177話 強化パーツ
戦いが終わり、静寂が漂う中、俺は手に持っていた帝国軍製バズーカを放り投げ、アルカへと駆け寄った。
「アルカ、無事か!?」
『……何を見ていたのですか。無事に決まっているじゃないですか。楽勝です。あんな奴』
ふふんと胸を張るアルカさんであるが、傍目から見てどうしても快勝だったとは言いづらいぜ。
まぁそこは言うまい。
それと、その大きな胸を張るのはいいんだけどさ。
「まぁ勝ってよかったよな。……良かったから……良かったから、そろそろ服着てください」
『ぬ』
そこでようやくアルカさんは自分が素っ裸だった事に気づく。
水晶みたいな半透明の姿であるから、何処となくクリスタルで作られた彫刻のような佇まいではあるのだが……ダメだ。所詮裸は裸。ジッと見ていいものではない。
『液体化すると服が脱げるってシステム、実に面倒ですね……ぶつぶつ』
何かぶつくさ言いながらも、脱ぎ捨てた簡易衣服を着こんでくれたアルカさん。
ふぅ、ようやく正面向いて話が出来る。
「しかし、捕獲したは良いものの……いや、良くはねぇんだけどさ。こいつ等いったいどうすんだ」
『確かに……それも問題ですね』
美術館の彫刻と化したブラットを含め、防護服の吸気口を塞がれて倒れ伏したままの帝国兵の問題もある。
「こいつ等って死んでないよね?」
『失礼な。ちゃんと生きていますよ。窒息死するほど塞いではいません』
まぁ、ならば帝国兵は良しとしよう。
だがブラットは完全密封だ。こいつは少しでも穴があればそこから抜け出しちまう恐ろしい能力を持っているからな。
そういや……と、俺はさっきのアルカのブラットとの会話で気になっていた事を尋ねた。
「こいつが自分の体積以上にも以下にもなれないってのは、どういう意味なんだ?」
『言葉の通りです。タンクの容量が10しかないものに水をめいっばい入れたら、質量は10で変わらないでしょう』
「?」
『いえ、この場合は粘土の方が例えやすいでしょうか。粘土の塊を使って何かを作ろうとすると、その塊分の大きさのものしか作れませんよね』
「そうだな」
『そして、作ったものから何かを足そうとしたいのですが、足すべき粘土はありません。どうしますか?』
「……全体の形を少し変えるか、既に作ったものの一部から持ってくるしかないよな」
『そういう事です。この男も、触手を出したりしていましたが、その触手に使用した質量は、自分の身体から持ってくるしかないのです。服に隠れて見えなかったと思いますが、使った分だけ肉体が細くなっていた筈です』
「なるほど」
右腕を倍の長さに伸ばそうとするならば、左腕を継ぎ足すしかない。……この場合は右足でも左足でもいいが、他の部位から持ってくるしかないという事だ。
肉体変化形ってある意味最強じゃんとか思っていたけど、そういう問題もあるわけね。
『私の場合は、タンクの容量が千から一万ほどありますから、普段はそこから100程を使用して肉体を形成しています。外にも中にも出し入れ自由ですから、そんな問題全く関係ありませんね。この男とはレベルが違います』
「………」
またしてもふふんと胸を張るアルカさん。
張り合うべきポイントかね? とにかく、人が変わったように戦っていた様子のアルカであったが、どうも持ち直したみたいだ。……やっぱ、ただバグっていただけという事かな。
「話を戻すけど、こいつ等どうしようか……」
と言って俺は倒れ伏す帝国兵達を眺めた。
このまま放置なんて事は無理だから、まずは外に運び出す必要があるだろう。そんでもって帝国の本体に熨し付けて送り返すってのがベストだな。
ただ、スーツ補正のない俺がこの重そうな防護服を着込んだこいつ等を担げる筈もない。魔力の少なくなっているアルカも肉体労働は向いていないし、非力な翼族に運んでもらうというのも無理だろう。
はてさてどうすんべ。
『せめてアルドラゴや装備が使えれば良いのですが』
「あぁ。早いところシェシェルに俺たちが普通に活動出来るようにしてもらわないと……」
そう言って俺は彫刻と化したブラットを睨む。
とりあえずのピンチは回避できた。まさかこんな場所でコイツと再会するとは思わなかったが、結果は万々歳といった所か。
……だというのに、俺の中で言いようのない不安というやつが渦巻いていた。完璧に勝利したというのに、何故かしこりのようなものが残っている。
……何か見落としてはいないか?
こいつの能力は肉体変化。実は、石膏で固める前に既に抜け出しているとか? いや、固まる瞬間を俺は見届けた。針の穴程も隙間がないほどに完全に固められていては抜け出す事も出来ない筈だ。
……ん? 完全?
そこで俺の脳裏に蘇ったのは、アルカの身体の秘密を探るためにアイツが地面から触手を放った瞬間の映像だ。
あの時、奴は何処から触手を伸ばした?
地面……という事は、地面に密接している足。
そして、足の裏!!
足の裏だけは完全に固められていない!!
「アルカ!!」
『ケイッ!!』
アルカのそのことを伝えようとしたら、俺は押し倒されるように地面へと叩きつけられた。
痛い!
痛いけど、問題はそこじゃない。
アルカが俺を地面へと押し倒したという事は、緊急避難という意味合いだ。
痛みをこらえて目を開くと、そこにはある意味では予想していた光景が待っていた。
散々見たブラットの触手の槍がおよそ10本……俺たちが立っていた場所に突き刺さっていた。
「あーーーー残念。やっぱ、うまく動かねぇな~~」
……やっぱり、あのヤロウ抜け出していやがった。
俺は視線を声がした方へと向ける。
「!!」
そこに居たのはブラットではない。
既にアルカが戦闘不能にした筈の帝国兵だった。
防護服を着込んだ帝国兵は、ゆっくりと立ち上がる。その様子は、不自然にガクガクしていて実に頼りない。形容するならば、生まれたての小鹿のようだ。
「てめぇ……何者だ?」
俺は油断なくその男を睨みつける。
まさかブラットと同等の能力を持つ者が他にもいたというのか? だとするならば、大変厄介な事態となってしまう。
だが、防護服の男は俺の顔を確認したのか、意外な言葉を発した。
「……あれぇ、レイジ君じゃないかぁ。まーさか、お前さんまで此処にいたなんてなぁ……いやいや、これはマジで運命を感じるねぇ」
「会ったことあんのか?」
「つれないなぁ。あれだけ激しく殴り合った仲じゃないか……いや、殴られたのは俺だけだけどさぁ」
防護服に覆われていて顔は見えないが、その言葉……その喋り方……まさか……いや、他に考えられない。
「お前……ブラットか?」
俺がそう尋ねた時だった。
帝国兵の身体が一瞬にして風船のように膨れ上がり、防護服の上半身が弾け飛ぶ。
そこにあったのは、俺の真横で彫刻となっているはずの男……ブラットの顔を持つ男だった。
「あったりぃ。いやいや、久々の再会を喜ぶべきかなぁ?」
俺にとってトラウマになっている厭らしいやらしい笑みを浮かべて、その男はそう言った。
確かにその男はブラットの顔をしている。
だが、果たしてそいつをブラットだと断定していいのか?
その男は、2メートル程の巨漢であり、その右半身が異様な形状となっていた。
表現しづらいのであるが、左半身の2倍ほどに膨れ上がっている。それも、やけに表面がごつごつしていて、所々筋肉繊維や骨が剥き出しになっているのだ。あれだ……ホラー系ゲームのクリーチャーみたいな状態だ。
『あれが、本当にあの男ですか? でもどうやって……』
「足の裏だ」
それだけでアルカは理解したのか、自分の見落としを悔やむように顔を歪める。
対するブラットは俺たちの視線に気づいたのか、その口を開いた。
「あぁこの姿か? いやあ、不格好で申し訳ない。まだ完全に取り込みきれていなくてねぇ、制御もあんましうまくいってないのよねぇ」
「取り……込む……?」
「あぁ、こいつ等兵士達の肉体は薬やその他諸々によって強化されていてなぁ。その強化の元は俺の身体がこうなった原因でもあるんだわ。だから、俺とこいつらの身体の細胞は、ある程度似通っている。というか、本来なら同じものの筈なんだわ」
異形の男は身体の感触を確かめるように一歩近づく。
「こいつ等の場合はただ身体能力が強化されるだけに収まったが、俺の場合はこうなっちまった。突然変異なのか素養の問題なのか……ここら辺は研究者も匙投げていたっけな」
また一歩近づく。
「そんで、このままだと俺は負けそうだったし、こいつ等はもう使い物にならないみたいだから、俺が使わせてもらった」
ブラットは肥大化した右腕より邪魔な骨を抜き取りながら笑う。
そして、その骨はそこらへ放り投げる。
「……使った?」
アイツが何処から現れたか。そして細胞を自在に操るアイツに骨なんてものは意味がない。という事は、その骨の持ち主が誰なのかは一目瞭然だ。
「てめぇ、自分の部下の身体を乗っ取ったっていうのか……」
「あぁ、だからそう言っているじゃないの」
「お前、部下を……仲間をなんだと思ってやがる!!」
俺の言葉にブラットは顎に手を当て「う~ん」と首を捻っている。
「ただ上から割り当てられただけで、特に仲間とも部下とも思ってないんだが、とりあえず今は身体のスペアかな」
分かっちゃいたけど、やっぱクズだコイツ。
俺はギリ……と歯を噛みしめて睨みつける。すると、またしてもブラットはにんまりとして厭らしい笑みを浮かべる。
「まぁスペアには違いないんだけどさぁ、そこのお嬢ちゃんが言っていたよな。俺は自分以上の体積を持つものには変化出来ないってさ」
ブラットの言葉にアルカはビクッと身体を震わせる。
「だから、こうして体積を増やしてみたんだわ。だからスペアというよりは強化パーツと言うべきか。
さぁ、これでもう一度最初っからやるとしようや」
ブラットは両手を広げ、一歩一歩とこちらへ近づいてくる。
「何がアルカの事が化け物だ。てめぇの方がもっととんでもない怪物だ。……見た目もな」
「おっとこいつは傷つく言葉だねぇ。だったら……その化け物を倒してみろよ。……英雄」
確かに、いつだって怪物を倒すのはヒーローの仕事だ。
尤も、俺はヒーローに憧れて、今も必死に真似しているが、とても自分がヒーローなんて言えるような人間ではない。
それでも、ヒーローでなくても……コイツだけは許せないと思った。
タイトル的に主人公サイドの事かと思わせておいて敵さんのネタ。
ちなみにこの話は長すぎたので二話に分割しました。
久々に筆が乗って、書いても書いても終わらないのですもの。
ですので、178話は既に完成済み。
近日中に公開します。