276話 ヴィオVS聖獣士ビスク
話を進める前に、物語の時系列をほんの少しだけ戻す必要がある。
具体的には、レイジとエクストラチーム一行が獣王国に乗り込んで、フェイを助け出す前……。
アルカとルークの二人が獣王国の国境付近で二人の十聖者を撃破した直後の事だ。
元々、派遣された十聖者は三人だった。
一人は聖術士マリード。
……彼女はアルカと戦って敗れた。
一人は聖機士ディオニクス。
……彼は、ルークと戦って敗れた。
そして残った最後の一人が、一人が、彼女……聖獣士ビスクである。
だが、彼女は戦うことなくその場から逃げ出していた。
「なによなによ。BBAもオッサンも、イキってた癖に負けたじゃないのさ!」
だからと言って、代わりに自分が戦うつもりは無い。
戦って勝てる見込みがあるのならともかく、勝った方の二人はまだまだ余力があるように見えた。
そんな奴らと戦うほど、ビスクは愚かではない。
……いや、勝つか負けるかではなく戦った結果、自分のコレクションが減ってしまうのが嫌なのだ。
なので、戦況が不利になるや否や、カメレオンのように保護色となって周囲に溶け込むことの出来る魔獣ファントムの背に乗って戦場から離脱したのである。
ファントムは名前から連想するように幽霊のような魔獣ではなく、バジリスクと同タイプの魔獣であり、大型のトカゲのような外見をしている。
保護色となる力であるが、本来の動物の使うものとはレベルが違い、視覚的には完全に区別がつかなくなる。
加えて、体温、魔力も遮断できる。サイズが大型なのがネックではあるが、潜伏、奇襲という事に特化した魔獣となっていた。
故に、ファントムという名がついたと思われる。
そんな存在を、こんな入り組んだ森林の中で見つけられるはずもない。
……そう思っていた。
「やっほー。いけないなあ、一人だけ戦線離脱かい?」
その男が現れるまで。
訳が分からなかった。
その男は突然現れた。
ビスクの視線は、前方を向き、周囲を警戒していた筈だった。
なのに、男が現れた。
自分の視界の中に突然である。
黒と金という派手な服装を着込み、顔はまるで道化師を思わせる仮面に覆われている。
何よりその男の異質さを感じさせるのは、上下さかさまに立っている事だ。
「……何? アンタ」
「ボク? ボクはそうだねぇ、世界の裏で暗躍するトリックスター……とでも言えばいいかな?」
「……訳わかんない」
変な奴だった。
正直、普通なら無視して先を進むところではあるが、こんな怪しい現れ方をしたやつに背を向けるのは危険極まりない。
それ以前に、背に乗っているファントムが怯えてしまって動けないでいるのだ。
「今、この世界最強の戦闘集団を作ろうとしている所でね。あわよくば君たちの戦闘スタイルを見て、スカウトしようと思っていたんだけど……」
道化師男は両手を胸のあたりまで下げて(上げて?)、やれやれといったポーズをとる。
「……がっかりだ。よもや、戦いもせずに逃げるなんて思わなかったよ」
「………」
「魔術師の方はいらないな。あのナノマシン男は負けたけども使い方次第か。問題は君だ」
ポカンとしているビスクに向けて、男は指を突き付けた。
「正直、君の能力は使える。ただ、劣勢になったらさっさと逃げるっていう気概の無さはいかがなものか。
ほっとうに、なさけないったらありゃしない!」
(―――殺す)
馬鹿にされたことよりも、この男から感じられる危険性を重視した。
やるならば今しかない。
ファントムに指示を送り、タイミングに合わせて舌に仕込まれた毒針で道化師男を突き刺す。
そう思っていた時だった。
「いけないなぁ。そういうやる気は別の時に見せるもんだよ」
「!!」
突然、ビスクは喉元を掴まれ、一気に後方にある大木の幹へと押し付けられていた。
喉を掴まれる痛み、大木に叩きつけられた衝撃、みしみしと幹にめり込む体の痛み……その全てが同時に襲い掛かる。
「予告しておこう。十聖者は近いうちに崩壊する。何人かは死ぬだろうし、何人かは戦闘不能になる。
でも、ボクの側に来るのなら生き延びる事は出来るだろう」
突然、脳裏に映像が浮かび上がった。
ドラゴンたちに蹂躙される帝国の軍隊の光景。
その戦場の中、ボロボロになって倒れ伏す十聖者たち。
……その中には、自分の姿もあった。
「ヒィィ!」
全身に、極寒の風が通り抜けて言ったような悪寒が走った。
それが、彼女が今までに感じた事のない絶望という感情だったことは後に気付くことになる。
嫌だ。
この場で死ぬのも嫌だが、あんな風に死ぬのも嫌だ。
「な……何をすれば……」
か細い声で絞り出された言葉に、道化師男はにんまりと口元に笑みを浮かべた。
「話が早い。要は、気概を見せてくれればよい。
数週間後かな……帝国史上最大の戦いが始まる。
その勝敗はどうでもいい。
戦いの中、君は本気で戦っておくれ。
それだけでいい」
「そ、それだけ?」
「隠している力も全部だ。そうすれば、いざとなった時にボクが助けてあげよう」
「ほ、本当に?」
「約束しよう。君は、目の前の敵と全力で戦えばいい。
あ、それまでは普段のままで構わないからね」
そう、言い残して道化師男は消えた。
文字通り、フッとその場から消えた。
残されたのは、大木にめり込んだままのビスクのみ。
残された者は、ただ茫然と空を見上げるのみだったが、その瞳だけは違っていた。
◇◇◇
この戦いが道化師男が予言した戦いなのは間違いない。
だとするならば、自分に出来る事は気概を見せる事のみ。
だから、その時が来るまでは力を温存しておくつもりだった。
なのに……
「なんなのよ……」
紫髪女の放った拳の一撃で、ワ―タイガーの頭部が粉砕した。
いや、気のせいなのか、女の拳が一瞬だけ巨大化したように見えたんだが。
とにかく、こんなに強いなんて聞いてない。
だが、こんなどこの馬の骨とも思えない相手に、本気を出すわけにはいかなかった。
と、この時は本気で思っていたのだ。
……悲しいことに、ビスクは戦闘開始前のブリーフィングを右耳から左耳に流していて、詳しい作戦内容が頭に入っていなかった。
この戦場においても、何も知らずに此処にきて、言われるがままに聖獣を放出しているにすぎない。
つまり、戦うべき相手が誰がとか、チーム・アルドラゴのメンバーの顔だとか、一切知らなかったのである。
「ん……思ったより脆かった。遭遇したことない魔獣だったけど、実は低級だったか?」
ヴィオのメイン武装の一つ、パワーアームは打撃の瞬間のみ、自身の腕を覆うようにして巨大な腕が出現するアイテムだ。
続いて二つの頭部を持つ蛇……ウロボロスがヴィオに襲い掛かるが、鞭のように俊敏に繰り出される噛みつき攻撃を、ヴィオは右に左に移動して軽々と避けていく。
が、やがて……飽きた。
「ウロボロスなんて大層な名前ついてる癖に、対して強くねぇじゃねぇか」
パシンパシンと噛みついてきたウロボロスの喉元を掴み上げる。蛇の場合、ここを掴めば噛みつき自体は防ぐことが出来る。
更に胴体による巻き付き攻撃は、胴体そのものを踏んづけることで回避した。
「こんなもん……ただの頭が二つある蛇だッ!!」
ふんがっ! と気合を込めて、ヴィオはウロボロスの頭部を引きちぎった。
当然だが、普通の生物とは構造が違うので、体液があふれ出す事もなく、肉片が飛び散る事も無い。
ただ、生命としての活動が出来なくなったウロボロスは、ワータイガーと同じく魔素となった空気中に散っていった。
「おらぁ! 次はなんだ!?」
ズンズンと迫ってくるヴィオに対し、ビスクは慌てて懐から新たな聖石を取り出した。
「サ、サラマンダーッ!」
出現したのは、背中や頭部よりリアルに炎が噴き出している巨大トカゲ……サラマンダーである。
続いて……
「イエティ!」
今度は白い体毛で覆われており、口元にはまるでセイウチを思わせる二本の巨大な牙を持つ大猿……イエティ。
「トレント!」
手足の生えた巨大木……トレント。
計三体の大型魔獣がヴィオを囲むように出現したのだった。
「なるほど。今回ばかりは中~上級魔獣を出してきたか」
ヴィオからすれば、どれも遭遇したことのないレア魔獣どもだ。
正確には聖獣なのだが、面倒なので魔獣と表記していく。
ただ、なんとなく放たれる威圧で、サラマンダーだけが上級で、他二体は中級クラスだという予感がある。
確かに、まともに戦えば相当な強敵に違いない。
サラマンダーはその巨体に合わない俊敏な動きで敵を翻弄し、イエティはパワータイプに見えて口から冷気を放出する力がある。
またトレントもここが森林の中であれば、ほかの植物より養分を吸収して再生したり、木々を操るという困難極まる魔獣であったと言える。
が、それも所詮は戦場と適性があってこそのもの。
戦艦の甲板というあまり広くない場所において、サラマンダーはスピードを活かした攻撃は出来ず、トレントも他に植物がない場においては自分の肉体しか武器に使えない。
まずはこちらに向かって飛び掛かってきたサラマンダーの爪による攻撃をバックステップで避け、そのがら空きとなって頭頂部目掛けて、拳を振り上げることで出現した赤い巨腕……パワーアームの拳を叩きこむ。
本来ならば殴りつける事で拳が燃えるだろうサラマンダーの身体であるが、パワーアームで殴るのならば問題ない。パワーアームで出現した腕はヴィオの腕ではないのだ。
「おらおらおらーッ!!」
怯んだサラマンダー目掛けて、パワーアームの連打を浴びせる。
5メートル台の巨体が浮くほどのパワーと乱打。
殴られ続けるサラマンダーは、最早手も足も出ない。このまま魔素と化して消えるまで乱打を続けるのかと思ったが、残りの魔獣がそれを許さない。
まずトレントが、ヴィオ目掛けて、腕より触手を伸ばす。
その触手が自分に襲い掛かるよりも早く、ヴィオはサラマンダーの身体を盾にすることで防いだ。
更に、サラマンダーの炎が触手を伝ってトレントに燃え移り、トレントはまるで木が擦れたような悲鳴を上げた。
続いて、こちらに威嚇して唸っているイエティ目掛けて、ヴィオは手にしていたサラマンダーの身体を投げつけた。
イエティ、その名前から連想するように、雪男……つまり冷気属性の魔獣である。
そんな相手に炎属性のトカゲをぶつけたらどうなるか……
本来ならたがいにダメージを受けるところであるが、魔獣としてはサラマンダーの方が格上であるのでイエティの方により大きなダメージが入ったようだ。
正直言って、この戦場においてこの魔獣の配置は采配ミス以外の何物でもない。
炎、冷気、植物と互いに苦手な属性を同時に出したところで、互いの長所を食い合う結果しかなかった。
チラリとこの魔獣どもを放った元凶であるビスクを見る。
最初の余裕ぶりはどこへやら。
「なにやってんのよー!」「真面目にやりなさいよー!」
と、本気で文句を言っている。
自分の出した魔獣たちに対して。
……どう考えても元凶はお前だろうに。
しかし、腐ってもサラマンダーは上級魔獣。
オラオラと殴り続けてもなかなか消滅してくれない。
それはイエティとトレントも同じで、ダメージは負ったもののそれだけで倒せるには至らなかった。
(……使うか?)
意識を自身の右足首にあるアンクレットに向ける。
ハイ・アーマードスーツ……海王国に行ってからエネルギーの補充はしていない。使うとしたら、一度装着が出来ればいいくらいだろう。
であれば、ここは使い時ではない。
「だったら、新しい方だ」
ヴィオはニカッと笑みを浮かべると、拳の乱打を止め、後ろへと跳ぶ。
それを好機と捉えたのか、三体の魔獣は体勢を整え、内包魔力を消費して傷を癒している。
魔獣どもは、こうやって傷を負った場合は内包された魔力を消費して、肉体の欠損を修復することが出来るのだ。
勿論、消費された魔力に応じてパワーも落ちる。……というか弱くなる。
「な、なによ。もう限界?」
ヴィオの体力が尽きたのかと思ったのか、ビスクの顔に若干余裕の色が戻る。
……当然ながら、そんな訳はない。
「《カプリコーン》! ディアブル・ガントレット!」
ヴィオがそう叫ぶと、後方に待機していた水上バイク……《カプリコーン》の側面部に取り付けられていた槍状のパーツが分離し、ヴィオに向けて射出される。
撃ち出されたパーツは、ヴィオの両腕に取りつくとガチャガチャと音を立てて形を変え、半身を覆うほどの巨大な手甲……ガントレットとなった。
いや、正確にはガントレットではない。
手甲の先端部には、何やら穴のようなものが開いており、手甲の肘部分からは、巨大な杭のようなものが突き出ている。
つまり、これは……
「!!」
ペロリと舌を舐めたヴィオは、一気にサラマンダーに最接近し、巨大手甲で覆われた拳をサラマンダーの胸部へ叩きつける。
それだけでも衝撃の威力は相当なものだったろうが、これで終わりではない。
手甲の先端部の穴から、杭が……いや、槍が飛び出し、サラマンダーの胸に風穴を開けたのだ。
当然、そうなればサラマンダーはその巨体を維持する事は出来なくなり、サラサラと魔素と化して散っていった。
ディアブル・ガントレット……つまり、この武装はパイルバンカーなのである。
拳による打撃と、槍による刺突。
ヴィオの特技二つを組み込んだ新武装であった。
本来ならただ殴るだけの戦法が好きなヴィオであったが、これはこれで良いものだという認識はあった。
というか、サラマンダーを撃破した瞬間は普段よりもニコニコしていただろう。
つまりは、気に入ったという事である。
「ちょ! なにやられてんのよー!!」
サラマンダーの末路に、ビスクが地団太を踏む。
何気に、そんな人間初めて見たぞ。
そして、目の前でサラマンダーが消滅して怯んでいるイエティに最接近し、その頭部目掛けてパイルバンカーを打ち込む。
一撃で頭部が消し飛び、結局サラマンダーと同様の末路となった。
「キシャキシャキシャーーーッ!!」
二体の自分よりも強い魔獣が簡単に屠られたことで狂乱状態となったのか、残されたトレントが激しい攻撃を仕掛けてきた。
蔦の触手を槍のように変化させ、ヴィオに向けて放つ。
その数、5本。
ヴィオは最初の触手槍を後ろにジャンプして避け、続けて放たれた槍を空中で側転して避けた。
次に顔面に向けて放たれた二本の槍を両腕のガントレットで弾き、最後の一本は……なんと飛び乗り、それを足場として真っ直ぐにトレント目掛けて駆けた。
「そのしわくちゃな顔を悪いな!」
と言って顔を蹴って、その頭上まで跳ぶ。
自身とトレントが一直線で結ばれた所で、ヴィオはその拳を敵の脳天目掛けて振り下ろした。
ガントレットより飛び出した槍は、真っすぐにトレントの身体を貫通し、そのまま甲板にまで穴を穿った。
ジャキンとガントレットに槍を収納すると同時に、トレントも他二体と同様に魔素となって散っていった。
甲板の上に着地したヴィオは、ガチガチとガントレットに包まれた拳同士を叩いて、ビスクに向き直る。
「オラオラ! 次はどいつだ。次も魔獣のお出ましか? それともお前自身がやるか!?」
と挑発するも、ビスクは黙ったままヴィオを睨みつけていた。
「……なるほど。思っていたのと違うけど、もしかしたらこれがアタシのやる気を出すべき出番って訳なのかしらね」
「あん?」
「いいよ。全力……出してあげる」
それは、今までのようにやる気を感じさせない、怠惰に満ちた瞳ではなく、火が灯った瞳であった。
そして、また懐より新たな聖石を取り出す。
それは、これまで使用してきたものよりも大きく、強く輝く石だった。
「マンティコア」
レイジの知る伝承では、人の顔に獅子の肉体を持つ獣だったが、エヴォレリアでは巨大な黒い獅子……マンティコア。
「アンズー」
ガルーダよりもより巨大な体躯と翼を持つ怪鳥……アンズー。
「カトブレパス」
中級魔獣……ミノタウロスの上位種として存在が確認されている巨大な牡牛……カトブレパス。
どれもがさっきまでの魔獣たちとはランクが上の存在……カオスドラゴンのような王級よりは一歩劣るが最上級と言っても差し支えないレベル魔獣たちだ。
「今度はそいつらが相手かね?」
今度は互いに長所を食い合う事も無い、相性も悪くない魔獣たちだ。
さっきのように甘く決着はつかないと考えて良いだろう。
そう思って戦闘態勢を取るヴィオであるが、ビスクは不敵な笑みを浮かべて否定した。
「違うわ。言ったでしょう……アタシの本気を見せてあげるって……」
「本気?」
「こういう事よ。お前ら来いッ!!」
その叫び声に応えるように、出現した三体の魔獣たちはビスクへと集まっていく。
それはまるで、何も知らなければビスクを捕食しようとしているように見えたかもしれない。
だが、魔獣は決して人間を食べる事はせず、ヴィオもビスクが何をしようとしているのか見当がついた。
(見当はつくが、まさか……出来るのか?)
三体の魔獣が一つに重なった瞬間、眩い光が発せられた。
その光の中、ヴィオは見た。
三体の魔獣が、ビスクを中心に一つの形に変化していく光景を―――
十聖者クラスの者たちは、それぞれ魔獣と融合する手段を持っている。
聖騎士がそうであり、聖女の従者……恐らくはボディガードがそうであった。
だから、この聖獣士を名乗る女も、その切り札を持っていることは予想が付いた。
それでも、これは流石に想定外だ。
よもや、三体の魔獣を合成し、それに融合することが出来るなんて
光が収まった後、そこに立っていたのは獅子……牡牛……鳥……その三つの顔を持つ巨大な生物だった。
「ジャーン。これがアタシの造り出した……キマイラよ。さあ、アタシの本気……見せてやろうじゃないの!」
それは奇しくも、ヴィオの持つハイ・アーマードスーツと同じ名前であった。
獅子、牛、鳥の三つ首という事で、ピンとくる方はニヤリとしてもらえれば……。流石にイルカとカメレオンは無理だなと思いましたので、三体にしましたけども。
次話は、キマイラ同士のバトルとなります。




