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277話 カプリコーン




 キマイラ。

 複数の動物を合成して生まれた伝説の生物。

 ヴィオのハイ・アーマードスーツに使われている意匠もキマイラであるが、こちらが2種混合なのに対して、あちらは3種混合か。


 だがふと疑問に思う。


「そんな手が使えるんなら、もっと多くの魔獣と合体した方がいいんじゃねぇの?」


 そんな疑問をぶつけると、目の前のキマイラよりビスク本人の声が響いてきた。


「……ふん。こっちも、そこまで思うように力が使える訳じゃないのよ」


 なるほど。

 あまり数を多くすると、自我を保てないとか、そもそも合体していられる時間が短くなるとか、その辺のデメリットがあるのかね?

 しかし、今の声は獅子、鷲、牡牛の口から発せられたものではない。一体、どこから聞こえてくるもん何だか。


「それにしても随分とでかくなりやがったな」


 その巨体さたるや、先ほどまで戦っていたサラマンダーの倍近く……10メートルはあるんじゃなかろうか。


「でもまた選択を誤ったな。こんな広くもない場所で、そんなデカい身体を動かせんのかよ」


 ここは戦艦の甲板の上。

 普通の船よりは圧倒的に広いと言っても、あくまでは船の上だ。

 人型サイズが戦うならば十分でも、このような巨体が暴れるにはスペースが少なすぎる。


「アンタこそ忘れてんの? アタシが合体したアンズーはね……翼があんのよ!」


 その言葉が示すように、キマイラの巨体からバサリと黒い帳……翼が広がった。

 ちなみに翼は今まで折りたたまれていたわけでもなく、背中より生えたのだ。


 そして、その翼が羽ばたき、キマイラの巨体が宙に浮いた。


「つ・ま・り……この大空……全てがアタシの戦場(フィールド)よ!」


「……こいつは(まず)い」


 ヴィオは急いで背後にあった《カプリコーン》に飛び乗り、文字通り飛び出すようにして今まで足場としていた戦艦から脱出した。


 直後、キマイラの巨体がほんの一瞬前までヴィオのいた場所に激突し、甲板を陥没……いや、そのまま大爆発を起こし、戦艦そのものを破壊した。当然ながら、破壊された戦艦はそのまま海へと沈没していく結果となる。

 恐らくは動力系の機械を巻き込んで破壊し、その影響で沈んだのだろうが、味方の戦艦であってもおかまいなしか。

 魔獣と融合し、精神が異常に好戦的になっているのか……いや、これもそもそもの素質か。


 海へと脱出したヴィオは、再び空へ羽ばたいたキマイラの一挙手一投足に注意して睨んでいたが、やがてキマイラの三つの首の一つ……獅子の顔が大きく息を吸い込む動作を見せた。


「おっとそうくるか!」


 荒れる海をヴィオは急旋回し、あえてジグザグに《カプリコーン》のハンドルを切る。

 その背後に、獅子が吐き出した火球が落ち、大爆発を起こした。


「うおう」


 爆風を背にして、《カプリコーン》がまた加速する。


 マンティコアが火球を吐くなんて情報は聞いたことがないが、合成した他二体の魔獣の力も使えるのかもしれない。または、能力値そのものが上がっているのか……。


 とは言え、あっちに制空権を取られてしまった。

 こちらには飛行手段は無いわけではないが、飛ぶというよりは高くジャンプするというのが正しい。

 翼のある敵と空で戦うには、少し厳しい条件だ。


 となると必要なのは……


「遠距離攻撃だな」


 自分が最も不得手とするジャンルだ。


 魔法という分野だけで言えば、ヴィオはアルカ達とそれほど大差ない知識を持っている。

 だが、魔法には二つの分野があり、ざっくり言うと


 体外放出系


 身体強化系


 の二つである。


 アルカとルークが得意とする……というか出来るのは体外放出であり、代表的なのは炎を出したり氷を出したりといったもの。


 身体強化は、傷を再生させたり、筋力をアップさせたりといった言わばバフだ。


 ヴィオはそのうちの身体強化のスペシャリストではあったが、魔力を属性に付与し、攻撃手段として放出する技能は不得手としていた。

 ……というか、そもそもヴィオのいた世界にそういった放出魔法の概念が無かったのだから仕方ない。

 だからと言って、何もしなかったわけではない。この世界に来てからも魔力放出のやり方を学び、特訓を重ねたのであるが、その結果分かった事。


 ……ヴィオの体質的に、放出系は向いてなかったのだ。


 これは恐らく、種族的な問題もあるのだろう。

 実際、このエヴォレリアの世界においても、獣族などは放出系魔法は使えないと言われている。


 なので、かつてヴィオは力技でこの欠点を解決しようとした。

 それは、雷の魔晶を体内に取り込み、魔力に無理やり属性を付与したのだ。

 結果、目論見通り雷を放出する事は出来た訳だが、戦闘終了後……体内が燃えるように熱くなるという事態に襲われた。

 以後、アルドラゴのクルーとなってからは、ゲイル同様に外科出術を施し、外付けではあるが雷の魔晶を魔力に付与できるようになった。


 だが、レイジとアルカとの初戦以来、放出タイプの魔法攻撃は上手くいっていない。

 天空島での戦いでは、放出タイプの魔法はもしろ使わない方が良かったので、積極的に研究することは無かったが、神たちとの戦いを経て、そうも言っていられなくなった。

 海族の神との約定を果たし、ヴィオは人質という立場から解放されることとなったが、海の国滞在中……ヴィオはシグマと再会し、義理を果たすことを優先してアルドラゴに戻るタイミングを遅らせた。

 その際は、放出系の魔法を学ぶためと言い訳をしたのだが、それはあながち嘘でもない。

 実際、軟禁中に何度も試行錯誤していたのだ。

 それでも、結局うまくいかない。

 では、どうすればいいのか……。


 その答えは、かつての相棒……シグマの助言により解決した。


「だったら、外付けでなんとかすればいいだろう。魔法であることにこだわる必要がどこにある」


 目から鱗だった。


 そうだった。


 別に魔法にこだわる必要性なんてどこにもない。


 自分で出来ない事であれば、素直に武装に頼ればいいのだ。

 流石、外付けの塊であるサイボーグ。


 外付けの遠距離用武装……つまり……


 銃だ。




 ヴィオがユニフォームの内側より取り出したのは、かつて天空島で翼族より護身用にと受け取った……先住民たちが使用していた拳銃。


 無論、これはただの何の変哲もない銃。


 機構自体も珍しいものではなく、引き金を引けば鉄の弾丸が飛び出す仕組みだ。


 普通に考えれば、そんな小口径の銃弾で魔獣の体表に風穴を開ける事は出来ない。


 だから、利用するのは銃の機構と弾丸だけだ。


 暴発しかねないので、拳銃に装填する弾丸は一発きり。

 その弾丸に、魔力と雷のエネルギーを流し込む。

 似たようなことは、ゲイルの持つ装備でもやっていた。あちらは、刃に風の魔力を帯びさせる事で切れ味を高めていたが、こちらの場合は単純に破壊力と貫通力の増大だ。


「射撃に自信はねぇが、あんだけ的がデカけりゃ……!」


 上空のキマイラに向けて、銃口を向ける。

 そして、引き金を引いた。


 ゴォン!


 まるで雷鳴のような轟音が響き、ヴィオの持つ拳銃から文字通り雷の弾丸……いや、砲弾に近いサイズの雷撃が発射された。


 通常とは違い、天に向かって放たれる雷撃。

 制空権を手にし、一方的に蹂躙するだけと高をくくっていたキマイラは虚を突かれた。

 それでもなんとか巨体をよじり、雷撃を躱そうとする。


「くっ!」


 雷撃はキマイラの翼の一部を抉り、そのまま天に消えていった。


「「チッ」」


 ヴィオは狙いが外れた事に、キマイラは翼が傷つき僅かに飛行能力が鈍ったことに舌打ちした。

 ともあれ、キマイラとしては翼が傷ついた事で、次にまた雷撃が来た場合、避けられるか難しい。


「だったら……あっちもまともに動けなくしてやればいい」


 キマイラの三つある首の一つ、大鷲……アンズーの口よりけたたましい奇声が響き渡った。


 途端、ヴィオの周囲の海が大きくうねり、《カプリコーン》のハンドルが大きくぶれる。

 

(―――ん? あの合体した魔獣どもに海を操る力とかあったか?)


 確かに大きくうねりを上げる海面で、水上バイクを運転するのは難しい。

 だが、それは普通の水上バイクの話。

 ヴィオが駆るのはアルドラゴの超科学で作られた超絶ビークルなのである。

 こんな大波なんぞ、なにするものぞ。


 と思っていたら、大きくうねりを上げる海に、激しい風が吹き荒れる。

 その風は次第に収束し、一本の柱へと姿を変える。


 つまり、竜巻だ。


 それも一本二本ではなく、十本もの巨大な竜巻が周囲の海域を支配していた。


「……なるほど、そうきたか」


 確か魔獣アンズーは大気を操る力があったはず。それでも、ここまでの竜巻を出現する力は無かっただろうが、そこは他の魔獣たちの魔力を使用したのだろう。


 大波に加えて、この竜巻に支配された海域であれば、《カプリコーン》の操縦は流石に困難……。


……ではなかった。


「いいねいいね。分かりやすい()()用意してくれてありがとよ!」


 獣めいた笑みを浮かべ、ヴィオは《カプリコーン》のスロットルを全開にする。

 行く手を阻む波そのものを突き破り、《カプリコーン》は真っ直ぐに進む。

 進路の先にあるのは、竜巻だった。


「え?」


 キマイラと融合したビスクは、我が目を疑った。


 なんと……ヴィオは、竜巻を駆け上がっているのだ。


 普通に考えて、竜巻に飲み込まれれば凄まじい遠心力によって吹き飛ばされてしまう。

 なのに、その竜巻の表面を水上バイクが垂直に駆け上がっているのだ。


 多分、科学考証とか言い出したら、絶対にありえないとか言い出してきそうだが、現実の竜巻じゃなくて魔力によって作られた竜巻なので、力技でオッケーなのである。

 もう一度言うけど、オッケーなのである。


「こんだけ近づけば……当たんだろ!」


 竜巻を駆け上がる事によって空中のキマイラと最接近したヴィオは、またしても拳銃の銃口を向ける。

 既に弾は装填されていて、エネルギーの充填もMAXだ。


 そうして引き金を引く寸前―――


「はにゃ?」


 パシンッと何かに弾かれて、ヴィオの手より拳銃が眼下の海へと落ちていった。


 その正体は、()だ。


 透明化した舌が鞭のようにしなり、ヴィオの手より拳銃を叩き落したのだ。


 ヴィオは、視力を強化して目の前のキマイラを視る。


 透明化により見えなかったが、キマイラの頭部は三つでは無かった。

 四っ目……まるでカメレオンのような頭部が、生えていたのだ。


 魔獣ファントム。

 なるほど、三体の魔獣を合成したと思わせておいて、実は四体目が居たというオチだったか。


「以外に頭使えるじゃねぇの」


 ただの阿呆だと思っていたが、戦闘に回せる知恵はあるようだ。


「だったら、もう出し惜しみはしねぇ!」


 サッと右足首のアンクレットに手を添え、竜巻を駆け上がる最中だった《カプリコーン》から跳んだ。


変身(アームド・オン)


 その言葉とともに空中に紫の魔法陣が出現。

 ヴィオがその魔法陣を潜り抜けると、その姿は白と紫に彩られた鎧に包まれていた。


 更に、その両腕にはディアブル・ガントレットが装着されている。

 《カプリコーン》から跳びあがる事で、キマイラの頭上という制空権を手に入れたヴィオは、その頭部の一つ……獅子の頭目掛けて拳を振り下ろす。


「グゥオォォッ!!」


 だが、牡牛の頭が大きな唸り声を上げると、キマイラの巨体を守るかのように光の障壁が出現する。


 キィンと音を立てて、ヴィオの拳が弾かれた。

 これは、物理攻撃を防ぐ障壁。単純なパワーでは、この障壁は砕けない。


「やべ」


 空中で無防備な状態のヴィオ目掛けて、キマイラの拳が振り下ろされる。

 ベチンッと猫パンチならぬキマイラパンチが炸裂し、ヴィオの身体は眼下の海に向けて落とされてしまった。


 だが、ヴィオにとって幸運だった事に、彼女が落ちたのは海ではなく戦艦の甲板の上であった。

 ヴィオの身体はハイ・アーマードスーツ……オリハルコンに包まれており、ダメージはほぼ無い。

 尤も、それほどの硬さであるヴィオが墜落してきた事で、まるでミサイルでも落ちたかのような衝撃が起き、今にも沈没しそうではあるが。


「さっすが、あんだけの衝撃でダメージ無いのはすげえな」


 甲板にめり込んだまま、自分の現状に素直に感心する。

 だが、ダメージを受けるごとにハイ・アーマードスーツのエネルギーは消費し、装着できる時間も短くなる。

 装着した以上は、手早く決着を―――


「おおっと!」


 上を見上げれば、こちらに向かってキマイラの牡牛の角が迫ってきていた。

 避けようにも、こちらは戦艦の甲板にめり込んだ状態。

 ならばと、その角を正面から受け止めた。

 

 当然ながらそんな状態で受け止めきれる筈もなく、まともにくらう事は避けられたものの、衝撃は殺せずにヴィオの身体は戦艦そのものを突き抜け、海へと落ちる結果となる。


 ハイ・アーマードスーツ自体は元々真空の宇宙であっても活動できる仕様になっているので、水に潜った所で何の問題もない。

 だが、やはり水中仕様という訳でもないので、動きそのものは鈍くならざるを得ない。


 そんなヴィオに向かって水面よりキマイラの爪が振り下ろされる。

 このままでは避けられない!


 そこへ、主を救うべく潜水した《カプリコーン》が飛び出してきた。


 咄嗟に《カプリコーン》のハンドルを掴み、その場から脱出することに成功。


「ありがとよ、カプッち」


 恐らくは愛称なのだろう。感謝を示すべくポンポンと車体を叩く。


 しかし、どうしたものか。

 接近戦をしようにも、牡牛……カトブレパスの作り出す障壁が邪魔をし、遠距離攻撃は武器を落とされた。


 ならば……


「時間もねぇし、とっととケリつけるか」


 ハイ・アーマードスーツを装着できる時間もどんどん短くなっている。

 ならば、最大戦力で迎え撃つしかないだろう。


「行くぞ、カプッち! ()()だ!」


 その言葉に応えるように、《カプリコーン》に取り付けられているライトがまるで目のように光り、車体の駆動音も大きくなる。


 説明しておこう。


 ヴィオのハイ・アーマードスーツの意匠はキマイラ。

 虎の意匠のパワースタイルと、蛇の意匠のスピードスタイル。

 この二つだと思われているが、たった二体の合成獣というのも寂しい気がするだろう。


 だから、もう一つの姿があるのは最初の設計段階から決まっていた。


 一般的にキマイラの姿として有名なのは、


 基本となる獅子の頭と身体。

 これは、《レオ》が既にあるので虎を代わりとしている。


 次に、尾のように飛び出している蛇の身体と頭部。


 そしてもう一つ……それは山羊(やぎ)だ。


 つまり、山羊座の名を持つ《カプリコーン》と組み合わさる事でキマイラは真の姿を得ることが出来るのだ。


 ヴィオの言葉と共に《カプリコーン》はバラバラと複数のパーツに分かれ、ヴィオの四肢……胴体……背部……頭部へと重なっていく。


 その結果出来上がったのは、元の姿よりも一回りほど大きくなったハイ・アーマードスーツ……キマイラの姿。


 いや、これこそ真のキマイラ……その名も……


「シン・キマイラ! 合体完了!!」




 カメレオンは無理だったと言ったな。

 あれは嘘だ。


 そして、カプリコーンと合体して真の姿になるってのは、ヴィオのハイ・アーマードスーツの意匠は何にするかなーと考えていた時に、某朝の特撮番組を見ていた際、パワーとスピードをフォームチェンジして切り替える戦士を見て、これにしようと決めました。更に、サポートマシンと合体して三つ目の姿になるんだ! と、ワクワクして妄想してました。

 ……まさか、あれから6年がか経過するとは夢にも思わず……。

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