19話 アルカ変身! 練習中
今回は、アルカ視点のお話です。
……寝ていますね。
心音……脈拍……脳波……確認。
よーそろー。
私は、もぞもぞとケイの枕の下から抜け出し、久方ぶりに空気を味わいました。
そもそも、空気を味わうという行為自体が、私にとって今から数時間前が初めての事だったのですが。
それまでは、空気に含まれている成分を、ただの数値の情報としてしか認識していませんでした。
……まぁ、今でも空気というものを、ケイと同様にきちんと味わえているかは不明なのですが。
こうして感覚を味わえる身体を得たとしても、あくまでも私はAI。……人間にはなれませんから。
それで、こうして枕の下から出てきた理由なのですが、別に寝ているケイに対していたずらをしようとか思った訳では無いのです。……興味はありますけどね。こう、ケイの知識によると、額部分に何か文字を書くのだとか……。う~む。いつかやってみたいものです。
脱線しましたが、改めて理由を説明しましょう。
こうして枕の下から出てきたのは、ちょいとばっかし魔法の練習をしてみようと思ったからなのです。
魔法!
そう、魔法なのですよ!
よもや、科学の申し子たる私が、魔法を操る日が来るなんて、製作者の方も考えもしなかったでしょうね。……製作者の顔は知らないのですが。
さて、魔法です。魔法。
ケイの知識によると、ケイの故郷である地球では、既に伝説の力らしいですね。ただ、サブカルチャーとして有名で、創作ですが色んな魔法が存在するらしいです。
その色んな魔法にも興味はあります。
代表的な事で言えば、空を飛んだり、炎を出したりでしょうか。
……でも、さすがに艦にあるアイテムを使えば出来る事には、さほど必要性があるとは感じません。それ、やろうと思えばすぐできますし。
それに、私の今の器となっているのは、水の魔晶。
大体、2トン分の水のエネルギーが内包されているらしいです。
これを使って出来る事!
水のない所にプールを作ったり、水を一気に噴射させて高く跳んだり等、色んな事が出来ると思いますが、まず何よりも優先しなきゃならない事があります。
それは――――――
『へーんしんっ!』
掌に収まるサイズだった私の身体から、ぶしゃーっと大量の水が吹き出し……た所で、慌てて抑制抑制! 派手にやると、ケイが起きてしまいます!!
私の身体から溢れ出た水は、床を濡らすこともなく、その場へと溜まったままになっています。
ぼでーんと床の上へと横たわる、水の塊。
これ、私です。
密度を固定して、軟体化しているので、水が周りに広がる事はありません。ぼよんぼよんと揺れていますが、水漏れはしないですよ。
おっと、これが変身の結果ではないですよ。
変身はこれから!
『はっ!』
気合いを入れ、私は形をイメージする。
イメージ自体は、私のデータの中にしっかりと残されているので、損なう事は無いです。
『ぬぬぬ』
水の塊の中から、五本の指が飛び出しました。
すると瞬く間に肩口までの腕の形を作り上げ、むんず……と床へ手をつく。
床を支えとして、まるで水の中から身体を取り出そうとする動き。
実際、水の塊の中から、人の形をしたものが這い出てこようとしています。
やがて、這い出る……というよりは、残りの水が人の形へと徐々に姿を変えていきます。完全に人の形となったそれは、力を失ったように床の上へ横たわりました。
水だけど、人の形をしたもの。
ちなみに、敢えて年齢に表すならば、18~20歳くらいの女性と言ったところ。
胸もばいんばいんとありますし、ちゃんと女性ですよ。
はい、これ私です。
ゴーグルだのビー玉だの言われてきましたが、これ私です。
そうです。
私は人型になる魔法を習得中なのであった。
……む。なんで人型かって?
………なんででしょう。
ともあれ、人間の形を保てれば、この先色々と便利かなーとか思ったのです。最初のきっかけは、正直覚えていないのですがね。
何はともあれ、形は保てました。
さぁ、立ち上がってみましょう。
く……膝がプルプルと震えます。
自分の体重を支えるという行為は、これほどまでに大変なのか。ちょっと人間舐めていました。
―――あ、体重減らせばいいじゃないですか。
これまでの水の量は、大体50kg前後。
その約半分を魔晶の中へと取り込み、25kg程度の重さになりました。
嘘みたいに軽いですね。
しかし、その分密度が減ったので、ちょっとした衝撃で身体を維持できなくなりそうです。
私はなんとか立ち上がり、改めて自分の身体を見てみました。
水なので、身体が全部半透明ですね。
でも、意識すれば肌の質感に着色出来るかも……。
くっ……びしびしっと身体が引き締められた感がありますね。ずっと維持するのは、今の私にはちょっと厳しいかも。
今後は、服を着る等して肌の面積を少なくすれば、なんとか出来るかもですね……。
『ふむ。完成でしょうか?』
変身完了。
私は、部屋に備え付けられている鏡を覗きこみます。
するとそこには、髪の毛がふぁさっとしていて、胸がばいんばいんで、腰の当たりがきゅっとしている女の人が立っていました。
う~ん。これが私なんですかね。
私には、美的感覚というものがよく分からないので、この姿がいわゆる美人と呼ばれるものなのかが不明です。
まぁ、美人かそうでないかは大した問題ではありません。だったら都合がよい程度の問題です。
なんでこの姿かと言うと、どうも私の人格のモデルになったのではないかと思われるのが、この姿みたいです。
全てのデータが初期化されていた筈なのに、何故かこの姿だけは残っていました。……正確には、復元されたと言った方が正しいのかもしれません。
あの時ケイがスーツのオーバーリミットで暴走した際、鎮静化させるために冷却作業を行ったのですが、私は何故か自然とこの姿に変化していました。
この姿が一体何なのかは、詳しくは分かりません。でも、この姿ならケイの役に立てることも多そうです。これからケイは、本格的に魔獣ハンターとして活躍するわけですから、私も言葉による助言だけでなく、実際に――――――
トントン
『ひゃぃっ!』
突然部屋のドアがノックされ、私は慌ててしまいました。
なになになになに!? 一体、何なのですか!?
何でよりによって私が変身の練習をしている時に!?
「あ、あの……起きていますでしょうか?」
私があわあわとしていると、ほとんど聞き取れないようなか細い声が、廊下から聞こえる。
あの声は、リファリナさん?
さっきのノック音といい今の声といい、ケイが寝ているのならそれでいい。むしろ起きないで寝ていてくれ……といった感じの声量ですね。
ふーむ。この場合どうするべきでしょう。
いやいや、この姿ならケイの役に立てるかも……と思い立ったのです。
ここはいっそ、私がケイの代わりに話を聞いてあげるべきではないでしょうか。
先の旅路での事もありますし、同性である私の方が話を聞きやすいかもしれませんしね。
ようし!
やったるぞ!
『はい。今開けます……』
そう言って、私は部屋の扉のノブへと手をかけ……て気づきました。
今の私は、世間一般で言う所の、素っ裸という姿ではありませんか。
さすがに、いくら相手が同性とはいえ、こんな姿で出迎える訳にはいきません。
何か……何かないか!?
私は咄嗟にケイがくるまっているシーツを引っぺがすと、それを身体に巻きました。
さあ、これでどうだ!!
私は、意を決して扉を開けました。
ちょっとした閑話ぐらいのつもりだったのに、実際に書いてみたらかなり長くなりました。ですんで、二分割です。一応、次話でこの話は終わりの予定。
ともあれ、アルカさん遂に本格的な実体化。
人工知能キャラに身体を持たせるべきかどうかは、どちらが良いか判断が難しい所です。でも、この小説の場合は最初から身体を持たせるつもりでした。尤も、初期の案はそのままホログラムだったのですがね。
身体を得たアルカさんの活躍については、次話が終わったらまた先になりそう……。
魔物→魔獣表記に統一しました。




