205話 十三冥者
すいません、大変遅れてしまいました。
『とまあ、こういう流れとなるわけだよ。……ケイ』
そんな言葉と共にアウラムはこちらへと振り返った。
こちら……そう、モニターのこちら側に居る“俺たち”に向かってだ。
アルドラゴのメインモニターには、オッサンこと拳聖ブラウの死から、その肉体を奪われるまでの一部始終が映し出されていた。
しかも、画面の端にご丁寧にLIVEの文字が描かれている。という事はこれはリアルタイム映像という事だ。
フェネクスを倒してから少しした後、何者かから通信が入り、恐る恐るその通信に応えてみたら、これだ。何者かってのは、確実にアウラムに違いない。
今のリアルタイム映像を見て、様々な思いが俺の中で駆け巡っている。
まず、ブラウが死んだ。
正直に言えば大っ嫌いな部類に入る奴だった。俺が接してきた大人の中でも特に碌な男じゃなかったと断言できる。
でも……だ。
あそこまで苦しんで死ねとは思わないし、そこまで苦しんで死ぬほどの悪人だったとも思わない。
何より、殺さずに倒した相手がモニター越しとは言え死ぬ瞬間を見た。
それは、俺にとって結構なショックだったようだ。
次に、ブラットの野郎が生きていた。
そして、あのブラウの身体を乗っ取りやがった。
アイツが死んだ時……いや、死んだと思った時、複雑な心境ではあったが、これ以上アイツの顔を見なくて済むと思ってホッとしたのも事実だった。
それが、また俺の前に現れた。それも、ブラウの身体を乗っ取って……。
なんて嫌な因縁だ。
だが、今にして思えば、手を下したのがアウラムの手駒だったアークだった時点でこの展開は予想出来たかもしれない。尤も、こちらとしては忙しくてそれどころじゃなかったから、ブラットの事はすっかり忘れていたのだけども。
俺は混乱する頭を必死に整理して……整理しきれたかどうか疑問ではあるが……力強い眼光でモニターの向こうに居るアウラムを睨みつけた。
「……どういうつもりだ?」
そう答えると、アウラムは仮面越しでもハッキリと分かる笑みを浮かべた。
『おや、会話してくれる気になったなんだね。いやいや、まずは勝利おめでとう! まさかあのフェニックスを倒しちゃうなんて、やるじゃないか!』
不死鳥を倒したのはついさっきの事であるが、それも既に知っているか……。本当、何者なんだコイツは。
「あれも、お前のシナリオか?」
『いやいや、それは誤解してもらっちゃ困る! 僕が想定していた大ボスはあくまでブラウどまりさ。クリエイター君がまさかフェニックスを魔獣化するなんて思っても居なかったね。……まあ、そのせいで君たちの宇宙戦艦VSフェニックスっていう面白い構図にはなったのだけれども』
本当か?
と、疑念を込めた視線で睨んでいると……
『分かった分かった。正直に白状しよう。本当の事を言うと、ブラウを倒した後で真のボスとして仕込んでいた敵は存在するよ。それこそ、君たちが全員で挑んでなんとか勝利―――ってシナリオを想定していたんだけども、君とブラウの一騎打ちが想像以上に白熱していたもんでさ。こりゃあここで真ボス投入するのは野暮だと思って没にしたのよ。言っとくけどマジの話だからね』
マジはマジだが、それはそれで腹の立つ答えだ。
という事は、コイツの気分次第で俺たちはもう一戦やらかす事になっていたかもしれないのだ。
『だってのに、まさかクリエイター君があんな奥の手持っているとはねぇ。しかも、戦艦のエネルギー問題がいつの間にか解決して、勝っちゃうとか。これは僕の予想を見事に超えたなぁ。本当に、事実は小説より奇なりだよ。ほんと見事見事』
と言ってパチパチと手を叩いて見せる。
全然嬉しくない。
『それに、気が付いたら島の落下も収まっているじゃないか。君たちのメカニックも侮っていたなぁ。まさか、アレを修復するなんてねぇ』
え? マジ?
俺は慌ててアルカを振り返った。
『確かに。3分前より島の高度は変わっていません。ルークたちより通信は入っていませんが、状況としては好意的に捉えて良いと思います』
「よ、良かったぁ……」
俺は心底ホッとして、座席に背を埋めた。
こればっかりはフェネクスを倒すより重要な事だったもんな。おかげで、オフェリル様に対する約束は全部守ったことになる。
いやいや、それで終わりじゃねぇ!
俺は座席より背を離し、改めてメインモニターに映るアウラムを睨みつけた。
「それで……この流れってのはどういう事なんだ?」
『そうだね。話を戻そうか。
という事で、君の宿敵……ブラット君の復活だ』
『よう。まだ話は完全に呑み込めていないが、とりあえず五体満足で復活したぜ。またお前たちと戦えるってのは嬉しい限りだな』
モニターの奥で、ブラットがいつもの厭らしい顔で手を振っている。
俺としては、特に生きていて嬉しいっていう感情は無い。嫌な奴が嫌な奴の身体を乗っ取って復活しただけだ。まぁ嫌な奴が一人分になって分かりやすくはなったか。
でも、コイツが復活したって事は面倒な事になった。コイツは、俺たちの秘密の一部を先の戦いで知ってしまった。……いや、そもそもこのアウラムの奴が帝国側に居る時点で今更の話と言えるのか?
『まぁ一応、安心しておくと良い。帝国というのは僕にとって都合がいいから属しているに過ぎない。別に皇帝に忠誠を誓ってもいないから、僕の知っていることを全て帝国に明かすつもりもない。そして、ブラット君も今後は本国に帰す気もない。君たちの秘密は帝国にはばれる事はないさ』
「……どういうつもりだ?」
『帝国が君たちの真実を知れば、これまで以上に熾烈な追手が襲ってくるはずだ。僕の介入が無くてもね。知っての通り、ゴルディクス帝国が本気を出すと結構厄介だ。君たちと全面戦争になったとして、その結果がどうなるかは難しいところだろうね。今、それをされてしまうと僕のシナリオ構成が色々と台無しになるからさ、まだそれをするつもりはないよ』
つまり、帝国を利用している立場であって利用される立場ではないって事か。獅子身中の虫とかそういう立場って事か。
「……結局、お前の都合って事かよ」
『当り前さ。だって、そのために僕は君たちをこの世界に呼んだんだから♪』
嬉しそうにそう言うアウラムであるが、俺にはさっぱり理解出ない。
一体コイツは何者で、何がしたいんだ?
「……いい加減聞いておこうか。俺たちをこの世界に呼びこんだのがお前だとして、その目的は一体なんだ? 俺たちに何をさせるつもりだ?」
『ふぅん、それを聞いちゃう?』
「答えろ! これがゲームのシナリオだというのなら、魔王でも倒させるつもりか? それとも、お前がその魔王だとでもいうのか?」
となると、ラスボスはコイツという事になる。
ライバルを自称しているのなら、それもあり得る話だ。
『目的……ねぇ。ぶっちゃけるとさ、実はないんだよね』
「………は?」
『君たちに具体的に何をさせるとか、そういう狙いは無いよ。これはどちらかと言えばオンラインゲームのようなものだ。魔王を倒すだとか、世界を平和にするなんていう大局的な目的は存在しない。ただ僕が時折イベントを放り込むから、その都度クリアしてもらいたい……それだけだよ。
だから、それ以外は好きにしてもらっていい。冒険者になって無双するもよし、戦艦の中に引きこもってスローライフを送るもよし。別にプライベートに干渉するつもりもないしね』
平然とそんな言葉を続けるアウラムを、俺は呆然と見ていた。
コイツは一体、何を言ってる?
『だからさあ、ここは素直にWin-Winの関係で済ませようよ。君たちはSFアイテムで楽しく冒険して、僕はたまにイベント投入して楽しませてもらう。それで丸く収まるでしょ』
「Win-Win……だと?」
『だって、楽しかったでしょ? スーパーなパワーでファンタジー世界を冒険してさ。ちょっとの迷惑さえ我慢すれば、これがずっと続くんだ。良い事じゃないのさ』
ぷっつんと、俺の中の何かが切れた。
ああ、お前に言われるまでもない。
素直に認めよう。
確かに楽しかった。
わくわくしながら冒険できた。
これは、普通に生活していたら味わえなかった興奮だろう。
でも……
でもな……
断言できる。
もしこの世界に来る前に異世界に行くかどうか聞かれたとしたら、俺は間違いなく拒否しただろう。
前の世界での生活……それを簡単に捨てられるほど、俺は人生に退屈も絶望もしちゃいない!
「ふざけるな! 誰が望んでこの世界に来た? だったら、俺たちをすぐに元の世界へ帰せ!!」
すると、アウラムは両手を軽く上げて、やれやれといったポーズを作る。
『あ~~つまんない答え聞いちゃったなぁ。やだね。そんなの面白くもなんともない。だから、まだまだこのゲームは続けさせてもらうよ』
そんなもの改めて言われなくとも理解出来る。コイツは素直に俺たちを元の世界に帰すつもりなんてなく、ゲームだって俺が何と言おうと続ける気満々だっただろう。
「やっぱり……お前は敵だな」
『だから最初から言っているだろう。僕は君のライバル担当だってさ。
あ、そうこうしていると彼らもやって来たようだね』
すると、ズドーンと派手な音を立てて、モニターの正面に何かが凄まじい勢いで降って来た。
降って来たソレは、激しく土ぼこりを舞い上げ、地面に大穴を開けるまで陥没している。
そしてそれを追うようにして空から現れたのは……
「ゲイル!?」
《サジタリアス》に乗ったゲイルである。
という事は、先に落ちてきたのはゲイルが追っていたクリエイターか?
『お前たちは!』
アウラムたちを視界に捉えたゲイルは、即座に弓を構えて狙撃の体勢に入る。
「待てゲイル! 今はそいつらに手を出すな!」
『主!? ……了解にござる』
一人しか居ない状況で、その二人……更にクリエイターを追加した三人を相手にするのは大変危険だ。
ゲイルも戦闘状態に入った際の不利を悟ったのか、構えていた弓を下ろした。悔しいが、今は遠巻きに警戒するしか出来ない。
やがて、クリエイターが陥没した地面の中から這い上がって来たようだ。
バリアに守られていたせいか、その肉体にダメージは見受けられない。
『いだだだ……アウラムよ、助けておくれ!』
『やれやれ情けないなあ。君の肉体だって、その気になれば彼と十分戦える力があるんだよ』
『僕は裏方専門なんだ。表立って戦うのは生にあってないよ』
クリエイターはそんな愚痴を零しながらも両の足で立ち上がり、アウラムの横に立ち並ぶ。
そう言えば、いい加減に疑問に思っていたことを尋ねるべきだろう。
いや、答えは分かり切っているのだが。
「幽閉されている筈のそこのクリエイターとかいう奴。……そいつが堂々と表に出ているのはお前が元凶か、アウラム」
『まあ言うまでもないよね。実を言うと、接触したのはほんの2週間前くらいでさ。君たちの行き先を考えたところ、高確率でこの島に来そうだったから、この島の歴史について急いで調べたんだよね。そしたら、面白い奴が幽閉されているみたいじゃない? だから慌ててコンタクトを取って、僕の陣営に来ないかってスカウトしたのさ』
「スカウト?」
『そう、このブラット君を助けたことと同じだよん。君がそうやって勝手に仲間を増やすっていうんなら、こちらも陣営を強化しようと思ってね』
また出てきた不可解な言葉に俺は混乱しつつ問いかける。
「……何を言っている?」
『わかりやすく言えばチーム戦だよ。君たちのチームに対抗して、僕もチームを作ることにした。今、君たちのチームの人数は八人くらいかい? だから、僕も全部で十人くらい集めることにしたのさ』
「十人だと?」
『帝国では実力者十人を十聖者とか呼んでいるからさ、こちらは十冥者とか呼称しようかな? 最終的に何人になるか分かんないから、十二冥者か十三冥者かもしれないけども。まぁ二十人までにはならないつもりだから安心してよ』
くそ、コイツの言っていることは理解出来ないようで、なんとなくは分かってしまう。
要は、敵ポジションによくある四天王だとかそういう上位実力者の集団を作ろうとしているという事だ。
そういうのに憧れる気持ち……分からなくはない。分からなくもないが、それって自分から作ろうとするものか? それに、コイツのする事はどうしても好意的には捉えられない。
何せ、既にいるメンバーがブラットとクリエイターだ。どう考えても碌な集団にはなりそうもないだろう。
『という事で、僕はこれからしばらくこちらの陣営のメンバー集めに勤しむから、しばらく君たちの度にちょっかいはかけないつもりだよ。ある程度メンバーが集まったら、また現れるとしようかな』
「待て! これだけの事をしておいて、このまま去るつもりか!?」
『あぁ、僕と別れるのが寂しいのは分かるけども、そろそろおっかないのが後ろから迫っているもんでね。またしばらくの辛抱さ』
「待て! お前は一体何者なんだ!?」
アウラムたちは俺の問いには答えず、そのまま空気に溶けるようにスーッと消えていったのだった。
こうして、俺たちとアウラムの初邂逅は終わった。
ようやく表に出てきた黒幕とやら。
そいつが何者だったのか、結局は分からない。
ただ、アイツを倒さなければ、俺たちに真の意味で平穏は無く、元の世界に変えることも出来ないのだと思い知った。
まさか年明けまで掛かってしまうとは思いませんでした。
エピローグの方は残すところ後二話ですので、早いところ投稿できるように頑張ります。




