269話 レイジ&聖女ルミナVS異邦竜神ロゼ
久しぶりの投稿となります。
<聖女ルミナ視点>
レイジが目を丸くしているのを見て、ルミナはくふふと笑みを浮かべた。
聖女という肩書であり、これまで披露してきたのも治癒魔法ばかりだったから、こんな超能力めいた力の行使に面食らっているのだろう。
凄いでしょう。
凄いだろう。
貴方の仲間よりも頼りになるでしょう。
が、よそ見ばかりもしていられない。
こちとら全力で力を込めているというのに、敵……ロゼと名乗った竜族の女は涼しい顔で受け止めているではないか。
残念な事に膂力ではかなわない。
ならば、数で攻めるのみ。
そう判断したルミナは、ロゼの頭上に……前後左右に……いくつもの見えない壁を精製していく。
ルミナの能力……世間的には結界と呼ばれているそれは、要はバリアである。
無色透明な壁を任意に出現させ、あらゆる攻撃を防ぐことが出来る。
それこそ、魔法・物理に関係なく、魔力が続く限り全ての攻撃を遮断できるのだ。
障壁タイプの魔法はそれなりに存在するが、当然ながら弱点もある。
例えば、津波のような広範囲かつ質量をもった攻撃には打ち勝つことが出来ない。打ち勝つためには、それ相応の筋力が必要になるのだ。
だが、この力であれば、分厚い壁を地面に埋め込み、巨大な城壁のごとく出現させれば防ぐことが出来る。
この能力に加えて、治療魔法も習得したとあって、正に聖女という肩書が相応しいものになったと言っている。
また、これは当然ながら攻撃にも転用可能だ。
自分が補足する空間内のありとあらゆる場所に壁やブロックを出現させ、自由自在に動かすことが出来る。
……とんでもなくチートであるように見える。
無論、そんな完璧なものではなく、弱点だって存在する。
まず、壁を出現させている間はずっと魔力を消費し続けている。たくさん出現させるほど消費は大きくなり、また脳内の処理も追いつかなくなる。
現に、こうして今も脳が焼き切れるのではないかと思うほどに熱を発し、油断すればその場に膝をついてしまいそうになっている。
だから、かつてのルミナは自身の魔力包括量をとにかく鍛えた。
鍛えた……というか、強制的に鍛えさせられた。
よって、今では100人は収容できるドーム状のシェルターを、丸一日は作り出せるようになった。
攻撃に関する応用方法も増え、巨大なブロック状のバリアを敵の真上から落としたり、左右から挟み込むように押しつぶしたりも出来る。
その際に精製するバリアの重さは、約10トン。
正確に量ったわけではないが、大体その程度の重さになるように調整した。
だから、並大抵の存在はこの力によって押しつぶされてしまう………筈だった。
「ふんっ」
まるでちょっと力を籠めるかのような掛け声で、敵対者……ロゼは、ルミナが放った10トンのブロックバリアを殴り飛ばしたのだった。
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
なんですか、今の光景は?
(いやいやいやいやいやいや)
心の中で何度も否定する。
間違い間違い。
今のは絶対に間違い。
気を取り直して、結界による攻撃を試みた。
再び、頭上前後左右という逃げ場のない圧し潰し攻撃を仕掛ける。
相当に鍛えられた人間……上級の魔獣であっても、即ミンチになってしまうヤバめの攻撃だ。
さあ、今度こそ終わり―――
「ふんッ!」
ロゼはその場で軽くジャンプし、両脚を左右に開脚、両腕を前後に広げて迫りくる結界の壁を受け止めてしまったのだった。
……え、頭上?
信じられないことに、側頭部より突き出ている角で受け止めていた。
その光景をルミナはあんぐりと口を開けて見ているしかなかった。
「あ、あり得ない……」
「ふふん。凄いでしょ」
ロゼはどや顔でルミナを一瞥すると、再び「ふんッ」と気合を入れて抑え込んでいたバリアを弾き飛ばした。
一応説明しておくと、ルミナが作り出すバリアは当然ながら無色透明であり、視覚的に察知して防ぐというのは難しい。
だというのに、ロゼは何処からバリアが迫ってくるのか分かっているかのように対処して見せた。
「―――ッ!!」
想定外の事態に、ルミナは慌てていた。
今まで、この力で倒せなかった敵は存在しない。
何せ、対象が見えていれば即座に片が付いてしまうのだ。
(ど、ど、ど、どうしよどうしよ!)
意気込んで一緒に戦わせてくださいと頼み込んだはいいが、出だしで躓いてしまった。
共闘して、その後はなし崩しに帝国に連れて行こうと考えていたのだが、予想外過ぎる躓きだ。
だが、そんな彼女にも助け船はやってきた。
「前方……そのまま維持!」
その言葉と共に赤い影が奔る。
「え……あ、はいっ!」
一瞬何の事か分からなかったが、前方に出現させた結界をそのまま維持していろという事だと判断した。
言葉と共にルミナの傍を駆け抜けたレイジは、直線状に立つ敵……ロゼに向かって……いや、振りかぶったのはその前にあるルミナの結界の壁だ。
「うおらッ!!」
ドガンと目前にあった見えない壁を殴りつける。
いや、殴りつけるというよりは、拳で押し込んだのだ。
「おおう!?」
レイジの拳によって加速されたブロック壁の攻撃をロゼはまともに受けてしまった。
普通ならそのまま後ろに転げるはずだが、空中でクルクルと回転して体勢を立て直した。
「いてて……なるほど、そうきたか」
攻撃を受けたロゼはと言えば、直撃を受けた鼻の辺りをさすっている。
……正直、ダメージを受けた様には見えない。
「よし、これなら通じるな」
対してレイジは拳をグッと握って手応えを感じている。
「俺の事は気にするな! だから、どんどんこの四角いのをどんどんぶつけろ!」
「え……ひょっとして、見えているんですか?」
気づけば、いつの間にかレイジの頭部には巨大なゴーグルのようなものが装着されていた。
それのおかげなのか、レイジは配置されたいくつものブロック壁をすいすいと移動していく。
……完全に見えている。
(いやいやいやいやいやいや)
それにしても、無色透明で温度すらも感知できないものを視認するとか、どんな機能なんだアレ。
とにかく、ルミナは言われた通りにブロック壁をどんどん精製し、手あたり次第にロゼに向かってぶつけていく。
それをロゼは素手で打ち払っていたが、ぶつけたうちのいくつかはレイジが加速して直接ぶつけていた。
100%自分の手柄ではなくなったのは残念だが、これも初めての共同作業というやつであると納得する。
が、やはりそんな好調パターンも長くは続いてくれなかった。
「んー……面白くない。飽きた」
やがてロゼがそんな事を呟くとまたも「ふんッ」と気合を入れ、目前に迫っていた壁に向かって正拳を繰り出した。
すると……
(……嘘)
ピキピキと壁の表面に亀裂が走り、バリンと砕け散ったのである。
(いやいやいやいやいやいや、あり得ないってば)
結界の壁が壊れたところを見たのは、ルミナは初めてだった。
これまで、幾度の実験であっても、魔力切れで消失したことはあっても、物理的に砕け散るってのは初めての事だ。
何せ、ドーム状のシェルターでさえ、丸一日は大型魔獣の攻撃を防ぎ切った実績があるのだ。
「いや、見事な硬さだよ。……硬さというよりは、概念だね。決して壊れない壁を作り出す……それがキミの能力だ。
でも、魔力で作り出したものは、核というものがある。
それを打ち砕いてしまえば……」
ロゼが近くのブロック壁に接近し、再び拳を打ち出す。
「この通り」
すると、またもブロック壁はボロボロと崩れていくのだった。
「だが、安心しなさい。核を見つけ出せる人間はまずいない」
その、まずいない筈の一人に言われるのは非常に腹が立つ。
というか、こうなってしまったら自分の出来る事なんて無いではないか。
「という事で……やろうか」
不敵な顔でロゼはレイジに向き直る。
「知っているよ。この世界の神から戦闘方法を伝授されたんだろ?」
その言葉に、レイジはハッとして僅かに顔を歪めた。
「……ちょっと前の事だ。それに、実戦ではまだ使ったことが無い」
「いいじゃないか。それに、もう通用するのはそれぐらいだろ? ボクも武器は使わない。単純な力比べだ」
「………分かった」
レイジはそう言うと、頭部に装着されていたゴーグルを外し、その場に放る。
そして、腰を深く屈め、鋭い目つきでロゼの一挙手一投足を見逃さないように睨みつけていた。
同じようにロゼも腰を屈め、レイジとは対照的に笑みを浮かべている。
互いに、少しでも手を伸ばせば届く距離。
格闘技経験の無いルミナからすれば、まるで過去に少しだけ見たレスリングのようだと感じられた。
(……でも、あれって男女混合でやるもんかな?)
と、場違いな感想が出てくるが、今はルミナにも手が出せない。
悔しいが、手を出してしまったら足を引っ張ってしまうかもしれない。
そう思うと手を出すことが出来なかった。
せいぜい出来たことと言えば、足元に転がってきたレイジのゴーグルを拾い上げる事くらい。
……時が流れた。
時間にして約2分。
だが、それを見守っているルキナはもっと長い時を感じていた。
やがて、二人同時にお互いの身体を掴むべく手が飛び出す。
が、それは互いの手によって叩き落される。
ババババッと鋭い音が室内に響き渡った。
ルミナの目には捉えられないほどのスピードで、徒手のやり取りが繰り広げられていた。
(よ、酔う……)
あまりに集中して二人の手の動きを見ていたら、気持ち悪くなってきてしまった。
が、そんなこと言っていられない。
ルミナには、集中してこの戦いを見届けなくてはいけない理由があるのだ。
そして、その時が訪れる。
攻撃の手を止めたレイジは、距離を取るべく後ろへ跳んだ。一度息を整えようとしたのだろうが、跳んだ途端に身体がよろめいたのだ。
その機を見逃さず、ロゼが攻め込もうと駆ける。
「レイジさんッ!」
それを防ぐべく、咄嗟に結界を発動して、レイジの前に壁を精製するのだが、そんなものは役に立たない事はさっきの攻防で理解させられた。
「全く、勝負の邪魔を―――」
ロゼが少しムッとした様子で拳を振りかぶり、目の前の壁を壊そうとする。
(今!)
それを見極めたルミナは、ロゼの拳が壁に激突する寸前で、結界を解除して壁を消し去ったのだ。
「あ、あれ!?」
見事に拳を空ぶった体勢となったロゼ。
その隙を、レイジは見逃さない。
いや、そもそもがレイジが狙っていたタイミングだった。
全力で拳を突き出した体勢となっているロゼの腕をレイジは捉え、その身体を背後に抱え込み、一気に投げ飛ばす。
柔道で言うところの一本背負いと呼ばれる技であった。
投げ飛ばした先にあるのは、ルミナが新たに作り出した結界の壁だ。
ロゼが言うところの核を砕かなければ何よりも強固な物質。
それ強固な壁に、レイジのパワーとロゼ自身が結界を砕くために打ち込んだパワーが組み合わさって激突したのだ。
ドゴォンというまるで重量級トラックが激突したかのような音が響き渡った。
これほどの衝撃音……ロゼへのダメージは計り知れない。
「よ、良かったー」
その場を支配した緊張を砕くように、ルミナの安堵の声が響き渡った。
レイジは未だ警戒してロゼと距離を取るが、ロゼ自身は激突した瞬間からその場に倒れ伏し、未だ沈黙状態となっている。
そもそも、あれだけの衝撃を受けて形を保っている事がそもそも信じられない。
これはもう勝ちで良いだろう。
さて、どうして言葉すら交わしていないというのに、レイジが狙ったタイミングでルミナが結界を発動できたのか……。
それは、彼女の手元にあるゴーグル……つまりはバイザーにあった。
コロコロと転がってきたバイザーを思わず拾い上げると、何やらピカピカと内側が点滅している事に気づいた。
好奇心に駆られてそのバイザーの内側をのぞき込んでみると、衝撃的な事が起こったのである。
【しばらく戦ったのち、わざと身体をよろめかせる。そのタイミングで例の壁を俺の目の前に作る。
だが、ロゼが砕こうとする寸前で消してくれ。その後、俺の背後にもう一つ壁を設置してほしい】
という文字がそこに表示されていた。
最初は何の事だか理解できなかったが、その文字は一度読んだだけでスーッと頭の中に入り込んでしまった。
分かった。
分かってしまった。
いや、言葉の意味は理解できないが、自分がするべきことは分かった。
後は、そのタイミングを自分が見逃さないか……それだけだ。
………という、顛末である。
メッセージを受け取ってからというもの、ルミナはほとんど息をするのも忘れて二人の攻防を見守っていた。
結果からみれば、レイジは分かりやすく動いてくれたからよかったものの「ひょっとしたら今だったかな……」と僅かな動きにも不安が付きまとっていた。
なので、成功してくれて本当に良かった。
やったことは僅かではあるが、精も根も尽き果てたようにルミナはその場にへたり込んだ。
さて、あれだけの衝撃であれば、そうそう置きあがれる筈もない。
その前に、自分はレイジと話の再開を―――
「うおぉぉ……いっちちちち……これは久々に痛かった痛かった」
と言いながらもロゼは立ちあがったのだった。
既にへたり込んでいたルミナだったが、今度は完全に下半身の力が抜けた。
予想通り、仕事の方が繁忙期に突入して、執筆の時間があまりとれません。
まだまだ忙しいですが、4月になれば少しはましになってくると思います。
ただ、やはり戦闘途中で間が空いてしまうと、難産になってしまうな……。
こういうのはテンションが高くなっているうちに一気に書いてしまわないと。




