18話 これからの予定
ミナカ村へと戻った俺は、リファリナ家が経営する宿屋へと一泊する事になる。娘を助けてくれたお礼にと、一泊三食を無料にしてくれたのだった。
相変わらずの素晴らしい肉料理に舌鼓を打ち、その後は割り当てられた部屋へと向かう。
そこで、俺を新たな感動が襲う。
「うおおおおお!」
それは、柔らかく、優しく、温かく俺を包んでくれた。
俺はそれを衝動的に抱きしめ、ボスンとダイブする。
うおお、ふわっとしている。
そのふわふわに顔を埋めて、俺は悶えた。
布団とベッドである。
ビバ布団!
地球文化万歳!
遥か昔の異世界人よ、アンタたちに言いたい事は数多くあれど、布団文化を世に広めてくれた事だけは感謝する。
『それほど嬉しいものですか?』
「嬉しいねぇ。ああ、嬉しいねぇ。やっとこさ寝れるって感じがするよ」
『その文化は私達の艦にはありませんからね』
「おおそうだ。お金の方に余裕が出来たら、布団買って船に運ぼう! ようし、夢が出て来たぞ!」
『むぅ、そこまで嬉しいものなのですか』
俺は相当久しぶりにスーツを脱……ごうとして、ふと気が付いた。
「そういや、アルカって女の子だっけ」
『何回も言っているじゃないですか。というか、ケイは常々私の事を何だと……』
「ああいや、もう認識したからそれはいいんだけど……このスーツの下って、俺素っ裸なんだよね」
『そうでしたね』
「パジャマって……無いよね」
『無いですね』
「さすがにこのまま寝るのは嫌だけど、裸で寝る習慣も無いんだよね」
『そうなんですか』
「……んで、女の子の前で裸になる習慣も無いんだわ」
『う~ん。正直、それは今更のような気がしないでもないです。だってケイ、長い時間裸のまま艦の中をウロウロしていたじゃないですか』
「げほっげほっげほっ!!」
なんか急に咳き込んだ。
そうだったのか。
俺はあの時からずっと……。
見られたのか。
アルカに見られていたのか。
だからとはいえ、そう簡単に割り切れるものじゃない。
俺の精神上、見られていると思うとおちおち寝ても居られん。
「ひゃう!」
俺はアルカを掴むと、枕の下へと押し込んだ。
『ひぃぃ~~なにするんですか~~出して~~』
何かくぐもった声が響くが、今は無視。
とりあえず、目標の一つに寝間着を買う事を加えるのだった。
◆◆◆
ぼんやりと天井を見つめながら、俺は今日あった事を思い返していた。
まぁ、振り返ってみると異常に濃すぎる一日であり、最初に宇宙船から出発した事が、何週間も前の事に感じるから不思議だ。
そんな中、ふと脳裏に蘇るのは、あの二人との最後の会話だ。
………
……
…
「だっはっはっ! いやいや、すまんすまん。ちょっとだけお前さんの強さを試すだけのつもりだったんだが、まさかこんな事になるとわなぁ」
ラザムは、満面の笑みでもってこちらに対して謝罪した。
……心が一切こもってない上に、笑顔がなんか腹立つ。
すると、その横っ面目掛けて、ファティマさんの拳が飛ぶ。
見事命中したラザムの身体は、そのまま錐もみしながら家の壁を突き抜けて外へと飛んで行った。
ちなみに、このログハウスはラザムが植物を操る魔法で修理したものらしい。便利だなー魔法。いいなー魔法。
「ああいうヤツじゃ。まぁ、奴から目を離したわしの責任もある。あとで好きなだけ殴らせてやるから安心せい」
いや、殴って気が済むとかいう問題でもないんで、俺としてはもう良いんだけどね。
……好きになれるかどうかは別として。
「あの人って……確かミナカ村の村長さんと幼馴染だったよね。それにしちゃ若いような気がするんだけど」
改めて見てみると、髪こそ全て白髪になっているが、顔の皺とか作りはどう見ても40代くらいである。既に70を越えていそうな村長に比べると、理不尽極まりないと思うのだが。
「ふむ。まあ、奴とは一応魂を共有化しておるからの。その影響で歳をとらんのよ」
「魂の共有化?」
「かつて、死にかけておったあ奴を助けた事があっての。戯れに魂の一部を分け与えたのじゃ。竜族の生命力は人族と比べものにならんからの。まあ、息を吹き返したのはいいが、竜族のパワーと魔力までも受け継いでしまったようでな、帰還した際に人族の魔法騎士団とやらで問題を起こして、ここまで逃げて来たらしいのう。それで、わしも責任をとって面倒を見ているのじゃ。
まあ、再会した時に、もう人族には戻れない! 俺と結婚してくれ! と言われた。あれにはさすがに驚いたわい」
……なるほど。それで夫婦なんだ。
人に歴史ありか。
それにしても、人型になったら美人とはいえ、ドラゴンで神様なお方に求婚するとは、なんというアグレッシブな人だ。
俺みたいな異世界人ならともかくとして、異種族間で結婚するって、この世界の感覚では有りなんだろうか?
「そう言えば、この世界に異世界人って他に居ないの?」
ふと、そんな疑問が頭に過ったので、質問してみる。
すると、ファティマさんは何故か嫌な事を思い出すように顔をしかめた。
「いや……過去、千年ほど前、この空間魔術を編み出した当初は魔術の弊害で、何名かの異世界人がこのエヴォレリアへとやって来たと聞く。が、それによる被害と異世界人による世界への影響があまりにも大きくてな。以後、この魔術は禁忌とされ、代々の樹の神にしか受け継がれておらん」
「影響って……どんな?」
何やった? 何やったんだ、異世界人。俺は聞くのが怖いと思いながらも、一応尋ねてみた。
「ふむ。まず、人族がこれほどまでに多く、また力を持つようになったのは、間違いなく異世界人の影響じゃの。元々大きな特徴のない穏やかな種族だったのじゃが、様々な工芸品を作らせたり、農業の効率的な行い方を広めたり、極めつけは、魔法まで使えるようにしおった」
「えっ? それまで人族って魔法使えなかったの!?」
「そうじゃ。奴らは事もあろうに、魔族どもと子供を作りおった。当時のわし等の観点からすれば、異種族同士の交配なんぞ考えられんかったのじゃが、異世界人からしたら魔族は人と近い見た目らしいの。よって、交わる事にも忌避感は無かったらしいわ。まぁ、そいつ等は魔族以外の種族にも手を出していたらしいがの」
……あ、なんか引いた。
おれはその魔族とやらに会った事無いから何とも言えないけども、そういう行動って引くなー。
あれかー。いわゆる女好きの奴だったのか。ハーレムとか作っちゃう系の。
俺、駄目だなーそっち系の話は。
いや、本気で恋してたなら別に文句は無いんだけどね。
「それ以降、人族には魔族やそれ以外の種族の血が混ざるようになったと聞く。特に、魔術に優れた者の場合は、その血が濃く受け継がれたという事じゃろうな。
……ちなみに、この話は他言無用じゃぞ。プライドの高い魔術師が聞いたら、揉め事の原因になるわ」
ああそうなんだ。
まあ、まだこの世界で普通の魔術師に会ってないけど、気を付けるとしましょう。
『それで……結局の所、ケイが元の世界へと戻る方法はあるのでしょうか?』
そう言えば、色々と聞きたい事がごっちゃになっていて、肝心な事を聞くのを忘れていた!
サンキューアルカ!!
ん? 今の言葉、ちょっと引っかかる。
「俺は……って、お前はいいのか?」
『私は別に以前の持ち主のデータもありませんし、何処から来たのかさえも分かっていません。ケイが居る場所なら、別に何処だって構いませんよ』
「え? お前、俺に付いてくるの?」
『今の私の持ち主はケイになっていますからね。この場合、持ち主に同行するのが当然では無いですか? ……え? ひょっとして、このまま置いていくつもりだったのですか? 私を一人にして? 鬼! 悪魔! きちく!』
「いやいやいや。別に置いてくなんて言ってないよ」
そもそも、帰った後の事なんて考える余裕なんて無かったしな。
そっかー。付いてくるのか。
なんか、以前の日常生活にアルカが居る生活が想像できんな。
「なんか、お前ら思っていた以上に仲良いのな」
復活したラザムが、のっそりと顔を出す。
竜の力を持っているせいか、回復力も高いらしい。……羨ましいな。
「帰る方法じゃが……何処へ帰るかで問題が変わってくるじゃろうな」
『それはどういう意味でしょう?』
「まず、お前達がこの世界に来る前……つまり、魔神が幽閉されていた時の牢獄へならば、再び空間魔術で戻すことは可能であろう。
ただ、そのさらに前となると、分からんのう」
なるほど。
魔神を時の牢獄へ幽閉したのなら、同じ方法で俺たちも送れる訳か。
問題はそこから先……。どうやって亜空間から、俺の世界へ戻れるかという事だな。
……あぁ、なんか気が重くなってきた。帰る為の具体的な方法が分かったのは嬉しいけど、なんか先がぼんやりしているじゃんよ。
そんな俺の気持ちを察してか、アルカが檄を飛ばした。
『ケイ。それでもまずは先へ進みましょう』
確かにそれもそうだな。
異世界転移に巻き込まれてまだ体感で丸一日程度。それでもこうして帰る為の手段は見つかったんだ。それだけでも幸運と言えるだろう。
俺は無理やりそう思う事にした。
「それじゃあ、その時の牢獄へ向かう方法ってのは……って、空間魔術か!」
「そうじゃ。さっきも言ったが、空間魔術は歴代の樹の神にしか伝わっておらん魔術じゃ。よって、帰る気があるのなら、樹の国へ向かうほかあるまい」
樹の国ねぇ。
ここは一応、人族の国でいいんだっけ。
『国の名前はエメルディア王国……ですね。王都の名前はオールンドのようです』
「う~む。地理関係がさっぱり分からんな」
「ふふふ。では、おじさんが教えてあげよう」
と言って、ラザムが割り込んできた。
コイツも何気にさびしがり屋か?
サッと取り出したのは、一枚の羊皮紙……かな?
なんかごちゃごちゃと絵と文字が書いてある。
文字は読めないが、絵の感じからするに、地図っぽいなアレ。
複数の大陸と島々に分かれているが、おおざっぱに言って凹という形に見える。
どうも、あれがこの世界の人間が生活する陸地という事らしいな。
「はいはいご注目~~。いいか青少年、お前さんたちが今いるのが、この大陸の此処だ」
そう言ってラザムが指差したのは、凹という字の左上。一番端っこだった。
「そんで、お前達が目指している樹の国は、此処だ!」
今度ラザムが指差したのは、凹という字の右上。
はっきり言ってしまえば、海を挟んで正反対の場所だった。
「遠い!!」
何分の一の地図なのか知らんが、それでも遠いって分かるぞ!
「これって、向こうから来てくれる訳には……」
「責任の一端はあるが、わし等がお前さん達に何かしたわけではないからな。そこまでの義理は無い」
と遮断される。それもそうなんだけど、厳しいな。
「じゃあ、ファティマさんってドラゴンなんすよね。乗せていってもらう訳には……」
「ドラゴンは、自分が認めた者しか背に乗せん。お前では無理じゃのう」
くそう、本当に世界は俺に厳しい!
いいじゃねぇか! ちょっとくらい優しくしてくれたってよ!!
『ケイ。心配はいりませんよ』
「ん?」
『エネルギー問題が解決したんです。もし、艦の力が完全に戻れば、あっという間にそんな場所たどり着けます!」
「………!! そ、そうだった!!!」
忘れていた。
ちっとも動いている所を見てないから、頭の中から抜け落ちていたけども、俺はとんでもないチートアイテムを持っていたのだった。
宇宙船万歳!
ビバ宇宙船!
遠い宇宙へ行く為の船なんだ。あの程度の距離に時間はかかるまい!!
「ほほう……面白い。そのウチューセンとやらは、ドラゴンよりも早く飛べると言うのか」
あ、なんか目がキラーンと光ってらっしゃる。
これは怒らせたか?
『どうなんでしょう。そもそも、ドラゴンさんのスピードというものが、どの程度の速さなのか不明ですからね』
「ならば、そのウチューセンとやらが完全復活した際には、勝負といこうではないか!! 神のドラゴンの力、思い知らせてくれる!!」
なんかヒートアップしているけれども、そこまで張り合う気持ちがあるんなら、樹の国まで送ってくれてもいいのに。
◆◆◆
その後、なんだか寝惚けていたカリムを連れて、このミナカ村へと戻ってきた訳だ。
「異世界……か」
俺はベッドに寝転がりながら、窓から見える夜空を眺めていた。
昼間はやたらとでかい青い月が見えていたが、夜はこれまたでかい赤い月が見える。
おかげで、夜道も暗くなさそうだなー。
『眠れないのですか』
枕元から声が響く。
「身体は眠いんだけど、なんか寝付けないな。……まあ、目を閉じたら色んな事考えちまうせいもあるけど」
『元の世界の事ですか?』
「そりゃあな……。俺、今頃地球でどんな扱いになっているのかなーとか、母さんとか泣いてるのかなーとか、後は柳さ――――――友達とかはどう思っているのかなーとか」
『む。柳さん? どなたですか?』
くそ、食いついてきやがった。
何故かパッと頭に浮かんだ名前なんだが、俺としてはそんなに思い出したくない名前の筈なのに……。
いや、そういう風に思うのは失礼かな。
悪いのは俺だってのに。
「……知り合いの女の子」
『なんとびっくり! ケイに彼女さんが居たのですか!?』
「彼女じゃねー! つーか、失礼だ!」
とは言え、もしかしたら……だが、その立場になっていたかもしんないんだよな。
そして、あの返事にオーケーと答えていたら、俺はここに居なかったのかな?
そう考えると、あれが運命の分岐点だったのか。
「あー……俺って馬鹿だよな」
思わず口に出していた。
なんていうか、情けなくなってくるな。
『ケイは馬鹿なんですか?』
「ああ、馬鹿だねぇ。人の気持ちのわかんねー最低な奴」
『そうなんですか。……でも、私はケイの事嫌いではありませんけどね』
「……そこ、好きっていうところじゃね?」
『おや、言ってほしかったんですか?』
「………いや、空しいからいいわ」
ったく、人工知能相手に何言ってんだか。
『友達なんですから、愚痴くらい聞きますよ。さぁさぁ、カモンカモン!!』
「お前は元気いいなー」
『人工知能ですからね』
まぁいいか。今更アルカに対して強がっても仕方あるまい。
俺は、疲れ果てて眠りにつくまで、アルカに対して弱音を吐き続けた。
これで説明回終わり!
やっとこさ本格的に物語を始められます。
……でも、次話はちょっと変化球でアルカ視点のお話。




