258話 温泉に入ろう
ロゼの事を異世界の神と称された俺たちであるが、いまいち言葉の意味が理解できず、きょとんとしてしまった。
「神……って、それってどういう意味ですか?」
『そもそも、ファティマさんたちの事を神というのではないのですか?』
ファティマさんの意味不明な言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
神だなんだと言われた所で、そういった概念のない世界から俺たちにはよく分からない。
……いや、元の世界から神とか仏とか、そのもの自体は知識としてあるけども、未だこの目で見たことないし。
俺たちがそう言うと、ファティマさんもうんうんと頷いた。
「いや、だから神としての格そのものが違うのだが……。
ふむ。まあお前たちに分かりやすいように数字で表現してみようか。
まず、何の力もない一般的な人間……普通の成人という事にしておこうか……とりあえず、これを1とする」
ふむふむ。
力のない一般市民が1。
「続いて、国の兵士やハンターを生業としているもの……ここでは平均的な値をとってCランク相当という事にしておこうか……これを3~4という事にしておく」
ふむふむ。
Cランクハンターが3。
「その後に上級ハンターや国の名だたる騎士たちが入るのだが、力もピンキリでややこしいので省くとする。
次が、お前たちだ。今のお前たちの実力を現すならば、7~8といったところか」
むむむ。
気になるところではあるが、今は良いか。俺たちアルドラゴのクルーが8。
「そして、私たち神が10だ。
……言いたいことは分かるが、問題はそこじゃないからスルーしてくれ」
制限ありとは言え、俺たちは神に勝った経験がある。
だから、戦力として劣っていると言われてムムッと思うところもあるにはある。
が、今はそれを言っても仕方ないので、我慢するとしよう。
「最後にあの御方だ。あの御方を今のような数字で表す場合、最低でも20はある筈だ。
文字通り、格が違うのだ」
「20……神の倍の力って事か?」
思わず出た俺の言葉に、ファティマさんは首を横に振る。
「単純な力ではない。言ってみれば、存在の格だな。
例えば、私たちは不老であり、限りなく不死に近い存在ではあるが、寿命はあるし、殺そうと思えば殺せる。
だが、あの方の場合は完全なる不老不死だ。
何万年もの時を生きている事は、見ただけでわかる」
「な、何万年って……マジか」
正直言えば、いまいちピンと来ていないのだが、ファティマさんの真剣な顔つきに本気を感じて、思わず唾を飲み込む。
「主よ。それは恐らくマジにござる。しばらく行動を共にして、底知れぬ力は十分に感じたでござる」
恐らく、この中で一番傍に居た時間の長いゲイルの言葉だ。その得体の知れなさを間近で味わっていただけあって、言葉には実感がこもっていた。
「なんだってそんな奴が、この世界に居るんだ?」
もう何人にも遭遇しているから、今更異世界人には驚かないのだが、異世界“神”ってのは初遭遇だ。
エルフ、吸血鬼、サイボーグ、ドワーフときて神が来たか。
こっちとしては、神様なら自分の世界にきちんと引きこもっていて欲しいのだが。
「それについては分からん。……正直、ただの気まぐれと言われても仕方ない」
「し、仕方ないのか……」
アウラムの奴が絡んでいるのかと思っていたんだが、相手がマジもんの神となると話が違うのかな?
実際に会った感覚からしても、アウラムの命令聞いているようには思えなかったし……。
これは、次に会う機会があったら要確認だな。
『ですが、もしロゼさんが自分の意志で世界を移動してきたのでしたら、ケイにとって朗報になるのではないですか?』
そんなアルカの言葉を聞いて、俺は首を傾げた。
「朗報? なんで?」
『何言っているんです。今まで有耶無耶になっていた、元の世界に戻る手がかりじゃないですか』
「! そ、そうだった!」
完全に頭から抜けていた!
仲間の救出に舵を取ってから、その件についてはほったらかしだったものな。
元々はそれが目的でこの世界を旅していたんだった。
「うぐぐ。拙者たちのために2ヶ月近くも活動停止しなければならなかったのでござるか。すまんでござる!」
よよよ……とばかりにゲイルが嘆くが、俺にとっての優先順位が変わっただけだから、あまり思い詰めてもらっては困る。
なんか、体感としては何年もかかっていたような気もするんだが……。気のせいだな、多分。
「いや、それについては気にするな。この世界に来てすぐに帰れなかった時点でいつ帰るかは重要じゃない。……まぁ、帰るのに何年もかかったってのは精神的にキツイから、大体一年以内には帰りたいんだが」
とは言え、この世界に来てはや7ヶ月……。
一体、元の世界ではどういう事態になっている事やら。
これは前にも考えたことだが、行方不明扱いになっているというのが確率として一番高い。
流石に結構な騒ぎになっている筈だ。
……そうなると、帰った後が大変だなぁとは思う。
希望としては、実はこっちの世界の一日が、元の世界では一分だったとか、そういう時間の概念そのものが違うってのが一番なのだけど……。
まぁ高望みしても仕方ない。
今となっては、なるようになるだけと割り切るしかない。
「ともあれ、その件については後回しだ。そもそも、ロゼがこの場に居ない以上、話を進めるどころじゃない」
『それは確かにそうですが……』
「それで、研究所とやらに潜入ってのは、俺だけで問題ないかな」
研究所に潜り込み、ゲイルの肉体を確保。その後、元の世界に戻るために空間に穴をあけるための機械操作する。
竜族が素の力で魔力感知が出来る以上、全く魔力を持っていない俺だけがこの作戦こなす事が出来るのだ。
『でも、そうなると魔力のある者……ノエルさんであっても一緒に連れていくことは不可能になってしまいます。流石に、それは危険では……』
しかし、魔力感知によって侵入者がすぐに見つかってしまう以上、魔力が全くない俺が単独で潜入するしかないのだ。
確かに、寂しいけども。
そんな中、ファティマさんより声が飛んだ。
「その件だがな。ゲイル、ちょっとこっちへ」
「な、何でござるか……」
近う近うと手招きするファティマさんに恐る恐る近づくゲイル。
そして、幼竜となったゲイルの姿を上から下まで隅々と観察したと思ったら、
ズドン! とばかりにその手をゲイルの胸へと突っ込んだのだ。
「むおっ!?」
「心配するな。すぐに終わる」
咄嗟に動き出そうとした俺たちをファティマさんは冷静に制する。
やがて、ゲイルの胸から手を引いたファティマさんの手には、一つのビー玉が握られていた。
いや、ビー玉ではない。
あれは、ゲイルの肉体に埋め込まれていた風の魔晶だ。
すると風の魔晶を抜き取られたゲイルだったドラゴンの身体は、力を失ったようにパタリと床に伏せた。
「やはりな。心配するな、ゲイルの魂はこの魔晶の中じゃ。あの御方は、この魔晶に魂を封じ込めて、それをこの仮の身体へと押し込んだのじゃ」
「え? そんな事で別の身体が動くの?」
「普通は動かん。だが、とんでもなく複雑な魔力の術式……と表現したらよいのかのう。それがこの魔晶に組み込まれていて、埋め込むだけで肉体が動くようになっている」
それはアレか。
肉体をPCとして、魔晶をUSBメモリとした場合に近い状態って事かな?
「更に、この魔晶に魔力感知を防ぐような処理をしておこう。これならば、お前と共に行動しても支障は無いはずだ」
そう言ってファティマさんはゲイル入りの魔晶を俺へと放り投げた。
慌てて受け止める俺だが、もう少し丁寧に扱ってほしいと軽く睨む。
『確かにこれでしたら、問題なさそうですね。ただ、ゲイルさんだと私たちと違ってこのまま会話は出来ないと思いますから、バイザーと接続して会話が出来るようにしましょう』
アルカの言葉にフェイが頷き、ささっとリーブラへと戻り、これまたささっと帰ってきた。
もう終わったらしい。
アルカに従ってゲイルの魔晶を俺の胸にある装備品、リミットタイマーへと取り付ける。
『おおう! 意識だけの状態というものはなかなかに不可思議なものでござるな!』
と、バイザーを通してゲイルの声が脳内に響いた。
懐かしい……。
この世界に来た当初、アルカたちと会話するときはこの方式を取っていたんだった。
『という事は、これで拙者も主と共に研究所に忍び込めるという事でござるな』
『はい。私も一緒に行けないのは残念ではありますが、ゲイルさんが一緒ならケイも迷う事は無いでしょう』
「なんなんだよ、その評価はよう」
ぶーぶーと口を尖らせて文句を言う。
確かに迷路のように入り組んだ建物とか苦手だけど。
小さいころ、デパートやでっかい病院で迷子になった経験はあるけども!
『ともあれ、研究員の交代まで、まだまだ時間はあるでござる。ここは、全員一休みしてみては?』
と、気を取り直して提案するゲイルであるが、俺を除く全員がうーんと首を捻った。
『休む……休むというのは、いったいどうすれば良いのでしょうか?』
『確かに、我々は魔力エネルギーが枯渇しない限り永遠に動くことが可能ですからね』
『あれだ。適当にトレーニングでもしておくか?』
『よし、愚弟よ。やるか!』
『でわでわ、私はこのドラゴンさんの死体を解剖して―――』
「ストップストップ! 一応言っておくが、それは休みとは言わん」
と俺は言うのだが、アルカたちAIは精神構造が人間とは違うのだ。よって、肉体を休めるという概念がそもそも存在しない。
しかし、休み……休みか。
たった数時間だから、特に何が出来るわけでもないんだが……
地球での生活でもし急に休みがあった場合を想定してみよう……
その1……家でゲームしながらダラダラ。
いや、これはいつもよくやっているな。
ゲームというか、俺の知識から作った簡単な格闘ゲームやシューティングゲームだけど。
他にもカードゲームやボードゲームがあるけど、AI組は頭が良すぎてやっても面白くないのよね。
その2……町ぶらでウィンドウショッピング。
これは、一応指名手配されている身だから駄目だな。
竜族の町とかすっごく見学してみたいけども。
その3……温泉に行く
……ありかも。
アルドラゴにはシャワーは常備されているけど、浴槽とか無かったよな。
「ゲイル、この辺に温泉とかあったりするかな?」
『おんせん……温泉とは、自然に沸いたお湯のたまり場という事でござるな。
……おお! あったでござる! 幼い頃に身体を洗うのに利用していたお湯の出る池があったでござる!
そうか。あれを温泉と呼ぶのでござるね!』
そうか。温泉という知識が無い以上、お湯の出る池とかそういう認識なのか。
新鮮な言葉に感心しつつ、俺は先を促した。
「それって、どれぐらいの大きさなんだ?」
『じいちゃんもドラゴンの姿のまんま使っていたので、それこそ大きめの池サイズはあるでござるな。此処に居る全員で入っても余るぐらいでござる』
そうか。
子供の頃のゲイルが利用していたぐらいだから、人間が入れるレベルの熱さという事だな。
「よし! そんじゃその温泉に入ってしばらく時間を潰すとしよう」
だが、俺のその宣言に、他の仲間たちは首を傾げるのみだった。
『……よくわからんが、そのオンセンとやらに入って何か意味があるのか?』
『うむ。つまりは、でかい水のたまり場に入るという事だろう? ……何の目的でそんな事をするのだ?』
この世界の住人であるジェイドとミカの人格をもとに作られた吹雪と烈火には、浴槽に浸かるという習慣そのものが無かったらしい。
一応、一部の国にはちゃんと風呂に入るという習慣があるらしいが、彼らの出身であるエメルディア王国には無いようだ。
今現在の二人はと言うと、アンドロイドボディになってからは一日一回のボディ洗浄は行われているが、風呂に入るという感覚じゃないものな。
『でしたら、私たちは遠慮しておきましょう』
『そうですね。生身の肉体があるのは艦長だけですから、お一人でゆっくりしてきたら良いかと』
そして、魔晶によって疑似的な肉体を維持しているアルカたち管理AI組は、体を洗うという習慣そのものが無かった。
彼らの場合、一度肉体維持を解除して、新たなボディを形成すれば、新品同様の新たな身体なのである。
……確かに、この中で生身の肉体があるのは、俺だけだ。
それに間違いはない。
だから、この提案そのものが間違っていたと言えるのだろう。
言えるのだが、なんというか、温泉という文化そのものを否定されたようでカチンときた。
「艦長命令です。これから、皆で温泉に浸かりに行きます」
なので、めったに使わない絶対順守命令権を行使させてもらいまーす。
今のご時世では、立派なパワハラであるけども。
『むぅ。艦長命令なら仕方がないですけど……』
『意味はないと思うんですがね……』
『まぁまぁそう言うなよ。姐さん方! 今の俺にはよくわからんが、温泉に入ると気持ち良いらしいぜ』
『気持ち良い……それはどの感覚が?』
『ええとですね、正確にはその温泉の成分を分析してみなくてはならないですが、なんでも血流が温められることによってうんたらかんたら……』
『ますます、我々には必要のない事だと思うのですが……』
『まぁ良いでしょう。ケイが言うのですから、無駄なことでもやってみるのが我々です。では、行きましょうか―――』
なんとか、AI組も前向きに温泉に入ってもらえる事になったようだが、流石にこのまま入浴するのは問題がある。
主に、モラルの問題で。
「ちょい待ち! 行くのは男女別だ。だから、まずはアルカ、フェイ、烈火、日輪の四人だけで行ってこい」
『ええーなんですかそれはー』
『我々AI組だけでの入水となると、ますます意味がありませんが』
「温泉ってのは、ふつーは男女別で分かれるもんなの! それに、ここのは自然のもんで、男女別に分かれてないんだから、時間で区切るしかあるまい。だから、まずは四人だけで行ってこい。
あと、入水じゃなくて入浴と言いなさい」
四人……特にアルカとフェイの二人がぶーぶー言いながら、ゲイルより温泉への道を教えてもらっている。
「それと、温泉に入るときはスーツは脱げよー。入るときは、きちんと身体を洗ってから入る事! これはマナーだからな」
『もう、面倒ですね……』
なんなんだろう。
本来なら女性の方が身体を洗う事に気を遣うはずなのに、この無頓着ぶりは……。
いやまあ、別にアルカたちが不潔という訳でもないんだけど。
ぶーぶー言いながら、四人は温泉へと歩を進めるのだった。
一応、時間は一時間取っている。
これを機に、入浴というものについて価値観が変わるといいのだが……。
こうしてポツンと残されたのは、俺、魔晶状態のゲイル、吹雪、最後にファティマさんの外見と精神になったラザムだけだ。
四人が居なくなってしばらくした頃、ファティマさんが俺に向かって歩を進めてきた。
「……ふむ。まぁこの際都合が良いか。レイジよ。お前にちょっと用が出来た」
「俺に?」
用と言われて嬉しい事があった試しがない。
俺は嫌な予感を抱えながら、ファティマさんに向き直る。
「そう警戒するな。正確には、用があるのは儂ではない。……ちょっと変わるぞ」
ぐにょんとファティマさんの身体が一瞬で膨張し、一気に元に戻る。一体何事かと思ったら、さっきのラザムとファティマさんが入れ替わった時と同じ現象だと気づく。
って事は、またラザムと入れ替わるのか?
……と思っていたのだが、そこに立っていたのは今まで俺が見たこともない人物だった。
鮮やかな金髪に、穏やかで優しそうという印象がくっきりと残る顔付き。
ダボッとした民族衣装を着込んでいるが、それでも筋骨隆々とした肉体がある事を感じさせる体つき。
爽やかなスポーツ選手……そんな印象を受ける人物だ。
「やあ、初めましてだね。
私の名前はヒュー・マンティオス。
他の者たちからは人神マンティオスと呼ばれている」
俺に会いたいと言っていた人物は、俺が初めて会う5人目の神だった。
お、温泉に行く、行かないでほぼ一話分費やしてしまった。
温泉イベント自体は最終章に突入する前に一度やっておきたかったイベントだったのですが、前話にも書いたプロット書き直しのせいで、差し込む、差し込まないでかなり迷いました。まぁ結果的に差し込んでも問題なさげだったので、イベント開始となります。




