210話 新たな新星チーム躍進
世界地図でいえば最西端に位置する中規模国……エメルディア王国。
新たな物語は、再びここから始まる。
エメルディア王国は内陸の国ではないので、当然ながら海に面した地域というものが存在する。
港町パルカという町からハンターギルドへ向けて報告が入った。
この付近の海岸線で、新種の魔獣らしき存在に襲われた。
……というものである。
新種の魔獣がこの2ヶ月ほど世界各地で発見されているという事は、エメルディア王国のギルドも把握している。
ブローズ王国の虫型魔獣に始まり、アクアメリル王国の海棲魔獣、シルバリア王国の巨獣型魔獣と種類も場所も広範囲に渡っている。
世間でいえば、新種魔獣を発見しその詳しい生態を報告すれば報奨金が手に入るため、ハンターの中にはそれなりに危険を冒して魔獣の生息地の調査をする者も多い。
ここで言えば、彼らもその一部だ。
Cランクハンター竜の爪。
エメルディア王国内で活動する……まぁ鳴かず飛ばずの中級ハンターチームである。
ただ、彼等にはちょっとした自慢があった。
何を隠そう、今を時めくAランクハンター、チーム・アルドラゴ。
彼等が名をあげる前に活動していた頃、他のチームと合同任務をこなした事があった。竜の爪は、その数少ないチームの一つなのだ。
一時期はその事でちょっとした有名にもなったのだが、実力が中の中レベルであるので、特にランクが上がったりはしていない。
「あぁ……それにしてもアルカちゃんは可愛かったなぁ……」
「馬鹿、アルカさんと呼べ。今や超一流の魔術師だぞ」
「でも、可愛かったろ」
「いや、可愛いというよりは美しい。あれほどの美しい存在、俺は見た事が無い」
「あれを見た後だと、どうしても他の女はなぁ……」
海岸線を歩く男陣の視線が、同チーム内の女性へと向く。
「あぁ……それにしてもルー君は可愛かったなぁ……」
「ルー君もいいけど、あたしはレイジ様が……あぁ、あの凛々しい横顔が忘れられない……」
「それに引きかえ、うちの男どもは……」
女性陣の視線が同チームの男たちへと向く。そして互いに「はぁ」とため息を吐いた。
会話の内容は同レベルである。
チーム全員、たった一度会ったきりのアルドラゴの面々が忘れられないのだ。
特に、魔術師の女性は命を助けられたこともあってか、レイジにガチ恋をしていた。
尤も、チーム・アルドラゴは世界を股にかけて活躍するAランクハンターチーム。竜の爪のような中の中レベルのハンターチームでは手の届かない存在になってしまった。
口ではこう言っているものの、自分たちのような中レベルハンターチームは、もう彼らに会う事は無いだろうと悟っていた。
一度とは言え、彼らのような存在に出会えた事こそ幸運であると言えるだろう。
「なあ、情報があったのってこの辺じゃねぇか?」
「えーと……見た事もない蟹みたいな魔獣だったよね。魔力感知はどう?」
「あたしの内包魔力量知ってるでしょ。もっと近づかないと無理」
「……仕方ない。もう少し海に近づこう」
ゆっくり慎重に、5人は波打ち際へと近づいて行った。
海を見る事に感慨深いものは無い。ここは既に魔獣の縄張り。噂の新種魔獣がいつ襲ってきても不思議はないのだ。
そうやって警戒していると、バシャンバシャンと水面を跳ね、こちらへと猛スピードで飛んでくる物体があった。
「なんだレモラじゃねぇか」
その言葉通り、海の中から現れたのは低級魔獣レモラである。
遠目から見ると地球のトビウオのようであるが、近くで見れば魚の骨みたいな外見の魔獣である。更に、そのヒレに相当する部位はまるでナイフのように鋭く尖っている。
「この程度なら問題ねぇ。俺に任せろ!」
低級魔獣ならばと戦士の一人が剣を高く掲げる。
そのまま、飛んできたレモラ目掛けて剣を振り下ろそうというのだ。実際、レモラ相手なら竜の爪の面々は何度も倒してきた。
……だから、油断していた。
突如、すぐそばの砂浜が隆起し、中から巨大な蟹のような魔獣が姿を現した。
その大きさ、約3メートル。まるで地球のタカアシガニを連想させる長い脚を持ち、シオマネキのように片方の鋏脚が肥大化している。
その数、五体。
突然現れた事によって、竜の爪の者たちは誰もが咄嗟に動くことが出来なかった。
魔獣退治というものは、何処にどんな魔獣が現れるのかというのを入念に調べ上げてから行うものであり、見た事もない魔獣が突然目の前に現れるという事がどういうものかという事を、彼らは今回初めて知ったのだ。
「に、逃げろ! 敵と距離を取れ!」
それでも、咄嗟にリーダーがそう叫んだ事は、長年の経験の賜物であったと言えるかもしれない。
だが、ここで最初に発見した低級魔獣レモラが戦士の一人に体当たりをかまし、彼の身体を吹き飛ばしてしまう。
正確な傷の確認は出来ないが、戦士は倒れ伏したまま動けないでいる。その様子を見て他のメンバーはパニックになってしまった。
それぞれに悲鳴を上げ、バラバラに逃げ惑う。
アルドラゴメンバーと合同任務を行って以来、身の丈に合った仕事しかせず、命の危機にも長らく遭遇していなかったツケがここに来てしまった。
真っ先に狙われたのは、最も足の遅い魔術師の女性であった。
砂場に足を取られ、満足に走れない彼女を弄ぶかのように、巨大蟹はその長い脚で追い詰めていく。
最も早く冷静さを取り戻したリーダーの剣士が女性を助けに向かうも、その道を塞ぐかのように現れたのは、円錐状に鋭く尖った身の丈ほどの岩……いや、巻貝のような巨大な甲殻だった。
またしても見たことのない魔獣!
見れば、他のメンバーの行く手を塞ぐかのように巻貝が次々と出現している。メンバーたちはそれぞれの得物で行く手を塞ぐ巻貝に対し攻撃を加えるが、その強度は岩よりも固く、鋼の剣では簡単に弾かれてしまった。
どうやら……餌場へと誘い込まれたらしい。
新種魔獣の情報……その高額な報酬に目がくらみ、リスクを軽んじた自分たちが浅はかだった。
ここまでか……と、それぞれのメンバーが覚悟を決めた。
だが、運命はどうも彼らを見捨ててはいなかったらしい。
砂浜を超スピードで駆ける二つ……いや、三つの影。
「うおりゃああああっ!!」
そのうちの一つがさらに加速し、今まさに鋏で女性魔術師の身体を貫こうとしていた巨大蟹を蹴り飛ばしたのだ。
影……いや、空色のベストのようなものを着込んだ青年は、そのまま砂浜を滑るように着地し、手にしていたトンファー状の武器を振るい、周囲に群がる巻貝を殴り飛ばしていく。
すると、それを追うようにして現れたのは青年と同じベストのようなものを着込んだ、何処か野性味を感じさせる女性だった。
「一人だけ飛び出すな、愚弟め!」
「こいつらが危なかったんだから仕方ねぇだろうが!」
女性はサッサッと辺りを見渡し、状況を把握する。
「ええい、こうなったらやるぞ!」
「おうよ!」
青年はトンファーを、女性は何やら光る鞭のようなものを振るい、周囲の巨大蟹と巻貝を蹴散らしていく。
自分たちでは全く歯が立たなかった巻貝の甲殻をいとも簡単に打ち砕いていく様子を、竜の爪のメンバーたちはただ茫然と見ていることしか出来なかった。
そうしていると、三つの影のうちの最後の一つがこちらへ駆けつけた。
「どうやら間に合ったようですね。レディ、立てますか?」
そう言って倒れたままの女性魔術師に手を差し出したのは、眼鏡をかけた長身の男だった。髪は、白髪混じり……いや黒髪と銀髪のツートンカラー。その下にある顔は、男ですから見惚れるほどの端正な造りだった。
「は……はい……」
「それは良かった。では、私の仲間が待機している安全な場所へ―――」
「危ない!」
長身の男の背後より、三体のレモラが砲弾の如きスピードで飛びかかったのだ。
いくら低級のレモラとて、まともに攻撃を受ければダメージは相当なものになる。
だが―――
「心配無用」
男がサッと左手を振るう。
すると、背後に迫っていたレモラは、まるで一瞬にして細切れにされたようにバラバラになり、そのまま魔素となって消えていった。
その時、キラキラと光る線のようなものが男の指から出ているのが見えた気がしたが、錯覚だろうか?
「ふむ、脆いですね」
男は既に嵌めていた装飾付き手袋をチラリと視認し、眼鏡をくいと上げる。異様なほどに様になっていて、男から見ても格好いいと思ってしまった。むかつく。
それから更に飛び掛かってくるレモラの大群を、男はただ腕を振るうだけで次々に細切れにしていく。
なんだこれは?
魔法なのか?
それもあのアルドラゴの者達のように、魔道具を使っているのか?
「皆様! ここは危険地帯につき、素速く後方へと移動願います! 後方には我々の仲間が待機していますので怪我人がいましたら処置をしてもらってください!」
男の言葉を聞き、竜の爪のチームリーダーはサッと辺りを見回した。
確かに彼らのおかげでチーム全員の命の危機は去ったと考えていいかもしれない。自分を含めて怪我人も居る。特にレモラの体当たりを受けた戦士はそれなりに重症のようだ。
見も知らぬ者たちの言葉に従うのは癪であるが、ここは命が優先だと判断した。リーダーは砂浜に倒れたままの戦士の身体を引きずり、敵の縄張りから脱出を試みる。
すると、こちらを逃がすまいと思ったのか、五体満足のままの巻貝の一体に変化が起こった。
ピキピキと甲殻にヒビが入り、そのまま破裂したのだ。
そして、その破片はそれこそ弾丸のように周囲に……主に逃げようとしていた竜の爪の面々へと襲い掛かった。
まともに受ければ、レモラの体当たりどころの被害ではない。
それに、今はさっきまでこちらを助けてくれていた謎の男たちとは距離が離れている。
竜の爪の面々は今後こそ終わりだと思い、目を閉じた。
が、2秒経ち3秒が経過しても、死どころか痛みすら襲ってこない。
恐る恐る目を開くと、自分たちの身体は、何やらドーム状の光の膜によって守られていたのだった。
ただの淡い光が、まるで金属の盾の強度でももっているかのように次々と襲い掛かる甲殻の破片を防いでいるではないか。
なんだ? なんだこれは?
「大丈夫ですよー。この光の中に居る限り、身の安全は保障します」
混乱する竜の爪の面々へ、どこか朗らかな雰囲気を感じる女性の声が飛んだ。
声のする方を見ると、そこにはにっこりとした笑みを浮かべたゆるふわ系の美女が立っていたのである。
「あ、あんたが……彼らの仲間?」
「はいはーい、その通りです。さぁさぁ怪我人は……おやおや皆さん大なり小なりしていらっしゃるようで。よしよし、ここはナイアさんにお任せあれ!」
ナイアと名乗った女性はペタペタと竜の爪の面々の身体を触診し、何やらうんうんと頷いていた。
「ほとんどの方たちは打撲と切り傷ですね。つまんな―――いえ、これなら簡単です。えい、ヒールライト!」
手袋の手の甲部分を何やらポチポチと操作し、女性はこちらに向かって掌をかざした。
すると、掌から淡い光が放たれる。その光を浴びると、なんだか身体がほわんと暖かくなり今まで感じていた痛みがスーッと消えていった。
これは……アルドラゴのルークという少年が使っていた治癒魔法か?
「問題こちらの方です。肋骨が折れ、体内に岩の破片が残っているようですね。このまま治癒すると色々と問題がありそうです」
一人、倒れたままの戦士の身体を診ている。
「そ、そんな! なんとか治せないのか?」
「いえ、治せますよ」
簡単に言われた。
いや、なんか難しいみたいなこと言っていたけど、本当に治せるのかい。
「というか、治していいんですか?」
「た、頼む! どうか治してやってくれ!」
リーダーがそう言うと、何故か女性はにんまりと……心底嬉しそうな表情となった。
「分かりました! 艦長からは了承を得ないまま身体を開いちゃいけないって言われてますからね。了承は得たと判断します!」
ん?
身体を開くとか聞き捨てならない事言わなかったか?
女性がポケットの中から何か小さなものを取り出し、ポイと放る。
するとそれは空中でポフンと音を立ててベッドのようなものへと変化した。
のんびりとした雰囲気とは違う、てきばきとした素早い動きで戦士の身体をそのベッドに寝かせる。っていうか、あんな細い腕でいとも簡単に大の男を移動させたぞ。
更に、女性が着ていた白衣のような衣服を翻すと、その背中から細い鉄の腕のようものが四本出現したのだ。
それぞれ腕に取り付けられているものは、素人の彼らにもわかる。メス、注射器、鋸……という医療器具であった。
「無菌ルーム展開。さぁさぁ、手術開始です……うけけ」
上品そうな女性だと思っていたが、今の形相はまるで悪魔か何かである。
目の前で繰り広げられる生々しい手術の光景に、竜の爪の面々は思わず口を抑え、目を背けてしまった。
浜辺で繰り広げられている戦闘に目を向けると、巻貝とレモラはあらかた倒したのか、対峙するのは巨大蟹のみとなっていた。
そして気付けば、見知らぬ者がもう一人出現している。
浅黒い肌に筋骨隆々の身体……あの面々の中では最年長と言ってもいい外見の男だった。
男は肩にこれまた巨大な斧を担いではいるものの、視線はあらぬ方向を向いている。まるで、目の前で繰り広げられている戦闘に何の興味も無い様子だ。
「クロガネさん! 見ていないで少し手伝ってください」
眼鏡の男がそう叫ぶと、クロガネと呼ばれた男はやれやれとばかりに巨大蟹へと歩を進める。
巨大蟹たちは男に標的を定めたのか、わらわらと集まりだした。
間合いへと入った蟹たちは、その巨大な鋏を男へと振るう。
が、男はそれよりも早かった。
肩に担いでいた巨大な斧を、一閃―――
横一文字に斬られた巨大蟹たちは、そのまま力を失ったようにバタバタと倒れていく。
「……はい終了」
ひと仕事終わったとばかりに、振るった巨大斧をまた肩に担ぐ。
やはり、その様子はどこかやる気を感じない。
ともあれ、これで敵は全滅。
男たちが介入してからものの数分で片が付いてしまった。
何者だこいつら?
これほどの力を持っているのなら、かなり名の知れた者たちの筈なのに、見たことも聞いたこともない。
それこそ、名の知れる前のチーム・アルドラゴのようだ。
やがて、チームリーダーらしき眼鏡の男がこちらへとやって来た。
「あぁ……早速ナイアさんにやられていますね。とにかく、皆さんご無事で何よりです」
「いやぁ、たまたま魔獣の反応があったから駆け付けてみたら、すげぇ大ピンチじゃん。ラッキーだったなあ、アンタら!」
すると、大声を上げてこちらにやって来た空色ベストの男の頭をピンクベストの女性がバコンと叩く。
「愚弟め偉そうにいうな! 見たところ先輩のハンターとお見受けする。差し出がましい真似をしてしまったのなら謝ろう」
ピンクベストの女性は、礼儀正しくこちらに頭を下げる。その隣で水色ベストも頭を下げていた。いや、女性に無理やり頭を下げられている。
「い、いや……こちらこそ助かった……」
そう言えば、この女性……何やら気になる事を言っていなかったか?
先輩……ハンター?
「アンタたちは一体……」
「申し遅れました。我々は最近ハンター登録をしたばかりの新人ハンターチームです。
チーム名は“エクストラ”。
私の名は、月影・マークス。そしてこちらは烈火に吹雪。後ろの男は黒鉄・スミス。そこの現在手術中の女性は日輪・ナイアと言います」
と、礼儀正しく名乗ってくれた。
チーム……エクストラ?
確かに聞いたことのないチーム名だ。
いや、それよりも気になる点がある。
「新人……ハンター?」
「はい。まだ登録して一週間も経っていませんので、ランクは底辺のGランクですね」
月影と名乗った男の言葉に竜の爪の面々は思わず顔見合わせ……
「「「「うっそだぁ!!」」」」
声を揃えて叫んだ。
という事でアンドロイド組による番外チーム始動。
詳しい結成理由は次回以降に物語章上で明らかとなります。
ちなみに今回出てきたハンターチームは、3章冒頭に登場している彼らです。




