179話 「烈火&吹雪」
俺がその名を口にすると、ジェイドに似た男は申し訳なさそうな顔を作って頭をポリポリと掻く。
『あぁ……悪いが、そいつは俺たちのオリジナルの名前だ』
「オリ……ジナル……?」
そのオリジナルという言葉に、混乱していた俺の精神がようやく収まってきた。
改めて二人の姿をよく見てみよう。
ジェイドに似た男は髪型こそそっくりではあるものの、その髪の色は水色である。
顔の方も似てはいるがやはり別人だ。ただ、左頬にはジェイドにもあったタトゥーらしきものがある。最もデザインは違うようだ。
次にミカに似た女も髪型はそっくりであるが、髪の色はピンク……というよりはマゼンタ色だ。
顔も同じく似てはいるが別人。どちらかと言えばジェイド風の男と顔立ちがよく似ている。そして、ミカにあった右頬のひっかき傷は、ジェイド風の男と同様のタトゥーとなっていた。
二人とも、それぞれ水色とマゼンタ色のアルドラゴユニフォームを着込んでいる。
その事から、アルドラゴの関係者だというのは分かる。分かるのだが、艦長である俺が知らない奴らってのは一体どういう事なんだ?
再び混乱してきた俺を見て、ジェイド風の男は口を開く。
『混乱しているみたいだから、てっとり早く説明するぞ。
俺達は、今言った二人の人格データをモデルに再設定されたアルドラゴのサポートAIだ』
「ジェイドとミカをモデルにした……サポートAI?」
なんだその話?
俺は知らないぞ!?
『詳しくはフェイ様から説明がある。これを付けてくれ』
そう言って手渡されたのは、アルドラゴの移動用小型端末であるバイザーだ。
同じものは俺も持っている。だが、既にエネルギー切れの為に今はシェシェルの部屋に放置されている。
まさか、これはきちんと使えるという事なのか?
「お、おい。これって……」
改めて尋ねようとしたら、ミカ似の女性が苦渋の顔で俺の声を遮った。
『すまない先生。緊急事態故にまずはアルカ様を救出する任務を優先させていただく』
『そうだな。悪りぃ、フェイ様から最優先で命令されてんだわ!』
ジェイド似の男はペコリと俺に向かって軽く頭を下げると、女性と共に背後を振り返った。
『……これは拙い。アルカ様の残魔力エネルギー……5%だ。愚弟、頼むぞ』
『おっしゃぁ! いくぞオラぁ!!』
聞き覚えのある掛け声と共に、ジェイド似の男はアルカが作り出した水牢に向けて疾走した。
そして水牢の目前に達すると、それに向かって飛び蹴りを放ったのだ。
『アルカ様悪いな!』
そうは言うが、アルカの水牢は打撃では打ち破れない代物なのだ。いくら強烈なキックであっても、破れるものではないのだぞ?
だが、男の足が水牢の表面に激突した瞬間、ドォンという衝撃音のようなものが放たれた。すると、水牢の表面が激しく波立っていくではないか。
更に男は空中で回転すると、もう一方の足で更なる蹴りを波立つ水牢に向けて放つ。今度は、バリバリバリとその靴裏から電流が迸った。
その途端、パァンという破裂音と共に水牢は水飛沫となって弾け飛ぶ。
理解した。男の右足に取り付けられているのは……アルドラゴのアイテム……“インパクトドロップ”だ。蹴りを打ち込む際に、強烈な衝撃波を対象の内部に送り込み、防御を内側より打ち崩す装備。
そして左足に取り付けられているのは“エレクトロショック”。その名の通り、打撃と共に電撃を浴びせる装備だ。
振動と電撃……それはアルカの弱点でもあった。振動によって水面が乱されれば、アルカは実体を保つ事が難しい。そこへダメ押しとばかりに水の弱点である電撃を浴びせられれば、いくらアルカであっても即座に行動不能に陥ってしまうだろう。
耐電効果のあるスーツやジャケットは、今のアルカには無い。
正に、アルカを行動不能……いやこの場合は強制停止にする為の装備コンボと言えた。
水飛沫が舞う中、その飛沫の中に青く光る玉がある。それこそ、今のアルカの本体と言える水の魔晶だ。それを見極めたジェイド似の男は即座に魔晶をキャッチした。
良し!!
だが、魔晶をその手に掴み無防備な体勢となった男を、今まで水牢に閉じ込められていたブラットは逃しはしない。
「オイ……なに、勝負の邪魔してくれてんだ」
男目がけて巨腕の拳を振り下ろそうとするのだが、それよりも早く俺の傍に立つミカ似の女性が動いた。
『アンタの方が邪魔だ』
いつの間にか、女性の手には警棒のようなものが握られており、それを振るうと棒の先端より光のロープのようなものが飛び出したのだ。そして今まさに拳を振り下ろそうとしていたブラットの身体に巻き付き、その自由を奪う。
「なんだと!?」
『うおおっ!!』
女性が掛け声と共に棒を振るうと、光のロープを身体に巻き付けられたブラットの身体は浮き上がり、そのまま壁へと叩きつけられてしまった。
……なかなかの怪力。
なんて事を思っていると、女性がこちらを向いて叫んだ。
『先生! この隙にフェイ様からの伝言を!』
「お、おう!」
やはり先生と呼ばれるとドキッとしてしまう。
とにかく俺は、言われるがままにそのバイザーを額に取り付け、スイッチを入れた。
するとモニタの中に現れたのはフェイの姿だった。
『これを目にしているという事は、どうやら無事に艦長の手に渡ったようですね。
艦長、これは録画です。残念ながら通信が回復した訳ではありません。
ある程度のエネルギー回復の目途は立ちましたが、状況はあまり好転していません。
無事に姉さんと合流出来ていれば良いのですが、その場合に備えて緊急用の魔力エネルギーバッテリーを二人に持たせました。それで、装備の一時的な回復が出来る筈です』
そこまで言った所でフェイの顔は曇り始める。
『……はい。恐らくは艦長が一番疑問に思っているであろう事に答えていませんね。
今そこに居るでしょうお二人について説明致します。
二人は、艦長も知っているミカさん、ジェイドさんの人格データをモデルとしたアルドラゴのサポートAIです。
私個人が、ルーベリー王国を去る際にお二人に協力を要請しました。全ての事情は説明していませんが、お二人は全面的に協力してくれました。
アルドラゴには人格データが空になっているAIがいくつか存在しますので、そちらにお二人のデータをインストールさせていただきました。
ハイ、完全なる私の独断です。
理由に関しては、完全なる言い訳となってしまいますが当然あります。ですが、こうして一方的に話してしまうのは不誠実にあたりますので、きちんと艦長と会ってから説明したいと思います』
どうやらマジでこの二人はアルドラゴのAIらしい。
AI……知っている奴らがAIになって現れるっていうのは……何というか嬉しさもあるがモヤモヤするものがある。
それにしてもフェイの独断……か。
確かにフェイはアルカとルークと違って正式にアルドラゴのメインコンピューターに帰属していない。俺の権限系統からは外れる形となっているのだ。
だから、こういった俺の関知していない行動も行ったりすることが出来る。
……今更フェイが裏切るとは思えないのだが、この行動については彼女の言うとおりにきちんと向き合って対処しよう。
ともあれ、続きだ。
『また、何故二人にボディが与えられて艦外で活動出来ているのかという疑問はあるでしょう。
艦長も知っての通り、私達管理AIと違ってサポートAIはアルドラゴの外で活動したり、意識を移動させたりする事が出来ません。
それを可能にしたのは、今回私達が敵から簒奪した技術の恩恵によるものです』
簒奪?
一体、何を奪ったというのか。そもそも、敵とは何者なのか。
『詳しい説明を今は省きます。
とにかく、艦長たちがアルドラゴを離れている間に敵より襲撃を受けました。
その対処は私とルークが行い、無事に撃退することが出来たのです。
問題は、その敵の使っていた技術です。
もしかしたら艦長も既に遭遇しているかもしれませんね。
敵は、人形のような魔獣を複数体操る能力を持つ者でした』
……人形。
俺の脳裏に、この集落にたどり着く前に戦った……ゲッコーの姿が思い浮かぶ。
確かに、奴らは人形のような形状をした魔獣だった。
あれが、アルドラゴにも襲い掛かったというのか。
『正確に言えばあれは魔獣ではなく、マリオネット……遠隔操作で動く人形のようなものでした。
その敵の残骸を研究し、遠隔操作の技術を得ました。そのデータを現在開発中だったサポート用アンドロイドに組み込んだのです。
ですので、艦の外で活動しているというよりも、艦の内部から遠隔操作でそのボディを操っているという事になります。その為、彼らの本体は、今のアルドラゴにあります』
「サポート用アンドロイド……」
それは俺も知っている。
アルカAI組の主導ではあったが、先のルーベリー事件をきっかけとして艦内のサポートを充実させるべくアンドロイドの製作が行われていたのだ。
元々アルドラゴの稼働をスムーズに行うためのものだった筈なのだが、それがこの二人だというのか?
『そのサポート用アンドロイドを急遽戦闘用に作り替え、顔を与えて武装を組み込みました。
そして、戦闘の知識を持つジェイドさんミカさんのデータを取り込んだのです。
このような状況で艦長に披露するつもりでは無かったのですが、緊急事態という事でそちらに向かわせました。
また魔力エネルギーを流出させない為のプロテクト技術も敵から奪う事が出来ました。
二人にはその技術を応用したバッテリーを内蔵してありますので、およそ24時間は活動出来る筈です。
ただ、元々サポート用アンドロイドでしたので、戦闘に関しては姉さん達魔晶を用いた管理AI組には劣ります。
ですが、今早急に手助けが必要な状況なのでしたら、お叱りは後でいくらでも受けますので、どうかこの二人を使ってください。
そして、使用許可を貰えるのでしたら、この二人に固有名称……名を与えてください。
どうか……どうか……無事に二人に再開出来る事を願っています』
そこで伝言は終わっていた。
バイザーを外すと、ちょうどジェイド似の男……いやアンドロイドがこちらに到着した所だった。
俺は無言で手渡されたアルカの魔晶を受け取る。
その魔晶は淡いながらもまだ光を放っている。俺は強くその魔晶を握りしめ、胸に抱いた。……大丈夫だ。アルカはまだ生きている。
改めて二人を見据えた。
二人とも、緊張した面持ちでこちらを見ている。
ミカとジェイドの人格がインストールされたアンドロイド……。正直複雑ではあるのだが、心配なのは記憶だ。もし、彼らにその記憶があるのだとしたら……。
「ええと……君達に、あいつらの記憶とかは……」
そう尋ねると、ミカに似た女性アンドロイドが首を振る。
『いや、我々にオリジナルの記憶は無い。ただ、人格をインストールした際に一緒に癖みたいなものも取り込んでしまったらしくてな、そのせいで艦長の事を先生と呼んでしまいそうになるだけだ』
『そうだな。俺も油断したらレイジって呼んじまいそうになっちまうし』
「そ、そうなのか……」
俺をその名で呼ぶのは癖か。
人格と戦闘技術を取り込んだのなら、確かに癖も一緒に取り込んでしまうというのも納得できる。
『艦長。我々には、オリジナルと貴方がどんな関係だったのかという記憶は無い。もし受け入れられないというのなら、それで構わない。艦に戻り、人格データを初期化してもらうだけだ。ただ……』
彼女は一旦目を閉じ、改めて正面から俺を見据えた。
俺の目を見て……。
『私は、こうして先生と会う事が出来て嬉しい。だから、我々の力が少しでも何かの役に立つのなら……どうかこの力を使ってほしい』
『あぁ、俺も力になるぜ。ダチとしてな!』
ジェイド似の男がニカッとした笑みを浮かべてそう言うと、隣に立つミカ似の女性がその頭をすぱこんとぶっ叩く。
『馬鹿者! 艦長に向かってダチとは何事だ! 弁えろ愚弟め!!』
『いってぇな! 仕方ねぇだろ、引きずられるんだよ姉貴!!』
愚弟……姉貴……まさか、この二人……。
「姉弟なのか?」
『まぁとりあえず二人同時に作られたという事で、双子という扱いになっている』
『全く、なんで俺の方が弟なんだよ』
『それは、意識が目覚めたのが私の方が数秒早かったからだ』
『くっそう、なんか腑に落ちねぇ……』
そう言いあう二人に、俺は軽く笑みを浮かべた。
あの二人が姉弟か……。人格はそのままには違いないが、確かにこいつ等はミカとジェイドとは別人みたいだ。
正直まだ混乱はしているのだが、今はとにかく戦力が必要だ。
じゃあ、まずは名前だ。
名前……となれば、ミカとジェイドとは全く違う名が必要だ。
ならば、二人には俺の母国の言葉……日本語の名を与えよう。
さっきフェイの連絡動画を受け取った際に、この二人の特性……スペックは既に俺の頭にインストール済みだ。
その特性を考えて……俺は二人にこの名を与える事とした。
「君の名は……烈火」
『……烈火』
ミカ似の女性には、燃え滾る炎をイメージさせる烈火の名を与えた。
そして……
「お前の名前は……吹雪だ」
『……吹雪』
ジェイド似の男には、極寒の地に降り注ぐ雪をイメージさせる吹雪の名を与えた。
烈火に吹雪。
その名を与えたのは、当然ながら二人に組み込まれた特性を考えてのことだ。
名を与えられ、二人の目に宿っていた活力が……光が更に輝きを増す。
『よっしゃあ! まず何をすればいい!!』
『馬鹿め。すぐに理解できるだろう』
烈火が視線を向けた先には、壁に激突した衝撃から立ち直ったらしきブラットの姿があった。
ブラットは首を軽く振りながら、こちら見てまたしても厭らしい笑みを浮かべている。
『おう、そうか! で、それでいいのか艦長!』
「あぁ、最初の艦長指令だ。烈火……吹雪! 奴を倒せ」
俺の言葉を聞き、気合を入れるかのように二人は共に自らの頬を叩く。
『了解!』
『よっしゃあ! おら行くぜ! 吹雪様&烈火の初陣だぁ!!』
『阿呆。烈火様&吹雪だ。私の方が姉だぞ、愚弟め』
この瞬間、戦闘アンドロイド姉弟……烈火&吹雪が誕生したのである。
彼らの初戦の相手は、アルカですら倒しきる事が叶わなかった強敵……不死者ブラット。
最終ラウンド……ゲームスタート。
という事で構想を練ってから、ずっと出したかったキャラ……烈火と吹雪遂に登場です。
135話時点での二人とフェイの話が、ようやくここに結び付きました。……長かった。