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270話 ロゼの決断





「いっちっち……ここまで痛かったのは、流石に久しぶりだぁ……」


 そう言いながら立ち上がろうとするロゼであるが、その途端に足腰が力を失ったようにズルっと崩れ落ち、また倒れてしまう。


「……あ。思っていた以上にダメージ大きいらしい」


 立ち上がった時はドキッとしたが、今のを見てホッとした。

 やはり、ロゼだって無敵ではない。

 というか、あれだけやってダメージなんてありませんと言われたら、流石に落ち込む。


「もう、ここまでにしよう。これ以上戦っても意味ないだろう」


 俺の提案に、ロゼは腕を組んで「うーん」と唸る。


「まぁ、ボクのはあくまで義理だからねぇ。確かに、意地張る場面でもないんだけど……」


 そう言いながらもロゼは自身の後頭部に手を添え、何やら髪の中に手を突っ込みだした。

 そうして取り出したのは、なんと桃であった。

 しかも、俺の知っている桃よりも一回り大きい。


 ロゼはその桃にガブリと食らいつくと、もしゃもしゃと咀嚼。

 しばらくした後、なんとすっくと立ち上がったのだった。


「ふぃー回復」


 軽くシャドーボクシングをして、その場をピョンピョンと跳ねる。

 あ、マジで回復してやがる。


「いやいやいや! 流石に反則でしょ!!」


「そうかー? これぐらいの事、お前らでも出来るだろ」


「……まぁ、確かに出来るけど……」


 言われて納得してしまった。

 自分たちはいいけど、敵がこの手段使ってくると、なんと理不尽なものかと感じてしまう。


 だが、参った。

 これは本当に参った。


 現状の戦力でロゼを倒すには、どうやってもロゼ自身の力を利用するしかない。その為に、頭をひねりにひねって考えた戦法だ。

 それも、流石にもう一度は通用しそうもない。


 つまり、現状において、ロゼに勝つための手段は存在しないということだ。


「さて、ボクがこのゲート開閉スイッチを押せば、それで果たすべき義理も全て完了ということだ」


 ロゼはアウラムのヤツが作った戦闘チーム……十三冥者とやらの一人という事だ。

 だったら、従わざるを得ないよな。


 でも……


「その代わり、ゴルディクス帝国と竜王国の間で大規模な戦争が勃発するだろう」


 俺のその言葉に、ロゼはげんなりと肩を下ろす。


「だよねぇ。確かに、この竜王国自体にも行き場所のないボクを住まわせてもらったっていう義理はある。

 ……でもねぇ、義理の順番を蹴ってまで恩義を感じているかって言われると微妙なんだよねぇ。あんまり良い印象ないし」


 何したんだ竜王国。


 いや、階下にあったオルソとやらやゲイルの処遇を見るに当然とも言えるか。

 これでロゼがこの研究所ではなく、ヴァイレルのところの平和な集落で過ごしていれば、もっと違った印象があったかもしれない。


 そして、この場に俺自身がもっと強力な武装を持って来さえすれば……せめて、ノエルと共に来ていれば、何かが違ったかもしれない。


 いや、それも所詮はたらればの話。

 俺は最低限度の装備しか持たずに此処にきて、結果として勝負に負けた。


 それだけの話だ。


「………」


「?」


 勝負にはロゼが勝ち、ゲート開閉装置の権利はロゼが持っている。

 なのに、ロゼ自身はスイッチに手を置いたまま宙を睨んで、考え込んでいる様子だった。


 ……しばしの時が流れる。


 ここまでくると、何を考えこんでいるのか不安になってきた。


 いい加減、声をかけようかと思ったその時である。


 バタンッと勢いよく扉が開かれた。

 現れたのは、なんと階下でラザムと死闘を繰り広げ、その結果として敗北した炎竜卿ゴートであった。

 だが、その姿はラザムに敗れたという言葉が示すように、満身創痍……いや、見た限り気力だけで立っているように見受けられた。

 ちなみに、何故こいつの接近に気づけなかったかというと、俺のバイザーは現在手元になく、ルミナの手元にあるからだ。……後でちゃんと返してもらおう。


「か、神よ……。こうなれば現状の戦力で構わん。ゲートを開き、我らの力を人間どもに見せつけてやろうぞ!」


「………」


 そういう結論に達したか。

 オルソを戦力として使用するのは、現状間に合わない。

 だが、竜王国にはそもそもの地力が高い。

 特にゴートを含んだ九頭竜とやらが本気になれば、あの帝国の艦隊すら蹴散らすことは可能かもしれない。

 尤も、敵味方共に大きな被害が出るだろうし、ゲートを開くということは帝国もこの世界に侵入することが出来ると言う事だ。

 戦う力のない民間人にも被害が及ぶことは避けられないだろう。


 正直、民間人の魂を犠牲にしてオルソを戦闘に出すというよりはマシだが、出来れば選んで欲しくない手段でもある。


「か、神?」


 一向に反応しないロゼにもう一度声を掛けるゴート。

 やがて、ロゼは瞑っていた目をパチリと開き、あっけらかんとした声で宣言した。


「うん。やーめた」


「「「は?」」」


 この場にいた三人。

 俺、ルミナ、ゴートの声が重なる。


「義理だとか恩だとか、そういった事考えるの面倒だからやめた。という訳で赤竜よ、お前たちに協力するのはもう止めた。今後はボクの好きに行動させてもらう」


「か、神? いったい何を言っておられる……」


「前々から言っていたと思うけど、いい加減に神って呼ぶのやめておくれ。ボクはこの世界の神ではなく、君の神ではない。

 ……ボクは、ただの元居た世界を追い出されただけのドラゴンだ。決して、敬られる存在ではない」


「……か、神……」


 はっきりとした拒絶の言葉に、ゴートは力を失ったように膝をつく。

 どれだけロゼの事を信奉していたのかは分からんが、相当堪えた様子。しばらく立ち直れそうもない。


「という訳でレイジ、ボクは君につく」


 ゲートの開閉装置とやらから手を放し、ぴょこぴょこと跳ねるように俺の傍にやってきた。


「どういう経緯でという訳なのか分かんないですけど、良いんですか?」


「いいのいいの。あくまで義理なんだから、それに君たちとは約束もあるしね」


「約束……あぁ、元の世界に……」


 そう言えば、アルカたちとそんな約束をしていたんだったか。

 なんかとんでもないバタバタが起きていたせいもあって、忘れかけてた。


「元の世界?」


 すると、ちょっと離れた場所で俺たちの様子を伺っていたルミナの絞り出すような声が聞こえた。

 視線を向けると、何故か信じられないようなものでも見るようにこちらを見ている。


「元の世界ってどういう事なんですか? ()()さん!?」


「い、いやその……ん? 今、慶次って言った?」


 どう答えるべきか逡巡していたら、何やら聞き捨てならない単語が聞こえてきたぞ。

 ちょっと待て。

 なんでルミナが俺の本名を知っているんだ?


「あ! ……ああもう、こうなったらいいや! あたしは-――」


 途端、ルミナの体は電池が切れたかのようにバタンとその場に倒れ伏したのだ。

 言葉の続きがすんごい気になるが、それどころじゃない。


「お、おい! どうした!」


 急いで傍に駆け寄るが、それよりも先にロゼがルミナを抱き起していた。


「人体に関してはある程度詳しい。ここはボクが診よう」


 まぁ、一応同じ女性が対処した方がいいだろう。

 と思って事態を見守っていると……


「!」


 突然、ルミナの目がカッと見開いた。


 ただ、目を覚まして良かったという流れではない。

 その瞳は、何故か眩く光っていたのだ。


「え―――」


 抱き起こした体制のまま、ロゼの顔を両手でガシッと掴み、なんと……


 ……そのまま口づけしたのだ。


 な、なんだこの展開!?

 何気に、生で人のキスシーン見るの初めてだ。

 しかも、美女同士のキスである。


 そんな目の前の光景に、俺は気が動転していて気づけなかった。

 今の状況下で、どんな事情があったとしても、ルミナがそんな行動をとることはありえないと言う事を。


「ぐっ! 君は……何を……」


 ロゼは思わずルミナを突き放し、口元に手を置く。


「うぐ!」


 苦し気に顔を歪めた。

 思えば、ロゼのこんな顔を見たのは初めてだったかもしれない。


「な、んだこれは……」


 よろよろと後ろへ下がり、やがて両ひざをついて蹲る。

 そして、呼吸すらままならない様子で喉を抑えていた。


「き……()が、制御できない。……ぐ、ぐはぁっ!!」


 その口から、どす黒い血が吐き出された。

 完全に普通の血とは違う、黒い血……。


 ……いや、思えば今のロゼに似た状況を俺は見たことがある。


 あれは、天空島サフォーでの戦いの終盤……。


 オッサンこと拳聖ブラウ……そして神獣フェニックスの変化だ。

 あの時はブラウが魔獣化ウィルスがたっぷり詰まった死体に噛みつき、フェニックスが口に飛び込んできたその死体を飲み込んでしまったせいだった。


「まさか、今ルミナが口移しでやったのは……」


 自問自答のような言葉だったが、予想外の場所から返答があった。


「あったりー。口の中に仕込んでおいたウィルスが凝縮されたカプセルを飲ませたのさ」


 起き上がったルミナが軽快な口調でそんなことを喋りだした。

 ふふんと息を鳴らし、腕を組んでしたり顔で開設する。


「でも、これってあくまでも保険のつもりだったのに……使う羽目になるとは思わんかったよ」


 姿も声もルミナのものだ。

 だが、中身は完全に違う。


「その喋り方……アウラムだな」


 僅かに下がって距離をとる。

 コイツの場合、本当に何をするのか予測が付かない。


「正解だよーん。全く、君ってば本当に僕の予想外の行動取ってくれるね。

 せっかく用意したヒロインとの再会劇もスルーしちまうし、こっちの手駒まで寝取って自分の味方にしちゃうなんて思わなかったよ」


 言葉の意味はよく分からないが、手駒を寝取ったって言うのは、ひょっとしてロゼの事か?


「寝取ったつもりは無いんだが……お前に人望がないだけだろ」


「おっと。それを言われると心苦しい。

 ……まぁとにかく、ロゼの力は強力すぎる。君の味方になるくらいなら、魔獣化させてしまった方がマシという事だよ」


「!!」


 やはりフェニックスの時と同じ状況なのか。

 神の獣を強引に魔獣化させた、あのウィルス……。まさか、異世界のとは言え、本当の神ですら対象となり得てしまうのかよ。

 実際、こうしている間にもロゼは苦しみ、その皮膚の色も黒く変色していくのが見て取れる。


「もっと言えば、偵察用の虫を始末しただけで満足しちゃったのがミスの始まりだったね。もっと奥まで調べていれば、カプセルや僕の存在にも気づけていたかもしれないのに」


 その指摘に、俺は悔し気に歯噛みした。

 それは確かだ。

 ルミナとの初見で、もっと徹底的に調べるべきだった。

 だが、対象が女の子だったから、詳しく調べるのは憚られた。それに、偵察用の虫を排除して油断していたのも事実だ。

 また、口移しによってルミナがロゼにカプセルを飲ませた際、あまりの事に思考が飛んでしまった。

 悔しいが、どうもアウラムは俺の性格としての弱点をよく知っているようだ。


 それでも困った……困ってしまった。

 日輪ナイアが近くにいない以上、外科手術においてカプセルを取り出すことは不可能。……というか、ロゼの苦しみ方からしてもうカプセルは割れて、ウィルスがロゼの肉体を侵食している筈だ。


 つまり……今の俺に出来る事は……無い。

 



◆◆◆




 自分(ロゼ)の中で何かが起こっているのがわかる。

 自分が内側から黒く塗りつぶされていく……そんな感じがした。


 全身全霊でもって侵食を抑え込もうとするも、浸食のスピードが僅かに早い。


 もし、全て黒く塗りつぶされれば、自分はどうなってしまうのか……。


 恐らくは、違う自分になる。


 力はそのままに、性格も価値観も全て塗り替えられた自分になる。


 つまり、今の自分は死ぬ。


 ……死。


 死か。


 自分には訪れないと思っていた事象だ。


 形あるものはいつかは死ぬ。


 それは節理だ。


 だが、自分の場合は違う。


 自分の場合は消失だ。


 世界に溶けるようにして消えていく。


 それが、信仰を失った神の末路だった。


 ロゼが居た世界、それは科学技術が発達しすぎた世界であった。


 人は長寿となり、地上を支配し、海を支配し、空を……宇宙をも支配した。

 そして、星の寿命を知ると星の中枢すら機械化し、永遠に生き続けることが出来るようになった。


 となれば、自分に居場所はない。


 これまでは、祈られれば僅かな奇跡を起こし、救えるだけの命を救ってきたつもりだった。


 人の力だけで及ばない脅威であれば、自らが出て世界を救ったこともある。


 だが、そんな必要もなくなって早数千年が過ぎた。


 この世界に神は必要ない。


 だから、ロゼは最後に旅をすることにした。


 残された僅かな力を使って、気ままに旅をしよう。


 そうやっていくつかの世界を巡り、たどり着いたのがこの世界だ。


 どうも、自分の旅はここで終わりらしい。


 こんな終わりらしい。


 悔しいとか、そういう感情はない。


 ただ、何と言うか……残念ではある。


 最後の最後に……なかなか面白そうな者たちに遭えた。


 この者たちにしばらくの間付き合っても面白そうだな……そう思っていたのに……。



「……すまない……ロアナ……」



 最後に、自分にロゼという名前を与えてくれた存在であり、旅に出る事を後押ししてくれた巫女の名を呟く。


「ダメーッ!」


 声が聞こえてきた。


「―――え?」


 聞き覚えのある声。

 この世界に来て、最後に知り合った……()()の声だ。


「ロゼ、死んじゃ嫌だ!」


「……ちびっこ……あ―――」


 必死にこちらに向かって叫ぶプラムに、ロゼの記憶にだけ残っているロアナという少女の面影が重なる。



『いつの日にかこの世界に戻ってきて、私に教えてください。ほかの世界のお話を……』


 そうだった。

 そんな約束をしていた。


 約束は果たすもの。


 だったら……


「……まだ死ねない」


 瞳に光が戻った。


「うがががあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」




◆◆◆




 なんでこんな所にプラムが居るのかとか、なんで喋れないはずのあの子が喋りだしたのかとか、目まぐるしいことが起こりすぎて思考も対応が追い付かない。


 が、プラムが声をかけた途端、ロゼの目に生気が灯り、雄たけびをあげたのだ。



 そして、今までどす黒く変色していたロゼの体色が、元に戻っていく。

 ……いや、黒い部分が別の場所へ向けて移動しているのだ。

 それは、左腕。

 黒い部分が左腕に集まり、更に肥大化していく。


 やがて、完全に黒い部分が肘から先に集まった所で、今度はロゼの右腕が変化する。

 右手がまるで木の枝のようにスルスルと変化し、一本の尖った剣のような形となった。


「があぁぁぁぁっ……だあぁっ!!」


 そして、その右手の剣で自らの左腕を切り飛ばしたのだ。


「ロゼッ!」


 思わず俺とプラムが駆け寄ろうとするが、それをロゼは元に戻した右手で制する。


「さて……どうなる?」


 荒い息を吐きながら、ロゼは不敵な笑みで切り飛ばした左腕を睨みつけた。


 同時に、俺たちの視線も左腕に注がれる。


 変化が起きた。


 切り飛ばされた左腕がまるで風船のようにボコンと膨れ上がる。

 その風船をまるで突き破るかのように、手が出現した。

 次に足、そして人間と思しき頭部。


 次第に形を整え、その塊は成人男性よりも一回り大きい人の形となった。


 いや、その姿はまるで……というか、完全にロゼと瓜二つだ。


 側頭部より突き出た竜を象徴する角。


 腰まで届く艶やかな髪。


 見ようによっては男性にも女性にも見える中性的な顔。


 だが、明らかに違う個所もあった。


 その髪の色はロゼの髪が桜色なのに対して翡翠色であり、肌の色もロゼに比べてかなり浅黒くなっている。


 何より違うのは、胸部だった。

 ロゼがかなり大きく膨らんでいるのに対して、こちらは何もない……明らかに男の胸板だ。

 

 そして、男性と女性を区別する最も大きな違い……なんというか……股間部に()()がその者にはあった。


「あらあら……どうも分かれちゃったみたいね」


 ロゼの左腕より出現したその者は、ゆっくりと立ち上がり、にっこりと笑みを浮かべてそう言った。


 ロゼよりも僅かに高い声色で。




 という事で新キャラの登場となります。

 ロゼの状態はどうなのかとか、そもそも左腕どうなったのかとか気になるポイント多しだと思いますが、詳しいことはまた次回と言う事で……。

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