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22話 最初の事件

 今話よりしばらく、ちょっと重たい要素が入ってきます。

 ダークになりすぎないように注意しますが、苦手な方はご注意ください。




 セルアにとって、それは最悪の一日だった。

 まぁ、最悪の一日は今日に始まった事ではない。


 村が部族間の抗争によって壊滅し、老人と男衆は殺されてしまったが、女子供であるセルア達は、結果として売られる事になってしまった。

 それも、人族の街に……。


 ダァト。

 人間の下位の種族の総称。安価で売買され、いずれは何者かの所有物として扱われる存在。

 セルア達は、それになってしまった。

 

 足には自信がある。セルアも、自分一人であれば逃げ出す事は出来たかもしれないが、彼女にはまだ10歳にも満たない妹が二人も居る。

 二人を置いて一人で逃げる等、セルアには無理な事だった。

 だが、逃げても地獄。逃げなかったとしてもまた地獄。

 どの道、部族が負けた時点で、セルア達の未来はついえたのだ。それが、彼女たちの一族の掟だ。弱い方が悪い……ただそれだけの理屈。


 ここでこうして、魔獣の群れに囲まれている事も、全て私たちが弱いせい。ただ、それだけの事。

 死ぬ理由も……ただそれだけの事。


 セルア達を取り囲んでいるのは、3メートルはある巨大な二足歩行の豚のような魔獣……オークだ。

 そして、全身黒の巨大な犬のような魔獣……ヘルハウンド。

 オークが3体に、ヘルハウンドは15体は居るようだ。

 セルアと同じ部族の者達は、全て同じ気持ちなのか、これから起こる事について全て諦めている。ただ、皆黙ったまま俯いていた。


 尤も、それ以外の者達も居る。


「ふざけんじゃねぇぞ! こんな所で死んでたまるか!!」


 私たちの飼い主である、ダァト商の男が喚く。

 元々、護衛の意見を無視して、王都への近道であるこの林を抜けようと決めたのは、この男だ。


 雇ってある護衛は……と言えば、既に虫の息だ。

 さすがに、3人程度のハンターでは、この群れには歯が立たなかったか。


「いやだいやだいやだ! 死にたくない死にたくない!!」


 同じダァトと言っても、中には死を拒む者だっている。

 頭を抱えて泣きわめいているが、それで結果が変わるとは思えない。


 まぁ、どうせ死ぬんだ。

 死ぬまでの時間をどう使おうと勝手だろう。


 セルアは、さっきからガタガタと震えている二人の妹を抱き寄せた。

 二人の妹に対しては、申し訳ないと思っている。

 まだ、自分のように掟に対して理解が少なかっただろう。まだ若いからと言って、狩りにも連れて行ってやれなかった。

 ごめんなさい。

 生まれ変わったら、もっと強い種族になろうね。



 ドォン!

 まるで、何かが落ちて来たような衝撃が、セルア達の乗る馬車を襲う。


 何が――――――


 思わず、窓の外へ目を向けた。


 立ち込める土煙。

 その中心に、人影があった。


 人間?


 人間が落ちてきた?


 その人間は奇妙な姿をしていた。いや、奇妙な格好か。

 赤色の外套のような物を着込み、その下には赤と黒の奇妙としか言いようのない服。しかも、手足にやたらとゴツゴツした物を付けている。

 尤も、特に奇妙なのはその頭部だ。

 口元・・と目元が、仮面のような物で覆われている。そのせいで、性別も歳もよく分からない。分かるのは、赤髪・・という事ぐらいか。


「念の為聞くが、襲われている……という事でいいのか?」


 喋った。

 声から察するに、男のようだ。

 その言葉に、ダァト商の男は急いでコクコクと頷く。


「分かった。なら、怪我人を集めて馬車の近くに居ろ」


 と、言われても、誰も怪我人……護衛に対して手を貸そうという動きが無かった。

 だが、セルアは護衛の一人である若い男の事が何故か頭に残っていた。自分たちを見て、何処か驚いた顔。その後は辛そうな顔でなるべくこちらを見ないようにしていた。

 他種族のダァトを見るのは初めてだったのか。

 人族の男にしては珍しい奴も居るものだ……と思っていた。


 ちらりと、その男の姿が目に映る。

 片目を抉られていて、脇腹と脚に酷い怪我がある。……もう死んだのかな?

 いや、胸が浅く上下している。ギリギリの範囲で生きているみたいだ。

 その男目がけて、ヘルハウンドが跳ぶ。

 あぁ……これで死んだか。

 ……そう思っていたら、仮面の男がいつの間にか持っていた奇妙な筒のような物を向け、その筒の先から轟音と共に炎が飛び出す。炎はヘルハウンドに見事命中し、そのまま肉体を粉々に吹き飛ばした。

 セルアは驚いた顔で仮面の男を見返すと、男はクイッと筒を振ってこちらに対して指示をしている。

 どうも、この隙に死に掛け護衛男を運べと言っているらしい。

 バカバカしい。なんでダァトの自分が……。


「おねぇちゃん……」


 妹の一人……スリがセルアの服を引っ張る。

 今度はもう一人の妹……ソラが訴えるような目で見つめてきた。


「わかったわよ。行けばいいんでしょ」


 セルアとしては、別にこのまま魔獣達に殺されても構わなかったのだ。ただ、最愛の妹達の頼みだから、引き受けた。それだけだ。

 馬車を飛び出すと、一目散に護衛の若い男へ駆け寄る。


「生きてる? 別にどっちでもいいけど」

「あ……あぁ……」


 微かな呻き声。

 なんとか生きているみたいだ。

 とは言っても、たかだか16歳の女の身で、人族の男を運ぶというのはなかなか大変だ。

 と思っていると、他にも飛び出してきたダァトの子たちが居た。

 その子達は、他の護衛の人達を協力して担ぎ上げ、なんとか馬車へと運ぶ。こちらへも駆けて来ようとする子が居た。

 ―――が、その子目がけてヘルハウンドが疾走した。


 その子にヘルハウンドが飛び掛かる寸前、ヘルハウンドの首へ紐のような物が巻かれた。その途端にぐいと後方へと引っ張られる。

 紐を巻きつけたのは、仮面の男らしい。

 右手の手首に取り付けられている腕輪から、その紐が飛び出しているようだ。

 男は、そのまま紐に巻きつかれているヘルハウンドを、強引に振り回す。まるで分銅のように振り回されたヘルハウンドは、他数体の同種に体当たりをし、最後には地面へと叩きつけられた。

 魔獣を片手で振り回すなんて、なんというパワーだ。


 そのせいで、セルア達の周りに空間が出来た。

 男は大地を蹴ると、一瞬でセルア達の元へと駆けつける。

 思わず身を強張らせるセルアだが、そんな事は気にせずに仮面の男は護衛の男とセルアを両脇に抱え、これまた一瞬で馬車の元へと戻った。

 そして、腰にぶら下げた鞄のような物の中から、小瓶を取り出す。


「治療薬だ。半分は飲ませて、もう半分は脇腹に直接かけてあげてくれ」


 なんだそれは?

 と思っていると、強引に手の中へと押し込んできた。

 なぜ自分がそんな事までしなければいけないのかとも思ったが、今は仕方ないと思い込む。

 言われた通り、半分を男の口に含ませ、もう半分を傷口に直接ドバッとかける。


「ぐ、ぐふっ!」


 男は急激な痛みに胃の中に溜まっていた血を吐き出す。

 これは最終的な止めを刺してしまったか……と思っていたが、直接液体をかけた傷口が、シュウシュウといった音を立てて塞がっていくではないか。

 顔色の方も、土気色だったものが血色がよくなっていく。

 こんな効果のある治療薬なぞ、聞いた事もない。あったとしても、そんな見ず知らずの相手なんかに気軽に使っていいものではないだろう。

 

 見れば、いつの間にか魔獣の数もかなり減ってきている。

 男が手をかざすと、何故か飛びかかろうとしていたヘルハウンドが吹き飛び、振り下ろされたオークの持つ棍棒は、片手で受け止められる。

 その状態の男目掛けて、もう一体のオークが背後から棍棒を構えて突撃する。だが、また手をかざしただけで、まるで壁にでも激突したかのようにオークの身体は跳ね返された。

 棍棒を受け止めた体勢のまま、男はどこからともなく剣を取り出し、オークの身体を横に一閃した。

 ただの一閃。

 それだけで、オークの身体は真っ二つへと分断される。さすがに身体を維持できなくなったのか、オークの巨体は魔素となって空気の中へ散っていく。そして、ポトリと魔石が男の足元へ落ちた。


 残るは、オーク2体、ヘルハウンド6体。

 やがて、半数がこちらに背を向けて逃げ出し、半数が破れかぶれになったのか総がかりで男目掛けて突撃する。

 一直線にこちらへ向かってくる魔獣達を睨み付けた男は、右腕を正面に迫る魔獣達へ向けた。


 すると、右腕にあったガントレットのような物が、ガチャガチャと形状を変え、右手そのものを覆い隠す巨大な筒のような物となる。


「ハードバスター!!」


 男が叫ぶと、筒の先から閃光がほとばしった。

 あえて形状を表現するならば、横に伸びた光の柱だ。

 巨大な円柱状の光の束は、林の中を一直線に突き進み、その先にあったものを全て飲み込んでいく。


 あまりの光に、誰もその光景を直視する事は出来なかった。

 そして光が止むと、半球状に抉れた大地の先に佇む、仮面の男が立っているだけだった。

 あの魔獣の群れ……突撃したものも逃げたものも、何処へ消えたのかは明白だ。


「あ……ぁぁぁ……」


 それを見ていた者達は、言葉を失った。

 これは天災か?

 熟練のハンター達の中には、人の域では考えられない力を持つ者も居ると言う。

 それでも、こうしてこの目で見ると、信じられない。

 これが、人だというのか。

 まるで、神の御業だ。


 男は腕の筒をガントレットの状態へ戻すと、こちらへ身体を向けた。

 助けてくれた……というのに、どうしても恐怖が拭えない。


 そして、怯えた様子のセルア達を見てポリポリと頭を掻き、その目元を覆っているバイザーを額へ移動させ、口元のマスクが首に取り付けられている装飾へと収納される。

 そこにあるのは、確かに人族の顔だった。

 彼は、困ったような顔をして、こちらへと歩を進める。



 これが、後にアイテムコレクターとの異名を持つ事になる魔獣ハンター……レイジ(・・・)がエヴォレリアの歴史に確認された最初の事件となる。

 




 魔獣ハンター……レイジ! 一体何者なのかー!?


 ……すいません。白々しい事言いました。名前、一文字違いですからね。

 その辺の事情に関しては、次話で明らかになります。いきなり強くなっている理由も含めて。


 また、ダァトというキーワードも出てきました。

 初投稿時には奴隷と表記していましたが、この小説独自の表現としてダァトと表記させていただく事になりました。……意味は同じなんですがね。

 正直言えば、あまり踏み込みたくない部分だったのですが、世界観的に存在しないというのも難しい話ですからね。また、話のネタとしても思いついてしまったものでして……。


 とりあえず、あまりダークな感じにならないように物語は展開していく予定です。

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