198話 話し合い
決着がついたのとほぼ同時にこの渓谷一帯をほぼ埋め尽くしていた人形の群れが、ボロボロと土くれと化して消えていった。
『どうやら、ルークたちの方も上手くやったようですね』
『……終わりかい。つーか、もうスーツ脱いでいいよな』
ぶっちゃけ、もう全員のスーツが活動限界に近づいていた。なので、全員に着脱を促す。全身を覆っていたオリハルコンが液体となり、そのまま集まって小さな石へと変化する。
これをもう一度使うには、魔力エネルギーを再充電する必要がある。だから、しばらくは変身できないな。
……それにしても、スーツを着て戦っていたのは15分にも満たない筈なのに、新鮮な空気を吸うのは随分と久しぶりな感じがした。
マスクの下は汗だくである。携帯性の問題がクリア出来たら、次の改善点は着心地だな。
やがて、戦闘を終えたらしき烈火と吹雪……ついでに《アリエス》を操るナイアがゴロゴロと巨体を転がしてこちらにやってきた。
『おらあ、なんとか凌いだぞレイジ!』
『さ、さすがにくたびれた……』
『はいはーい! 怪我人が居ましたら救護しますよ。っていうか、その人腕切れているじゃないですか。治していいですか? 治していいですよね?』
ブラウを発見したナイアがマジックアームをそわそわさせている。
治すのは良いんだけど、その前に聞かなきゃいけない事があるのよね。
「とりあえず、失血で死んでも困る。止血だけでもしておいてくれ」
『はいはーい』
ナイアは、何やらラップのようなもので腕そのものをくるむ。あれで血を止めて、痛み止めやら患部の消毒やら色々してくれるらしい。流石に腕とか失ったことないから、使うのは初めて見たけど。
「あー……けんせ……オッサン。アンタに聞きたいことがある」
俺の言葉に、ヴィオがブッと噴き出し、アルカとゲイルがやれやれとばかりにため息を吐く。
仕方ないだろう。俺の中ではこのオッサンはオッサンなのだ。もう敬えねぇ。
「フッ、この我にそのような口を利くのは初期の頃のあの剣聖の称号を持つ小僧くらいなのだったのだがな。そんな小僧でも、一度小突いてやれば態度も変わったが」
「小突かれたのはアンタの方だろうが。いいから、質問に……」
ただ、質問するのはいいがちょっとした不安もある。
このオッサンはアウラムの催眠によって話が通じなくなっているんじゃなかったか。だとしたら、ちゃんとした会話になるかどうかも怪しい。
「あぁ、質問ちょい待ち。ナイア、ちょっと来てくれ」
『はいはーい! また出番ですか? 出番ですよね!』
ここまで張り切るお医者さんというのもどうだろうと不安になるな。
「オッサンの脳波とかを調べて、催眠とか暗示とか、そういうのを解除出来るか?」
『むむー。やった事ないですけど、ものは試しですねー。ちょっとチャレンジしてみましょう』
ナイアのマジックアームがオッサンの頭部の周りをくるくると回っている。よくわからんが、色々と計測しているんだろう。
「む……なんだ? 何をするつもりだ貴様!?」
『はいはーい。大人くしてくださいねー。すぐ終わりますからねー。
……むむぅ、脳波に奇妙な乱れがありますねー。これがその催眠とやらでしょうか?』
「なんとか出来そうか?」
聞いてみたが、ナイアは集中しているのか無視された。結構傷つく。
『むむぅ、それならちょいと脳にピリリと電流を流してみれば……と』
「ぬおおっ!!?」
マジックアームがちょんとオッサンの頭を小突いたら、オッサンが奇声を上げて体を起こしたのだった。
「おのれ! やはり我に拷問をかけて情報をせしめようという魂胆か! ならば、我も身体の動く限り抵抗を―――」
「ストップ! オッサン落ち着け!! でナイア、結果は?」
『脳波の乱れは無くなりました。これで、催眠とやらの効果は無くなったと思っていいですよー』
「助かった。ありがとう! あぁオッサン、今度はちゃんと俺の言葉が通じているだろうからちゃんと聞けよ」
「ええい、我に何をしたのか! さっさと説明せんか!」
ああもう、うるせぇな!
そもそも、人の話を聞かない輩は大嫌いなんだ。
俺はオッサンの頭を鷲掴みにすると、柔道の大外刈りの要領で足をすくい、そのまま土の上にガァンと打ち付けた。
「うるっせぇ! 今からそれを説明するっつってんだ! 黙って聞いてろ!!」
「む、むぅ……」
お、意外とすんなり黙ってくれた。
ん? なんか同時に周りも静かになった気がするけども。
『な、なぁ……レイジの奴って怒るとああなのか?』
『う、うむ。何か、こう妙な迫力があるというか……』
『基本的には腰は低くて気が弱いんですけど、色々あって恐怖とか遠慮等の壁を突き抜けるとああなります。ああなると強いですよ』
「普段からああだと頼もしいんだがなー」
「それはそれで主ではない気がするのでござる」
なんか外野で声が聞こえるが、面倒なので無視だ無視。
とりあえず今はオッサンとの話が重要なのである。
「オッサン、アウラムって奴は知ってるか?」
「う、うむ。知っている」
「今までオッサンが激怒していた俺の言葉は、アウラムの催眠によって捻じ曲げられた捏造だ」
「催眠だと? 馬鹿な! 貴様、あれほど我が陛下に対して吐いた暴言の数々を忘れたとは言わせんぞ!」
「忘れたどころか言った覚えすらねぇよ!」
「おのれ……散々、極悪皇帝だの、売女だの……陛下を愚弄しおった癖に……」
「だから―――ん? 売女? ひょっとして……皇帝って女なの?」
俺は仲間たちを振り返ると、全員首を傾げた。
そういや、帝国の情報に詳しいのってフェイだけだったか。
その後、俺は熱心にオッサンを説得した。いやいや、このオッサン頭固いわぁ。結果的に説得にはそれなりの時間を要したのでした。
「ほ、本当に……陛下への罵詈雑言は言ってないというのか?」
「だから言っただろう。そもそも、俺は帝国の皇帝が女だったってのも知らなかったんだ。悪口を言えるはずもない」
尤も、言ってやりたいことは山のようにあるけどな。
俺たちの旅路がおかしくなったのは、帝国に関わってからだ。そもそも、あのアウラムとかいう奴が帝国の人間なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだけど。
……いやいや、仕方ないっつうかそもそもの元凶じゃねぇか。
その皇帝さんとやらには、いったいどの程度関わりがあるのか、問い詰めなくてはならない。
「……分かった。疑問は山のようにあるが、まずは信じよう」
一歩前進!
「それてで、アンタたち帝国がこの島に来た理由ってやつを知りたいんだけど」
「悪いが、いくら負けた身と言っても、祖国にとって不利になるようなことは例え拷問されようと答える気は無い」
うちのチームメンバーの肩がガクッと下がるのが見えた。
結局停滞のままかい!
「ああもう、メンドくせぇからこっちで手に入れた情報言うぞ。もう適当に返事してくれや」
『……投げやりですね』
「まず、アンタたちの目的は俺たちの知りえている所、この島にあるという重力コントロール装置。これを確保する事。
……間違いないよな」
「………悪いが、そんなことは知らんな」
流石。
オッサンの表情はピクリとも動かない。
だが、残念だったな。こっちにはウソ発見器があるんじゃ。
『むむっ! 今、脳波に乱れがありましたね』
ウソ発見器こと、ナイアさんが後ろで答えてくれる。
しかし、メディカルという事で艦内での後方支援がメインだと思われていたナイアの予想外の活躍である。今後は、彼女の動かし方も改めて考えないとな。
まぁウソだという事は分かったが、それは既にアークから聞いていたことだからな。
「先に説明しておくと、別の村を襲っていたお前たちの仲間……ブラットと他5名の兵士は既に倒した。アウラムの奴も離脱し、アークも仲間が倒した」
「なんだと? まさか貴様ら、我が部下を殺したのか?」
その言葉を聞いて俺は黙るしかなかった。
確かに奴らは死んだ。だが、俺たちが殺したかと問われると違う。あの兵士たちはブラットがその身を強化するために殺したのだし、そのブラット自身もアークによって殺された。
詳しく説明したところで信じるかどうかは微妙だな。
「貴様……よくも!」
俺の沈黙を肯定と受け取ったらしいオッサンは、怒りの形相でこちらを睨みつける。
が、俺はそのオッサンの胸倉をつかむと、その頭に全力で頭突きをぶちかましてやった。
途端、今までにない激痛が俺を襲う。そういや、スーツ脱いだことを忘れていた。特に頭は剥き出しだ。そら痛いわ。
とりあえず今は痛みを無視だ。
「アンタが怒るのは筋違いだろうが! ブラットの奴から聞いているぞ。アンタたち、翼族の村を一つ潰したらしいな」
すると、オッサンは悔しげに顔を歪めて目を閉じる。
「むぅ……あ、あれは不慮の事故で……」
「言い訳なんか聞いてねぇんだよ。そんな奴らがまた集落を襲い掛かっていたから、俺たちが撃退した。それの何の問題がある?」
オッサンはしばしの間黙りこみ、やがて口を開いた。
「……言い分は尤もだ。それについて追及するのは間違いだな」
えらくあっさりと自分の非を認めた。
こういうのって、普通のらりくらりと躱して逃げ道を作るもんなんだけどな。
このオッサン……ひょっとしたらこういった汚れ仕事的な潜入任務って初めてか?
まぁ、見るからに武人肌だものな。恐らくは、能力とか体質を考えてこのオッサンが抜擢されたのだろうが、性格的にこういう仕事は向いて無さそうだ。
だかといってオッサンを許す気なんてないけどな!
同情はするけども、それはそれ、これはこれだ。いくら帝国やアウラムに良いように使われていたのだろうが、この島を荒らした責任は取ってもらわなくてはならない。
ともあれ、これで話はしやすくなった。
聞きたいことを聞くとしましょう。
「俺が知りたいのは、他の仲間の存在だ。まだ、他に部下だの仲間だのが居るのなら教えろ」
「……いや、それで全てだ。今挙げた他に、まだ10名ほどの部下が居たのだが、数時間前に全て死んだとの報告があった」
本当か?
と、その言葉を吟味していると、ゲイルが口を開いた。
「主、その言葉に間違いはないかと」
ならば信じても問題ないだろう。
……となると、後はこのオッサンの処遇か。どうすっかな……。
「……なるほど、後は我だけか。……ならば殺せ。我は皇帝陛下より与えられた任務に失敗した。どうせ本国に帰還しても処分されるだけだ」
「おっかねぇ国だな」
「何より、多くの翼族を死なせる羽目となったのは、我の責任だ。その咎の罰は受けねばなるまい」
「……そうか」
その言葉、なんとなく本気だという事は伝わった。
とは言え、俺たちにこのオッサンをどうこうしようっていう気はない。
ブラットの時とはまた話が違う。今回ばかりは、生き残った翼族の人たちに結末を委ねるとしようか。
……そう思っていたその時だった。
「なぁんだよ。終わっちゃったのか、つまんないねぇ」
新たな人物の声が聞こえ、俺たちは全員顔を上げた。
すると、少し離れた位置にある3メートルほどの岩山の上に、その人物は腰かけていた。
翼族の子供……?
いや、よくよく見ると顔立ちは少し大人っぽく見える。
だが、その顔に見覚えは無い。翼族と知り合ってまだ半日程度しか経っていないのだが、それでも今日見た翼族の中にあの顔の者は居なかった筈だぞ。
そうやって混乱していると、いつの間にか俺の隣にゲイルが立っていた。
「申し訳ありません、我が主。再会できた際に戦闘状態だった為、伝達を遅らせていたのですが、それが仇となりました」
「ど、どうしたゲイル?」
「あの者……拙者は知っています。数時間前に別行動を取っていた際、あの者と遭遇しました」
「……その口ぶりからして、軽く伝えられる内容じゃなさそうだな」
「その通りです。……あの者の名はクリエイター。この世界に魔獣を生み出した……張本人にござる」
「あいつが!?」
あれが、クリエイター?
話に聞く、150年前に魔獣を生み出した……全ての元凶だというのか?
いやいや待て!
クリエイターとやらは、この渓谷の奥地で幽閉されているんじゃなかったか?
それなのに、五体満足の状態でこの場に現れているってのはどういうこった!?
「やぁやぁ、僕の事を知っているみたいで良かったよ。早速だけど、君たちに伝えたいことがあってねぇ―――」
クリエイターと思しき翼族がそこまで口にしたその時だった。
今まで俺の傍で横たわっていたオッサンことブラウがバッと起き上がり、脚力にものを言わせてその場から跳びあがったのだ。
そしてそのブラウが降り立ったのは、そのクリエイターが腰かける岩山の上だった。
マズい!
咄嗟に俺は手を伸ばすが、当然その手が届くはずもない。
「貴様がクリエイターなる者か。悪く思うな……」
「―――?」
ブラウは自身の口を大きく広げ、クリエイターの首筋に食らいついた。
そして、その喉元を噛み千切ったのだった。