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191話 戦場に立つ




 腹は未だに痛いし、息は荒い。

 それでも、今まで力の入らなかった足にスッと力が入り、立ち上がることが出来た。理由なんか知らない。ただ、それだけは受け入れられないと俺が判断しただけだ。


「……艦長命令だ。下がれ、アルカ」

『しかしケイ! この状況ではそれしか方法が―――』

『さすがは艦長だ!』

『あぁ、我々も覚悟が決まった』


 すると、俺とアルカを守るように二つの影が立ち塞がる。

 烈火と吹雪だ。

 その両脚は、さっきまでのように震えてはいなかった。


『悪いな。姐さんを消すっていうんなら、俺たちが先だぜ』

『と言っても素直には消されてやらない。一秒でも長く……ギリギリまで足掻いてやるぞ』


「お前ら―――」


 俺が何か言おうとした時だった。

 正直、何を言おうとしたのかははっきり覚えていない。


 それよりも早く、ゴォゴォという轟音が周囲に響き渡り、足元が微かに震えている。一瞬新たな脅威が登場したのかと身構えたが、この駆動音には覚えがあった。

 それを示すように現れたのは、巨大な球状の鉄の塊である。

 その鉄の球こそ、俺がすっかり忘れていた新型ゴゥレム……《アリエス》である。つーか、今までどこにいた?


 そんな疑問はさておき、崖の上からゴロゴロと転がりながら現れた《アリエス》であるが、ドォンと俺たちの背後へと着地した。

 すると側面部が開き、そこから金属アームが飛び出す。飛び出した金属アームは、俺、アルカ、ゲイル、ヴィオの四人を捉えると、ポイポイとその中へ収納したのだった。


『はいはーい。怪我人の救護は、私の仕事ですよー』

「え? ナイア!?」


 この時点での俺は知らなかったが、《アリエス》のコントロールユニット……所謂操縦者にナイアが使われていたのだ。ナイアも本来ならばアルドラゴの外に出る事が出来ないサポートAIなのであるが、烈火吹雪と同様の遠隔操作技術によって艦外活動が可能となったらしい。


 怪我人である俺たち三人は、室内に出現したエアーベッドの上に寝かされる。やがて室内のアームがチャカチャカと動き回り、CTスキャンのようなものによって俺たちの身体が隅々まで診断されていく。


『あらあら、見た目以上に重症ですよ』


 ナイアの言葉に、この中で唯一元気なアルカが騒ぎ出した。


『重症!? そんな、お願いですナイア! ケイたちを助けてあげてください!』

『こらこらアルカちゃん! このアルドラゴメディカル、ナイアさんを見くびらないでください。薬と機器がある限り、私に治せない怪我なんてありませんですよ』


 アームがまたチャカチャカと動き、俺たちの身体を色々といじっていく。

 注入された薬のおかげか、痛みの方はスッと引いたわけだが、どういう治療をされているのかは不明である。

 まぁ、今はとにかくすぐ動けるようにしてもらえば文句はありません。


『時間はちょっとかかりますが、完治はしますのでご安心ください』

『そうですか、良かった……』


 ホッと胸をなでおろすアルカ。

 だが次に別の事を思い出したのか、ドンドンと《アリエス》の扉を叩く。しかし、強固な扉は開く事は無かった。


『出してください! 私は怪我人でもなんでもないです!』

『残念ですが、《アリエス》の用途には護衛対象の保護も含まれていますので、出す事は出来ませんですよ』

『ご、護衛対象?』


 きょとんとしたアルカへ、室内に無線の声が飛ぶ。


『この場で生き残るために、姉さんを犠牲にするなど言語道断。これは、私の……いえ、クルー全員の総意です』

『フェイ!』


 《アリエス》内部にあるモニターによって、外部の状況が確認できた。

 俺たちが収納されている《アリエス》の前へと立ち塞がったのは、フェイと右腕を損傷した《タウラス》を操るルークだった。

 見た限り、二人とも万全とは言えない状態だ。狼形態のフェイのボディはところどころ凹みらしきものが見え、《タウラス》に至ってはボディのあちこちから煙が出てやがる。


「総意ねぇ。言っておくけど、僕は主人公さえ生き残ればいいんだ。それ以外は処理しちゃっても良いんだよ?」


 だが、二人はひるまない。


『烈火と吹雪が既に言ったはずです。……最後まで足掻くと』

『ここまできたら、最後の最後まで邪魔してやるからね!』


 この言葉に、アウラムはまたもイライラと髪を掻きむしる。


「ああもう! 演者とかが劇の内容に口出してきて思うように撮影できない時の監督の心境ってこういうものなのかな! 本当に腹立つなぁもう!!

 ……いいよ。大幅にシナリオ変わるけど、もう全滅させちゃう」


 と言ってアウラムの奴が取り出したのは、ライフル状の武器……ヘキサブラストだ。

 あれを取り出したという事は、まさか―――


「知っているだろう? こいつを受けたら、何人が壁になろうが意味がない。消えたくなかったら、そこを退く事を推奨するけども……」


 消失ロストブラスト!

 触れたものを防御力関係なく消滅させてしまう弾丸だ!


 マズいぞ! あれを受けたら、AIであっても死んでしまう!

 その危険性は全員理解している筈だが、四人は決して《アリエス》の前より動こうとしなかった。


 くそ! それだけは見過ごせない。俺も今すぐに《アリエス》から飛び出そうと、ベッドから起き上がろうとした。


 だが、戦闘開始は意外な乱入者によって遮られたのだった。


「キャァァァァッ!!!」


 甲高い悲鳴と共に、崖の上より何かが落ちてきたのである。

 その落ちてきた物体は、これまた見事ピンポイントに俺たちとアウラムの間へと割り込む形となったのだ。


「おいおい、今度は何なんだよ」


 苛立たし気に乱入者を睨みつけるアウラム。

 やがて、土埃が晴れるとその乱入者の正体が明らかとなった。


 なんと、渓谷の上に待機させていた筈の《ジェミニ》であった。しかも、操縦しているのは翼族の巫女……シェシェルではないか。


『お、おいおい、なんで嬢ちゃんが《ジェミニ》を動かしてんだよ』


 まず烈火と吹雪が《ジェミニ》へと駆け寄り、目を回しているシェシェルの快方をする。

 シェシェルはガバッと烈火へと抱き着き、半泣きの状態で訴えた。


「す、すみません! あの黒い小動物さんが急げとせっつくんですー!」


「小動物……?」


 その言葉を受けて、ちょこんと《ジェミニ》の操縦席より小さな影が飛び出てくる。

 姿を現したのは、あのクロによく似た猫だった。


 まただ!

 またあの猫だ!


 この島に来てからというもの、俺たちがピンチに陥るといつもやってくる。


 俺へハイ・アーマードスーツの指輪を渡し、

 アルカを俺の元へと運び、

 アルカのピンチに烈火と吹雪を助っ人として呼び込んだ。


 ここまでくるともう追求せざるを得ない。

 あの猫は一体何者なんだ!?


「お前は―――」


 アウラムは当初、ポカンとクロによく似た猫を見つめていたが、やがてせきを切ったかのような大笑いを始めた。


「ハ……ハハハッ! まさか……まさか、こんな所でお前に遭うなんてな! っていうか、この島に来てからシナリオがだいぶずれ込んだのは、お前のせいかよ!」


「………」


 腹を抱えて笑うアウラムだが、当の猫はジッと黙ったままアウラムを見つめていた。


「分かってんのかよ。お前が表舞台に出たって事が“他の神”に知れたらどうなるのか。それを承知で出てきたんだろうな?」


「………」


 ようやく笑いが収まったのか、アウラムは真面目な顔でクロによく似た猫を見据えなおす。


「……まぁいいさ。お前に免じて、ここは僕が引こう。むしろ、お前の今後の行く末が楽しみになったよ。くはは……」


 それでも漏れる笑いを噛みしめながら、アウラムは改めて猫の背後に居る俺たちに視線を移した。


「という訳で、僕の顔見せタイムはこれで終了としておこう。今回はこれ以上手を出すつもりはないから、後は君たちの好きにするといい」


「なん……だと……?」


 《アリエス》の内部で俺は呻いた。


「あぁ、詳しい説明なんてするつもりはないから。どういう事だ!? ちゃんと説明しろ! とか、尺の無駄になるような事は聞かないでおくれよ。これが終わったら、無駄に頭を使って考えてちょうだいな」


 そう言うとアウラムは俺たちに背を向ける。


「まぁ、この場を生き残れたら……の話だけどね」


 パチンと指を鳴らすと、今まで時が止まったように動きを止めていた人形魔獣たちが、ギシギシと音を立てて動きを再開したのだった。


「ついでに言っておくと、今回の大ボスは帝国十聖者の一人、拳聖ブラウだ。彼がクリエイターの元まで辿り着いたら、ゲームオーバー。催眠で頭をいじくっておいたから、説得が通じるとは思わないことだね。

 そんじゃ、今日のところは失礼するよ。多分勝てるだろうけど、仲間が全員生き残れるかどうかまでは保証しないから、せいぜい頑張んな。じゃーねー!」


 アウラムはそれだけ言い残すと、ジャンプブーツを発動させて、その場から一気に跳躍して姿を消したのだった


「………」


 突然の急展開に、俺たちは呆然とアウラムが消えた方向を見つめるしか出来なかった。

 奴の言葉を信用するのなら、これ以上アイツは手を出してこないという事だ。

 中途半端な情報を与えるだけで与えて、そのまま放置かよ。

 決してまた会いたいと思える奴ではないが、元の世界に戻るためには、もう一度会う必要がある。その為にはいろいろと対策を練る必要がありそうだが、今はそのことは置いておこう。


 大事なのはあくまで現在いまだ。

 改めて今の状況を整理する。


 まず、俺たちは千を超える魔獣に囲まれている。

 チームメンバーが全員揃っているとはいえ、全員何かしらダメージを受けている状態だ。

 ナイアの治療によってある程度回復は出来るが、即座に戦線に復帰する事が可能なのかどうか。


 俺は奴に殴られた腹部を撫でた。

 薬のおかげで痛みそのものは軽減しているし、傷ももう塞がっている。

 尤も、ナイアの診断によると予想以上に酷い有様だったらしい。あばらが折れて内蔵に突き刺さっていたとか、話に聞いたことはあっても体験するのは初めてだ。

 ……我ながら、あの時よく立ち上がれたもんだ。


 聞けば、ゲイルとヴィオも同じような状態だとか。外傷はともかく、内臓に関する傷は即座に治療することは出来ないらしく。油断すればまた痛みが襲ってくる。

 動き回れるようになるには最低5時間はかかるとの事だ。


「だが……今は行くしかないでござろう」


 思い悩んでいたら、真っ先に目が覚めたらしいゲイルが顔を上げる。


「だな。正直、負けたまんまで終われるほど、アタシは穏やかな性格じゃないぜ」


 ヴィオも頭突きをされた額を擦りながら体を起こす。

 二人の視線が俺へと向き、俺はそれに応えるように頷いた。


 確かに、今から5時間も待っていられないものな。

 こんな状態で戦いの場に戻るって初めての経験だが、不思議と恐怖は感じない。……いつの間にか、俺も戦闘馬鹿になっちまったのだろうか。


「っていう事で、外に出してもらえるかな」


 壁に収まっているナイアのボディに向かって俺は声を掛ける。

 一応、ここは彼女が操る《アリエス》の中であり、扉を開けるのは彼女だけなのだ。

 ナイアは、しばらく黙ったのちにこう答えた。


『メディカル担当としましては、完治するまで皆さんをこの《アリエス》から出すわけにはいきません』


 ……ダメか。

 艦長命令で無理やり言う事を聞かせる事も出来るが、正直やりたくはない。

 でも、この場合は仕方ないだろう。


『……なんですけど、この戦場に立っている以上、私も戦闘メンバーの一員なのですよね』


 やがて、扉が開いた。


「すまないナイア」

『いえいえ。ただ、これが終わったら全員医務室に監禁コースですから、覚悟していてくださいね。ウフフ』


 最後のウフフが非常に怖いが、これで俺たちも戦線復帰だ。


 扉の外には、ルークたち四人の姿がある。全員、身体の一部が損傷している。どうも、怪我人なのは生身もAI組も一緒らしい。


『《タウラス》だけど、しばらく稼働は無理かな。僕が使える戦闘用ゴゥレムは後は《キャンサー》だけなんだけど、こういう状況での運用は向いてないし、どうしよっかな』


 《タウラス》の装甲を解除したルークが、ハァとため息をついた。

 《キャンサー》は遠距離砲撃タイプのゴゥレムだからな。確かに、こういう敵が密集した場所では戦いにくい。

 こうなると、この島の来る前にルーク用のゴゥレムをもっと開発しておけば良かったと反省する。


 すると、肩をぶんぶんと回しながらヴィオが口を開いた。


「全く、せっかく魔法も武装も使えるようになったってのに、うまくいかないもんだね」


 同感だ。

 万全の状態であるなら、これだけの敵に囲まれていても不安は無かっただろう。

 手持ちの武装も完全ではない。バッテリーがあるにしても、長時間の使用は考えられていない。

 だというのに、さっきの戦闘でかなり消耗してしまったからな。もうそれほど使用時間は残されてないぞ。


『はい。ですから、ここは追加武装に頼りましょう』


 ふとフェイがそう言うと《アリエス》へと近寄り、ナイアの金属アームより何かを受け取る。


『全員分のハイ・アーマードスーツ用のオリハルコンです。アルドラゴにて充電していたものをナイアに取りに行ってもらっていました』


「マジか!!」


 さっきの戦闘時に《アリエス》が居なかった理由はそれか!

 流石はフェイ! 出来る子である。


 俺は意気揚々と、フェイの手より赤いオリハルコンの石を受け取り、その石を指輪へとはめ込んだ。


『やったー! これでまた戦えるぞぅ!』

「これでようやく本領発揮にござる」

「よっしゃ! コイツがあれば行けるな!」


 ルーク、ゲイル、ヴィオも石を受け取り、それぞれのアクセサリーへと装着する。

 フェイの手に残されたのは、青く光る石のみ。


 ちらりと視線を背後に向けると、《アリエス》の扉の影にポツンと立つアルカが視界に入った。


『さぁ、姉さんの分ですよ』

「ですが、私は……」


 ついさっきので、自分の身を犠牲にして仲間を助けるつもりだったのだ。状況が好転した今、どう接すれば良いのか判断がつかないのだろう。

 そんな態度も、本当に人間みたいだ。


 俺はアルカへと近寄ると、その額にデコピンをくらわせる。


『い、いたっ』

「いいかアルカ、お前には言いたいことはあるが、説教は後回しだ。今はとにかく……」


 俺はフェイの手より青いオリハルコンを取ると、アルカの手を開き、そこへ置く。


「戦うぞ。お前が必要なんだ」


 俺の言葉にアルカはポカンとしていたが、やがてブンブンと頭を振り、パンパンと頬を叩く。


『……はい!』


 よし、やる気になったな。


 アルカは青いオリハルコンを受け取り、自身の髪飾りへとはめ込む。

 ルークはバックルに黄色のオリハルコン、

 ゲイルはブレスレットに緑のオリハルコン、

 フェイはイヤリングに銀のオリハルコン、

 ヴィオもブレスレットに紫のオリハルコン……と思っていたらアンクレットにセットする。あれ? ヴィオのはゲイル同様にブレスレットじゃなかったかな?


 ともあれ、全員の準備は整ったようだ。


 すると、


『あ……お、俺たちは?』


 烈火吹雪の二人が不安そうに尋ねてくる。

 うーむ。流石にこの二人用のハイ・アーマードスーツは用意してないなぁ

 どうすんべ……と思っていると、シェシェルがクロっぽい猫と共に乗って降りてきた《ジェミニ》が視界に入る。


「ちょうどいい。《ジェミニ》のバトルモードを使え。それなら、ハイ・アーマードスーツ並みの力が発揮できる筈だ」

『で、でも……俺たちサポートAIはゴゥレムのバトルモードを使う権限は与えられてないぜ』

「あ、そうなの?」


 チラリとフェイを向くと、申し訳なさげに頷いた。


「じゃあ、艦長権限でその条件は無しとする。好きに使っていいぞ」

『あ、あっさりだな』


 良いのだ。

 こういう権限の使い方ならバリバリオッケーなのですよ。


「それじゃあ、全員準備は良いな」


 俺が周りを見渡すと、全員が大きく頷いた。

 こんな状況ではあるが、不覚にもワクワクしてしまう自分が居る。


 チームメンバー全員揃って、このキーワードを言えるのだ。


 俺は周囲を取り囲む魔獣どもを睨みつけ、

 左手に嵌めた指輪を胸の前で右の掌で押し付ける。


 アルカは髪飾りを取り外し、頭上へと掲げる。


 ルークはユニフォームのコートを翻し、あらわになったバックルへ手を添える。


 ゲイルは左腕に嵌めたブレスレットを振り払う。


 フェイは髪をかき上げ、イヤリングを指で弾く。


 ヴィオはアンクレットに手を添えた後、その場で大きく回し蹴りを放った。


「『『「『『「変身アームド・オン!!」』』」』」


 そして、そのキーワードを……声を揃えて高らかに叫んだ。




 章のクライマックスはこれだと決めていましたが、ようやくです。

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