187話 主人公
自らを作者と名乗る目の前の男。
そんな馬鹿みたいな言葉を聞いて、俺はそれこそ馬鹿みたいにポカンとしていた。
「……作者? ……主人公? ……お膳立て? お前、何言ってやがる」
すると馬鹿みたいな発言をした張本人である自称作者アウラムは、小馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らし、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「んー。これまでの君の冒険、それは全て僕がお膳立てしたものだって言ってるんだ。
何の特殊な力も持たない、平凡な高校生。それが、異世界でチートパワーを手に入れて無双しましたってやつ。それ、僕大好きなんだよね。だから、自分でやってみたわけ」
またしても意味は分かるが理解できない言葉が発せられた。
ただ、その中の最後の言葉が俺はどうにも気にかかる。
「……やってみた?」
アウラムはうんうんと大きく頷く。
「正義感がそれなりに強く、馬鹿でもない。向上心もあるが、目立ちすぎるのは嫌い。でも、ハーレムとか嫌いだから、そういうのやりそうもない子を選んで、主人公として、この世界に放り込んでみた。
どう、楽しかったでしょ?」
まさか、本当だとでもいうのか?
今までの俺の旅……戦い……その全てが、俺の脳裏に駆け巡る。
大変だったし、死ぬかと思った時もあった。
早く帰りたいと願ったことは事実だが、もう少しこの旅が続くことを願った事も真実。
あぁ、確かに楽しかった。
でも、その全てが、コイツのお膳立てだと?
その事実を認識した途端、俺は激昂していた。
「ふざけるな! これは俺の旅だ! 断じて、お前なんかが作ったものじゃねぇ!!」
「へぇ? 異世界にやってきて、早々に超技術満載の宇宙船に出会えた事もかい? 随分と都合の良い旅路だねぇ」
「!!!」
確かに、この世界に来てアルドラゴやアルカと出会えていなければ、俺はこの場所にも立てていない。生き残る事すら出来なかった筈だ。
ずっと、俺は偶然……ただのラッキー……あるいは運命なんて都合の良い思い込みをしていた。
それが……全て……お膳立て?
「とはいえ安心してくれ。別に、私生活の全てを監視していた訳じゃない。プライベートな事には一切手を出してないし、こっちにだって計算違いの事だってあるんだよね」
「計算違い……だと……?」
『ケイッ!!』
ようやく身を封じていた氷を解除出来たらしいアルカがやってきて、俺を庇うように立ちふさがる。
すると、今までニヤニヤと笑みを浮かべていたアウラムが途端に真顔となる。
「そう、最大の計算違いは君なんだよね……アルカちゃんだっけ」
『え?』
急に名を呼ばれ、アルカは顔をポカンとさせた。
「まさか、サポートさせる為に用意した宇宙船の人工知能が女の子で、果ては実体化するなんて計算違いもいいところなんだよね。全く、せっかく主人公に相応しいヒロインも用意していたっていうのにさ」
『は? え?』
アウラムの言葉が理解で出来ていないアルカは、ひたすらに頭に?マークを浮かべていた。
それは俺も同様だ。
一体、こいつ何を言ってるんだ。なんだ、俺が主人公だとか、ヒロインだとか。さっぱり意味が分からん。
「ああもう! アニメとかラノベとかで、好みじゃないヒロインがしゃしゃり出てきて、正ヒロインの影が薄くなるとか僕嫌いなんだけどなー。んでもって、読者人気でヒロイン交代までしちゃうやつ大っ嫌い!
でもでも、この物語はそうはさせないからね。ただ、シナリオもだいぶ修正しなくちゃいけなくなっちゃって、めちゃくちゃ大変だったんだぞぅ! その辺ちゃんと理解してよね!!」
『あ、貴方は一体何を―――?』
意味は分からんが、何だかとんでもない事を言われているのだろうという事は理解出来た。
ただ、問い質そうにもあっちは話を聞いていない。一体どうすりゃいいんだ……と思い悩んでいたら、別の場所から声がした。
『せ、先生!』
『おいレイジ! 何があった!?』
人形どもを薙ぎ倒しながらやって来たのは、烈火と吹雪だ。二人を見て、アウラムは更に不機嫌そうに顔を歪める。
「……なんだいアレ」
数秒間じっと二人を睨みつけ、やがて不快感を全開にしながら口を開いた。
「おいおい、何なんだよ。あの知らないのは。しかも、着ている服は君たちと同じユニフォームじゃないか。まさか、知らない間に仲間増やしたとか言うんじゃないだろうね」
『お、お前何者だ!』
『先生、こいつは敵なのか!?』
烈火と吹雪は、俺達と相対するアウラムを見て、それぞれ警戒するように武器を構えた。
その様子を見てアウラムはイライラと髪を掻きむしり、手にしていたヘキサブラストを二人へと向ける。
「うぜぇな。訳の分からないモブキャラが、メイン面してしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」
「止めろ!!」
咄嗟に声を飛ばすが、そんな静止の声をアウラムが聞くはずもない。
だが、冷静に考えるとファイヤーブラストだろうがアイスブラストだろうが、戦闘用アンドロイドである二人に傷をつけられる筈もない。
俺がくらったグラビティーブラストは防げないだろうが、一発受けただけで死ぬこともないだろう。
そう思っていたのだが、撃ち出されたのはそのどれでもない……第六の弾丸だった。
俺が見えたのは、黒い小さな塊。
それが、銃口より撃ち出され、真っすぐに烈火へと向かった。
『烈火!』
何か異常なものを感じ取ったのか、隣に立っていた吹雪が慌てて烈火の身体を突き飛ばそうとする。
が、それはほんの一瞬間に合わなかった。
ドンと突き飛ばそうとした吹雪の左腕と、烈火の右肩が交差した瞬間を黒い弾丸は撃ち抜いたのだ。
『ぬあっ!』
『うおっ!』
烈火の右肩、吹雪の左腕……それらは、まるで円形にくりぬかれたように綺麗に消失していた。
尤も、二人はあくまでアンドロイド。傷口から血が噴き出す事はないし、この程度で死ぬこともない。
ただ、派手な銃声も命中した際の激突音も何もない。更に破片すら残さずに、ただ命中した部位のみを消滅させるその現象……俺は非常に見覚えがあった。
かつて、シグマが使ったゼロディバイドなる技。あれによって、フェイは肉体の一部を消失する羽目になったのだ。
今の光景は、限りなくあれに近い。
「なぁんだ。変だと思ったら、ただの人形か。なるほど、アークの能力を研究して手勢を増やしたってところかな。それ自体は予測済みだけど、僕の知らないAIを使うってのは面白くない」
アウラムが何か言っているが、俺とアルカは無視して二人に駆け寄った。
正直言って、フェイがシグマにやられたあの時の事は、俺にとってトラウマなのだ。
『ケイ、問題はありません。損傷したのは腕のみで人格データに異常はないようです』
「よかったー」
アルカの診断に、心底ホッとする。
仲間が増えた途端に居なくなるとか勘弁ですよ。
『す、すまねぇレイジ。早々に迷惑かけちまった』
『う、うむ。これでは完全に足手まといだな』
二人は申し訳なさそうに謝るのだが、こればかりは相手が悪いとしか言いようがない。
「はぁ、そんなのも大事にするなんて、本当に君は優しいんだねぇ」
「そんなもの……だと!!」
大切な仲間をもの呼ばわりされて、俺はキッとアウラムを睨みつける。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでおくれよ。そんな君だから、僕は主人公に選んだのだし」
「お前に、何が分かる!」
「分かるとも。彰山慶次、17歳、××県××市在住、19××年10月生まれ。祖父母両親共に健在。兄弟は姉が一人。
何なら、学校の友達の名前でもこれから羅列しようか? それとも、愛読書か遊んできたゲームの遍歴でも構わないけど」
名前だけじゃない。俺の個人情報をいとも簡単に言いやがった。
いら立つと同時に、背筋を冷たいものが流れるのを感じた。
俺の何が分かると言ったが、本当にコイツは俺の事を何でも知っているのかと錯覚してしまう。
「お前一体―――」
「それよりさ、今僕が今撃った弾丸……気にならないのかな?」
……うぬぬ。
絶対話を無理やりに逸らされた感があるのだが、こっちも悔しいが気になる。
「それは何なんだ。そんなもの……アルドラゴには無いぞ」
「そりゃそうだ。コイツは、僕がこの世界で独自に作り上げたものだからね。防御力なんてものを完全に無視して、触れたものを全て消滅させる弾丸……。
名付けるなら≪ロストブラスト≫ってところかな」
消失か。
くそ、上手い事名づけるなコイツ。
「コイツに撃たれれば、いくらアーマードスーツだろうが、バリアだろうがオリハルコンだろうが何の意味もない。
それは、あのサイボーグとの戦いから学んだだろう?」
あのサイボーグ……シグマの事を言っているのか。
「あの戦いで、君たちは決して無敵ではないと知った筈だ。それでも君は恐怖に駆られて逃げださず、戦う事を選んだ。
流石は僕が選んだ主人公。……って褒めたいところだけど、ちょっと予定していたシナリオとは違っていたんだよね。僕としては数日間は恐怖にとらわれて戦えなくなるんじゃないかって思っていたけど」
という事は、やはりあの戦い自体もこいつのシナリオという事なのか。
そこに苛立ちはあるが、あの戦い全てがコイツのシナリオ通りには進まなかったのだと知り、少しだけホッとする。
そもそも、あの時はフェイが傷つき、それを元に戻す為に全力投球だったかんな。恐怖にとらわれている暇なんてなかった。
「ともあれ、僕はそういう武器を持っていて、その銃口を簡単に君に向けられる。それでも、その雑魚キャラを庇うのかい?」
アウラムのその言葉に、二人の表情が悔しさに歪んだのを俺は感じた。
あー……もう駄目だ。
ずっとコイツにはムカついていたけど、もう我慢出来なくなったぞ。
「モブだのザコだの……くだらねぇ事言ってるんじゃねぇよ!」
『先生……』
『レイジ……』
「何が、主人公だ。何がモブだ。そんなもん、てめぇの主観だろうが。そもそも、こいつ等は俺なんかよりもずっと凄い奴らで、俺なんかよりもずっと凄い努力をしてきた奴らだ」
そうだ。
俺なんか、ついこの間まで日本でのほほんと平和な日常を送っていた高校生に過ぎない。それに対して、ミカもジェイドもこの世界で生まれ、幼い頃から必死に戦う力を得るために頑張ってきたやつらだ。どっちが凄いかなんて問われれば、そんなもん結果は目に見えている。
大体、主人公だなんだってのは、そんなもんただの主観だ。
これは、あいつが作った物語じゃない。
そして、烈火やオリジナルのミカ……吹雪やオリジナルのジェイドにも物語があり、それぞれの主観ではそれぞれが主人公だ。
……そういや、俺もこの世界に来たばっかりの頃は物語の主人公ならばどうするとか色々考えたりもしっけなぁ。
だが、作者を名乗るコイツが目の前に現れ、今までの自分の旅がお膳立てしたものだと聞いて、別の意味で吹っ切れた。
まあ正直言って、今は怒りで頭が沸騰しているからこんな心境だが、落ち着いたら色々考えこんだりもするんだろう。
でも、今の気持ちは正直なものだ。
だから、気にせず目の前の相手に啖呵を切る。
「言っておくが、これは俺の物語じゃない。“俺たち”の物語だ。そして、主人公は“俺たち”だ」
そう言った途端……まるでタイミングでも見計らったかのような出来事が起きた。
ゴォゴォという空気を震わせる音が渓谷に響き渡り、谷の頭上に巨大な黒い影がその姿を現したのだ。
「……おいおい、実は聞いてたんじゃないだろうな」
現れた巨大な影は、アルドラゴだ。
そのアルドラゴより、二つの小さな影が飛び降り、俺やアルカをまるで守るかのように着地する。
「ルーク、フェイ……」
二人はこちらを振り向き、安心させるように笑みを浮かべた。
続いて俺の耳に響いてきたのは、ギュルギュルと悪路を走るタイヤの音のような異音だ。
谷の上面部より、ゴリゴリと岩壁を転がりながら現れたのは、巨大な球体である。動いているのは初めて見たが、当然ながら見覚えがある代物だ。
あれこそ《アリエス》!!
それのビークルモード。まさか、牡羊座の名を与えたゴゥレムが、羊ですらなくアルマジロのように球体に変形して移動するなんて誰も思うまい。
当然ながら《アリエス》にも他のゴゥレム同様の特異性というものがあるのだが、それは後々紹介できるだろう。
その《アリエス》の側面部が開き、移動中にも関わらずにその開いた扉より二つの影が飛び出し、前の二人と同様に俺たちを守るかのように前方に着地する。
「ゲイル、ヴィオ……」
ヴィオは振り向いて「よっ」と軽く返事をするが、ゲイルはどことなくばつが悪そうな顔で俺と目を合わそうとしない。……何か変な事言ったかな?
ともあれ、これで6人……チーム・アルドラゴのメンバーが全員揃ったわけだ。
よし、いくら相手が黒幕だろうが作者だろうが、なんとかなりそうだ。
そんな頼もしさを俺は感じ、思わず頬が緩んだ。
リアルタイムにして実に一年以上ぶりにメインキャラたちが集合できました。




