200話 神獣フェニックス
「破壊……どうやって?」
単純な俺の疑問にオフェリル様は答えてくれた。
『この島の中心地に、巨大な動力炉がある。それを爆発させれば、連鎖的に繋がっている他の動力炉も爆発する。そうすれば、この島を細かに割る事が出来るだろう』
ああ、映画とかでも巨大隕石を破壊するには内側から爆発させるしかないって言ってたもんな。ファンタジーの世界でもやる事は一緒という事か。
『確かに、それしかないようですね』
アルカが溜息と共に声を吐いた。
それしかないというのなら、こちらもやるべき事をやるだけだ。
「アルカ! 落下までの猶予は!?」
『恐らくは……30分も持たないでしょう。正直、何かのはずみで今落ちたとしても不思議はありません』
さっきから、ガクンガクンと徐々に高度が落ちてるもんな。正直気持ち悪いけど、今はそんなこと言ってらんない。
アルカの言葉を聞き、オフェリル様も大きく頷いた。
「では、20分後にこの島を破壊する。もし落下が早まれば、それを待たずに破壊する。お主たちは、それまでに民の救出を頼む」
……20分。
果たして、それだけでどれだけの翼族を救えるというのか。
いや、そうやって悩む時間も惜しい。
今俺が出来る事は、迅速に行動する事だけだ。
「アルカ! 急いでアルドラゴに帰還するぞ!」
『当然ですね。ではナイア! 《アリエス》で我々をアルドラゴに運んでくれますか』
アルドラゴは少し離れた場所で待機しているらしい。
となると、向こうから来てもらうよりはこちらから言った方が早い。ならば、大勢乗れてスピードの出る《アリエス》に乗るのが一番という事か。
『了解です。……ええと、艦長、アルカ様、ゲイルさん、ヴィオさんまでなら運べますね。烈火さんと吹雪さんは《ジェミニ》で移動してもらえますか?』
『おお、いいぜ』
『まぁ私たちは最悪接続さえ斬ればアルドラゴに戻れるけどね』
でもその場合、ボディとか装備は置き去りになっちゃうので、出来れば回収してもらいたい。
とりあえず、俺たちの話はまとまった。
すると気になるのは、俺たち以外の者について……だ。
そう考えた時、オフェリル様が口を開いた。
『それと……クリエイターよ』
「んん、やぁ久しぶりだねぇオフェリル様」
聖騎士ルクスの顔をしたクリエイターが、笑顔を浮かべて軽く手を上げる。
そう、問題はコイツだ。
島が落ちる事を宣告したまではいい。
良くは無いけども、そもそもコイツはこの渓谷の奥地で軟禁状態にあるんじゃなかったか? なんでのほほんとした顔で外に出てきてんだ?
そんでもって、聖騎士ルクスの身体を乗っ取ったってどういう事よ。
くそ、色々と追及したい。したいけど、時間がねぇ!!
それはオフェリル様も一緒の考えのようだ。
『貴様にも聞きたい事は山のようにあるが、同じように今は時間が無い。よって……』
すると、天より光の柱のようなものが降ってきて、クリエイターの周囲を閉じ込めるような檻が完成する。
これがオフェリル様の魔法なのか? と思っていたが、後から聞いた所これは魔道具によるトラップのようなものとの事だ。
今のオフェリル様は翼族の巫女シェシェルの肉体を借りているに過ぎない。翼族は魔法を使う事を封じられている為、いくらオフェリル様であっても間接的には魔法を使う事は出来ないのだ。
『貴様はこの島と運命を共にしてもらう。元より、同族というだけで命までは奪わずにおいたのだ。こうなった以上、生かしておく理由もない』
「おおっと! そりゃあないんじゃないの?」
『研究ならば十分すぎる時間を与えた。それでもう十分だろう』
「時間……ねぇ。それでもその実践の機会は与えられなかったけどね」
『当然だ。貴様が犯した所業……忘れたとは言わせん』
「うきゃきゃ! 下の世界の事を言っているのかい? 良かったじゃあないか。彼らのおかげで無駄に土地を奪いあうような下らない争いが減ったんだ。感謝してもらいたいぐらいだよ」
『何を言うか! そのせいで必要のない死人が―――』
そこでオフェリル様は頭を振った。
『―――また時間を無駄に使う所だった。最早、貴様と意見を交わす意味は無い。この島と共に沈め』
辛らつな言葉でオフェリル様は会話を断ち切った。
……マジで見殺しにするつもりらしい。この点については何も殺す事は無い! 情状酌量の余地があるんじゃないか! とか、色々言いたいことがあるのだが、あんまり事情を知らない俺が口を挟むのもどうかと思い口を噤んだ。それに、口論して無駄に時間を費やすわけにもいかない。
ぶっちゃけ、クリエイターなる男の言葉を聞いても同情の余地を感じないから、別にいっか……と思ってしまったのだ。
その時だった。
突然ドォンという轟音が響き、大地がゴゴゴ……と大いに震える。
クソ! まさか……タイムリミットか!?
『案ずるな。これは、まだ違う』
オフェリル様の言葉に俺は天を仰ぐ。
すると、近くにあった山の山頂部分が弾け飛び、その中から巨大な火の玉が飛び出したのだった。
火の玉は空中でその動きを止めると、ボンッ覆われていた炎の膜が弾け飛ぶ。
そしてその巨大な翼を広げた……美しくも恐ろしい姿を俺は決して忘れない。
コイツが墜落させたわけではないが、アルドラゴが墜落するきっかけになった伝説の生物……フェニックスの再登場である。
「キシェェェェッ!!」
雄叫びを上げながら、フェニックスはこっちに向かって落下してきたのだ。
思わず身構える俺たちだったが、小さな影がそれを制する。
『久しいの、フェネルや。永き勤め、ご苦労であった』
オフェリル様が前に出ると、フェニックスはホバリングしながらゆっくりと着地し、その頭部をゆっくりと下ろす。オフェリル様がその嘴を擦ると、フェニックスは気持ちよさそうに目を閉じた。……なにこれ可愛い。
その態度を見て、そういやこのフェニックス……元々はオフェリル様のペットが魔力によって姿を変えたものだった事を思い出す。
それに確か、フェネルってのも元々の名前だっけな。
このどでかいのがペットってのも凄いが、まぁ神様ならアリか。
『このフェネルの力で動力炉を爆発させる。お主ら、民の救出は頼んだぞ』
今のオフェリル様は魔法を使えない。だったらどうするのかと思っていたら、こういう事か。確かに、フェニックスの力ならば問題ないだろう。
「分かりました。ベストを尽くします」
それだけ伝え、俺はオフェリル様に背を向けて《アリエス》に乗り込むべく歩を進めた―――
―――時だった。
「ぐ……ぐあぁぁぁぁっ!!」
凄まじい“痛み”を訴える叫び声が轟き、俺は思わず振り返った。
声の主は……ブラウだ。
見れば、ブラウの顔は黒く変色していた。そして、その口元からはどす黒い血が溢れ出ている。
何だ?
何が起こった?
傷は止血していたし、両腕を失ったことも命を失う事には繋がらないとの診断だった。
その筈のブラウが悶え、苦しんでいる。
それも明らかにただ事ではない様子で……だ。
俺は咄嗟にブラウへと駆け寄ってしまった。
「ナイア! 何が起こった!?」
『そ、そんな……診断の結果は何も無かったはずなのに……』
《アリエス》に搭載されたナイアも駆け寄り、マジックアームでブラウの様子を調べていく。
『む? この黒い血……この方、そう言えば判断を受けてから、何かを口にした……っていうか、噛みつきましたよね?』
「噛みついた?」
その言葉に、俺は思い出す。
そうだった。ブラウは、確かに噛みついた。両腕を失ったために噛みつき、その行為によって首を噛み千切った。
そのブラウが殺した……死体に、俺は目を向ける。
「うきゃきゃきゃ! 気付くのが遅いよぉっ!!」
目を向けた途端、“今”のクリエイターが高笑いを始めた。
そして、“前”のクリエイターが突然立ち上がり、その場から跳びあがったのだ。
その前のクリエイターが向かったのは、オフェリル様だった。
そのオフェリル様を守るべく、フェニックスが立ち塞がり、炎の翼で少女の肉体をガードしようとする。
が、前のクリエイターの死体はまるで釣り糸でも付いているかのような不可思議な動きで上昇し、フェニックスの頭部へと激突した。
またこれも動物としての本能だったのだろう。頭部へと飛び込んできたクリエイターの死体を、フェニックスはパクリと口で咥え込んでしまったのだ。
「駄目だ! 飲み込むな!!」
鳥には歯が無いから、そのまま食事は丸呑みにするものだと聞いたことがあった。
だから、口に咥え込んだソレを、フェニックスはそのまま呑み込んでしまった。もしフェニックスがただの魔獣だったとしたら、こんな行動は起こさなかっただろう。
あくまでもフェニックスはただの鳥から進化した神獣。だから、鳥としての本能で咄嗟に飲み込んでしまった―――のだと思われる。
とにかく、制止は間に合わなかった。
フェニックスは、前のクリエイターの死体を呑み込んだ……そう、ブラウと同様に口にしてしまったのだ。
途端、フェニックスは口からブラウ同様に黒い血を吐き出し、激しく震えながら苦しみ悶えだした。
『フェ、フェネル! 一体どうしたというのだ!?』
「貴様! 一体何をした!?」
ゲイルが咄嗟に弓に矢を番え、クリエイターに狙いをつけ激昂する。
「うきゃきゃきゃ! そこは、君たちのリーダーさんが気付いているんじゃないのかな?」
クリエイターの言葉に、全員の視線が俺に向く。
なんとなく想像はついている……これも、頭が妙に冴えているせいなのかは分からない。だが、気付くのが遅すぎた。
「……毒か。ブラウに殺されたお前の“前”の身体は毒に侵されていたんだな!」
「うきゃきゃ!! まぁ9割正解かなぁ。正確には毒じゃないんだよねぇ!」
そこでクリエイターはゲイルを見る。
「……そこの君には既に見せたよねぇ。魔獣を生み出すためのウィルス。それを胃袋にたっぷりと溜めていたのさ!
まぁそこから溢れて食道部分にも流れていたかもしれないから、そこの彼は影響を受けたかもだけど」
食道……喉を噛み千切れば、影響も出るか。
魔獣を作り出すウィルス……話には聞いていたが、マジでそんなものが存在するのか。
……って事は!!?
「オフェリル様!!」
急ぎオフェリル様とフェニックスを振り返る。
『フェネル……そんな……』
絶望を感じさせるオフェリル様の声。
それに呼応してか、フェニックスの姿はどんどん変異していった。
まず、赤く炎を纏わせていた羽毛は黒く染まっていく。
そして、巨大な翼は一対ではなく二対……四枚羽へと変化したのだ。
「うきゃきゃきゃ! やった! 理論は完ぺきだった! 神獣であったとしても、あれほど大量のウィルスを呑み込ませれば、魔獣へと変化させられる!! 後付けだが、神級の魔獣生誕の光景だ!!」
クリエイターは狂ったように歓喜の笑いを繰り返していた。
『貴様! フェネルを元に戻せ!!』
「ああん、人にものを頼む態度がそれかい? もうちょっと頼み方ってもんがあるんじゃないのぉ?」
『時間が無い! 元に戻せば、命だけは助けてやる!!』
「ふぅん……」
一旦言葉止めると、ニヤニヤ笑いながら怒りに顔を赤く染めているオフェリル様を眺めている。
やがて……
「や・だ・ね♪」
クリエイターは馬鹿にした顔つきで舌を出すと、左手をパチンと鳴らした。
すると、クリエイターを囲んでいた檻は粉々となって消失してしまったのだ。
見事、自由の身となったクリエイターは、その場から飛び上がり、魔獣と化したフェニックスの背へと飛び乗る。
「いやぁ凄いだろう。アウラムの奴から貰った魔道具なんだよね。なんでも指を鳴らすと自分の周囲にバリアってやつが発生して、周りのものなんでも壊してしまうんだとか」
そう言ってクリエイターは自身の左手に嵌められた手袋を自慢げに披露する。
アウラムから貰った!?
それは間違いなく、アルドラゴと同じオーバーテクノロジーアイテムだ!
恐らくは、バリアガントレットと同様の機能を持っている筈だ。
……という事は、コイツが自由の身となっているのは、十中八九アウラムの奴のせいって事かよ。
クリエイターは黒いフェニックスの背に立つと、俺たちを見下ろしながら高らかに宣言した。
「オフェリルよ。30分でこの島を破壊し、残った翼族を助け出すと言っていたな! ならば僕はその前にこの地全ての民を殺してやろう」
俺は、思わず激昂していた。
「なんだと? 貴様だって翼族だろう! 何故そんな事をする!!」
「うきゃきゃきゃ! この僕の姿を見ろ! 今や僕はこの男の肉体に精神を移し、翼族という枠から抜け出したのだ!! 最早翼族など存在する意味は無い! 魔法も使えず、ただ衰退していくだけのつまらない種族だ。ならば、僕がその幕を引いてやろう!」
『つまらないだと……? ふざけるな! 翼族が呪われたのは貴様のせいだろうが!!』
オフェリル様が激昂する。
そう、翼族が魔法を使えなくなってしまったのは、この男が魔獣という存在を生み出し、世界に解き放ってしまったせいだ。
「ああそうだ。僕は昔から嫌いだったんだ。ただ、長く生きる事だけが取り柄の矮小なこの肉体が!!だから滅ぼすんだ!!」
『ほ、滅びる? 翼族が……フェネルの手で?』
オフェリル様は絶句して呆然としてしまった。
色々あったとは言え、彼女は翼族の神……言うなれば頂点の存在だ。永き時を生き、俺には想像も出来ないような経験をしてきたことだろう。
その自らが治める種族が、同じ種族……そして自分の可愛がっていた存在によって滅ぼされる。
……その心境は計り知れない。
30秒ほどオフェリル様は目を閉じて黙り込んでいたが、やがて何かを決心したように口を開いた。
『……例えそうなったとしても、翼族の問題で他の種族を危険にさらすわけにはいかない。この島は今すぐに破壊する!』
「どうするっていうのさ? 頼みの綱の君のペットは僕のもの! 君の本体はここからずっと遠い場所だろう? 破壊しようもないだろう」
『あるさ。翼族は肉体に制限を掛けられ、魔法が使えない。だがそれは体外に放出出来ないだけで、魔力そのものはある。だから、魔力を限界以上まで高め、暴発させる事は出来る』
オフェリル様の言葉にクリエイターは「ほう」と目を軽く見開いた。
「ふぅん。つまり、それは自爆するって事かなぁ?」
その言葉に慌てたのは俺だ。
「自爆!? まさか、その子の身体で!?」
『……仕方ない。妾の本体は今は遠くの場所にある。それ以外の方法がない』
「ま、待て! いくらなんでもそれだけは許容できない! その子の命を犠牲にしてこの島を破壊するってのか!?」
俺は言ってみれば部外者だ。
そもそも種族間の問題に口を挟む権利は無い。
だけども、看過出来る事と出来ない事はある。大罪を犯しておいて全く罪の意識のない悪人を見殺しにするのと、悪い事を何もしていないただの少女を見殺しにするのは全く違う。
そんなテンパっている俺に対し、静かだがハッキリと意思の込められた声が掛けられる。
オフェリル様が借りている本来の持ち主の声だ。
「レイジ様、良いのです。それが、巫女である私の役目なのですから」
「シェシェル!!」
くそ!
くそくそくそ!
考えろ! まだ何か方法があるはずだ。
犠牲を出さないとは言わないまでも、もっといい方法がきっとある!
頭の悪い俺が思いつかなくとも、他の仲間たちなら……と、アルカたちを振り返ろうとした時だった。
『待ってください! まだ……まだ終わっていません!!』
通信機よりフェイの声が飛んだ。
『今、ルークとスミスが全力で破壊された重力コントロール装置の修復を行っています。最終的な決断をするのは、まだ待ってください!!』
「修復……だと?」
俺はポカンとしたまま言葉を反芻する。
そんな俺に対し、オフェリル様は縋りつくように腕を掴んできた。
『本当か? 本当にこの島は落ちないのか?』
『落ちないために全力を尽くしています。残念ながら、確約は出来ませ―――』
「いや! 落とさせない!! 俺が約束する!!」
『って艦長!?』
これぞ待ち望んでいた奇跡だ!
俺は興奮してフェイに呼びかける。
「やった! やったぞ! すげぇぞフェイ、ルーク、スミス!! これで俺たちは、目の前の命を諦めないで済む!!」
『いや、あの……ですから―――』
はいはい聞こえませーん。今の俺に聞こえるのは、プラスになる言葉だけなのです。
「これで島は大丈夫だ! だったら後は……」
何が起こったのかとこちらを睨みつけているクリエイターを逆に睨みつける。
「あそこに居るアイツだけ……だよな!」
まぁその前にあの黒いフェニックスと戦う事になりそうだけどな。
それでも、島が落ちて大勢死ぬっていう最悪のシナリオよりは全然マシだ。
「アイツは俺たちが仕留める。だから、約束しろ!」
『約……束……?』
「誰の命も犠牲にしない……だ」
オフェリル様は瞳を潤わせて言った。
『本当に……この島を救ってくれるのか?』
「あぁ! 絶対に救ってみせる!!」
正直、フェイの言ったとおりに確約なんて出来ない。
でも、やるしかないだろう。
俺たちがなんとかしなければ、この島は破壊され、多くの人間が死ぬ結果となる。
失敗は許されない。
この島、最後のミッションだ。
『しかし、今のフェネルとどう戦う?』
「そりゃあ……」
背後より響くゴォゴォという駆動音に俺は笑みを浮かべた。
正直、今回はこれで戦う事になるとは思っていなかったのだが、クライマックスバトルはやはりコイツの登場となるわけか。
『遅くなりました!』
響くフェイの声。
待望の……戦艦アルドラゴがその姿を現した。
「行くぞ! 敵はクリエイター……及び魔獣フェニックス! この島に来た時のリベンジマッチだ!!」
遂に200話達成―――!!
お話的にはもっとキリのいいところで締めたかったけども、残念ながらそう上手くいかず残念。
なんとかアルドラゴが出てきた……という所で終われました。
ちなみにブラウ氏は死んでいません。まだギリギリ生きています。
彼についてはしばらく放置される事になりますが、ちゃんと触れますのでご安心を。




