199話 アイランド・フォール
俺とゲイルは咄嗟に飛び出し、ブラウの身体を強引に引き倒して組み伏せた。
「何してんだっ!!」
「フッ、魔獣を生み出す秘術を持つ者を、我が国に引き入れる。
それが不可能なら、殺せ。そういう指令だったものでな。
残念ながら、貴様ら他国のものにこの者は渡せん」
血まみれの顔で淡々と語るブラウ。そこには、何の感情も込められてはいなかった。
くそ、両腕を失ったという事で無力化させたと思い込み、油断していた。
このオッサンとは肝心な所で話がかみ合っていなかったのだ。
俺たちの目的は確かにこのクリエイターなる男だ。だが、だからと言って自分たちの陣営に引き込もうなんて気はさらさらなかった。
もっと俺たちが何者で、何を目的にしているかきちんと話し合っていたら、こんな事態は防げたかもしれない。
「ナイア! クリエイターを頼む!」
『は……はいはい!』
ゴロゴロと巨体を転がしてナイアを搭載した《アリエス》が動く。
とりあえずうちのメディカルに投げてはみたものの、首をほとんど千切られて生きているとは思えない。
クリエイターは話によればサイコな科学者で、死んだとしても同情の余地はない者……とのことだが、やはり目の前で死人が出て嬉しい訳もない。
救える命であれば救う……散々迷った事であるが、それが俺の今のスタンスなのだ。
『え、ええと……艦長……』
そんな事を考えていたらナイアより声が飛んだ。
「どうした?」
『このクリエイターという名前の方なのですが……大変申し上げにくいのですが……死んでいます』
「……くそ!」
予想通りと言えば予想通りだが、目の前で命が失われた事に俺は憤りと共に大地を殴った。
だが、ナイアの報告はそれで終わりではなかったのだ。
『いえ……あの、確かに死んでいるのですが……これ結構前から死んでいるのですよ』
「……は?」
思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
『死斑の状態からして、我々がここに来る数時間前には死んでいたものと思われます』
「いや、生きていたじゃん」
バリバリ喋って動いていたじゃないか。
あれをどうやったら死体だと……
……ん?
いや、前提条件を変えてみよう。
あれは死体だったのは、調べた結果的に間違いないらしい。
という事は、あれは死体がそのまま動いて喋っていたという事……。
確かに喋っていたが、そこに意思があったのかどうかは分からない。ゾンビなどのアンデッドとは少し違う……要は、死体をそのまま生きて動いているかのように動かす技術があるという事だ。
この魔法が当たり前の世界かつ、相手がマッドでサイコな科学者であるのならば考えられることだ。
「……まさか、ただのダミーか?」
俺が、ポツリと考えをそのまま口にしたその時だった。
「なぁんだ。思い至ったって事かなぁ。せっかく驚かせてやろうかと思ったのにぃ」
突然聞こえた見知らぬ声に、俺たちは顔を上げた。
少し離れたところにある大きな石の上に、その男は腰かけていた。
何者?
最初は思い出せなかったが、陽光がその男の顔を照らした瞬間に記憶が蘇る。
「お、お前は……!?」
「何故、お前が此処に!?」
ゲイル、ブラウも同時に反応した。
そう、二人にも馴染みのある顔の筈だ。
「聖騎士……ルクス……!?」
端正な顔つきのその男は、俺たちの反応をニヤニヤと眺め、やがて大口を開けて笑い声を上げたのだった。
「うきゃきゃきゃ! 期待通りの反応ありがとう! いやいや、こちらも等身の高さというものに感動しているのだよ。今まで見下ろされるのが常だったからねぇ。上から見下ろすという行為がこんなも気持ちの良いものだとは!」
ルクスの顔をしたその男は、石の上から飛び降りると、大きく背伸びをした。
その後、まるで自分の身体の感触を確かめるかのように、歩き、走り、ジャンプを織り交ぜながらその場を動き回る。
俺たちはしばしの間、男の奇行を眺めていたが、やがてルクスの顔を見て絶句していたブラウが口を開いた。
「ルクス……貴様は死んだとアウラムが報告を……いや、今となってはあの男の言葉は信用できん。貴様は生きていた……という事だな?」
すると、ルクスの顔を持つ男は煩わし気に手を振る。
「あーあー、うるさいなあ。君はこの身体の事を知っているんだろうけど、こっちは別に知らないよ。わざわざ記憶を辿って調べるのも面倒だし」
「なんだと?」
力任せに起き上がろうとするブラウの身体を押さえつけながら、俺とゲイルは顔を見合わせた。
その顔は、ゲイルも考えに至ったという事か……。
「主……信じられないかもしれぬが、あの男……聖騎士ルクスではない。あの男こそ、クリエイターにござる」
「……混乱はしているが、俺もその可能性を考えていた」
というか、パズルのピースを繋げるとその可能性が高い。
俺はクリエイターには会った事が無いが、マッドでサイコな科学者という事、何故だか知らないがゲイルが本人だと語る翼族の男の身体が死んでいたという事、そして聖騎士ルクスは既に死んだという情報。
……これらを重ねると、あのクリエイターなる男は、聖騎士ルクスの身体を乗っ取った……という結論になる。
「へぇ、意外と頭が柔らかいねえ、そこのヒト族。普通、そんな事あるかー! って喚くもんじゃない?」
それも当然ではあるのだが、創作ものやなんかだとよくあるパターンなので、割とすんなり受け入れられた。
それと、どうもあのオッサンにブチ切れたせいなのか、クールダウンして頭がスッキリしてやがる。
だから……
なんでクリエイターを名乗る男が聖騎士ルクスの身体を乗っ取っているのか!?
たった今オッサンに殺された翼族の男の身体は一体なんなのか?
そもそも、この渓谷の奥地に幽閉されている筈のクリエイターがこんな場所で歩き回っているのはどういう事なのか?
という疑問は当然湧くが、今最優先で聞かなくてはならない質問もすんなり浮かぶ。
「……何故、俺たちの前に姿を現した。その新しい身体のお披露目って訳じゃないよな?」
「うわ! 無駄な質問を避けて、それを聞くって凄いね! 何か、君に興味がわいたよ」
聖騎士ルクスの整った顔で、にんまりと笑う。
あの男はそういう笑い顔を浮かべなかったせいもあってか、実に気持ち悪い。
「いいから答えろよ。さっき、俺たちに伝えたい事ってのが関係してんだろ?」
俺自身、顔はさも不敵そうな笑みを浮かべていたが、内心はドッキドキだった。
推測が当たったのは良い。
問題は中身だ。この状況でコイツが俺たちの前に現れたって事は、言い出す内容も絶対にロクなもんじゃない。
「うんうん。そうなんだよねー。その脳筋のおかげで前の僕が言いそびれちゃったけど、割と差し迫った問題ってのがあるんだよ」
「問題?」
「うん。どうも、この島が落ちるみたい」
「は?」
「あぁ、時間的にそろそろかな? ええと……7、6、5、4、3、2、1……ゼロ!」
クリエイターのカウントダウンと共に、俺たちの足元がガクンと揺れた。
「うお!」
突然のことに踏ん張りがきかず、思わず尻もちをついてしまう。
飛行機に乗っている時、乱気流に巻き込まれ機体が一時的にカックンと落ちるエアポケットなる現象があったと思うが、あれと似たような感じだった。……うむ、一回だけ経験がある。
「そこの脳筋とこの仲間が、重力コントロール装置を一基壊したみたい。このままだと、高度を維持できなくなって墜落するねぇ」
「何!?」
クリエイターの言葉に俺は驚愕した。
重力コントロール装置が破壊される……。それは、想定していたピンチの中でもより最悪なシナリオだ。
何せ、この空に浮かぶ島は258基の重力コントロール装置の力でもって浮かんでいるのであって、その一基でも壊れてしまえば、墜落してしまうというものだった筈だ。
でも、誰が?
一体誰が破壊したというのか?
此処に居ない筈のアークは、既にフェイたちが倒したはず。
となると残っているのは―――
「ば、馬鹿な……我にはもう部下は……!!」
どうも気付いたらしい。
オッサンことブラウにはもう一人、この地に共に来た同郷の者がいたことを……。
「ア、アウラム……まさか、奴が!?」
俺もこの場から居なくなったことで脅威から外していたが、よくよく考えてみたらそんな都合の良い事は無かったよな。
この世界に来た時から俺たちの嫌がる事ばかり引き起こす奴だ。
俺たちに困難を与えるために、この島を落とすぐらいの事やりかねないって事を考えておくべきだった。
……だが、やりかねないとは思っても、実際にやるなんて誰が思うかよ。
クリエイターの言葉が真実を示すように、さっきからガクン、ガクンと壊れたエレベーターのように大地が動いている。
信じたくはない。信じたくはないが、本当に島が落ちているのだろう。
『ケイ! 10秒おきに1メートル間隔ですが、確かに高度が下がっているようです。いつ、何かのはずみで島が一気に落ちてしまうか分かりません!』
あぁ、マジなのね、やっぱり。
アルカの言葉に、俺は頭を抱えたくなった。
くそ、どうする?
流石に高度1万メートル以上から落ちて助かるとは思えない。
最早オッサンを抑えておくどころの問題ではない。俺はアルカの元へと駆け寄った。
「アルドラゴは飛べるのか?」
『は、はい! フェイの言葉では、僅かな時間ではありますが、飛行可能のようです』
という事は、ギリギリ脱出可能か。
だが……
「そんな……この島が……落ちる?」
ペタリ……と、この場に居た翼族の巫女シェシェルの足が地面につく。
もとより翼族の顔は白いのだが、それがより蒼白になっている。
そうなのだ。
逃げるのが自分たちだけなら問題はない。いや問題なくはないが、とりあえず自分たちの命は助かる。
だが、この島に住む翼族はどうなる?
いつ、この島が落ちるか分からない状況で、全員をアルドラゴに乗せるなんて不可能だぞ!
『……やってくれたのぅ、ヒト族の者よ』
ふと、シェシェルより発せられる雰囲気と圧が変化した。
そして、ふわふわと浮いたままオッサンことブラウの傍に向かう。
「つ、翼族の娘?」
ブラウも、シェシェルより発せられる威圧感を感じ取り、ただものではない事を悟ったようだ。
そんなブラウに、シェシェル……いやその肉体を借りた者は語り掛ける。
『翼族の神……オフェリルだ。今は、この娘の肉体を借りて話しておる』
「か、神だと?」
前に聞いた話では、この世界の住人は神と直接話す事はまずないとの事だ。
あったとしても、シェシェルなどの神官を通した神託があるのみ。ブラウとしても、こうして神と話す事は初めてのことらしい。
明らかに委縮した様子のブラウに、オフェリル様は淡々と……だが静かな怒りを滲ませて言葉を紡ぐ。
『数少ない翼族が平穏に住むこの地に土足で踏み込み、集落を一つ潰しそこに住む者たちを皆殺しにした。その果てがこれか?
確かに、我ら神は他種族の者に対して手を出す事は出来ん。だが、ここまでの所業を見過ごすわけにはいかん。これは正式に、ヒト族の神に進言させてもらおう』
「ひ、人族の神……よもやマンティオス様か?」
『ここ数年、お主らの国の素行は神同士の間で評判が悪い。下手をすれば、国そのものが無くなってしまうかもな。神の怒りによって……』
「ば、馬鹿な……我らの行動のせいで、そんなことに?」
『一つの種族を滅ぼす行為というのは、そういう事だ。驕るな、愚かな人間よ』
元々、血を大量に流した事で白くなっていた顔色が、更に青ざめていく。
このオッサンを口だけでこれほどまでに追い詰めさせた様子は、不謹慎ながらも胸がすいた。……若干ではあるけども。
「そ、そんな……我らは……」
『しばしそこで、己が引き起こした悪行を思い起こし、自責の念に駆られるがよい』
オフェリル様は、それだけ言うとふわーっとこちらへやって来た。
「あ……」
何か言おうと思ったが、キッと睨まれた為、言葉を飲み込まざるを得なかった。
とは言え、喋る事が出来たとしても何を言えばいいのか……。
俺たちが居ながら、事態は最悪のものになってしまった。……いや、俺たちが居たせいでなったとも言えるのかもしれない。
『お主たちにも言いたいことはあるのだが、今は時間が惜しい。とにかく、協力しろ』
「わ、分かりました」
俺たちはとりあえず頷くことしか出来なかった。
この場においては、協力するより仕方ない。
『まず、例の機械が破壊された以上、島の墜落を止める手段は無い』
「………」
やはり無いのか。
元より、魔法の力でもなく機械の力で浮いているだけだものな。ここは神様の力ではどうにもならないという事か。
『となると、被害を最小限に止めるため……この島そのものを破壊するしかない』
「!!!」
予想外の言葉だった。
だが、それもそうかと納得する。
こんなものが墜落したら、地上がどうなるか……。北海道よりちょっと小さい程度の規模だが、これはとんでもない大きさの岩の塊。言ってしまえば隕石のようなものだ。
巨大隕石が落ちる映画はいくつか見たが、おかげで墜落した結果どうなるのかははっきりと理解出来る。
『聞くが、お前たちの船とやらにこの島を破壊するだけの力はあるか?』
俺は力なく首を振った。
恐らくはギガブラストの事を言っているのだろう。
確かに、ゴッド・サンドウォームを一撃で屠ったあの力ならば、この島を破壊することも可能かもしれない。だが、ただでさえエネルギー不足な上にアレは多大なるエネルギーを要する。どう考えても撃つのは不可能だ。
『そうか……ならば、お主たちの船で翼族を救えるだけ救ってほしい。頼む……』
救えるだけ……か。
全てを救えない事は、オフェリル様にも分かっているんだな。
その力のない言葉に、俺は大きく頷いた。
今となっては、俺たちに出来る事はそれだけだ。
『この島の破壊は……妾が行う』
次話で200話!
本当は200話で5章が終われれば綺麗だったのですが、そうもいかず残念……。




