211話 チーム・エクストラ
今回の章は、ちょっと懐かしい人たちが登場予定です。今回はそのうちの一人登場。
それはCランクチーム、竜の爪がその命を救われた5日前の出来事である。
実は、ここ数日の間、世間ではそれなりに大きな事件が勃発していた。
獣族が支配するシルバリア王国。
海族が支配するアクアメリル王国。
この2つの国の間で大きな争いが起きようとしていたのだ。
ここ20年の間で初めての国家間の戦争。
周辺諸国はいつ燻ぶった火種が爆発するのか、緊張を高めていた。
……だが、火種は結局爆発しなかった。
戦争勃発を阻止するべく動いていた者たちが居たからだ。
その者たちこそ、Aランクハンターチーム……チーム・アルドラゴである。
彼らの活躍によって、戦争を起こすべく裏で暗躍していた者たちが明るみとなった。
両国が対立を深めるに至った理由……互いの国で国家の未来を担う要人が行方不明となったのだ。
シルバリア王国では、未来の王となるべき王子が。
アクアメリル王国では、王国始まって以来の美姫と名高い王女が。
両国は、互いにその原因を対立国だと断定し、その奪還の為に争いを起こそうと計画を進めていた。
……なのだが、行方不明となっていた両国の王子と王女はチーム・アルドラゴによって救出された。よって、争いを起こす為の大義名分は無くなったのである。
当然ながら当初はこの件にチーム・アルドラゴが関わっていたことは極秘とされていた。
……だったのであるが、最初はちょっとした噂から始まり、その噂は瞬く間に世間へと広がっていった。
その結果、チーム・アルドラゴは、ただ若いハンターが憧れる存在ではなくなり、世界中大半の人間が憧れるヒーローへと昇華してしまったのである。
当然チーム・アルドラゴには仕事の依頼……それ以外にもただ会いたいという貴族からの依頼が殺到したのであるが、不思議なことにどのギルドにも彼らと連絡を取る手段は無い。彼らが、何処を拠点として活動しているのか、全く不明なのだ。
そして、チーム・アルドラゴの活動はこの事件を境にピタリと止まる。彼らの活動が止まったことにより、世間では様々な憶測が流れた。
有名になり過ぎた事でハンター活動を辞めたのではないか?
知ってはならない真実を知り、動くに動けないのではないか?
それとも、今正に巨悪と対峙中であり、世界を救っている最中なのではないか?
世間がそういう噂話でもちきりの中、彼らは彗星の如く現れた。
エメルディア王国、王都オールンド。
この街にあるハンターギルド協会は、チーム・アルドラゴが初めて世に現れ、ハンター登録を行ったとして業界内ではそれなりに有名な場所となっていた。
よって、その際に初めて受付を担当した者も、ハンター業界ではちょっとした有名人となっている。
受付嬢モニカ。
彼女に担当されれば名が上がる。
そんなジンクスにあやかって、当初は彼女の担当する受付に長蛇の列が並ぶほどであった。
当然、そんな事態になれば業務に支障きたす。
モニカは受付を外され、めったに表に出ない事務へと回されてしまった。
そうなるとギルド内は平常運転となる。
最近では物珍しげな観光客も増えたが、元々エメルディア王国のハンターギルドは忙しい時もあれば暇な時もある。
尤も、ここ最近世間では新種の魔獣が増加したおかげでギルド内もかなり忙しい。
新人の受付では対処が難しいものも多く、臨時でモニカが受付に登板することも少なくは無かった。
その日も、彼女が臨時で受付に座っていた。
時刻は12時。
大抵の人間は昼食の時間であり、ギルドの出入りもぐっと少なくなる。
この時間の受付は二人。
モニカと最近入ったばかりの新人だけだ。
モニカはちらりと隣に座る新人を見る。
名前はシャリィ。小柄で眼鏡をかけたオドオドビクビクとした小動物タイプ。
ややどんくさいものの、反応が初々しいという事もあってかハンターたちにはそれなりの人気があった。
(私の全盛期には敵わないけどね)
心の中でフンと鼻を鳴らし、正面の出入り口をぼんやりと眺める。
やはりこの時間は暇だ。
とはいえ、今は臨時の立場だからギルドが混む時間帯に受付に座るわけにはいかない。
やれやれ、売れっ子の立場はつらいものだ。
と、自惚れを感じさせながら仕事をこなしていると……
……彼等は現れた。
カランコロンと出入り口の鈴が鳴る。
そちらに視線を向けると……見知らぬ男女が立っていた。
「!」
イケメンであった。
眼鏡をかけた細面で長身の男。髪は長く、黒と銀のツートンカラーである。
その後ろにも男女が居るのだが、モニカにはその男しか目に入らなかった。
ドキドキ……と心臓の音が高鳴る。
あれほどの外見を持つ男……基本腕っぷし自慢のハンターを相手にしていたら出会えるものではない。
ここは、相手が何者であっても全力で対応し、名前と顔を覚えてもらうべきだろう。
「ハンターギルドへようこ―――」
「失礼、レディ。受付はこちらで大丈夫かな?」
「は……はい」
男が向かったのは、隣の受付。
つまり、モニカではなくオドオド小動物……シャリィの所だった。
(なんでよ! アタシ、モニカよ! ハンターで最も有名な受付嬢よ!)
心の中で叫ぶが、男はモニカを一瞥すらしなかった。
「ええと、ご依頼でしょうか?」
「いえ、ハンター登録をお願いします」
男の言葉に、ギルド内に居る数少ない人間からどよめきが走る。
男の立ち振る舞い、顔立ち……とても荒事を生業とする人間には見えない。どう見ても上流階級の人間だ。そんな人種が、ハンターなんぞ登録してどうするというのか。
見れば、その後ろに立つ者たち……特に白い外套のようなものを羽織った女性もかなりの美女である。アンタら、ハンターっていう職業をしっかり理解しているか? と、問い詰めたくなるものが続出していた。
「ええと、お一人で……はないですね。後ろの方たちも同じくハンター登録という事でよろしいでしょうか?」
「はい。今回はチームでの登録をお願いします。人数は、5人となります」
「では、チームの方々それぞれ名前と出身地、それと特技を書いてもらえますか?」
「ふむ……名前はともかく出身地ですか……では……」
シャリィは、やたらと綺麗な文字で書かれたそのリストを確認する。
名前:月影・マークス
出身地:ドル・アゴラ
特技:糸使い
「ええと……この出身地のドル・アゴラ……というのは聞いたことがありませんが、何処にあるのでしょうか?」
「そうですね。ここより東に位置する島の名前……ですかね」
「それは……エメルディア王国の島でしょうか?」
「いえ、何処の国にも属していないと思いますよ」
「は……はぁ、そんな場所があるんです……ねぇ?」
シャリィは首を傾げながらもとりあえず頷いた。
本当かはともかく、ハンターギルドは個人の過去を細かく詮索する組織ではない。少なくとも国内で活躍するだけならば問題は無いと考える。……実際、後ろ暗い過去を持つハンターは決して少なくないのだ。
尤も、この青年の気になるポイントは出身地だけではない。
「ところで何なのですか、この特技の糸使いというのは?」
「それは企業秘密です」
青年は眼鏡をくいと上げて答える。
一体どこの企業なのだろう?
とにかく、他のメンバーの分もサッと目を通した。
何やらピンク色(正確にはマゼンタ)の服を着たちょっとだけ露出の多い女性のプロフィール。
名前:烈火
出身地:ドル・アゴラ
特技:主に鞭使い
次に水色の服を着たガラの悪そうな青年のプロフィール。
名前:吹雪
出身地:ドル・アゴラ
特技:格闘全般
次にまるで陽光のようなほわんとした雰囲気の女性のプロフィール。
名前:日輪・ナイア
出身地:ドル・アゴラ
特技:主に治療メインの後方支援
最後に一番後ろでやる気なそうな態度をしている30代くらいの筋骨隆々の男のプロフィール。
名前:黒鉄・スミス
出身地:ドル・アゴラ
特技:斧・その他いろいろ
突っ込みたいところは色々ある。
まず……
「皆様、独特なイントネーションのお名前ですが……これは、ご出身の特色みたいなものでしょうか?」
「はい。正確には、我が主より賜った名前です」
主……やはり、この者たちはどこぞの偉い家の使用人とかそういうのだったりするのか……。
そして全員が同じ出身地……。どう考えてもまともな集団ではない。
いや、考えても仕方がない。
それを考えるのは受付たる自分の仕事ではないのだ。
シャリィは割り切ることにした。
そして、その様子をハラハラとした様子で隣の座席のモニカは見守っていた。
(何よそれ! もっと突っ込みなさいよ! ドル・アゴラなんて聞いたことないし、確実にそいつらどっかの国の没落貴族とかでしょうよ。そんなのハンターにして、後で国際問題に―――)
「……なぁ」
「!!」
声を掛けられ、正面を振り向くとこちらの座席を覗き込むようにしている男が居た。
隣の男のグループの一人……確か吹雪とかいう男の筈だ。
男は、鋭い……何かを探るような目つきでこちらを睨みつけている。
何だろう? 何か探っている事を勘づかれたか?
ドキドキしながら男の次の言葉を待っていると……
「俺、吹雪って言うんだ。良かったら、後でお茶しねぇか?」
「……は?」
出てきた言葉はまさかのナンパ文句。
「アンタってすげぇ俺のタイプ。なんか、初めて会ったっていう気……しないんだよね。これってきっと前世からの繋がりだわ」
吹雪なる男は、まるで手でも握らんかの勢いで、迫って来た。
なんか……なんか、この男とは初めてあった筈なのに、本当に何処かで会ったような気がする。特に、この口説き文句……このやり取りは物凄いデジャブを感じるぞ。
あれは……あれは確か、今はルーベリー王国で一からハンターとして活動をやり直している男。一時期は付き合っていると言えなくもない関係だったが、モニカ自身がレイジの方が将来有望だと判断し、関係を解消してしまった男……
「ジェイ―――」
「愚弟!!」
吹雪なる男の後頭部めがけて、ピンク衣服(正確にはマゼンタ)の女性の鉄拳が振り下ろされた。
その威力たるや、男の顔が真下にある机にめり込みそうになったほどだ。
「いってぇな姉貴!」
「何をアホな事やっておるか。我らが一体、此処に何をしに来たか忘れたか」
「いいじゃねぇかよ。少しぐらい……」
口を尖らせて抗議する吹雪なる男だったが、ピンク色……確か烈火なる女性はそれに向き合わず、こちらに向かってペコリと頭を下げた。
「職務中だというのに、うちの弟が迷惑をかけた。気にせず、作業を続けてくれ」
「は、はぁ……」
乱暴そうな見た目とは裏腹に、実に礼儀正しい女性であった。
そう言えば……この女性も何処かで会ったような気がする。
あまり直接絡む事は無かったが、元Cランクチームとして名をはせた……
「ミ―――」
「それでは説明は以上となります。ええと、何かご質問はありますでしょうか?」
その言葉にハッとなってモニカは隣を向く。気が付けば、いつの間にかハンター登録の説明は終わっていたようだ。
「いえ、今の説明で問題ありません。大変分かりやすい解説で助かりましたよ、レディ」
月影と名乗る男の爽やかな笑みに、黙って様子を伺っていた女性の大半は思わず胸を抑えた。
特にダメージを受けていないのは、直接言われた筈のシャリィ本人だけである。
(なんで平然と受け流せるのよ、アンタ!)
心の中でツッコミを入れるが、当のシャリィはマニュアルに従って次の言葉を紡ぐだけであった。
「では、チームでの登録という事ですので、最後にチーム名の設定をお願いできますか? 一度登録してしまうと、簡単には変更出来ませんので、慎重に決めてください」
「いえ、チーム名は最初から決まっています。こう登録してください。
……我らの名前は……“エクストラ”。
チーム・エクストラです」
エクストラ……地球の言葉で番外という意味であるが、この世界の言葉に翻訳はされない単語であったため、聞いた者は変わった響きだな……と思うだけであった。
シャリィは特に疑問を抱くこともなく、その名を登録する。
「うし! これでハンター登録だな! さぁ、魔獣を狩って狩って狩りまくるぜ!」
「愚弟め。魔獣退治は、正式にハンター登録されてからだ。それまでは雑用仕事だな」
「うげぇ、めんどくせぇ」
「Cランク以上のハンターの協力があれば、魔獣退治も行えるようですよ。尤も、知り合いなんて居ませんが」
「では、私は診療所のスタッフ募集でも受けましょうか。この世界の治療方法というものも興味があります」
「なんでもいいからさっさと済ませようぜ……」
とまぁ、こんな感じで5人はハンターのお試し期間を受ける事になったのだ。
これが後に世間を騒がす事になる第二のハンターチーム……チーム・エクストラが初めて表舞台に現れた一部始終である。
やがて、チーム・エクストラの面々がギルドを去り、ガヤガヤと様々な憶測がハンターやギルド職員の間で囁かれる。
そんな中、モニカは隣の座席に座るシャリィに今まで聞きたかった事を改めて尋ねた。
「ア、アンタ……よく平然と対応できたわね」
「何がですか?」
すると、当のシャリィはきょとんと首を傾げるのみであった。
「あ、あんな超イケメン、なかなか会えるもんじゃないでしょうよ。それとも、ああいうのはアンタの趣味じゃなかったの?」
「ええっ? 今の人ってそんなに格好良い人だったんですか?」
「……気付かなかったの? あれ? そういや……アンタって普段と違うわね。ひょっとして……」
「あ、はい! 私、相手の方と面と向き合うと緊張して話せなくなってしまうので、普段は眼鏡を外して対応することにしたんです」
確かに、今の彼女は普段と違って眼鏡をかけていなかった。
モニカ自身、シャリィとはあまり接する事が無いので、その違いになかなか気づけなかったのだ。
「視界がぼやけていると不思議と緊張しないのですよね! これ、ギルドマスターの助言なんですよ!」
と、嬉しそうに語るシャリィ。
果たして、それが幸せなことだったのか否か……モニカには判断が出来なかった。
冒頭でさらっと紹介された事件が、本来の6章の内容となるはずでした。事件の顛末については、本編でもうちょっと詳しく描かれる予定です。
次回は、久しぶりに主人公登場です。




