272話 先手
ルミナinアウラムとゼロを自称する黒いロゼが研究所の壁を破壊して消えた。
その直後である。
「レイジよ。悪いが、ボクは奴を追う」
と、ロゼは即座に言い放った。
「え……ちょっと!」
「奴が存在しているのを自覚すると……こう、なんというか、むず痒いのだ! 落ち着かないというか、だから終わらせるのならば、手っ取り早く済ませたい!」
「あ、そうなんですね」
「だから、コレはしばらく貸しておくれ! でわな!」
ピョンと、ゼロが空けた壁の穴から身を投げたのだった。
コレというのは、ニョイ・ロッドの事だろう。
……大丈夫かなぁ。
自分の力が半分になっているのちゃんと理解しているかな?
「あ、主よ……」
と言って現れたのは、なんとか動けるようになるまでに回復したゲイルだった。
「戦闘は終了したようでござるな。忸怩たる思いでござる。主の危機に駆け付けられないなど、筆頭家臣の名が泣く……」
「いや、そこまで思いつめなくていいから。というか、いつから筆頭になったんだ」
「何をおっしゃる。アルカ殿は別として、烈火殿、吹雪殿、更にはマークス殿等、家臣がそろってきているではござらんか。ここは、初期から居る拙者が筆頭となり……」
あ、なんか語りだした。
げんなりする反面、これぞゲイルだなーと懐かしさを感じてしまう。
「今はそういうの良いから。とにかく、外のアルカ達と合流だ。まずは状況を整理するぞ」
「了解にござる」
◆◆◆
「君の言うとおりだ。……空に穴が開いた」
ゴルディクス帝国旗艦ブローダーのブリッジの中、空に光の穴が出現していく光景を見届けた十聖者の一人について今回の戦いの指揮を任されている弓聖フォレストが、静かに言葉を吐いた。
すると、後ろに控えているゴルディクス帝国技術開発局の局員……アウラムがホッと息を吐いた。
「……あっちも成功したか。ふぅ、これでお役御免か」
「何か言ったか?」
「いやいや。それで、どうなさるおつもりで?」
「決まっている。まずは、先制だ」
そう言うと、弓聖フォレストはブリッジにあるマイクに向けて声を上げた。
「主砲用意。目標は、あの穴の向こう側だ」
フォレストの宣言に、アウラムは「ほう」と感心の声を漏らす。
「いきなりぶちかますので?」
「あちら側に被害が出れば、さしものドラゴンどもも冷静な判断を無くすだろう。これも戦略だ」
アウラムを振り向き、眼鏡をくいと持ち上げる。
「続いて飛行大隊出撃準備! 主砲の発射の後に穴の中に飛び込め! そして、蹂躙せよ!!」
「思い切ったことをするなぁ」
「これが戦争だ。それに、相手はドラゴン……竜族だ。自力で劣る我らに出来る事は、奇襲をかけ、数で圧倒するだけだ。……何か問題あるか?」
「いやぁ、実に正しい。それが正しい戦争だよ」
拍手しながらアウラムが言うと、フォレストは怪訝に眉を寄せる。
「……アウラムよ。さっきから、口調がおかしくないか? それとも、それが貴様の地か?」
「おっと! いやいやいや、どうも気安過ぎたみたいだな。まあ、僕は支持あるまで待機させてもらうよ。用があったら、呼んでおくれ」
アウラムが出来る用……つまりは転移。
だが、この力は彼が行ったことのない場所には行けないという制限がある。
つまり、彼の役目は万が一の時用の脱出要因だ。
何かあれば、その力で逃げ出す算段となっている。
だが、フォレストは自信満々に言うのだった。
「まあ、今回は貴様の出番は無いだろうがな」
そんな言葉を聞きながら、バタンと後ろ手で扉を閉める。
そこでようやく、アウラムの顔をしたその者は、ふぅーと深く息を吐いた。
「駄目だな。長く変身していると、どうしても素が出ちまう。
さて、計画も順調に進んでいるようだし、出番が来るのを楽しみに待ちますか~」
アウラムの顔から元々のベースとなる顔へと変化した男……十三冥者の一人、ブラットは意気揚々とその場から去っていった。
◆◆◆
《リーブラ》内部にて……
『想定していた以上に……』
「厄介な状況でござるな」
ゲート制御室であった出来事を説明すると、そんな感想がアルカとゲイルから漏れた。
「このままだと戦争が勃発する。というか、今すぐ起きても不思議じゃない」
「この場合、帝国側が侵略する側でござるな。だが、ゲートは空中に浮かんでいる。船ではとても……あぁ、帝国には空飛ぶ船があったでござるな」
『空艦ですね』
「とは言っても、あれは見た感じはただの飛行船だ。そんなに早くは動けない。空を自由自在に飛べるドラゴンに空中戦で勝てるとは思えない」
『いえ、ゴルディクス帝国には空中を自在に飛び回れる戦力があります』
フェイの言葉にそちらを向く。
「え?」
『艦長もエメルディア王国で聖騎士と対峙した際に見たはずです。帝国は、魔獣を使役することが出来るのです』
「……そういや、そうだったな」
帝国が聖獣と言い張っている、自軍の兵器として使役している魔獣の事だ。
飛行型魔獣が相当数用意されていると見ていいだろう。
……大型も小型も含んでいるとなると、下手したら地球の戦闘機よりも厄介かもな。
戦力ではドラゴンに劣るだろうが、数の暴力というのはどの世界においても厄介だ。
「となると、帝国が本格的に動き出す前にこっちも動いた方がいいな」
『戦争に参戦するつもりですか?』
「いや、正式に竜王国側に加担するつもりはない」
俺の言葉に、全員意外そうな顔となる。
まぁ、ここまできて参戦しませんと俺が判断するとは思わんだろうな。
だが実際問題、ドラゴンでもなく国の住民でもない俺たちが戦争に参加したいと言っても、竜王国側からしたら迷惑なだけだろう。
だからと言って、何もしないって訳ではないぞ。
俺たちは、俺たちなりに戦うだけだ。
「考えてみろ。俺たちは帝国側からしたらお尋ね者だ。そんな奴らが戦場でうろうろしていたらどうなると思う?」
『……竜王国の戦力と判断される可能性が高いですね』
「それでなくとも、戦場で自分たち以外の存在は敵扱いでござる」
『どっちにしろ、敵ですね』
そうだな。
民間人だから無視して良いって事にはならんだろ。
「竜王国側の動きは?」
『ヴァイレル白竜卿に現在の状況は伝えてあります。「それは……思っていた以上の事態ですね……」と、流石の彼も驚いていました』
その後、緊急の九頭竜会議を開いて、どう対応するか決めるそうだ。
まあ、ゲートは既に開いちまったし、ゴート……というか強硬派がどうするかはまだ分からんが。
ちなみに、
「竜王国側については、俺が何とかする。お前らは帝国の方を頼む」
と言ってラザムは出て行った。
まあそちらは俺たちがどうにか出来るレベルは過ぎ去ったからな。
出来る事は、確かに帝国への対応くらいだろう。
「俺が気になるのは、アレだ」
アレと言って指したのは、ゴルディクス帝国の艦隊……その最後部に控えるひと際でかい戦艦。
しかも、あれだけは海面に着水しておらず、浮いている。
『ホバー……いえ、半重力? まさか、あんなものまで開発していたとは』
「あれは地球でも発明……されてるかどうかは分からんな」
俺が知らないだけでどっちかの国で発明されている可能性はある。
……少なくとも普及はしていない。
「ちょっとあれだけ技術レベルが進みすぎじゃないか?」
これまでの情報によると、カメラが最近開発されたばかり。
空を飛ぶ技術は今のところ飛行船が限界……。
俺は見ていないが、車なんかは存在しているらしい。
ただ、魔法技術とのハイブリッドで、巨大な四本足の機動兵器だったり、気密性や耐圧性に優れた防護服なんかは存在している。
地球とはちょっと違った技術革新が進んでいるのかもしれないな。
そして、飛行型魔獣であっても、大型であれば人を騎乗させることが出来る。
つまりは、ちょっとした戦闘機やヘリと変わらない。
さらに……
「あの、魔獣と人間が融合する力ってのは、一体どれだけの奴らが使えるんだ?」
俺の記憶に蘇るのは、エメルディア帝国での戦いの際、聖騎士が魔獣を召喚し、更に融合した光景だ。
『それは、ある一定以上の力を持つ者……としか。そもそも、あれは技術開発局で人体を改造しなくては出来ない力です。
聖騎士と同じ十聖者であっても拳聖や剣聖はやらなかったでしょう』
俺が見たのは、聖騎士が魔獣カルーダと融合した姿。
同じくルークより聖女の従者が魔獣ミドガルズオルムと融合したと報告を受けた。
つい最近の戦いでは、十聖者の聖術士とやらが魔獣ゴルゴーンと融合したらしい。
となると、十聖者かそれに関係する者はその力を持っている可能性が高いな。
とは言え、ここでいつまでも敵の戦力について言い合っていても仕方がない。
行動を起こさねば。
「まずはエヴェレリア側のアルドラゴと合流だ。連絡は付いたんだろ?」
『はい。今は近隣の島で擬態中ですが、すぐに離陸できます』
「よし! じゃあすぐに出発だ。なるべく此処を戦場にしたくない。だから、全員で出るぞ!」
それに、万が一ゲートが閉じるようなことがあれば、仲間がこちらの世界に閉じ込められてしまう。それは避けたいところだ。
『ですが、このままゲートの外に出たら、帝国軍の集中砲火を受けてしまうのでは?』
「仕方ない。そこは《リーブースター》の機動力でサッと出るしかない」
というか、流石にあのスピードに付いてこれる機動兵器の類は帝国にも存在しないだろう。
その時―――
ピピピ…! と、けたたましい警戒音が《リーブラ》内部に鳴り響く。
「どうした!?」
『エヴォレリア側……あの黒い揚力船より高熱エネルギー反応! これは……レーザー……いえ、レールガンです!!』
「嘘だろ!」
あの浮かんでいる戦艦だけでもオーバーテクノロジー気味だってのに、レールガンは飛躍が過ぎる。
『照射軸と威力を計算……このゲートを通過し、都市部に命中します』
「拙いなクソッ! 先手って訳かよ」
『艦長。私が出ます』
「日輪?」
すると、背後にある座席に腰かけていた日輪・ナイアのアンドロイドが、力を失ったようにパタリと倒れた。
そして直後、《リーブラ》に飛行用ブースターとして取り付けられていた半球状のアタッチメントが外れ、一つの球体に合体する。
12体の大型ゴゥレムの一つ、《アリエス》。
操縦しているのは、アリエス内部に設置されている本体へと意識データを移動させたナイアだ。
『《アリエス》……ビーストモード』
金属の球体だった《アリエス》がパカリとまるでくす玉が割れるように開く。
その中に収納されていた機械の手足が飛び出し大地へと着地した。
更に、収納されていた頭部が出現し、球体から半球状の甲羅のようなものを背負った獣へと変化する。
一見すれば亀。
だが、球体から形を変えた事からアルマジロという動物を連想するかもしれない。
であるが、頭部にはまるで羊を思わせる角のような部位があった。
俺としては、その3種の動物の混合だと思っている。
牡羊座の名前を冠しているからと言って、羊にこだわる必要もないと開き直ったのだ。
ルーク用に新たに作り出した《ビスケス》だって、魚座なのにウサギとカンガルーをイメージして作成した。
ちなみにもう一体は……おっと、これは近いうちに出番があるだろうから内緒にしておこう。
とにかく、ビーストモードとなった《アリエス》の甲羅部分から、円盤状のプレートが外れ、空中に浮かび上がっている。
『バリア・フィールド!』
浮かび上がった六つの円盤がさらに巨大な円を形成。
その円盤よりバリアが発生し、六つの円状バリアが巨大な一つのバリアとなる。
これぞバリア・ガントレット、バリア・ビット、バリア・シールドに続くバリアシリーズの最終作……バリア・フィールドである。
尤も、現状装置があまりにも巨大すぎてしまうので、大型ゴゥレムである《アリエス》に搭載せざるを得なかったのであるが。
その巨大な光の幕が、ゲートを通して放たれたレールガンの砲弾を受け止め、防ぎきったのである。
『私は此処に残ります! このゲートから来る砲撃さえ防げば、街は守れます』
「……でもナイア、そうすると……」
何かあった場合、この世界から戻れなくなってしまう。
それに、今はゲートによって世界が繋がっているから大丈夫かもしれないが、もし世界が閉ざされた時、アルドラゴ……もしくは《リーブラ》に搭載されているコンピューターとの接続が切れてしまうかもしれない。
そうなるとどうなるか……。
そのまま切り離された本体に意識は残り続けるのか、それとも電源が落ちたように意識そのものも消えるのか……。
テストするにも危険すぎてまだ未検証の事だった。
『なあレイジ』
『我々二人も此処に残ろう』
と言い出したのは、吹雪と烈火の二人だった。
「お前ら……」
『砲弾なら止められるだろうが、その隙間から出てくる蠅みたいな奴らは無理だろ?』
『だったらそいつらからナイアを守る者が必要のはずだ』
それも事実。
《アリエス》では、二人が言うところの蠅……つまり、小回りの利く飛行魔獣の相手は難しい。
そもそも、医師であるナイアには他者を害することが出来ないのだ。
『心配すんな。ヤバくなったらすぐに接続を切ってアルドラゴに戻るからよ』
『うむ。まぁボディは捨て置くことになるが、消えるよりはマシだな』
「……本当だからな。マジでヤバくなったらそうしろよ」
『お、おう』
ぐいと圧をかける俺に、二人は思わずのけ反りながらも答えた。
『とは言え、これで《リーブラ》は飛べなくなりました。我々は個々の力であの穴を抜ける必要が出てきましたね』
《リーブラ》はあくまでも地上用。
空を飛ぶには、やはり《リーブースター》となるしかない。
いや、そうでもない。
これだけの人数と所持アイテム全てを一気に移動させるならば《リーブラ》は必須であるが、俺たちが個別に動けばあの穴を跳び越すことくらい容易だろう。
「となると、持ってきたゴゥレムを使うか……」
持ってきたゴゥレムは、《レオ》、《サジタリアス》、そして新型の《アクエリウス》だ。
「穴を抜けると一気に戦場か」
『心配ありません。ケイ、は私が守ります』
アルカがドンと胸をたたくが、俺は首を振った。
「いや違う」
『え?』
「誰か一人をじゃない。みんなだ。みんなで、互いに守りあうんだ。
……全員、生きて帰るぞ」
生身であろうがAIであろうが関係ない。
ようやく仲間が全員揃ったのだ。あとは、全員無事に我が家に帰るだけ。
我が家……そう、アルドラゴに帰るだけだ。
ちょっとクサいかとも思ったが、俺の言葉に全員が強く頷いたのだった。
「了解にござる。拙者はこの弓で……」
『わたしはこの爪で……』
『私は魔法で……」
「俺はこの剣で……」
『『「「仲間を守る!!」」』』
その言葉と共に、俺たちはそれぞれ《リーブラ》内部に格納されていた専用のゴゥレムに飛び乗る。
「プラムは俺の背中にしがみついてろ。安心しろ、絶対に怪我はさせない」
「う、うん」
俺とプラムは《レオ》に乗る。プラムは言われた通りにギュっと俺のジャケットにしがみついてる。
「翼丸……久しぶりに頼むでござる」
ゲイルは自分でつけたニックネームで呼んでいる《サジタリアス》の上に乗る。
『フェイは私とタンデムですね』
『余裕のあるのは姉さんの機体だけですね。よろしくお願いします』
そしてアルカとフェイは新型ゴゥレム……《アクエリウス》へと乗った。フェイは、久しぶりに姉にしがみつくのが恥ずかしいのか、やや態度がよそよそしい。
俺たち4人は、ゴゥレムを発進させ、ゲートを飛び出した。
ゲートの向こう側にあるのは、青い空と青い海原……エヴォレリアに俺たちは帰ってきたのだ。
6章もクライマックス。
残りの十聖者たちとのバトル勃発となります。




