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252話 九頭竜




 ラザムの案内によって俺たちは、そのヒト族が住まうという集落に足を踏み入れた。

 一見して、集落の文明レベルも他の国々のものと大差は感じない。


「確かにヒト族の村……だな」


 簡素だが頑丈な石造りの家屋の数々に往来を行き交う人々。着込んでいる服こそ白一色の簡素なものであるが、見た限りでは竜王国以外のヒト族となんら変わりはない。

 皆、突然現れた俺たちを見て、ざわざわとしているのが確認できる。


『此処の人たちは、いったいどういった経緯でこの世界に来たのですか?』


 ふとアルカがラザムに尋ねる。


 その疑問は尤もだ。

 聞けば、ここは竜族が元々住んでいた別の世界……別の次元。

 そこで、外の世界と同様の他種族が生まれ出でるとは到底思えない。


「元々は大戦時に住んでいた集落を失った者たちを集めて、今住んでいるのはその子孫たちだな。時たま、戦争やなんかで住む場所を失った奴らを保護して連れてきていたりするらしいぜ」


『なぜ、そのような事を? この世界の各種族たちは大半が己の種族の繁栄しか考えていなかったと思いますが』


 確かに。

 何人かの異種族が他の国を訪れる事はあっても、そのまま定住する事は多くない。例外で言えばダァトに立場を落とされた者たちだろうが、基本的にそれぞれの種族はその種族たちで固まっているものだ。

 憎み合っているとまでは言わないが、基本的に住み分けでなるべく不干渉を貫いている。

 全ての国を見て回ったわけじゃないが、大体そんな印象だ。


「それはだな―――」


「―――それは……我々が世界の調停者……だからですよ」


 ラザムが答えようとしたのだが、後半の言葉は別のものが引き継いだ。

 今まで気配すら感じなかった者の出現に、俺たちは一斉に声のした方に顔を向ける。


 白い民族衣装を着こんだ15歳くらいの少年がそこに立っていた。だが、ただの少年で無い事は彼から発せられる威圧感プレッシャーから理解出来る。

 それに、その少年の側頭部にはヒト族には無い異物があった。

 角……である。

 その巨大な角が、彼がヒト族の人間でないことを示していた。


 が、敵意は感じられない。

 俺は気を取り直して少年に尋ねた。


「失礼ですが、貴方は?」


 すると少年はニコリと笑みを浮かべて答える。


「申し遅れました。私はこの地区の首長を任されているヴァイレルといいます。外の世界の皆様、どうかお見知りおきを……」


 外の世界……俺たちが何者かは理解しているという事か。


「……突然の訪問失礼しました。この説明で理解出来るか分からないですが、Aランクハンターチーム・アルドラゴのリーダー……レイジと申します」


 ひとまず自己紹介をして頭を下げた。


「……なるほど、外の世界の挨拶だね。礼儀を弁えている者でこちらも安心したよ」


「……おお。ヴァイレル様!」

「ヴァイレル様!?」

「そんな、お越しになられるとは……」


 ヴァイレルが姿を現して以降、往来を歩いていたヒト族の者たちは一斉に膝をついて頭を下げる。

 なるほど、慕われている存在のようだ。


「馬鹿者! 頭を下げんか、無礼であるぞ!」


 と、周囲では一番の年長者らしき老人が正面に立つ俺たちを見て声を荒げてきた。


 いや、そんなルール知らんし。

 と、少しムッとしたところでヴァイレルと名乗った少年は老人を制する。


「いえ、彼らは客人、だから良いのです。それに、種族は違えど立場が同じ者もおりますからね。……ねぇ」


 ヴァイレルの視線は、俺の隣に立つ男……ラザムに向けられている。


「……久しぶりだな、ヴァイレル」


 やはり、知り合いだったか。

 俺としては、予め誰に会うか説明しておいてほしかったもんだけどな。

 そんな意味を込めて睨むと、ラザムは苦々しい顔で説明した。


「心配すんな。此処にはコイツに会いに来たんだ。一応は話が通じるやつだからな」


「じゃあ、やっぱりこの人は……」


「ああ、察しの通り竜族だ。それも、竜王国を束ねる九頭竜くずりゅうの一人だ」




◆◆◆




「まぁ、こんな往来で長話もなんです。ここから先は、我が邸宅でお話と行きましょう」


 その言葉に従って、俺たちはヴァイレルの邸宅に案内された。

 邸宅というか、他の家よりは多少豪華な造りの民家にしか見えない。

 本当に、此処に住んでいるのだろうか?


 そこまで警戒はしていないが、何かあった時の為、実際に邸宅の中に入ったのは、俺とアルカ、そしてラザムの三人だけとした。

 室内も簡素な家財道具があるだけで、どうにも生活感が感じられない。


 ヴァイレルは、あまり使った形跡の無いソファの上に座り、俺たちに座るよう促した。


「まあまぁゆっくりくつろぎたまえ……と言いたいところだが、そういう気分でもないかな」


 分かっているなら話が早い。

 俺は頷いて本題に入る事にした。


「まあ俺は貴方の家に興味があったわけでもなく、ただ仲間を取り戻しに来ただけですから」


「あぁ、そう言えばそんなお話でしたね。ですが、私は何もお手伝いする事は出来ませんよ」


 俺たちが此処に来た目的を知っているのは良いが、手伝うことは出来ない。じゃあ、何のために此処に来た?

 疑問に思っているとラザムが割り込んできた。


「心配はいらねぇよ。ここには情報収集のために寄っただけだし、お前もわざわざ通報する義務も義理はねぇだろ」


「ええ。聞く限り、貴方たちの行動はファティマ様の許しを得た正当なものですからね。それについて私がどうこうするつもりはありません」


 良くは分からないが、要は目の前のこの人は中立的な立場って事なのか?

 さっきの奴らに追われる心配は無くなったが、そもそもの話、なんで追われる必要があるんだって話だ。

 今までは黙って従ってきたが、ここらへんで俺も限界に来た。


「そもそも、なんでこんな事態になってんだ。さっきはうやむやになっちまったが、いい加減に説明してもらうぞ」


 そうラザムに詰め寄ると、彼はどこか申し訳なさそうに頭を掻く。


「説明っつってもなあ……。単純に、嫌われてるだけだ。……俺が」


「はぁ?」


 嫌われている? ラザムが? なんで?


 詳しく説明するように促すのだが、ラザムは「どう言ったらいいかな……」と悩んでいる。

 そんな様子を見かねてか、ヴァイレルが助け舟を出してきた。


「ええと、貴方はラザムの事情は知っているんでしたか?」


「事情っていうか、俺が知っているのはこの人がファティマさんの旦那さんって事ぐらいだ」


 そう言うと、ヴァイレルは満足そうに頷く。


「では、どうしてヒト族である彼が竜族の神たるファティマ様と婚姻が認められたと思いますか?」


「………」


 これはここしばらくの間ずっと思っていたことだ。

 最初はこの世界に来たばかりだった事もあって、そういうもんかとスルーしていたが、この世界の事情を知るうちに違和感を抱くようになった。

 竜族の神……この世界で恐らくは最高位の存在だろう。そんなファティマさんが、どうして人間の男なんかと結婚したのか。

 そして、何故住んでいる場所がこの竜王国ではなくエメルディア王国のあんな外れなのか。


「それは、ファティマ様のつがいは彼一人だけではないからです」


「は、はあぁ?」


 予想外の言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげた。


「まぁそういうこった。言うなれば、俺は10人目のファティマの夫。そんでもって何を隠そうこのヴァイレルもファティマの旦那の一人だ」


『え、ええぇ!?』


 俺と同じように混乱していたアルカも素っ頓狂な声を上げる。


 なにそれ、ファティマさんって実は逆ハーレムみたいな事になってたって訳?


『い、いいえ。位の高い者がたくさんの子孫を増やすために多くの配偶者を持つことは不自然ではありません』


 まぁ確かに。

 王政のある国でもほとんどは一夫多妻制だものな。


「我ら竜族の場合は、言うなれば後継者の選別と言っていいでしょうかね。此処竜王国は9つの領地があり、その領地を治めている一族の長は九頭竜と呼ばれています。その九頭竜全てがファティマ様のつがいという事になっています」


 そう言ってヴァイレルは一つの羊皮紙を取り出した。

 それはどうも、この竜王国の地図らしい。


 地図の中の竜王国は、ヴァイレルの言うとおりに9つに分かれていた。

 この国独自の文字までは理解出来ないが、ヴァイレルが治めるのは国の中心部に位置する地域。……つまりは此処という事か。

 他の地域全てに頭首が居て、その全てがファティマさんの旦那さん……。なんか、そんなに濃い付き合いをしてきたわけでも無かったけど、見方が変わる。


「尤も婚姻はあくまで形だけのもの。そもそも、私はファティマ様に過去2度しかお会いしたことがありません」


「え? じゃあ、あんた達はファティマさんと魂のきょ―――」


 魂の共有化と口にしようとしたのだが、ふとヴァイレルに背を向けたラザムが、自身の口に人差し指を当てているのを目にした。

 それは言うな―――という事か?


 そう判断して俺は言葉を飲み込む。


「―――一緒に暮らしているわけじゃないのか」


「ええ。そもそも、ファティマ様はめったなことではこの竜王国に足を踏み入れませんし」


「え? そうなの?」


「一応言っておくと、俺とも別に一緒に住んでるわけじゃねぇよ。まあ会う頻度はこいつらよりは圧倒的に多いがな」


 それは予想外だった。

 思えば翼の神オフェリル様も別にあの天空島に住んでいるわけじゃなかったっけ。




 そして、その辺の詳しい事情は屋敷を出てからラザムが説明してくれた。


 聞く限り、あのヴァイレルという竜族の前では話しにくかったのだろう。


「あいつ―――ファティマだがな。立場上は神だが、ほとんど家出同然の身なんだわ」


「家出? 神なのに?」


「その辺は説明すると長いんだが、アイツの父親は前の竜神なのは知っているか?」


「うん、聞いたことがある」


 最初に会った時と、ノエルがらみでひと悶着会った時にも言っていたと思う。


「実はな。いったん神になると、子供を作る事が出来なくなる。その理由はセ―――」


「うわあぁぁぁぁぁっ!!」


 突然大声を上げた俺に、ラザムがびっくりして後退る。


「な、なんだ一体!?」


「いや、ごめん。無意識に拒絶反応が出た」


 なんだろうか。ものすっごく、俺が聞いちゃいけない言葉が出るところだった気がする。


 子供を作る云々って……いや、別に学校で習っているから知ってはいるけどさ。知ってはいるが……なんだろう、深く知りたいとも思わない。

 すると、そんな俺の葛藤を悟ってか、アルカが割り込んでくれた。


『なるほど。それは神たちの纏う神気のせいですか?』


 神気……天空島での神たちとの戦いでやっかいだったアレか。


「ん? あ、ああそうだ。とにかく、その神気は一子相伝でな。神になると受け継がれるものだ。こいつを纏うと肉体の老化が遅くなったり、普通の手段じゃあ傷をつけられなくなったりととにかくすんごいもんなんだが、それをアイツは成人する前に受け継いじまった。当時、ヒト族で言う所の15歳ぐらいの時期だ」


『なるほど。他者から傷をつけられなくなる……。それで子供が出来なくなるのですね』


 アルカは理解したようにうんうんと頷く。


「え? 今のでなんで分かんの?」


『……むしろ、ケイは詳しく知らない方が良いかと。つまり、そういうものだと思ってください』


「は、はあ」


 なんか怖い目つきのアルカに迫られ、俺は納得することにした。なんとなく、知っちゃいけない気もするし。


「となると、困ったのは大戦が終わった後のことだ。つまり、竜神の後継者が生まれ無くなっちまったのさ。

 幸い、神気の受け渡し自体は血縁が無くとも可能だが、今度はよりふさわしい者を選別しなきゃならん」


「後継者って言っても、ファティマさんまだまだ現役だろ? ずいぶん気が早い気もするが」


 俺の言葉にラザムは首を横に振る。


「前の竜神が死んだのは、魔神に殺されたせいだ。一度あった事がもう一度起こらないとも限らない。

 と、当時の竜族は考えた。それに、竜族は寿命が長い。それこそ、300年以上は平気で生きる。奴らにとっちゃ100年前の事だって少し昔の事だ」


『つまり、また万が一が起こっても良いように、より相応しい後継者を選んでおきたいという事ですか』


「それで選ばれたのが、九頭竜……。全竜族の中から選び抜かれた精鋭たちだな」


「九頭竜……つまりはヒュドラか。すげぇ格好いい名前だ」


 ちょっと……いや、かなり憧れる。今は関係ないが。

 話は戻り、ラザムは説明を続けた。


「体裁上はファティマの伴侶として迎え、もしファティマ本人に何かあった場合は、その九頭竜の中から誰かが新たな竜神に選ばれることになる。予めそういう契約をしておけば、神気の受け渡しも可能だからな」


「ふぅん。なるほど……それがファティマさんにたくさん旦那が居る理由か」


 ようやく理解出来るようになった。

 俺が納得して頷いていると、ラザムが「話はここからだ」と切り出した。


「だ・け・ど、だ。それに納得しなかった奴が一人いる」


「誰?」


「ファティマ本人だ。考えてもみろ、当時15歳くらいのガキにいきなり9人の婚約者が現れて、これからはこいつらがお前の旦那ですって言われたんだぞ」


「あ、そういうの本人の了解無かったんだね」

『それは酷い』


 そりゃ怒って当然だわ。俺とアルカは顔を見合わせて肩をすくめた。


「恐ろしい事にな。そんでブチ切れたファティマは、竜王国を出奔。それ以降、まともにこの国には帰ってねぇって話だ」


「え!? それ以降帰ってないの!?」


 家出の理由は分かったが、まさか家出して以降帰ってないとは思わなかった。


「いや、帰ってはいる。ただ、まともな手段じゃ一度も無いな」


 まともに帰っていないのなら、夫婦でも何でも無いだろう。

 ヴァイレルが会った事があるのは二度だって言っていたが、それも神になる前だったって事だったようだ。


「じゃあ、九頭竜が伴侶ってのも本当に形だけのものなんだな」


「いや、形だけなんて話だけじゃねぇ。あくまで、他の竜族にはそう伝えているってだけで、本当に建前だけの話だ」


 しかし、それだと話が変わってくるのではないか?

 事の発端は、ファティマさんにもし何かあったら……という仮定の話だった筈。これでは、九頭竜がファティマの伴侶という話が何の意味も持たなくなるではないか。


「ええと……じゃあこのままだと次期竜神ってのはどうなるんだ?」


 俺がそんな疑問を投げかけると、ラザムはまたしても苦々しい顔で頭を掻いた。

 どうも、よっぽど言いたくないことらしい。


「それで、話はお前の最初の質問に戻る訳だ」


「???」


「ファティマが出奔して数年が経過した頃、アイツは放浪の最中にある死にかけたヒト族の魔術師と出会っちまった」


 あ……もしかして……


「そんで、一族のしきたりとか神のルールとかどーでもよくなっていたアイツは、ほんの気まぐれで自身の魂の欠片をその魔術師に渡しちまったっわけだ。

 ……言ってみれば、その行為そのものが自身に何かあった時、神気を受け渡す際の契約行為だった」


 俺は思い出す。

 このラザムなる男は、かつてエメルディア王国の魔術師だった。

 ファティマさんと出会った経緯も、確か死にかけのところを助けてもらった事がきっかけだった筈。


「え? って事はもしかして……アンタが……?」


「そう。何の因果か、ファティマは次期竜神候補としてそのヒト族の魔術師を選んじまったってわけだ。つまり、この俺をな」


 ……そういう流れだったのか。


 何の関係もないただの部外者。……それも竜族ですらない奴が竜神候補になっちまったんだ。


 そら、恨まれるよな。



 書き始めた頃は、ファティマとラザムの設定もそこまで深く練っていた訳ではありませんでした。でも、今回の舞台が竜の国という事でこの二人を出さないわけにもいかんと改めて設定肉付けして、今回ようやっとお披露目となりました。

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