213話 「テツ」
これでナイアも正式に戦闘メンバー入りだ。
戦闘するにしろしないにしろ、回復係が常に近くに待機しているというのはこっちも心強い。
ただ、ナイアはルークのように治癒魔法を使えるわけではないからな。人目のある所では魔法っぽく誤魔化しつつ、アイテムの力でなんとかなんとかしてもらおう。
『わぁ! リーダー起きたんだねぇ!』
そう言って小走りで駆けつけてきたのは、ルークである。
子供のように抱き着いてくるルークの頭をわしゃわしゃと撫でてやり、その背後に立つ長身の男……マークスへと視線を向けた。
『艦長、目が覚めたようで何よりです』
丁寧に優雅に礼をする。
相変わらず、様になっているなぁ。
「マークス、これが君のメイン武装だ」
『おおこれが! 艦長の言う鋼糸……参考資料を閲覧しましたが、なかなかに再現が難しそうな技ですね』
「完全再現なんか目指さなくていいからな。あくまでも、自身が使いこなせる範囲でやってくれ」
正直、鋼糸に関しては出来たらいいな……という感じで作ってみたものなので、多くを期待しすぎてはいけない。
「で、ルークたちは何でここに来たんだ?」
俺としては、そろそろルークに新型ゴゥレムを与えようかなと思っていた頃だったから、ある意味ではちょうど良かった。
《タウラス》《キャンサー》を作ったはいいけど、その後の《レオ》は俺専用のビークルになり、《サジタリアス》はゲイル専用、《リーブラ》は移動式陸上拠点、《スコーピオ》は強化形態、《ジェミニ》はなんだかんだで烈火吹雪ほぼ専用となり、《アリエス》もナイアに取られた。
残弾となるのは《カプリコーン》《ヴァルゴ》《アクエリアス》《パイシーズ》……。何気に残り少なくなってきたな。
『うんうん、実はね……僕の師匠に専用ゴゥレムを作ってもらおうと思って相談に来たんだ!』
そう言ってルークはバッと手を掲げて背後に立つマークスをアピールする。
「!?」
聞きなれない単語に俺が眉をしかめると、アピールされたマークスまでも首を傾げた。
『いや初耳ですよ。それになんですかオッショーというのは?』
『マークスにーちゃんの呼び名だ! そのままにーちゃん呼びだと、ゲイルにーちゃんと被るからね。元々、機械操作と人形作りは僕の師匠だったし、それでいいやと思って』
『そうですか、呼び名ですか……。AI時代は音声で認識する事も無かったので、特に個体名で認識しあう事も無かったですからね。それもまた新鮮です』
なるほど、この二人にはそういう繋がりもあったのね。
元々からのアルドラゴ組には、まだまだ俺の知らない事もあるのだなと実感した。
『それにしても、私のゴゥレムですか……』
『うん! 烈火吹雪の二人には《ジェミニ》があるし、ナイアにも《アリエス》があるでしょ。サポートAIには専用ゴゥレムが付きものかと思ってさ』
うぅ……自分のよりもまずは他の者の為のゴゥレムか。優しい子やなぁと思わずほろっとした。
だが、それには及ばない。
「その件だが、既に考えていることがある」
そうして俺は眠りこける前に既に浮かんでいたアイディアをルーク、マークス、スミス……ついでにナイアに向けて話すのだった。
『なるほど、その手ならば私としても戦いやすいかと』
『うおお、格好いい! よっしゃはりきって作るぞぉ!』
すると、おずおずとナイアが軽く手を挙げた。
『それ以前に、いつの間にか《アリエス》が私専用になっているのが気になるのですが……』
「心配するな。今までの《アリエス》は製作途中という事で、まだ移動機能しか持たせていなかったが、こうなったらナイア用にしっかりカスタマイズするつもりだ」
それに、このままでは羊じゃなくてアルマジロだものな。
元々《アリエス》はナイア用になる事を想定していたわけではない。そもそもサポートAIは艦から出られないっていうのが前提にあったわけだし。詳しくはネタバレになるので控えるが、隠し玉とも言える機能だってあったりする。
だがこうなった事で結果的に羊とナイアのイメージが重なった。そうなると、ナイア専用となる事を想定して装備を整える必要があるだろう。それこそ、動く医務室といいう感じだな。
《ジェミニ》だって本来ならルークが操る事になっていた。だが、こちらも想定外に烈火吹雪とのイメージに合い、なんだかんだ言って専用扱いになっている。
まぁこちらはいずれバトルモードを披露する事があると思うので、乞うご期待という感じです。
やがて、マークスがナイアへと向き直り、口を開いた。
『ところでナイア。その姿をして艦長の元へ来ているという事は、貴女も覚悟を決めたという事ですか?』
『はい。少なくとも、前線に出て救護活動はしようと思います。それに、せっかく艦の外に出られるのでしたら、外の世界を満喫したいですしね』
『そうですね。それは同感です』
その言葉に、俺は改めて気付かされる。
そうだった。
サポートAIはアルカやルークたち管理AIと違って、艦の外に出られない。という事は、実際に外の世界を見たことが無いという事だ。
「ごめん、気付かなかったよ。ナイアとスミスは、戦闘に参加する以前に外の世界そのものを知らなかったんだったな」
『こらこら、艦長が謝る必要が何処にありますか。我々はそもそもそういうものなのです。むしろ、今のこの状況が異質なのですよ』
ナイアの言う事も理解出来る。
AIはあくまでAI。機械として割り切れと言っているのだ。
とは言え、今更俺には無理だ。
こうしてアンドロイドボディとは言え、人間のような姿をしている以上、人間として接したい。いや、接さなきゃいけないと思っている。
となると、残るサポートAIのスミスなんだが……
俺は改めて、スミスのメカニックルームを見渡した。
圧縮空間が使用されているので、アルドラゴの外見からは考えられない程に広い空間。そこに今まで製造されたゴゥレム、大型武装の数々、更には元々アルドラゴにあった様々なビークルが鎮座している。
その隣の工房では、半自動で動く作業用アームがせわしなく動き、先ほど紹介されたアルドロイドやら、新たな武器を作っている最中だ。
はぁ、やはりこのアルドラゴはスミスとこの作業アームたちのおかげで動いているようなものだな。俺たちが寝ている間も、彼らは動き続けて武器のメンテナンスや新武装を作り続けている。
それなのに、更に一緒に戦えとか言われるとか、冷静に考えると酷い扱いだ。
やはり、スミスを参加させる件は、無かったことにしよう。
そう決断し、スミスに向き直ろうとしたら―――
『ああ、もう分かったわい! 艦長の指令に従う!』
そんな事を言い出した。
「はへ?」
俺としては、全く予想外の言葉だったので、かなり間抜けな言葉が出たぞ。
『だから、アンドロイドボディで一緒に戦ってやるって言ってんだ』
「い、いやいやいや。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……い、いいのか?」
『なんだよ、戦え戦えって言ってたのはおめぇだろうが』
「いや、戦えとは言ってない。参加してくれとは言ったけど……」
前線で人手が足りてない状況なので、後方支援でもなんでもいいからやってほしいと思って話を持ち掛けたんだけど、当人からしてみたら戦えと言っているようなものかと思い直した。……そら渋るよな。
「いや、考え直した。やっぱりスミスはメカニックに専念してくれ」
『なんだよ、コロコロ意見変えやがって。人がせっかくやる気になったてっのによぉ!』
『翻訳の関係でややこしいですが、我々は人ではないですよー』
ナイアが静かに突っ込みを入れる。
やがて、腕を組んで考えていた様子のマークスが口をはさんだ。
『ふむ、何故にやる気になったのですか?』
『……ナイアの言葉を聞いてな。……確かに、戦場に立てばただのメカニックであっても出来る事があるだろうよ』
『まぁ、そんなスミスの心を開くような名言を言えたのですね』
視界の隅でナイアがパチパチと手を叩いている。
俺はうーんと頭を悩ませた。
心変わりをして、スミスはやはりメカニックに専念してもらいたいと思ったのも事実だが、人手が足りてないというのも事実なのだ。
やはり、少しでもスミスが力になってくれるのならば歓迎するべき事なのかもしれない。運用方法はもうちょっと考える必要がありそうだけどな。
「……分かった。少しでもいい、俺たちに力を貸してくれスミス」
『あいよ。言われた通り、協力するとするわ…………コイツが』
と言って、スミスがポンと叩いたのは、背後にあったせわしなく動く工房の作業用アームであった。
そして、ポンと叩かれた途端にそのアームはピタリと動きを止める。
「……はい?」
ん?
俺の目と耳がおかしかったのだろうか?
スミスは確かに協力すると言った。その直後、コイツと言って作業用アームを叩いた。叩かれたアームは動きを止めた。
どういうこっちゃ。
俺が混乱していると、AI組三人が呆れたような声を出した。
『……そういう事ですか』
『うっわぁ、酷い』
『みっともないですよ、スミス』
『うっせぇ! 確かに協力するとは言ったが、この儂がすると言ってねぇ! それに、コイツもスミスだ。なんの問題もねぇだろう!』
「ス、ストップ! 皆さん、何を言っているのでしょうか!?」
俺一人置いて行かれそうだったので、流れを止めます。
置いてけぼりは勘弁ですぞ。これでも艦長なのに……。
『あぁそうでしたか、艦長は理解していないのですね。端的に言ってしまえば、スミスの手足として動いている工房の作業用機器の数々、これもまたスミスなのです』
「は?」
『つまり、同じAIを二つ以上併用している状態ですね。ロボットボディで動き回るスミスが統括し、他の作業用機器を操るスミスがそれぞれ実働する。そういう事です』
「な! 何ィ!?」
じゃあ、スミスって実は一人じゃなかったの?
俺はてっきり、作業用アームはスミスが動かしているもんだと思ったぞ。テレビで見た車メーカーの工場みたいに、プログラムを組んで自動でアームが動くとか、そういうもんだと思っていたのに……。
いや、考えてみればアルドラゴの機械がそんなローテクな筈がないか。それにしても、この作業用アームの数々にもAIが搭載されていたとは驚きだ。しかも、全部同じスミス。
『尤も、全部同一AIという訳ではないですね。正確に言うと、アームを動かすAIはこちらのスミスよりも精神年齢が若く設定されている筈です』
『おう、だから言ってみれば儂の息子みたいなもんだな。好きにこき使ってもらって構わんぞ』
バンバンとアームを叩くスミスであるが、叩かれたアームは何かを訴えるようにカクカクと動いている。
明らかに抗議している様子だ。
『ちなみに、工房に設置されているアームの数々に発声機能は取り付けられていません。だから、文句を言いたくともいえない状態です』
マークスが補足してくれる。
確かに、酷ぇ。
『コイツの事はそうだな……今何やってたんだ? 鉄を加工していたのか、じゃあテツとでも呼んでやってくれ。ガッハッハ! テツよ、スミス一家の代表として精一杯頑張ってこい。何、アームが一本無くなっても特に差し障りは無い』
命名も適当か!
……とまぁ、こんな流れで新しいメンバーが参加する事になったのであるが……やっぱり思う事は一つ。
なんてパワハラだ。




