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242話 ビスケス




「ビスケス……だあ? なんかさっきのより弱そうだな。そんなんで、俺っちに勝てるとか思ってる?」


 確かに《ビスケス》の外見は《タウラス》よりも細く、頼りない印象を受ける。

 だが、《タウラス》には無い強みというものが《ビスケス》にはある。


『うん。コイツのパワーはそれほど高くない。でも……』


 《ビスケス》は腰を深く下ろし、両腕……前足部分を大地に添えて、まるでクラウチングスタートの体勢を取る。


『《タウラス》よりもずっと速いッ!』


 《ビスケス》が大地を蹴ったと思ったら、ブォンという爆裂音のようなものが響き、空気が爆発したかのような衝撃が発生した。

 ディオニクスが知っているかどうか知らないが、これはソニックブーム。主にジェット戦闘機が超音速飛行を行う際に現れる現象だ。


「うおっ! な、なんだこれはッ!?」


 チラリと視線を動かすと、さっきまでの場所に《ビスケス》は存在せず、此処より数十メートルは離れた場所に立っていた。

 まさか、あの一瞬であの距離を移動したのか?


「嘘だろ?」

『残念だけど、嘘じゃないやい!』


 また、《ビスケス》が大地を蹴る。

 その途端に衝撃波が発生し、ディオニクスの身体は弾かれたように吹き飛ばされてしまう。


 それも一度では終わらなかった。

 《ビスケス》は、着地した途端にまた大地を蹴り、再び衝撃波を発生させる。

 何度も……何度も……何度も。


 だが、その衝撃波の全てを、ディオニクスはなんとか耐え抜いていた。


「ぐっ! 確かに速いが……その分パワーは格段に落ちるな」


 確かに、何度も衝撃波を受けてはいるがダメージらしいダメージはまだ与えられていない。

 ディオニクスが勝機を感じるのも当然かもしれない。


 そんなディオニクスへ、ルークの言葉が無常に突きつけられる。


『……勘違いしているから、一応言っとくけど……まだ、一度も攻撃はしてないからね』


「……なに?」


 そう。これは全て、ただ移動しているだけ。

 ダッシュでディオニクスの傍を通り抜け、その際に発生した衝撃波に翻弄されていただけだ。


 攻撃はこれからである。


『行くぞ……《ビスケス・バトルモード》!』


 すると、《ビスケス》の形状が変化した。

 実は、これまではカンガルーを模したビーストモードに過ぎない。

 一部のゴゥレムには、獣を模したビーストモード。乗り物となったビークルモード。そして完全戦闘用のバトルモードがあるのだ。

 バトルモードとなった《ビスケス》は、より人型に近いフォルムとなっている。特に目を引くのが、ロケットのようなブースターが取り付けられた両腕であろう。

 その両腕を見て、何故だかディオニクスは顔を歪めた。


「それってひょっとして……」


『ロケットパーンチッ!』


 両腕のブースターが点火し、その加速で《ビスケス》が飛び出す。

 そしてそのブースターが取り付けられた拳を、ディオニクスに激突させたのだ。

 《ビスケス》のスピードに加えて、ブースターの加速が追加された拳だ。ガードも間に合わず、腹部に直撃を受けたディオニクスは、簡単に吹き飛び、まるでボールのように大地を大きくバウンドして転がっていった。

 それでも、なんとか体を起こして立ち上がろうとしている。あの一撃を受けて原形を保ってられるのは、ナノマシンボディの賜物と言えるだろう。


「あ、新しい拳聖みたいに腕が飛ぶのかと思いきや、身体ごと飛んでくるのかよ!」


 どうも、本当に腕が飛ぶロケットパンチをディオニクスは見たことがあるらしい。

 その戦法も考えたのだが、飛ばした後の肉体が無防備になってしまうリスクや、飛ばした腕の操作が面倒という理由から不採用となった。

 何より、全身で飛ぶ分ゴゥレム全体の重みもダメージに加算される。


「でも、やはりパワーは落ちるな。その程度の攻撃で―――ぶッ!」


 何か言おうとしたところで、もう一撃の拳がディオニクスの顔面を捉える。


「ちょ……待―――ぶブッ!」


 休む間も、体勢を立て直す間もなく、拳の連撃が浴びせられる。

 それも、目には捉えきれないほどのスピードだ。


 確かに、《ビスケス》はスピード特化を前提として作られたゴゥレムであり、一撃のパワーは《タウラス》に圧倒的に劣る。

 それでも、一撃で駄目なら二発……いや二発で駄目なら十発……百発と撃ち込めばよいというものだ。


 やがて、強烈なアッパーと共にディオニクスの身体が宙を舞った。

 流石にこれだけ殴りつければ終わりかと思っていたが、ディオニクスはまだ意識を失っていない。

 それにいつの間にか、その手には黒いビー玉のようなものが握られていることに気付いた。

 何をするにしても、すぐに追撃して動きそのものを止めるべき……と思ったのであるが、残念な事にディオニクスの動きの方が早かった。


 腕より放たれたビー玉は、大地へと落下し、ガチャガチャと音を立ててずんぐりとした体形の人型へと姿を変える。


『これは……』

「ゴ、ゴーレムちゃん……後はよろしく」


 ゴーレムと呼ばれたモノたちは、ディオニクスを守るように立ち塞がった。

 なるほど、肉体の一部を切り離し、自動人形とする事が出来るのか。元々のイメージでのゴーレム使いの姿もあるようだ。


 出現したゴーレムは五体。それぞれ《ビスケス》を敵と判断し、襲い掛かって来た。

 尤も、今更こんな敵に苦戦する訳もないく、《ビスケス》の放つパンチ一つで粉々になってしまう。

 思っていた以上にあっさり終わるのかと思いきや、残念な事にそれで終わってはくれなかった。


 破壊されたゴーレムの破片が集まり、また新たなゴーレムとなる。それも、元々の数より増えているのだ。


『めんどくさ!』


 破壊されても蘇る、更に破壊されるたびに数が増えるという終わりのない戦いに突入……にはならない。

 そんな都合の良い事にはならないとルークは理解していた。

 元々一体のゴーレムに与えられていたエネルギーが完全になくなれば、このゴーレムたちとの戦いも終わる。

 だから、復活しなくなるまで破壊し続けなくてはならない。

 非常にめんどくさい。


 それでもなんとか一分ほどかけてゴーレムたちを破壊しつくす事に成功したが、そのせいでディオニクス本体を逃がしてしまった。

 一分程度では遠くへは逃げられまいが、急いで追う必要があるだろう。


 そうして急いで周囲を索敵した所、気になる反応を見つけた。

 それは、ここより少し離れた場所にある、彼らが乗って来た巨大トラックだ。


 《ビスケス》の最高速度でそのトラックの元に向かうと、その巨大トラックの操縦席に座るディオニクスの姿があった。


「あれでも、ほんの時間稼ぎにしかならないか……。はぁ、しょうがない。こうなったら、奥の手使うか……」


『奥の手って、そのマシンかい?』


「これ使ったら移動手段あしが無くなるし、この後の大陸横断列車に追いつくっていう予定もおじゃんになるんだけど……まぁこうなったら仕方ないよね。このまま無様に負けるよりはマシだ」


 ディオニクスは無念そうに首を振る。


「ビスクちゃんも逃げちゃったみたいだし……本当にこの後の考えると憂鬱だなぁ。まあ、ここで坊ちゃんさえ倒せるなら、それでいっか」


 そう言えば、ここにやって来た十聖者とやらは三人いたはず。その一人はこのトラックで待機している筈だったが、姿は見えない。周囲に気配も感じない為、本当に逃げたのかもしれない。

 しかし、このトラックが奥の手とはどういう事だ。

 確かにでかいトラックだが、こんなものが脅威になるとは思えない。


『今更そんなもの使って、ぼくを倒せると思ってんの?』


「うひゃひゃ! これをただの乗り物と思いなさんな。コイツは、俺っちの武器だ」


 ディオニクスがバンッと操縦席に手を叩きつけると、その両腕はまるで溶けるように浸透していく。

 両腕を通して、ディオニクスのナノマシンがトラック全体に広がっていくのだ。

 やがて、ガチャガチャと音を立てて、巨大トラックが形を変えていく。まず、側面部より巨大な突起物が飛び出し、大地に突き立てられる。それは脚だ。節足動物を思わせる計八本の足が、トラックの側面部より生え、その巨体を持ち上げる。

 更に、前面部、側面部、背面部よりいつもの砲門が出現し、ルークの操る《ビスケス》へと照準を向けた。

 正に、巨大クモ型ロボットと呼ぶに相応しい姿と言えよう。


「どーだ! コイツの名は《スパイダー》! とんでもなくスペシャルな姿だろう!」


 と、姿を誇示するかのように高らかと名乗りを上げる。

 だが、ルークは冷めた気持ちでその変形を見届けていた。


『うん。まぁ予想通りっちゃあ、予想通りかな』


 このトラックに近づいたという所で、こうなるような予想はしていた。

 恐らく、あの男の肉体はあらゆる機械を自身の中に取り込み、己の武器とする事が出来るのだ。

 ナイフやキャノン砲、更に回転ノコギリもそういう理屈だろう。

 あの巨大なトラックを取り込む事は流石に出来ないだろうが、より戦闘に特化した姿に改造する事は可能らしい。

 それでも、変形中に攻撃するような無粋はせず、礼儀として見届けていた。

 結果として、出来上がったのはあまり格好よくないゲテモノロボットだったので、多少は期待していたルークはがっかりしてしまった。


「俺っちのスペシャルなパワーに……ひれ伏せェッ!」


 ドシンドシンを大地を踏み鳴らし、《スパイダー》が前進する。

 その異様な威圧感に、普通の人間であれば恐怖して身が竦むかもしれないが、ルークは普通でもないし人間でもない。

 それに、もっと巨大なサンド・ウォームとも戦った経験がある。今更、こんなものを前にしてもなんとも思わない。


『うーむ。ここまででかいのが相手となると、《ビスケス》は向いてないか』


 《ビスケス》はスピード特化タイプ。こういうでかい敵が相手の場合は、もっと相応しいゴゥレムがある。


『来い《キャンサー》!』


 《ビスケス》が解除され、遠距離砲撃特化タイプの《キャンサー》を召喚する。

 《キャンサー》は、両肩にキャノン砲、両腕にガトリングガン、更にいくつものミサイルを搭載した正に移動砲台だ。

 あのような巨大クモロボットのような鈍重な敵に対して絶大な戦果を発揮できる。


『《キャンサー》……フルバーストッ!』


 いくつもの砲門が火を噴き、《スパイダー》の装甲を砕いていく。


「ぐっ! そんなのまであるのか! でも、火力ならこっちの方が上だ!」


 その言葉に呼応するかのように、《スパイダー》に搭載された砲門からいくつもの銃弾が、砲弾が放たれる。

 《キャンサー》の脚部はキャタピラであり、こうした咄嗟の移動は難しい。

 そう思われていたが、ルークは即座に《キャンサー》をビーストモードに変形させ、蟹のような脚でその場から跳びあがり、砲弾の着弾を回避する。

 更に空中でバトルモードへと戻り、今度は敵側面部に向けて砲弾の雨を降らせた。


 子供が遊ぶ合体玩具ではないのだ。変形に所有する時間は一秒もかからない。

 このように移動はビーストモード、戦闘はバトルモードとすれば、《キャンサー》の弱点である小回りの利かなさをカバーできる。


「くっそう! ちょくまかと……!」


 反対に、今度はディオニクスの方がその巨体に振り回されて翻弄されている。

 恐らくは、今回のように巨大トラックを自身の武器として使用するのは一度実験をした程度なのだろう。その際は、圧倒的なパワーと火力を得た事で慢心したのか、そのデメリットを自覚するには至らなかったと見える。


 やがて、何発もの砲撃を受けて装甲がボコボコになってきたところで、ルークは《キャンサー》を解除し、また《ビスケス》を召喚する。

 その圧倒的に素早い動きでディオニクスの攻撃を掻い潜り、彼の座る操縦席へと高く跳びあがった。


 そして、なんと空中で《ビスケス》を解除し、生身でディオニクスとにらみ合う形となった。


『やっほー!』

「このクソガキがぁッ!」


 ディオニクスの振るう拳をさっと躱し、今度は《タウラス》を召喚した。

 《タウラス》は両の拳を重ね、そのまま高く掲げて振り下ろした。


「うおっ! そんなすぐ呼び出せるとか、アリかよ!?」

『アリなの! くらえ……《タウラス》・ダブルハンマーッ!』


 《タウラス》の両の拳は操縦席を叩き壊すのだが、そこにはすでにディオニクスの姿は無かった。

 ディオニクスの身体は、《スパイダー》内部へと溶け込むように消えていったのだ。

 完全に同化した……というよりは、内部に逃げ込んだというのが正しいだろう。


 だったら、この雑に造った巨大ロボを、完膚なきまでに叩き壊すまでだ。


『マシン・ドッキング! 合体……《スコーピオ》!』


 大地に着地した《タウラス》背部のアイテムボックスより、《キャンサー》のパーツが飛び出し、《タウラス》へと装着されていく。

 ゴゥレムシリーズ唯一の合体式ゴゥレム……《スコーピオ》の完成である。


 《スコーピオ》は右腕に取り付けられた鋏……シザースクローを発射。腕とワイヤーで繋がれたシザースクローは、《スパイダー》の装甲部を貫き、脚部よりスパイクが飛び出して《スコーピオ》の身体を大地に固定する。

 そして……


『いっくぞぉッ!!』


 そのまま《スコーピオ》の最大パワーで右腕を……ワイヤーで繋がれた《スパイダー》の巨体を力任せに振り回した。

 巨体の重量に加えて、遠心力が食わっている。その衝撃はとてつもないものだ。


 更にルークは一度では終わらず、何度も……何度も巨体を大地へと叩きつけていた。

 少し離れた場所で行われているアルカとマリードの戦いもそうであるが、此処が人里より大きく離れた山岳地帯であった事が幸いしたと言える。もし、集落が近くにあれば、大変な騒ぎになっていただろう。


「嘘だろ! やめろ、このクソガキ!」


 内部に避難したと思われるディオニクスの声が響くが、やめろと言われてやめる筈もない。

 合計十回は地面に叩きつけたところでようやくルークは手を止めて、《スパイダー》の状態を見る。

 もう装甲はボロボロで、生えていた脚も千切れている。恐らくは、まともに自走する事も出来ないだろう。

 それを見て、仕上げに入ろうとルークは判断した。


 《スコーピオ》を解除し、新たに召喚したゴゥレムは―――


『《ビスケス》!』


 このまま《スコーピオ》でケリをつけても構わなかったが、ここまできたら新型の《ビスケス》で決着をつけたいと思うようになった。

 だが、《ビスケス》のパワーは他のゴゥレムに比べて劣る。果たして、どうするのか……。


『《ビスケス》……ビークルモードッ!』


 《ビスケス》が、その言葉に反応して一瞬で形を変える。

 それは、言い表すならばロケットのように見えた。


 《ビスケス・ビークルモード》は、空中に飛び上がって大きく円を描くように旋回する。

 旋回するごとに加速は増し、やがて目には捉えられないスピードに達する。


「や、止めろ……。もう、俺の負けで良いから……」


 と、懇願するディオニクスであるが、言葉の波長からして嘘の可能性が高い。このまま攻撃の手を止めたとしても、隙をついて攻撃するか逃げるかするだろう。

 残念だが、今回ばかりは完膚なきまでに叩きのめすしかない。


 やがて、音速の域に達した《ビスケス》は、そのまま《スパイダー》に向かって突進した。


『《ビスケス》……マグナムバレット!』


 音速の域に達した《ビスケス》は、文字通り弾丸となって《スパイダー》に突進し、装甲をぶち抜いて風穴を開ける。

 それも一度では終わらない。

 突き抜けた後にもう一度旋回し、今度は横から……斜めから……と、計五回に渡って体当たりを繰り返した。

 そこまですれば勝負は完全についた。


 やがて、機械自体も限界に達したのか、激しい爆発音と共に粉々に弾け飛ぶ。

 その様子を、空を飛ぶ《ビスケス》の内部よりルークは眺めていた。


 ディオニクスの生命反応はかなり低下しているが、一応消えていない。

 ここまですれば、流石のあの男も抵抗する気力は湧かないだろう。


 帝国十聖者との戦いの一つ、聖機士ディオニクスとルークの戦いは、こうして幕を閉じた。


『やったーっ!』


 空の上で《ビスケス》を解除したルークは、大地へと落下しながら大きく両手を掲げたのだった。




 これにて長く続いていたバトル編もようやく終了です。

 次回は主人公視点に戻り、いよいよ獣王国へと辿り着くことになります。


 しかし、ルーク専用ゴゥレムって、よくよく考えたら、牛、蟹、魚と全部某星座バトル少年漫画にて不遇ポジションだった星座ばっかだ。今回の話書いていて、初めて気づきました。

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