いたのですけど、こちらもなかなか終わってくれない……。
調子が乗っているときはどんどん書き進められるんですが、余計な事まで書いてまとめるのが難しくなるんだよなー。
一応、他の戦いはここまで長くなる予定は無いです。
今のところ、一戦に付き二話のつもりでいます。
あくまで今のところですが。……レイジとアルカの戦いは怪しいかも。
今年中に6章は終わらせるんだ! という意気込みでいます。




