264話 オルソ
「さあーって、いよいよだぁっ!」
神聖ゴルディクス帝国技術開発局……と名付けられた部屋が存在する。
尤も、それは名ばかりで今ではアウラムの私室……いや、彼が率いる十三冥者の待機部屋となっていた。
現在待機しているのは、
拳聖ブラウの肉体を奪い取った不死者ブラット。
聖騎士ルクスの肉体を奪い取ったクリエイター。
少し前に聖女ルクスをアウラムと共に竜王国へと送った張本人である謎の人物、グリード。
その彼らは、壁に映し出された巨大なスクリーンの映像を、座り心地の良いソファに腰かけながらのんびりしていた。
そこへ駆け足で現れたのは、直後に人神マンティオスと対峙したばかりのアウラムである。……あの後何が起こったかについては、もう少しお待ちいただきたい。
「随分テンションたけぇなー」
ブラットが怪訝な様子で尋ねると、アウラムはウキウキして答えた。
「ずっとずーっと待ちわびていたんだよ! いよいよ、主人公とヒロインの初顔合わせだ! しかも、立場上は二人は敵陣営! まさにロミオ&ジュリエット! ぐふふ、いやいやどんなラブコメ展開を見せてくれるかなぁ!」
「でも、随分と強引じゃなかったか? あの娘を転移で竜王国に連れて行って、無理やり遭遇させるってのは」
「仕方ないんだよ! いくら計画を練ろうとも、あの二人は一向に会ってくれないんだ! もう、何かの呪いでもかかってんじゃないかと思うほどに! だから、あんまりやりたくなかったけど、強引にシナリオを展開させてみた。客からはクレーム来るかもしれないけど、この際どうなったっていいや! さあ、どうする!?」
そうしてレイジとルミナは遂に再会する。
さて、異世界で再会する運命の男女。
果たして、その第一声は―――
「ごめんなさい。どちら様でしたっけ……?」
ずごーんと、アウラムはソファの上から転げ落ちた。
◆◆◆
あ、なんか時が止まった。
なんだろう。
何か、言ってはいけない言葉を言ってしまったのだろうか?
だけど、本気で顔に見覚えは無いんだよな。
ザ・白魔道士です。とでも言わんばかりの白いローブに、フードの下にあるのは鮮やかな金髪。どことなくアジア人を思わせる素朴な美貌。
こんな美人さんにどっかで会っていたら、流石に覚えてるはずなんだが……。
「おい、ホントに覚えが無いのか? なんか、泣きそうだぞ!」
「いや、マジで無いんだってば」
と、ヘッドロックしてくるラザムに小声で応戦する。
……正直言えば、脳裏に面影のある人物は浮かんでいるんだが、その人は元の世界に居るから、まさかここで会う訳ないだろう。
すると、白魔道士の女性が口を開いた。
「す、すみません。これは悲しくて泣いているんじゃなくて、ずっとケ……じゃないレイジさんに会いたかったから、感動の涙なんです」
と、涙目になりながら言うのだった。
本当かな?
「俺に会いたかったっていうのは?」
「わ、私はハンターでして、ずっとレイジさんの居るチーム・アルドラゴに憧れていました。だから、会える日を心待ちにしていたんです」
「ん? ハンターって事は、この国の人間じゃないの?」
「は、はい。私の名前はルキナ……エメ……アメイガスの出身です」
「……ん? アメイガス?」
「ひ、ひぃっ! な、何か気に障りましたでしょうか!?」
「最近、人神マンティオス様と知り合いになったんだよ! そんで、暇が出来たら是非とも聖都アメイガスに来てくれってさ!」
と、知った都市の名前が出て少し嬉しくなった。
「そ、そうなんですか……。って、ええ!? か、神と知り合いになったんですか?」
と、目を点にする。
その様子にラザムは苦笑して肩を竦めた。
「まあ、そりゃあびっくりするわな」
実は、隣に立つラザムはその神様の伴侶さんなのだが、それを言ったらまた混乱するだろうな。とりあえず、深く追及はせずに流すことにした。
「そっかそっか。で、なんでまたアメイガスのハンターが、こんな所に?」
流された事で戸惑いはあるようだが、ルキナはなんとか言葉を続ける。
「そ、それが……正直言ってよく分からなくて。エメルディア王国でハンター活動をしていたら、突然魔方陣のようなものが足元に現れ、気がついたらこの建物に……」
ルキナのその言葉に、俺はラザムと顔を見合わせる。
まあ、お互い考えている事は一緒だろうな。
「ふぅむ。そいつはにわかには信じられねぇ話だ。嬢ちゃん、そんな説明で俺たちに納得してもらおうなんて、甘い考えじゃねぇよな」
ジロリと鋭い眼光で睨みつけるラザムに、少女は困ったように顔を伏せる。
「そ、そうですよね。やっぱり信じられるわけ……」
「いや、別に信じるよ」
と、俺が言うと二人は目を丸くした。
確かに怪しいが、怪しすぎて逆に大丈夫だろと思っている。
それに、彼女が腹に何か抱えていても、特に意味はない。
俺としては、ただ困っていた様子だったから、助けた。
それだけだ。
ただ……
「その前に虫掃除だけはしておいた方が良いかな」
「虫?」
俺の言葉にきょとんと首を傾げるルキナだったが、その間に俺は目にもとまらぬ速さで、彼女の髪の中に潜んでいた小さな虫を掴み取る。
見れば、その小さな虫には超小型のカメラらしきものが取り付けられていた。
こんなもの、用意できる者がこの世界に何人もいるはずがない。
この子を送り込んだのは、確実にアウラムだ。
『目に見える範囲で、このレディには虫はもう取り付けられていないでござるな』
この監視虫に気が付いたのは、ゲイルだった。
ゲイルの卓越した視力(正確にはバイザーの機能)が無ければ、こんな小さな虫を見つけるなど不可能だっただろう。
それに、俺自身が目の前の女性をまじまじと観察するわけにもいかん。
「あれ、何か……」
どうやら俺の動きは少女には捉えられなかったらしく、頭に何かが触れたようなそんな感触を得たのか、軽く頭に触れている。
しかし、カメラの存在に気づいていなかったところをみると、やはり何か裏があって俺たちに接触した訳ではないっぽい。
とにかく、この少女に裏があろうとなかろうと、困っている者を助けるのは俺にとっては当たり前の事。
もし何か事を起こしたら、俺の人を見る目が無かっただけの事だ。それはその時考えるとしよう。
「じゃあ、君の目的はこの研究所……というかこの国からの脱出という事で良いのかな?」
「は、はい。……ところで、此処っていったい何処なのでしょうか?」
「此処は、エヴォレリアの人間なら聞いたことはあるだろうけど、ディアナスティ王国……通称竜王国だよ」
「あぁ……竜族っぽい方たちがいっぱい居たからもしやと思っていましたけど、本当にそうなんですね」
はぁと溜息を吐くルキナ。
「そんで、この建物はこの竜族の中の偉いやつ……炎竜卿ゴートってやつが支配している、何かの研究所だ」
「な、なんか聞いたことないけど、凄そうな人……。ああもう、なんであたしはこんな所に居るんだろう」
と、頭を抱えて蹲ってしまった。
気持ちはすっごくわかる。
自分の知らないところで、何か変な事に巻き込まれていたら、そら混乱するよな。
「そういや、騒ぎが起こったせいで振り出しに戻っちまったな。というか、今更戻れんぞ」
「そうだな。此処がどの位置にあるのかも、よく分からん」
バイザーの機能で、これまでの道のりはマッピングしていたのだが、簡単に戻れるとは思えない。
自分一人ならまだしも、姿は消せるが魔力は消せないラザムと、姿も魔力も消せないだろうルキナが一緒では、難易度が高いと言わざるを得ない。
果たして、どうしたもんか……。
う~んと悩んでいたら、ルキナが声をかけてきた。
「……あの、ちょっと気になったんですけど、そのコートの内側にある膨らみって、何を持っているんですか?」
「ん……。ちょっと借り物を返却しにね」
そういう彼女に別に隠す必要もないし、とコートを翻して内側に固定していいた物体……ドラゴンの幼体を見せる。
これは、ついさっきまでゲイルが中に入っていた幼竜の肉体だ。
実は、この状態でもまだ生きている。
ゲイルが抜けたことによって意識だけは存在しないが、心臓は動いているし、呼吸だってちゃんとしている。
要は、植物状態と言えるのだ。ロゼが何処からこれを持ってきたのか知らないが、こんなものを残されても困る。
なので、返しに来た。
とは言え、こんなものをいきなり見せたのはまずかったかもしれない。
グロテスクではないとはいえ、ドラゴンの死体にも見えるものを女の子に見せるのは、配慮が足らんかったな。
……と思っていたらば……
「あ、なんだ。オルソじゃないですか」
至極あっさりとした言葉が返ってきた。
「! 今、なんて言った!?」
くわっと俺はルキナへと迫る。
「ひ、ひいっ! 何か変な事を言っちゃいましたか!?」
「言っちゃいました。今、このドラゴンの事をオルソって言ったよね!」
今、この少女は確かに言った。
この幼竜の名前を。
適当でも無く、自身なさげでもなく、はっきりと名称を言い当てたのだ。
つまり、俺たちの知らない情報を、彼女は知っているのだ。
「え、ええ。……い、言いました。言いましたけど、それが何か……」
顔を真っ赤にして恐縮するルキナに、今度はラザムもドスの利いた声で迫る。
「じゃあ、このちっさいドラゴン……つまりオルソってのが、何なのか……キリキリ話してもらおうか」
「は、はい。キリキリ……」
………
……
…
「コイツはまた予想外な光景だな……」
その後、俺たちはルキナの案内で、彼女が最初に目を覚ましたという部屋に来ていた。
俺たちの前にあるのは、コートの内側に固定してあって、ゲイルがついさっきまでその魂を宿していた……幼竜がプカプカと浮かんだカプセルが大量に並べられた部屋だった。
相変わらず、ファンタジーとは違う世界観だなオイ。
「これが、オルソ……。人工的に作り出された生命体……いえ、現時点ではただの肉の器ですが」
ルミナの説明によると、このオルソというやつはゴルディクス帝国で元々研究されていたものらしい。
なんで、ゴルディクス帝国で研究されているものを、聖都アメイガス出身のルキナが知っているのかというと……
「そ、それは……あたしはどうも特別な聖属性魔法を使えるみたいで、そのために一時期ゴルディクス帝国に拉致されていたんです」
と、ルキナは答えるのだが、言葉に含まれた単語に俺は引っかかった。
拉致!?
つまりは誘拐じゃないか。
誘拐された当時、ルキナがいくつだったか知らんが、なんと恐ろしい……。
「そ、そんなことまでしやがって、ゴルディクス帝国……許すまじ……」
メラメラと怒りの炎を燃やしていると、何故だかルキナが慌てだした。
「い、今はちゃんと解放してもらえましたから、そんなに怒んないでください! とにかく、その力を研究に利用して、このオルソの開発にも少し携わっていました……」
「帝国でもドラゴンを作っていた……って事か?」
「いえ、帝国が造っていたのは、ドラゴンではなく人間……ヒト族の肉体でした」
「ヒ、ヒト族の肉体を帝国が造っていたっていうのか?」
俺は、某ゲームでよく見た人が浮かんだカプセルがズラーッと大量に立ち並んでいる光景を思い出した。
「いえ、研究していたのは魂を持たないオルソではなく、きちんとした生命体である……」
そこまでルキナが言ったところで、ラザムが割り込んできた。
「まさか……ホムンクルスを……作ろうとしていたっていうのか!?」
聞いたことがある!
錬金術を扱った漫画で一躍有名になった人工的に造られた生命体を指した言葉だ。
「それが、何か凄いことなのか?」
「凄いっていうか……許されなねぇ事だ。無から命を創り出すって行為は、この世界じゃ最大の禁忌に値する」
「えっ! そ、そうなの!?」
だとしたら、俺が仲間たち……アルカたちAIに肉体を与えたことはどうなるんだろうか。
それも、よくよく考えたら命を与えた……みたいなことにならねぇか?
「いや、それについてはファティマたちも知っているから、お咎めが無い以上は許されてるんだろう。だから、気にすんな」
「そ、そんなもんなのか」
なんか、すげぇ詭弁に感じる。
あれは例外で、これはダメとか言い出したらダメだと思うんだけどなぁ。
そう思っていると、ラザムは義憤に満ちた表情でルキナに詰め寄る。
「おい、まさかホムンクルスを実際に造っちまったんじゃねぇだろうな!?」
その様子に、ルキナは困惑しているようだ。
「え? え? え? な、なんでそんなに怒っているんですか?」
「な、なんでって、そりゃあ怒るだろう!」
怒るラザムにルキナは静かに反論する。
「なんで、命を創っちゃ駄目なんですか?」
「んあ?」
「そんなもの、人間が男女の営みによって命を生み出す行為と何の違いも無いじゃないですか。むしろ、あたしとしてはそっちの方がおぞましく感じます」
「は、はあ?」
「生命の冒涜とか、そういう事ですか? それならば、戦争で簡単に命が奪われることは構わないのですか?」
「いや、それとこれとは話が別というか……」
「それに、既に命が生まれていた場合、貴方はどうするんですか? 殺すのですか? 禁忌の術で生まれた命だから、殺しても問題ない。……そう言うんですか?」
「い、いや、それは……だな……」
ラザムが追い込まれている。
ラザムが語るのは、倫理観とかではなくてあくまでこの世界の常識だ。
それが当然、あって当たり前だと思っているから、なんでだと突っ込まれても、すぐに反論する事は出来ない。
『……難しい問題でござるな』
ゲイルのつぶやきに、俺も少し考える。
この手の問題は、今まで散々物語でも提起されてきたことだ。
地球社会においても、大半の国家では人工的に造られた人間っていうのは、この世界と同様に認められない……そもそも創ってはいけないものだった。
だから、俺が言えるのはあくまで俺個人としての意見だ。
「良いか悪いかはともかくとして、生まれてしまった以上は仕方ないと思うけどなぁ……」
俺の言葉に、二人の視線が集まる。
ありきたりな言葉かもしれないが、生まれた命に罪はないだろう。
ただ……
「問題なのは、造った側だ。その造り出した命を使って、何をするつもりなのかって事なんだが……」
俺はそこで周囲に浮かぶオルソと呼ばれる物体たちを見渡してみる。
「正直、こうやって造られた命ってやつが、まともな事に使われるようには見えないな」
俺の言葉に、ルキナは顔面を蒼白にする。
「今……なんて……」
「んん?」
「まさか、否定するんですか?」
「いやいや、生まれた命はどうしようもないって言ったんだけど……」
「否定するんですか? 私たちを!?」
「ん? 私たち……?」
ルキナの言葉を追求しようとしたのだが、ちょうどその時……バイザーにピーピーと俺にしか聞こえない警告音が響く。
『……主』
ゲイルの言葉に俺は頷く。
この警告音は、こちらに対して敵意を持っている者の接近を意味する。
ただ、予想外なのはそのスピードだ。
警告を発してから、到着までのスピードが速すぎる。
「何やら騒がしいと思っていたら、鼠が三匹も迷い込んでいたか……」
バタンッと出入口だった扉が吹き飛び、その入り口から2メートル以上の巨大な体躯を持つ人の男が姿を現した。
全身を赤いローブで覆った40代くらいの外見のオッサン。
その側頭部からは、竜族である事を示す角が飛び出ていた。
「厳つそうなオッサン……あれが……」
「ああ。炎竜卿……ゴートだよ」
活動報告にも書いたのですが、この度雪道で滑って転倒し、打ちどころが悪かったのかなんと肋骨を骨折しとりました。
激痛のためPCに向かって変わることが難しかったのですが、2週間が経過して完治とまではいきませんが、痛みもある程度緩和してきましたので、こうして復活となりました。
いやぁ、骨折レベルの怪我って初めてでしたが、痛いものですねー。痛み止めのおかけで、なんとか日常生活は送れましたが、寝起きだけは結構困難でした。
ともあれ、無事な年末年始を送るためにも、これから気を付けたいと思います。




