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278話 シン・キマイラ

毎年の事とは言え、やっぱり暑い。

北海道なのに35℃連発ってどうなってんだか……。




 シン・キマイラ……。

 新でも真と読んでも可。

 見た目完全にロボであるから、フルアーマーとかパーフェクトと名付ける案もあったのだが、呼びづらいと装着者から言われてしまったので、一応シンプルなこの呼び名となった。


 見た目としては、一回り大きくなったパワータイプのキマイラ。

 ただ、頭部ヘルメットは山羊の意匠を取り入れており、額部から飛び出た角が、悪魔のように主張を激しくしていた。

 なにより、大きく主張しているのは、両肩よりまるでキャノン砲のように突き出た二本の突撃槍。これは、《カプリコーン》の側面部に取り付けられていた雷撃を放出する主力武装だ。


「ハァ? そんなごてごてした鎧着込んだりして、まともに動けると思ってんの?」


 キマイラと化したビスクより、圧倒的に舐め腐った言葉が吐かれた。

 だが、それも当然。

 今のヴィオは、重装甲の鎧の上から、更に重装甲の鎧を着込んだような立ち姿なのだ。

 このような姿で、機敏に動けるとは誰も思うまい。


 そんな予想は、簡単に覆った。


「おらぁっ!!」


 ダンッ! と勢いよく足場であった戦艦の甲板を踏みつけると、シン・キマイラの巨体は一瞬にして上空のキマイラまで跳びあがった。

 そして、装甲に覆われた巨大な拳を一気に振り下ろす。


 突然の接近に、物理障壁を張る暇もなく、シン・キマイラの拳はキマイラ頭部の一つ、アンズーの大鷲頭をも度通り叩き潰す。


 まさか一撃でとは思わず、殴った方のヴィオと殴られた方のキマイラは同時に驚いた。

 とは言え、キマイラの頭部は四つ。

 一つ潰されただけでは倒れはしない。


 ヴィオは思わずその場から逃げ出そうとするキマイラの翼を掴み、強引に自身へと接近させた。

 今のヴィオは、脚部のブースターより空気が放出されてホバリングしている状態だから、宙に浮かぶことが出来る。

 自由に飛べる訳ではないが、これでキマイラの制空権は無くなったと言っていいだろう。


「これならッ!」


 キマイラの前面に物理障壁が出現する。

 これはカトブレパスの持つ能力で、物理的な攻撃を完璧に遮断できる、言わばパリアだ。

 確かに、いかにパワーアップしたシン・キマイラであっても、攻撃は通用しそうもない。


 あくまで障壁で覆われている部分は……だが。


 ヴィオはマスクの奥でニヤリと笑うと、脚部ブースターをまた放出させて、空中で更に高く跳び上がる。

 キマイラ自体を大きく飛び越えたところで、空中のシン・キマイラに変化が起きた。

 シン・キマイラの両脚部が赤く発光し、脚部から足首へ、足首から空中へと飛び出し、その光は赤い魔法陣へと変化したのだ。

 その出現した魔法陣をシン・キマイラは蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた魔法陣はなんと空中に固定され、足場と化した。


 魔法陣を空中に出現させ、足場とする。

 これは、過去……ルーベリーの戦いにおいて一度使用した技であった。

 別に使えなかった訳ではないが、ハイ・アーマードスーツを着た状態では、魔力調整が難しかったのだ。

 それが、シン・キマイラの状態となり、調節もやりやすくなった。

 なので、一度高く跳べさえすれば、このように自由に空中を跳ねることが出来る。


 そうして足場を使用して、シン・キマイラは障壁で覆われていない背面部へと移動。

 がら空きとなった脇腹へ再び拳を打ち込んだ。


 一撃を受け、ひるんだキマイラはそのまま逃げ出そうとするが、自在に空中を跳ねることが出来るシン・キマイラと化したヴィオは追撃して二度……三度……と拳を打ち込んでいく。


 こうなっては、体格もまだ小さく小回りの利くシン・キマイラの方が圧倒的に有利だ。


「く、来るなッ!」


 キマイラは追撃を加えてくるシン・キマイラに向けて、獅子の口より火炎を放射した。


 ヴィオとしては、この程度の炎……直撃を受けても何ともないが、ここは一発遠距離戦も出来るんだぞという所を見せたくなった。


 宙を蹴ってキマイラとの距離を取ると、準備に取り掛かる。

 それは、シン・キマイラの両肩より突き出た二本の突撃槍。

 その槍の先端に、バチバチと雷が(ほとばし)る。

 《カプリコーン》の状態で出来た攻撃方法は、シン・キマイラとなった今でも問題なく使用できる。


 あの時使用した攻撃……「雷龍落とし」は雷を広範囲に降らせる技であったが、その広範囲にまき散らした雷を収束させ、一点にして放出する事も出来る。


「雷撃砲!」


 二本の突撃槍より、雷が放たれた。

 二本の雷はまるでレーザーのように放射され、キマイラの吐き出した炎を突き破り、そのまま巨体に二本の穴を穿った。





◆◆◆





「ハァ……ハァ……チクショウ、チクショウ、チクショウ!!」


 今では誰もいない沈没寸前の戦艦の通路。

 そんな中を、聖獣士ビスクは足を引きずるようにして歩を進めていた。


 戦いの最中、この戦艦を半壊した際、万が一を考えてキマイラより自らを切り離し、この中に潜伏していたのだ。

 本来、一度聖獣と融合した後、融合後の姿を維持したまま、元の人間だけ切り離す……。

 この技術が開発されてから幾度となく研究されてきた事だったが、その結果不可能であると言われてきた。

 だが、時を重ねるうちにビスクはその抜け道を見つけていた。

 その事実を彼女は誰にも伝えていない。

 それも、こういう事態に陥った時、一人逃げ出すためだ。


 痛い痛い痛い。

 一体、これほどの痛みを感じるのはいつ以来か。


「ゴフッ!」


 思わず咳が出た。

 最初は通路が埃にまみれているせいだと思ったが、口と鼻からポタポタと落ちる赤い雫を見て、ビスクはその場にへたり込んだ。


「う、嘘……なんでなんで?」


 慌てて口元を拭うと、手にはべったりとした血がついていた。

 間違いなく、自分の血だ。


 どういう事だ?

 キマイラの状態では攻撃は受けたが、ここまでのダメージは負って無い筈。


 ひょっとしたら、力を使いすぎた?


 確かに、この力を得てから、ここまで能力を行使したのは初めての事だったかもしれない。

 キマイラの力だって、一度試しただけで長くは使わなかった。

 ……そもそも、全力で戦うなんて事はこれが初めてなのだ。


 うん。

 きっとそうだ。


 だから、少し休めばきっと大丈夫。



 ……でも……


 これからどうすれば良いのか。


 上空では、あのごてごてした鎧を着た女と外側だけのキマイラが今も戦いを繰り広げている。


 このままでは負けそうだ。


 確かに、約束通り全力は出した。


 でも、負けてしまえば結果は一緒だ。


 上手くやってきたつもりだった。

 十聖者になってからも、極力危ない橋は渡ろうとせず、勝てる戦いしかしてこなかった。

 それは今回も一緒で、勝てると思っていた。


 だが、見誤った。


 なんだアレは。


 反則だ。


 あんな見たこともない武器を使われるなんて、思ってもいなかった。


 だから、あれはノーカン。


 自分は負けてない。


 そもそも全力を出して、負ける筈が―――


「ガハッ!」


 また、口から血が吐き出された。


 嘘だ。


 こんなのは見間違いだ。


 自分は血なんか吐いていない。


 だって、何処も痛くない。


「……痛くなんかないッ!!」


 まるで身体に()でも開いたかのような痛みを無視し、ビスクは歩を進めていた。




 なんで……なんでこんな事になったのか。


 ビスクには、幼いころの記憶がない。

 記憶が始まっているのは、帝国にある実験棟での生活からだ。

 恐らく、他の子ども同様に親に売られたのだろう。

 記憶がないのだから、親についてどう思う事もない。

 今にして思えば、そりゃそうだろうねという感じだ。

 血のつながった子供であろうと、明日生きていく為には切り捨てるのが当然だ。


 それからの記憶は単純だ。

 日々、ベッドに寝かされたままコードに繋がれ、変な液体に浸からせられ、あらゆる痛みを与えられた。


 そうして数年が経過した頃、ビスクに適性が発見される。


 それが、魔獣との親和性。


 当時帝国が研究していた、魔獣を兵器として利用する手段。


 基本的に、魔獣は自分以外の存在を敵とみなす存在である。

 よって、友好関係を築くなんて事は、不可能とされてきた。


 だが、主従関係を結ぶのではなく、敵意の方向性を変えるだけならば?


 要は、簡単な命令を刷り込むのだ。


 お前の敵は、目の前にいるアレだ……と。


 そうする事で、さも魔獣を味方とする手段を得たと思わせている。

 味方となったものは、魔獣ではなく、もはや聖獣である。

 そういう事で世界に浸透させてきた。


 その為の手段として、魔獣と所有者である人間の間に、パスを繋げる。

 所有者を襲わせないように、魔獣と同一の存在だと誤認させるのだ。


 その技術によって、ゴルディクス帝国は魔獣を兵器とする手段を得た。

 また、必要のない時には聖石と呼ばれるカプセルに封じ込め、所持者の意思でその場に出現させる事も可能となった。


 だが、それであっても魔獣とパスを結べるのは、一体につき一人までだった。

 こればかりは、身体能力の差、魔力の差であっても変わらない。

 それが、言ってしまえば人間という器の限界だった。


 しかし、ビスクは違う。


 魔獣とパスを結ぶことに際限がなかった。

 1体であっても、十体であっても、平気でパスを結べるのだ。

 実験の結果、ビスクは258体の魔獣とパスを結んでも、なんら体に変化がない事が判明した。

 そこまで調べた段階での判断であるが、その倍以上の魔獣とパスを結んでも平気だろうとの事だ。


 なぜ、ビスクだけがそんな事が可能なのか。

 調べた結果、もともとそういう体質に加え、幼いころより投与してきた様々な薬によって、偶然そうなったとしか言えなかった。


 つまり、奇跡の産物。


 これによって、ゴルディクス帝国はほぼ無尽蔵と言っていい魔獣という戦力を得た……。

 ……とは、残念ながらならなかった。


 パスを結べるのは、ビスクのみ。

 つまり、ビスクが戦いの場に同行しなくてはならない。


 その場において、もしビスクに何かあれば……もしくは叛意があったとすれば、強大な魔獣の軍団が牙をむくことになる。


 だから、まずビスクには地位を与えた。

 実検体からは卒業し、一般の貴族と同等の待遇になる。

 そうする事で、帝国に反逆すればこの地位を失うことになると刷り込ませる。

 そうして、十聖者の一人に迎え入れ、帝国の最高戦力の一つとする。


 尤も、ビスクには幼少期に散々実験を受けていたため、普通の精神状態では無かった。

 特に、帝国に逆らう気持ちなんてない。


 ただ辛いだけだった実験の日々から解放されたのだ。

 後は、何も考えずに日々を生きられればそれで良い。

 美味しいものを食べて、奇麗な服を着て、適当に生きていられたらそれで良い。


 その筈だったのに……


「なんで……なんでこんな事に……」


 言われた通りに戦った。


 めったに出さない全力も出した。


 でも……勝てなかった。


「いや、アタシは……悪くなんかない……悪いのは……」


 思わずそんな言葉が漏れる。


 それは今の現状に対する八つ当たりめいた独り言だ。

 だから、答えを求めていたわけではない。


 だが、答えはあった。


「いやいや、悪いのはアンタだろ。そこはちゃんと認識しとけ」


 突然の声に、ビスクは慌てて背後を振り返った。


 最初は今の今まで戦っていたヴィオだと思った。


 だが違う。


 10代後半と思える女性だった。


 小柄だが、筋肉質な体躯。


 短く刈られた髪に、獰猛なネコ科を思わせる瞳。


 知らない顔だ。


「これまで、悪事はしてきたんだろ? 命令されたからってのはあるだろうが、葛藤なくやってきたんならアンタは立派な悪人だ。

 少なくとも、世間一般の認識ではな」


「あ、悪人……」


 確かに、聖獣の実験と称して、小さな村や集落を潰すなんて事はやってきた。

 戦場においては、大量の聖獣を放出し、終わるまで寝ていたなんて事も一度や二度ではない。


 だが、それが悪?


「まあ、アンタの論理感とか、善悪の基準だとか、そんな事についてはどうでも良い。

 今回はオレのボスから、言伝を頼まれたんだ」


「ボス……ひょっとして……」


 ビスクの脳裏に、数週間前に遭遇した男の顔が浮かぶ。


「ああ。変な仮面付けたヤロウだよ。

 んじゃ言うぞ―――



『君、もうすぐ死ぬよ。

 だからいらない』



 ―――だとよ」




「………へ?」


 言われた言葉の意味が分からず、間抜けな声が漏れた。


「なんでも、帝国での定期健診ってあんだろ? それによると、お前の身体の中身は年々劣化していっているらしいぜ。

 どうもお前さんは力を使うたびに、魔力じゃなくて生気ってもんが消費されていくらしいってよ」


 ガタンッと、ビスクはその場に尻もちをついた。

 急に足の力が抜けたのだ。


「う、うそ……そんな事、今まで誰にも……」


 愕然とするビスクに、女は淡々と伝えた。


「詳しく知らねぇが、今回の戦争で使い潰そうとしていたんじゃねぇか?」


「つ、使い……潰す……」


 思い当たる節はある。


 戦争が始まってからというもの、これまで帝国が溜めてきた聖獣をすべて使い切るかの如き勢いで放出していた。

 

 そして、さきほどの吐血と激痛。


 初めての事だった。


 否定するのは簡単だ。


 だが、否定しきれない。


 故に、名前も知らない目の前の女の言葉を信じてしまう自分が居た。



「し、死ぬ……アタシが……」



 死ぬことを考えなかった訳ではない。


 だが、こんな終わりは考えていなかった。


 ふと、脳裏に蘇ったのは……かつて、キマイラを創り出す実験に利用した、一つの都市。


 その国は、ゴルディクス帝国との同盟を拒み、徹底抗戦を訴えていた。

 だから、戦闘用の実験に使用しても構わない。


 そう言われたので、使った。


 街中で複数の魔獣を呼び出し、合成させる。


 思っていたような形にはならなかったので、一つ創り出しては制御を放置し、新たなキマイラを作り出す。

 制御が無くなった魔獣は、ただ本能に従って暴れるのみ。

 特に、複数の魔獣を合成した事で、本能というよりも狂ったように暴れまわり、やがて自分自身を攻撃する結果になった。


 なんてことは無かった。


 街を破壊し、多くの人間が死に、実験結果として創り出した魔獣が死んでも、ビスクの心は動かなかった。


 だというのに、何故今その時の光景を思い出す!?


 まるで、自分がどうでも良いと思っていたように、今ここで自分が死ぬこともどうでも良いことだと言うのか!?


「アァァァッ……アアァァァァァッ!!!」


 ビスクが叫び声を上げたと同時に、頭上で戦いを繰り広げているキマイラに変化が起きた。




 シン・キマイラの呼称……。

 実は、レイジがこの世界に転移してくる直前に公開されていた怪獣映画から取ったという説もある。

 まあ10年近く前(!?)の事なので、あやふやではあります。


 ……その後シンシリーズは続いたとはいえ、あれが2016年ってびっくりですね。



 また、今回の話……本当は決着つくまで書きたかったのです。

 ……というか、書いたのです。

 でも、結果一万字を超える大ボリューム。

 流石に長すぎるという判断で、分割することになりました。


 という事で次話はほぼ完成しておりますので、もう少し書き足したら近いうちに投稿出来ると思います。

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