24話 王都オールンドへ
「ここが……王都」
俺の目の前には、巨大な城壁が聳え立っていた。
およそ直径10kmはある巨大な壁。
王都オールンドは、上空から見れば正方形の城壁に囲まれた大都市だった。
この世界の都市と言えば、小さな農村であるミナカ村しか目にしていない俺にとって、これは圧巻だった。
時代的には中世ヨーロッパ的な空気な世界だと思っていたが、この王都の町並みは、それよりも少し発展しているようだ。
ビル……とまではいかないが、かなり高く重工な建物も存在する。
尤もそれは中心街であり、城壁の傍は貧民街となっているのか、小さな家屋が密集している。
そして、最奥部にはもう一つ城壁が存在する。ここからでははっきり見えないが、あそこに王城が存在するのだろう。
ちなみに今の俺は……といえば、城壁の上に立って、眼下に広がる街並みを見下ろしていた。
この王都、入るには身分証明書なるものが必要なのだ。
身分証が無くとも入れるが、その場合はかなり高い金額を払う必要がある。それによって、臨時の身分証を発行してもらうのだ。……まぁパスポートみたいなもんだな。
当然、俺は身分証なんて持ってないし、金もない!
ならばどうするかという話だが、はっきり言えば不法侵入である。
一回も使っていなかったが、光学迷彩が使用できる《ミラージュコート》でもって、まずは姿を視認できなくする。
続いて、ジャンプブーツでもって城壁を軽々と制覇。ジャンプするなら、姿消す必要あんの?って話だが、一応どこに人の目あるかとか気にしなきゃ。
チートとはこうあるべきだよね、やっぱり。
こうして地球とは違う文化が混在した街並みを見ていると、やっぱり異世界なんだな……としみじみ思う。
俺は世界の壁とやらを改めて実感した。
さすがに車は存在しないが、馬車のような物が大きな通りを走り、その通りの端を人間たちが歩いている。人族の国だけあって大半は人族ばかりだが、他の種族らしき者も確認はできる。
身分的なものも、平民……騎士……ハンター……服装を見れば大体分かるな。貴族はさすがに堂々と出歩かないだろう。出歩くとしても、せいぜい馬車か……。
ちなみに既に勉強済みの事であるが、この世界の馬車は……というか、車体を引く馬は俺たちの知る馬では無い。竜馬と呼ばれる小さなドラゴンなのだ。
尤も、姿はドラゴンというよりは恐竜。恐竜の中に、人と同程度の大きさの肉食恐竜で、ディノニクスとかヴェロキラプトルというヤツが居たと思うが、大体あんな感じの姿をしている。
こちらは、亜竜種と呼ばれる動物の一種で、魔獣では無い。ちなみに、知性も高くないので、ドラゴン族の一種とはされていない。恐らく、大昔に先祖別れした種族なんだろう。人間で言う所の猿とかチンパンジーみたいなもんだ。
他にも、四足歩行でドシドシ走る地竜……トリケラトプスみたいなの……更に大きな翼で人を背に乗せて飛ぶ事が出来る飛竜……プテラノドンみたいな翼竜……が居るとの事だ。
いやぁ、王都に来る以前の道中で、初めて見た時は恐竜が居たーっ! と興奮したもんだ。……お金が無かったから乗れなかったけど、余裕が出来たら是非とも乗ってみたい。
『今のケイでしたら、走った方が早いですけどね』
……言わないでくんない?
そして、獣族と思わしき者を見た時、俺の胸はギリリと締め付けられたような感覚を覚えた。
『……ケイ。今はどうしようもありませんよ。……というか、ケイに出来る事なんてありません』
「ああ! 分かってるよちくしょう!!」
珍しく、アルカに対して悪態をついてしまう。
言った後で罪悪感が芽生えるが、アルカは何も言わなかった。
理解している。
アルカは悪くない。あそこで強引に話を止めなかったら、どんな事になっていたか……。
俺は、堪えきれない怒りを抱えたまま、その場から跳び、町の中へと入る。
そんな俺の頭の中に、さっきの商人とのやり取りがリフレインされた。
◇◇◇
「た、助かりました!! 貴方は命の恩人です!!」
40代くらいの身なり良い服装の男が、顔を引きつらせたまま近づいてくる。
命が助かった事に感謝している事は本心みたいだけど、なんか漂う雰囲気が胡散臭いおっさんだな。
まあ、礼を言われて嬉しい事には変わりない。
「まぁ、たまたま通りかかっただけだから、お互い運が良かったって事だろうな」
「ええ! ええ! 私たちはツイていますとも!! ところで、目的地はどちらで?」
「お……王都までだけど?」
くそ。なんかぐいぐい来て気持ち悪い。
なんとなく、関わり会いたくないタイプの人間だ。
「王都! それは良かった。私、商人をしているのですが、良ければご同行していただいてもらってもよろしいですかな? 何でしたら、商品の一部を御礼に差し上げても構いません」
ほう。商品か……。
この世界のちゃんとした売り物って見た事ないしな。このおっさんは嫌だけど、研究も兼ねて同行するのも有りかもな。
「その商品ってのは、何を扱っているの?」
「ええ“ダァト”です」
「?? ダァト?」
「あれですよ。あれ」
ダァト……そんな言葉聞いた事無いな。この世界固有の言葉なのか?
何気なく聞いた俺に、商人は背後の馬車を指す。馬車の中からは、数人の女の子が顔を出してこっちを見ている。
その女の子たるや……獣人である。
尤も、二次元作品によくあるただ頭に猫耳が生えた人間……みたいな存在では無い。全身が体毛に覆われていて、そのまんま猫を人型にした感じのガチ獣人である。
さっきは戦いに集中していたせいで気づかなかったが、初めて獣族を見た! それにしても、人族の国に獣族が居るってのはどういう事なんだか。
……ん?
商品は“あれ”と言ったな。
おいおい……まさか。
「おや、気に入りました? 獣族の子供は愛玩用として貴族様に人気でしてね。なんでしたら、3匹ほど無料で差し上げても……」
愛玩用?
つまり……ダァトというのは、奴隷……ペット……言い方はそれぞれだろうが、そういう事か。そういう事だってのか?
しかも今、3人じゃなくて3匹と言ったか?
俺の手は、ガタガタと震えていた。
視線は、馬車の中の獣族の子達に固まっている。
怯えた顔でこちらを見ている者もいれば、死んだような眼で遠くを見ている者も居る。
あの子達は、王都に着いた時の運命を知っているというのか?
『悪いが、興味ない。それと、この辺りにはもう魔獣は居ない。だから、襲われる事に関しては気にせず、さっさと出発するんだな』
突然、アルカが俺の声で割り込んできた。
俺が何か言おうとすると、即座にフェイスガードが展開して、言葉を塞ぐ。
「あ、いえ……同行の件は……」
『あんたには悪いが、断らせてもらう。では、先を急ぐのでな』
今度はバイザーが自動的に降りた。
そして、久しぶりにバイザー越しの会話となる。
『さぁ、早くこの場を離れましょう』
「でも……アルカ……」
俺はダァトと呼ばれた子達に顔を向けようとしたが、アルカがそれをさせなかった。
『行きますよ!』
「……分かったよ」
俺はアルカに従い、ジャンプブーツを使ってその場から離脱した。
あの子達を放置して。
◇◇◇
分かっているって。
俺があそこであの商人をボコボコにした所で、何の意味もないって事ぐらい。
ダァト……早い話が、奴隷を解放するって事は、その後の彼女達の面倒まで見なくてはならないという責任も生まれる。解放したから、後は好きに生きろ……それで済ます訳にもいかないだろう。それにアルカが調べた所、ダァトという制度はこの世界において違法ではない。
孤児や自らの手段で生活する事が出来なくなった者達はダァトとなって、生活の保障の代わりに個人・団体等の所有物となる。この世界においては、彼らだって重要な労働力なのだ。
違法な手段で無理やり売られた……という事情が無い限り、勝手に開放する事は犯罪になる。
もし、ここで俺があの子達を解放したとする。
すると、俺は今後全てのダァト達を解放しなくてはならない。あの子達は良くて、他のダァトは見ないふりをする……そんな事が出来る筈もない。
俺は、この世界のダァト……奴隷解放をする為に来た訳じゃないんだ。
ただの異邦人である俺が、この世界の仕組みそのものを変えてしまう訳にはいかない。
あの後、アルカによってそう説得された。
アルカがここまで強く説得するなんて、珍しい事だった。
だから、俺も理解した。
理解したが……
「くそーっ!!!」
だからって受け入れられるかどうかは別だ。
平和な日本で暮らしていた、ただの高校生からしたら、人が売られているという事実はショックだ。
いくらかつての地球でもあった事だとしても、現在だって人の目に晒されてない部分で存在する事だったとしてもだ。
見なければよかった。
知らなければよかった。
あの場に行かなければよかった。
全部、俺の勝手な言い分だ。
あのままなら、あの子たちはあそこで死んでいた。……せめて、命を繋げた事を喜ばしい事だと思おう。
……そう、思い込もう。
『少し休みましょう。今の精神状態でギルドに入っても、正常に動けるか分かりません』
ああ、その言葉も理解できる。
こんな状態でギルドに入って登録とか……余計なトラブル起こしそうだ。
ちらりと大通りを見ると、露天商なんかが開かれており、簡単な串焼き屋等が目に入る。
少し腹に何か入れて、気分を落ち着かせるか……。
そう思ったら、腹も減ってきた。
『では、まずは換金ですね』
「そうだな。魔石なら大量に持っている」
ここまでの道中で集めた魔石が、アイテムボックスの中に納まっている。
アルドラゴや武器のエネルギー分は確保してあるから、こいつらははとっとと売っ払ってしまおう。
俺は、ミラージュコートのステルスモードを解除すると、王都の中心街へ向けて歩き出した。
22話において、奴隷と表記していた部分を、ダァトとこの小説独自の単語に置き換えました。
次話、遂にハンターギルドへ登録します。




