245話 1 on 300
俺の宣言に、会場内からは激しい怒号が響き渡る。
「なぁ、あのヒト族なんて言いやがった?」
「大会に集まった奴ら全員相手にするとか、あいつイカレてやがんのか?」
「ふざけんなぁっ!」
「あのガキぶっ殺せーッ!!」
とまぁ、こんな感じである。
お怒りはごもっとも。
ただ、こちらもそれ以上に怒り狂っているのだ。
300人どころか、ここに集まった獣族全員ボコボコにしてもいいくらいなんだぞこの野郎。
対する獣王とやらも、俺の挑発にブチ切れた様子。
「ほ、ほう……。面白いことをほざく若造だ。……良いだろう。大会前の余興として、認めてやろうではないか。大会参加予定選手ども! このガキをぶちのめせ!!」
獣王の宣言に呼応して、恐らくは選手入場口と思われる扉が開き、中から筋骨隆々の様々な獣族たちが舞台上に上がってくる。
そのどれも、見事に怒り狂った顔となっている。
……ちっとも怖くないけど。
『お、おいおいレイジ、マジかよ!?』
『そうだぞ先生! いくら大半が有象無象とは言え、中にはあの列車で戦ったような強者がいる可能性だって居るのだ』
『そうです。せめて、烈火と吹雪くらいは共に戦う事を許可して下さい』
こっちも、吹雪烈火月影の三人が慌てたように寄ってきた。
「心配すんな。こっちはハイ・アーマードスーツ使うし、30分以内に終わらせれば何の問題も無いだろう。それに……」
俺は改めて舞台上に集まった有象無象の獣族たちを見据える。
「あいつら全員合わさっても、獣神メギルの方が強いだろう」
俺の言葉に、全員かつて天空島で戦った獣の神の姿を連想する。
そして納得した。
『……なるほど』
『……確かに』
『……そう考えると、全然なんとかなりそうな気がしてきた』
多少の制限はあっただろうが、俺は獣神メギルに勝った。
死線を潜り抜けた代償ともいうべきか、あの時のことを考えると、多少の困難もへっちゃらに感じる。
今更、ちょっと強いだけの獣族が300人集まったところで何も怖くない。
「つー訳だから、お前らは下がってろ。まぁ30分以内には終わらせっから」
『せ、先生……信じているぞ!』
『おう、危なくなったら俺たちが助けに入るから、心配すんな!』
『では、指示の通りに下がります。ご武運を……』
月影が馬車に糸を取り付け、そのまま馬車ごと後ろにジャンプして下がっていった。
さて、これで何の気兼ねもなく戦える。
考えてみたら、何の制限もない戦いなんていつ以来だ。
「さて、行くか……。変身」
自身の前方に出現した魔法陣を潜り抜けると、俺の全身は赤いドラゴンを模した鎧に包まれた。
その瞬時の早変わりに、それを見ていた観客たちからはどよめきが走る。
俺がスタスタと舞台中央まで歩を進めると、向こうの一団よりガタイの良い獣族の男が一人前に出てきた。
「おうおう、変な鎧を着ちゃいるが、まさか本気で俺たち全員を相手に出来ると思ってんじゃねぇだろうな」
「いや、思ってない」
俺があっさり言うとポカンとしていたがやがて高笑いを始めた。
「ほ、ほう……思っていたよりも謙虚な奴だ。だったら、さっさと謝って尻尾巻いて帰んな。こちとら、てめぇの戯言なんぞに付き合ってやるほど暇じゃねぇんだ」
うむむ。勘違いをしているようだ。改めて説明するとしよう。
「いや、言い方が悪かったな。お前ら全員を叩きのめした後、あの獣王を相手にしてやると言っているんだ。お前らなんか、ただの前哨戦だから、さっさと終わらせるぞ」
「こ、この、脆弱なヒト族ごときがぁ! 痛い目に遭わんと分からんのかぁっ!」
目の前の男は俺に向かって拳を振り下ろそうとしたのだが、その拳が俺の体に到達するよりも早く、俺はペチンと男の顔めがけて平手打ちを放つ。
ビンタをくらった男は、そのまま遥か彼方……観客席まで飛んで行った。
その光景を見た者たち全員が、ポカンと口を開けている。
さて、これで残り299人。
……いや、300人きっかりって訳でもないだろうから、正確な数は分からんか。
まぁとにかく……
「もう、開戦って事でいいのかな?」
「や、やっちまえ!」
先頭の男の声をきっかけに、獣族の闘士たちが「わーっ!」と鬨の声をあげてこちらに向かってきた。
戦国時代の合戦とか、こんな感じだったのかなぁと思いつつ、俺は適当に品定めをしていた。
これでも、数ヶ月この世界で生きてきたのだ。ある程度、強いオーラを纏った者というのは判別出来る。
大体、10人ほどあたりをつけると、次やるべきことは……間引きだ。
まずは、後方に固まっている雑魚を一掃する。
俺はその場から10メートルほど跳び上がる。これから飛びかかろうとしていた奴らは、突然俺が消えたように見えたのか、動きをとめてキョロキョロと辺りを見渡している。
跳び上がった俺は、そのまま狙いをつけてミサイルの如き飛び蹴りをくらわせても良いのであるが、それすると死人が出かねないので、そのまま着地するに留めた。
突然目の前にスタッと降り立った俺に、目の前の獣族は目を丸くしているが、その目に戦意が灯る前に腹部めがけて拳を打ち込んだ。
本気でやると恐らく衝撃で身体が破裂しかねないので、パワーは最低限に設定。それでも、攻撃を受けた獣族の身体は簡単に吹き飛び、その付近に居た二、三人を巻き込んで闘技場一階席の壁へと激突する。
よし、死んでないな。
今の攻撃で周囲の獣族たちも俺の存在に気付いた様子。
「な、なんでコイツ、こんな所に!?」
「や、やっちまえ!」
一斉に俺めがけて襲い掛かるが、遅い。
「さぁて、雑魚散らしだ」
俺に殴りかかろうとする獣族の拳をさらりさらりと避け、そのカウンターとして拳を腹部に打ち込んでいく。
一発殴るだけで数人まとめて吹き飛ぶので、楽だこりゃ。
「くそ、なんだコイツ!」
「こんな鎧着込んでいて、なんでこんなに素早く動ける!?」
「誰か、コイツに組み付け! 動きを封じればお終いだ!」
やがて一人では敵わない事に気づいたのか、バラバラではなく連携して襲い掛かるようになってきた。
「なんなんだコイツ! するすると避けやがって!」
そんなもんに捕まる俺ではない。
俺に組み付こうと伸びてくる腕を次々と躱し、タイミング的に避けきれないものは先に攻撃して動き自体を崩す。
「足を狙え! とにかく動きをとめろ!」
「わ、分かっているんだが……ふごっ!?」
足元に潜り込んで動きを封じようとする輩は、そのまま顔面を蹴り飛ばしてリング外に吹き飛ばす。
確実に鼻の骨くらいは折れただろうが、こればかりは仕方ない。
やがて、派手な動きは無いものの、淡々と数だけが減っていく様子に、当初は興奮していた観客たちも声を静めていく。
「お、おい。いつの間にかかなり数が減ってないか?」
「本当に……1人でやりあってやがる」
「まさか、マジで全員倒しちまうんじゃないだろうな」
そして、あれだけの数を誇っていた獣族闘士たちも、今では三分の一にも満たない数になっていた。
確か300人くらい居たはずだから、残り大体100人。
これだけの数の敵を相手していたのだから、さぞ疲れているだろうとお思いかもしれないが、これはほぼ危機察知能力と反射神経を利用した自動カウンターのようなものなので、そこまで体力的にも精神的にも疲れていません。
「くそ、こうなったら卑怯だなんだと言ってらんねぇ。全員で一斉に飛び掛かるぞ」
「誰が吹っ飛ばされようと気にするな。とにかく、相手の動きを封じてしまえばこっちのもんなんだ」
なんかごにょごにょ言っているが、聞こえてますよー。
まぁ今更組み付かれたところで何とでもなりそうだけど、黙って受けるのも面白くない。
とりあえず一番頑丈そうな獣族闘士に目を付け、最接近する。
「うお! なんだコイツ、いきなり目の前に―――」
「悪いけど、武器になってもらうよ」
ちなみにこの大会自体は武器有りみたいだ。ただ、剣とかは少なくて、鉤爪だったりハンマー、鉄球等の打撃系武器が好まれるみたい。
俺自身、セブンソードとか武器使ったらあっという間に終わってしまうし、使ったら使ったで手加減がかなり難しい。
だから、武器無しで臨んだわけだが、まぁ武器と言ってもコレだし、現地調達ならば問題ないだろう。
俺は、大柄な獣族の足を掴み上げると、そのままジャイアントスイングのように振り回した。下手すると足が千切れるのでかなり加減しているが、振り回す獣族の身体に激突した衝撃で、ポンポン面白いように吹き飛んでいく。こりゃ楽だ。
「うあああっ! てめぇ止めろ! お前ら助けろ!」
「ふざけんな! てめぇでなんとかしろ!」
「あ、あの図体を振り回すなんて、なんて力だ……」
「感心してる場合か! とにかく避けろ!」
「よ、避けると言っても……うごっ!」
とまぁ手製の巨大風車が暴れまわったおかげで、かなりの数の闘士がリング外に吹き飛んだ。
それを確認した俺は、手にしていた大柄獣族をポイとその場に捨てる。
当人はすっかり意識を失っているから、このまま退場扱いで良いだろう。
さて、これで残ったのは……俺が最初に見定めていた10人になったみたいだな。
この10人は攻撃に加わらず、ひたすら避けに徹していた。あのまま戦っていたらどうなるかは、理解していた様子だ。
「本当にあれだけの闘士たちを一人で倒すとは……恐ろしい奴だ」
「しかし、なんとか残ったはいいが……勝てる未来が見えんな」
「同感だ」
「ならば、降参するか?」
「冗談。これほどの力を持つ相手……この先出会えるかどうか分からんぞ」
「ああ、勝てはせんだろうが……せめて一矢報いて見せる」
やはり、実力者たちは違う。
冷静にこちらとの力の差を認めている様子だ。
ならば、俺もそれ相応に対処しようではないか。
ゆっくりとリングの中心へ向けて歩くと、残った闘士たちの中の一人を睨みつけ、指先でこいこいと挑発する。
「ハッ! まずは俺から! お相手仕る!」
飛び出してきた獣族闘士の拳と蹴りを全ていなし、カウンターとして掌底を胸部に打ち込んだ。
相手は僅かに後ろに下がるも、その瞳に闘志は消えていない。
「まだまだ!」
「見事、一撃では終わらないか」
突っ込んできた獣族の手を掴み、抱き込むようにして俺自身も身体を後方に反らし、相手の腹部に足をかけてそのまま蹴り飛ばした。
獣族闘士の身体はリング外に吹き飛び、意識を失って沈黙する。
「なんだあの技……」
「ヒュドルの身体を脚一本で投げ飛ばしやがった。どんなバランス感覚してやがる」
ふふん。こんな技見た事なかろう。
柔道の巴投げをモデルにした即興の技だったが、上手くいったようだ。巴投げと違って地面に背は付けず、片足だけで自身と相手の体重を支えるという、生身では困難な技であるが、今の状態なら十分形になるな。
オートバランサー機能のあるアーマードスーツさまさまだ。
「さて、まだまだ行けるだろう」
次の獣族闘士に狙いを定め、またしてもこいこいと挑発する。
「ハッ! 舐めるなよーッ!」
続いて突進してきた闘士の腕を掴み、更に足を払ってリング状に背中から叩きつける。それで意識を失わなかったのは見事だが、その追撃に腹に拳を打ち込んだら流石に沈黙した。
「ハイ、次―――」
この調子で、一人……一人と着実に仕留めていって、やがて最後の一人となった。
「貴殿のような武人とこうして拳を交わしたこと……誇りに思おう」
「そいつはありがとう。だが、俺みたいなもんで満足するな。俺自身、ついこないだ本気で戦わなきゃならない強い奴と戦ったばかりだ。しかも、そいつはお前らと同じ獣族だったぞ」
「なんと……そんな者がこの闘技会に出場もしないでいたというのか……」
「おう、世界は広いぞ。こんな小さな国に留まってないで、色々見て回る事をお薦めするぜ」
「忠告、感謝する」
そんな会話をしつつ、最後の一人をリングに沈めた。
……生命反応、全員分あり。よし、死んでないな。
「お、おい。本当に一人で勝ち残ったぞ……」
「しかも、大して疲れているように見えねぇ」
「まだ余力あんのかよ。とんでもねぇバケモンだ」
ざわざわと観客たちが騒いでいるが、今はそんな事どうでもいい。
用があるのは、ただ一人なのだ。
「おら、終わったぞ。これで文句ねぇだろ」
観客全員唖然としている中、俺は観覧席よりこちら見て顔を青くしている獣王に向けて拳を突き出した。
「ひ、ひぃぃっ!」
獣王は焦った様子で立ち上がり、そそくさと城の中へと引っ込もうとした。
……そうはさせん。
バシュンとジャンプブーツを発動させて跳びあがり、そのまま城に向けて突撃した。ついでに窓を破壊したが、そんな事今更気にしない。
「た、助けてくれ!」
情けなく背を向けて逃げ出す獣王。
最初の威厳たっぷりの面影は何処にもない。一応、コイツってこの国の連中が憧れている王様なんじゃないのか?
「へ、陛下を守れ!」
兵士たちが俺の前に立ちふさがるが、こちとら約束をしっかり守った上の正当な権利だ。今更引き下がるわけにもいかん。
適当に怪我させない程度にいなして、俺は獣王を追う。
「おら、もういい加減諦めてフェイ出せこのヤロウ」
そうして城の中心部らしき場所へと辿り着く。
そこは、来賓を迎え入れるための部屋なのか、かなり広く豪華に造りの部屋だった。
ただ、何故か床一面もこもこふさふさした絨毯が敷き詰められ、愛らしい外見のぬいぐるみが壁一面に並べられたファンシーな部屋だった。
なんだこの部屋? なんでここに逃げ込んだ?
「あ、あの……艦長……」
そこで飛び込んできたのは、懐かしき声。
思わず視線を向けたのだが、俺はそこでとんでもないものを目にしたのだった。
「―――え?」
俺の目に飛び込んできたのは、フェイだった。
だが、視線を奪われたのはフェイのその頭部にある。
凛とした顔つきに鮮やかな銀髪は変わらない。
問題なのはその上。
耳がある。
無論それはただの耳ではなく、ネコ科動物の耳……所謂ネコ耳だったのである。
―――なんだこれ。




