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190話 舐めプレイ




「あはは……いやいや、君たちの事舐めていたかねぇ。8人がかりとは言え、僕をここまで追い詰めるなんて、やるじゃあないの」


 上半身を起こしたアウラムは、この状況だというのに朗らかな声で、パンパンと身体についた土埃を払う。


「……もう打つ手はないだろ。降参しろ。後でゆっくり話は聞いてやる」


 ブレイズブレードの切っ先を突き付けながら俺は言った。

 最初はどうなるかと思ったが、予想以上に上手く事が運び、心底ホッとしていた。だが、この期に及んで余裕綽々な態度であるアウラムに、俺は不安を抱き始めていた。


「ふぅん、打つ手なしねぇ。……あのさぁ、舐めていたのは悪かったけど……」


 浮かべていた筈の笑みが消える。


「舐めているのはそっちもだろーが」


「何?」


 ……弁明しておくと、俺たちは奴を取り囲んでいた。

 相手が相手だけにそこに油断は無く、何か動きがあればすぐに対処する筈だった。


 だったのに……俺たちの目の前で、奴は消えた。

 何の予備動作もなく……だ。


「こっちだよ」


 背後からの声に咄嗟に振り向いた俺だったが、次の瞬間に腹部に衝撃を感じ、俺の身体は吹き飛ばされてしまった。

 俺が打たれたのは、ただのボディブローだ。

 だというのに、俺はこの世界に来て初めてと言っていいレベルの痛みを味わっていた。

 こんなことはあり得ない。

 アーマードスーツを着ている以上、打撃の衝撃は全て吸収される。当たったという感触は感じられるが、痛みとしては身体に残らない筈なのだ。


「か……かは……」


 だが、この痛みは現実だ。


 息が出来ない。

 痛みというよりも胸がひどく熱い。

 一瞬の痛みであれば、訓練中に何度も経験がある。だが、こうした持続した痛みというものに俺は慣れていなかった。

 とにかく頭がパニックになり、何も思考がまとまらない。ただ、うずくまったまま腹部を抑えて唸る事しか出来なかった。


『ケイッ!』

「貴様ッ!」


 朦朧とする意識の中、視界の端で捉えたのは、俺へと駆け寄るアルカ、即座にアウラムに矢を放つゲイルの姿だった。

 だが、アウラムは撃たれた矢を軽く手で払いのける。まるで、虫でも追い払うように無造作に片手で……だ。


「あぁ、君は百発百中が売りだったね。いいよ、どんどん撃ちなさい」

「!」


 その挑発に答えるように、ゲイルはアウラムに向けて次々に矢を放つ。

 だが、信じられない事にその全ての矢をアウラムは避け続けたのだ。それも、その場に立ったまま、上半身のみを動かすという信じられない妙技で。

 ゲイルの矢が当たらないという光景を、俺は初めて見た。

 その矢を撃たれ続けた間にアウラムはゲイルに接近し、驚愕するゲイルを鼻で笑った後に俺同様にボディブローを見舞う。

 すると、俺と同じくゲイルも腹部を抑えたままその場に崩れ落ちた。

 俺よりもずっと痛みに慣れている筈のゲイルがだ。


「おらぁっ!!」


 続いてアウラムに向けて攻撃を仕掛けたのは、ヴィオであった。

 動きそのものは、先ほど戦っていた時と変わらない。変わっていたのは受け身の側のアウラムの方だ。

 アウラムは、ヴィオの拳をバリアも剣も使わずに同じ拳で打ち払っていた。


「なんなんだよてめぇ! さっきの動きは、人間に出来る動きじゃねぇぞ!」

「人間じゃないんだ。仕方ないだろう」


 やがて、撃ち出された拳をアウラムはそのまま掴み上げ、ヴィオの動きを封じてしまう。


「離せ……この!」

「君は怪力が自慢だったね。じゃあ、僕と力比べでもしてみるかい?」

「おんもしれぇ、後悔すんなよ!」


 ボコボコと、ヴィオの両腕が太くなる。魔力を両腕に回して、パワーを増強しているのだ。

 その強化された腕でアウラムの拘束を抜け出そうとしているのだが、当のアウラムもアーマードスーツで筋力をアップさせているのか、涼しい顔のままだ。


『いえ、違います』


 すると、俺へと駆け寄ってきたアルカが、俺の思考を読み取ったかのように声を出す。


『スーツの力を開放する場合は、スーツに描かれたラインに光が灯るはずです。なのに、その兆候は無い。だとするならば、あれはあの男の自力という事になる』

「な……何?」


 自力でヴィオと互角以上の筋力だというのか?

 そんなの、人間じゃありえないだろう。


「ぬあああっ!!」

「ふぅむ、大したもんだ。でも、僕には勝てないよ」


 突如としてアウラムは腕の力を緩めた。その挙動でヴィオの身体が思わず前のめりになる。咄嗟に踏みとどまろうとしたヴィオであるが、その頭部にアウラムの頭突きが打ち込まれた。


「ガ―――」


 それでもなんとか倒れずに踏ん張ろうとしたヴィオであったが、即座にその腹部に膝蹴りが入り、ヴィオはその場に力なく崩れ落ちる。


 八人のうち、既に三人が戦闘不能へと追いやられた。


『うわあぁぁぁっ!!』


 突然、ルークが絶叫を上げたと思ったら、即座にゴゥレム……《タウラス》を纏っていた。そして、その巨体で突進する。


『ルーク! ……クッ!!』


 同時にフェイが狼の姿に変身し、牙をむき出しにしてアウラムへ襲い掛かる。


 ヴィオが簡単やられてしまった以上、いかに《タウラス》のパワーとは言え通じるとは思えない。フェイもそう判断して制止しようとしたのだろうが、動き出してしまった以上はどうしようもない。

 ならば自身も最大パワーでサポートに回り、勝率を上げるしかない。と考えたらしきフェイは、超スピードでアウラムの周囲を駆け回り、その意識をルークから逸らそうとする。


『タウラスパーンチッ!!』


 やがて、アウラムへと辿り着いたルークが、その巨大な拳を振りあげて渾身のパンチを叩き込もうとした。


「うぅむ、そろそろ面倒くさくなってきたかな」


 すると、俺を殴りつけた時と同様に、アウラムの姿がパッと消えた。

 消えたアウラムは、いつの間にかパンチを叩き込もうとしていた《タウラス》の側面へと現れており、今まさに振り下ろそうとしていたその巨大な拳を、自身の細い腕で殴りつける。


「!!」


 次の瞬間、俺はまたしても信じられない光景を目の当たりにした。

 アウラムが《タウラス》の腕を殴りつけた瞬間、その腕は酷くもろく吹き飛んだ。その吹き飛んだ腕は、未だ倒れたままの俺の目の前へと落ちる。

 ……吹き飛んだのは、《タウラス》の腕だ。俺はそれを、呆然と眺めていることしか出来なかった。


『ルークッ!!』


 拳を放った体勢のままのアウラム目がけて、狼形態のフェイが飛び掛かり、その身体に組み付いたままに首筋へと牙を突き立てようとした。


 が、その牙が突き刺さる寸前、アウラムの腕が伸び、その口元を正面から強引に掴み上げる。

 牙こそ刺さっていないものの、狼の顎の力であれば、そのまま腕をかみ砕くことは容易に考えられた。だというのに、フェイの身体はジリジリと、まるで押さえつけられているかのように動けずにいる。


 そして、そのまま力任せにフェイの身体は振り回され、まるで鈍器のように《タウラス》のボディへ激突した。大小二つの金属ボディを持つ二人は、ゴロゴロともつれ合ったままに転がる結果となる。


 続いて、アウラムは突然の状況にどうすればいいのかと棒立ちになっている烈火と吹雪を見る。

 まずいぞ。このままだと二人は完全に破壊される。


『烈火吹雪! こちらへ!!』


 茫然としていた二人へアルカの声が飛び、二人は倒れたままのゲイルとヴィオの二人の身体を抱え、慌ててこちらへ駆けてくる。二人の身体をゆっくりと大地へ降ろすと、俺を含めた四人を守るかのようにアウラムとの間に立ち、壁となる。

 その足は小刻みに震えているが、その場に立つ続けるのは彼らのせめてもの意地なのだろう。


 やがて、一人だけとなったアウラムは、勝ち誇るように倒れ伏したままの俺を眺めている。


「……マジかよ」


 チーム・アルドラゴ全員の力を結集して、なんとか勝てたと思い込んでいた。だが、さっきの戦いが奴の本気ではなかったという事か。

 というか、この結果はメンバーそれぞれの長所を生かした攻撃が1mmも効いていないって事だ。

 こんなのどうやって勝てばいいんだよ。


「全く、ただの舐めプに勝ったぐらいで調子に乗ってもらっちゃ困るなぁ。ちょっと本気になっただけで、手も足も出ないじゃないか」


 俺たちの様子を見て、せせら笑うアウラム。


 そのとおりだ。

 底の知れない相手に、全員でやれば勝てると思い込んだ。その結果がこれだ。

 勝てる保証がない事は理解していた筈なのに、負けた時の事を考えていなかった。


 くそ……ごめん、みんな。

 完全に俺の采配ミスだ。




『今のが本気……という事ですか』


 痛みと後悔に打ち震える俺の耳に、アルカの冷静な声が聞こえてきた。


「んん? まあそうだけど?」


 アルカの言葉にアウラムが面白くなさそうに返事をする。

 俺にはアルカが何を問いただしたいのか分からない。

 だが、ここはアルカに任せることにした。


『だとしたら、最初からその本気の力で我々を蹂躙すればいいだけ』

「それは、君たちと同じ武装で戦った方が面白いかなぁと思ったからだよ」

『それもあるでしょう。でも、私とケイだけの時ならまだしも、チーム全員が揃ってからその縛りをする必要は無い筈です』

「それはさっきも言っただろう。舐めていただけだよ」

『それもきっと嘘ではない。でも、それだけではない。……違いますか?』

「何が言いたいんだい?」


 アウラムの声が更に険しくなる。


『その本気だという力を発揮するには、制限があるはずです』

「……制限?」


 思わず声が出た。

 スーツや武器の力を使うのとは別の制限が奴には存在するというのか?


『その本気の力とやらは確かに強力です。ですが、その力を発揮するには何かを失うのではないですか? だから、今まで出し惜しみしていた。……違いますか?』


 失う?

 どういう事だ? 魔力とかアイテムを消費するのではない。何か別のものを使って、奴はあの力を発揮しているというのか?

 問い質したいが、まだうまく喋れそうもない。


 すると、ふとアウラムの方からパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。


「いやいや、一番見くびっていたのは君かな。凄いね、あれだけの短い期間でよく見抜いたもんだよ」


 という事はマジか。

 ようやく見つけた奴の付け入る隙。だというのに、見上げるアルカの顔は険しいままだった。


「確かに、この力を発揮するにはちょっとした制限がある。使わないでも勝てると思い込んでいたのは、僕のミスだ。そこは認めよう。……でもね、だから何だって言うのかなぁ」


 そう言ってアウラムはまるで余裕を見せるかのように両手を広げて見せる。


「チームメンバーは全員ボロボロ。残ったアンドロイドは二つとも片腕がないし、五体満足なのは君だけ。正直言って、ここから先は本気出すまでもないよね」


 確かにそうだ。

 俺、ゲイル、ヴィオは倒れ伏したまま動けないでいる。

 ルークの《タウラス》は半壊し、フェイもダメージを負った。


 残されているのは、戦闘開始前より傷を負っている烈火と吹雪、そして貯量魔力が完全ではないアルカだけだ。

 まともな戦いになるとは到底思えない。


『では、貴方の目的はなんですか? 今まで裏方に徹してきた貴方が、こうして我々の前に現れた。まさか、面倒になったから潰そうとか思い立ったわけでも無いでしょう』


 すると、アウラムは表情をキョトンとさせ、しばらく宙を睨んだ後に笑い出した。


「……ハハハ! まぁ改めて言われるとそうだよねぇ。ついついマジになったけど、今回はあくまでライバル担当の顔見せで、僕としては君たちを潰すつもりなんて無かったんだった。……まぁ、メンバーが誰一人欠けてるわけじゃないから、いいか」


 パンパンと手を叩くと、この場を支配していた張り詰めた空気がスッ―――と霧散していく。


 まさか、マジで引くつもりか?

 急に現れて、こっちを混乱させるだけ混乱させておいて、このまま去るつもりか?


 いや、この場合は命を拾ったと言えるのか。

 悔しいが、今の俺たちの状態では逆転の手は全く思いつかない。

 この場は、涙を呑んで耐えるしかない。


 ……と思っていたら、


「―――って思っていたけど、やっぱり予定変更だ」


 こんな事を言い出しやがった。


「え?」


「アルカちゃん……。君だけはやっぱり、ここで消えてもらった方が良さそうだ」


『「!!」』


 アルカは身構え、俺は思わず立ち上がろうとする。……だが、立てない。立ち上がろうと身体に力を込めると、胸を突き刺すような激痛が走る。


「思っていたよりも頭が切れるみたいだし、主人公との信頼関係もだいぶ高まっているじゃん。やっぱこれ以上、僕のシナリオには不必要かな」


 淡々と告げられる言葉。

 それを聞き、アルカは目を閉じて一呼吸置いた後、その言葉を吐いた。


『……では、私を消せばそれで問題なしという事ですか?』


「アルカ?」


 思わず俺の声が漏れる。

 だが、アルカに気にせずに言葉を続けた。


『私が消えれば、ここから立ち去るという事ですね』


 その言葉を聞いて、アウラムはうんうんと嬉しそうに頷く。


「うん、そうしようかな」

『……わかりました。約束は守ってもらいます』


 俺の位置からは、アルカの表情まで確認できない。

 だが、その言葉にはしっかりとした意思が感じられた。

 出会ったばかりの頃とは少し違う……本物の人間のような意思が……


「さっすがはヒロインの代役だ。自己犠牲精神はしっかり持ち合わせている訳だね。まぁ、予定外ではあるけども、不安要素は早めに消しておいた方が良いかな」


 前に出ようとするアルカだったが、その肩を掴み、強引に押しとどめる者が現れた。







 ……俺だ。




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