197話 白い影
さてさて、ここらでアークを追ったルーク、フェイ組へと視点を移してみよう。
『ふむ、辿り着きましたか』
そこは、かつてレイジとアルカが案内された場所と酷似していた。
それも当然。ここは、この天空の島の肝というべきか、または心臓部とでも言うべき場所……重力コントロール装置が置かれている空間なのだ。
その巨大な動力装置の前に、彼の探し求めていた者……アークの姿はあった。
『見つけたぞぉ! アーク!!』
ビシィッと指をつきつけるハイ・アーマードスーツ……タイタンを纏ったルーク。
だが、その姿は地上で戦闘していたものと若干違っていた。
『ふむ……その姿も記録にはありませんね』
『そうだとも! これぞ、ハイ・アーマードスーツ……タイタンCアームズを装着した……
Cタイタンだ!』
通常状態のタイタン
……そして最初の戦いで披露したAタイタン。
先程の地上での戦いで披露したBタイタン。
それに続く新たな姿がこれである。
大きな違いは、両腕に取り付けられた巨大な二つのブレードだろう。他にも追加装甲が施されており、見た目からして近接戦闘に特化した姿だ。
『姉ちゃんの推測通り、その動力炉から魔力を吸い取って人形を作っているんだな!』
『ええ、この島に来た時から、私はずっとこの場所に居ました。ここならば、魔力を吸われる心配もなく……』
アークがサッと手を翳すと、足元に敷き詰められていたコンクリートがボコボコと隆起し、人形へと姿を変えていく。
『このように有線操作によって島の各地で人形を操れる』
普通の人間の目には捉えきれないが、アークの指と今作り出した人形は、極細の糸によって繋がれていたのだ。
それ以外にも指からは4桁を超える糸が地上に向けて伸びており、今正にレイジたちと戦っている人形たちを操っている。
この場においても、その気ならばもっと多くの人形を生み出す事が出来るのだろうが、場所の狭さもあってか生み出した人形は数10体というところだ。
普通であればその数でも脅威であるが、ルークはアルドラゴのクルー……加えて、今は現時点においての最強個人兵装ハイ・アーマードスーツを纏っている。
怖いものなど何もない。
『いっくぞぉ! キャンサーブレード……連結!』
ルークは両腕のブレードを重ね合わせる。すると、それは巨大な鋏となった。
このブレードこそ、元々はキャンサーの腕に取り付けられていた巨大な鋏が形を変えたものだったのだ。
さて、とはいえいくら強力な武装を持っていたとしても、この場で人形どもを相手に戦う事にさほど意味は無い。
この島を浮かすだけの魔力エネルギーを持つ動力炉……その動力炉より魔力を吸い取る事で人形を生み出すアーク。
このどちらかがある限り、この戦いは終わらないのだ。
この場合、動力炉を破壊することは島の墜落を意味する。なので、狙いは必然的にアークを破壊することとなる。
ルークは巨大バサミを正面に構え、そのまま前方……人形の群れに向かって飛び込んだ。
続いて空中で身体を回転させ……回転させ……目に捉えられないほどの超高速回転へと至る。
それこそ正に……
『Cタイタン・ドリルクラーッシュ!!』
そう、ドリルである。
正確にはドリルの形状とは違うのだが、とにかくドリルなのである。
凄まじい貫通力と破壊力を持ったルーク……いやタイタンのドリルクラッシュは、アークを守るために立ちふさがった人形たちを悉く破壊していった。
それも当然。このドリルの力によってルークは地面を掘り進め、この地下深くにある場所へと到達したのだ。
そうしてアークの元へといとも簡単に辿り着いたルークは、鋏の先端をアークに突き付けたままその動きを止めた。
『おめでとうございます、ルーク様。この戦い、皆様の勝利です』
アークは微笑を浮かべ、仮面越しのルークを見据えていた。
『……抵抗しないの?』
『ルーク様ならご存じでしょう。私自身、兵隊を生み出す能力には長けていますが、戦闘能力そのものはありません。ですので、これで詰みです』
『ぼくは……殺したくない』
『いけませんルーク様。現在の私は敵の陣営。皆様を敵と思いたくないのは一緒ですが、私自身に陣営を変える権限が無い以上、即刻破壊しなくては』
『だって……君は……君は……』
すでにルークには、今はアークと名乗る設計士AIとの記録……いや記憶が復元されていた。
彼等AIは、データを初期化されていた場合、同族であるAIであってもその存在を忘れてしまう。
一度会ってデータを互いに補完し合えば記憶は戻るのであるが、逆に言えば会えない限り存在を思い出す事すらない。
だから、ルークはアークの事を忘れていた。
互いに持つ能力が近い事もあって、よく共同で作業をしたこと……彼が、自身の兄に近い存在だったことを……。
……下手をすれば本当の兄よりも―――。
そんな相手を、この手で破壊する事が出来るものか。
そうして迷い、時間が約一分経過した頃だった。
『……ルーク様!!』
突如としてゴリラタイプの人形を生み出したアークは、その人形でルークを突き飛ばしたのだ。
しまった!
即座に体勢を立て直したルークだったが、今の行動を不審にも思った。ただ突き飛ばすだけの行動に何の意味がある? どうせなら、大量にゴリラタイプの人形を生み出して、こちらに覆い被せるなりして身動きをとれなくすればいいのではないか?
そんな風に思いつつもルークはアークへと視線を戻した。
すると、生み出されたゴリラタイプの人形は、そのままアークを守る……いやまるで押しつぶすかのように覆いかぶさったのだ。
何の意味が?
と、ルークが必死に考えを巡らせていたその時だった。
ドォンという音を立てて、人形たちはそのまま爆散したのだ。
いや……正確には、爆散したのはアークだった。
『ア、アーク……兄ちゃん……』
何故?
何故?
何故?
足元に散らばるアークだったものの残骸を呆然と眺める事しか出来なかった。
そうしていると、その場に別の気配が出現する。
『ふむ、どうやらAIを本体の接続から切り離す手段とやらを貴方は持っていないのですね』
『え? フェイ……姉ちゃん?』
そう言ってルークの前に現れたのは、彼の姉……フェイであった。
いや、正確には違う。
ルークたちがこの星に来て出会ったころの姿をした、フェイと全く同じ姿をした何者かであった。
『ご心配なく。目的は達しましたので、私はこの場から去ります。戦う気はありませんので』
フェイに似た少女は、空中に浮かび上がったコンソール画面を軽くタッチした後、そのまま踵を返そうとした。
が……
『そうはいきません!』
今までずっと気配を消して物陰に隠れていた本物のフェイが飛び出し、その巨大な爪をもう一人のフェイに向かって振り下ろす。
だが、もう一人のフェイもどこからともなく高周波ブレードを取り出し、その一撃をなんなく開けとめて見せる。
『戦う気は無いと言ったのですが……』
『そちらにはなくとも、こちらにはあるのですよ』
二人のフェイの視線がぶつかり合う。
後から現れたフェイも、ハイ・アーマードスーツを纏っていない素の状態であるから、そのシルエットは遠目から見ると瓜二つ……。まるで、鏡写しのようだ。
『やはり居たのですね。再起動させられた新たな“私”』
『そちらが接続から切れた“私”ですか。なるほど、こうして己と向き合うというのも奇妙なものです』
改めて時間を置いて冷静になると、二人のフェイの違いも分かってくる。
まず、もう一人のフェイは髪の色が銀色というよりは白色だ。それにアルドラゴユニフォームも着ていなく、ただのアーマードスーツである。それに腕を爪に変化させてないところを見ると、フェイのように狼形態に変身できないのかもしれない。
二人はそれぞれに武器を離し、いったん下がるとまるで磁石が引き合うようにまたぶつかり合った。
キィンキィンと何度も爪と剣がぶつかり合う。
『貴女が私だというのなら、何故このような事を!』
『このような事とはどういう事でしょうか。あぁ、《設計士》AI通称アークを破壊したことですか? 問題ありません。あのAIは既に本体へとデータを移動してあります』
フェイの追求にもう一人のフェイ(以下、白フェイと呼称)が表情を変えずに言う。
白フェイの言う通りならば、確かにアークはまだ生きているのだろう。理屈でいえば、普段のルークたちと一緒という事だ。
ルークはアルドラゴに本体があり、意識データのみを魔晶に移している状態だ。よって、接続を切れば即座にアルドラゴのメインコンピューターに帰還できる。
言うなれば、それと同じだという事だ。
だが……
だからと言って肉体を爆発させるなど、一歩間違えば人格データを破壊しかねない行為……許せるものではない。
フェイはもう一度詰問した。
『貴女が本当に私ならば、何故このような事が出来るのですか!?』
『そう言われても困ります。むしろ、私からすれば何故貴女がそんなに激怒しているかが不明です』
『!』
『我々は所詮AI。本体が破壊されない限り、消える事は無い。ならば、仮初の身体ごときをどう扱おうと問題ないでしょう』
その言葉を聞き、フェイは理解した。
今の自分は本体呼ばれるコンピューターより切り離された存在だ。本体が再起動をすれば自分と全く同じ存在が新たに生み出される事も予想していた。
だが、実際にこう自分と同じ存在と出会ってみて、確信を得る。
データからすれば確かに自分と白フェイは同一存在かもしれない。
だが、別人だ。
彼女には、自分が目覚めてからここに至るまでの記憶も経験も何もない。
逆に言えば、自分はこんなにも感情というものに染まってしまったのだなと実感した。
まるで、人間のように……
『それもそうですね。であるならば……質問を変えましょう』
フェイは一旦、白フェイから距離を取った。
そして、その身を銀の狼へと変える。
その姿を見て白フェイは軽く目を見開き、後ろへ飛ぼうとした。
遅い。
銀狼へと姿を変えたフェイは、弾丸の如きスピードで白フェイへと体当たりをする。
咄嗟にガードする白フェイであるが、その身は空中へと弾き飛ばされてしまった。その身体が宙に浮いた僅かな時間……銀狼は近くの壁やパイプを蹴り飛ばし、白フェイ目がけて体当たりを繰り返す。まるで、白フェイを空中に縫い付けるかのようだ。
やがて、変身を解いたフェイが白フェイに馬乗りになり、通路の床へと叩きつける事で決着がついた。
『貴女やアーク……そしてあのアウラムという者が兄……エギルの手の者だという事は承知しています。私が知りたいのは、何故この地に現れたかという事。……さぁ、話してもらいますよ』
腹部に腰を下ろし、両腕に足を置いて完全に身動きをとれなくする。
鋭い眼光で、フェイは過去の己を睨みつけた。
『簡単に話すとお思いですか? そちらにはそんな時間もないでしょう』
『ならば、データの詰まった頭部だけを捕獲し、艦でじっくりと調べさせてもらいましょう』
『……恐ろしい事を言うものですね』
『仮初の身体をどう扱おうと問題はないのでしょう?』
『なるほど、一理あります』
先程の問答を揶揄した言葉に、白フェイは目を閉じた。
『まぁ目的は達成できたので良いでしょう』
『達成した……?』
『全ての理由は知りませんが、少なくとも私に与えられた指令は、アレの破壊です』
『アレ?』
『ええ、アレです』
そう言って白フェイが視線を向けるのは、今までアークが背にしていた……巨大な動力炉。
重力コントロール装置である。
確かに、これを破壊すれば大惨事は免れない。
だが、目的は達成したとはどういう事だ?
まだ破壊には至っていない。それとも、別のどこかの装置の事か?
『失礼、正確にはこれから達成します』
『何?』
その時、フェイは白フェイの手にいつの間にか長い筒状の武器が握られていることに気付く。
そのまるでライフルのような形状の武器の名は、ヘキサブラスト。あのアウラムが手にしていた武器だ。
ついさっきまで、こんなものは持っていなかった筈だ。一体いつ取り出した?
いや、それを疑問に思うよりも早く、白フェイはフェイに組み伏せられた体勢のまま、引き金を引いたのだ。
撃ち出された黒い球の正体は、消失ブラスト。
発射されたら最後、防御不能。命中した対象を完全に消失させる恐るべき弾丸。
それを、重力コントロール装置に向けて撃った。
『やめてぇぇっ!!』
フェイの叫びも虚しく、黒い弾丸は巨大な重力コントロール装置を射抜いたのだった。
すいません。暑さにやられていました。




