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176話 化け物

 



「薬のおかげで、ちぃとばっかしハイになってるんでなぁ。乱暴になるぜ」


 すると、ブラットの両脚のふくらはぎ部分の衣服が弾け飛んだ。

 原因は、奴の足の形が人間とは思えない方向に変形したせいだ。

 それは、まるでウサギの後ろ足のような形状だった。

 ……という事は―――


『!!』


 ブラットは人間とは思えないほどの跳躍力でその場から跳びあがる。

 が、ここは地上ではなく地下に作られたドームのようなものだ。当然空には天井があり、そのままの跳躍力で跳びあがれば天井に激突してしまうだろう。

 尤もそれはブラットも理解していたのか、天井に激突する寸前に身体を回転させ、その天井に足をつけ、天井を蹴り飛ばし、まるでミサイルのごとき勢いでアルカ目がけて飛び掛かる。


 が、いくら勢いが凄まじかろうと、こちらに向かって飛んでくる事が分かっているのならば、まだ避けることが出来る。それにあれほどの勢いならば、攻撃を外した後の隙は大きいはず。

 そう判断したのかアルカはギリギリまで引き付けてからブラットの飛び蹴りを躱そうとしたようだ。

 なのだが、ギリギリの段階になってもアルカは動かない。おいおいやべぇぞ! 何があった!?


「!」


 よく見れば、アルカの足首に何かが巻き付き、その動きを阻害しているではないか。

 それは、まるでロープのように細く長く伸ばされた、プラットの腕だった。高く跳んだ際の土煙に紛れて見えなかったが、まさかそんなものを仕込んでいたとは!

 まずい! タイミング的にも避けられないぞ!


 俺は思わず飛び出そうとしたが、今の俺のスピードで間に合うはずもなく、ただ事の成り行きを見守る事しか出来なかった。

 その結果―――


「なんだぁ、そりゃあ」

『………』


 ブラットのミサイルの如き飛び蹴りは確実にアルカに直撃する筈だった。

 なのだが、結果としてアルカは無傷。

 だが、ブラットは捉えていた筈だ。攻撃が当たる寸前、アルカの肉体がぐにゃりと歪み、ブラットの拘束から抜け出して攻撃を避けた事を。


 あぁ……アルカは掴まれていた足首部分を液体化させ、瞬時に拘束から抜け出したのだ。

 ダメージを受ける事なく攻撃は避けられた。だが、そんな不自然な回避方法をあの男が見逃すはずもない。


「魔法か? ……いや、使った形跡は見られなかった。じゃあ……なんだ?」


 訝しげに眉を寄せながらアルカを睨みつけていたブラット。対するアルカであるが、あの回避方法は不本意な緊急回避手段だ。

 アルカの肉体は水で構成されたものであり、今は人の形をしているが本来はあらゆるものに変化することが出来る。なのだが、事情を知らない人間の前でそれを披露すると説明が難しく、アルカが人間以外の存在であることがばれてしまう恐れがあった為、人前で披露することは禁止にしていた。

 特に……頭の良い敵の前で見せる事は、どうしても避けたかった事項だ。


 俺がどうやってこの場をやり過ごすべきかと悩んでいる最中のことだった。


『!!』


 ブラットを睨みつけたまま距離を取っていたアルカの足元より、突然4本の槍のようなものが地面から飛び出し、その身を串刺しにしたのだ。

 俺は思わず飛び出そうとしたが、核たる魔晶が傷つかない限り表面上のダメージに過ぎない事を思い出し、なんとか思い止まる。

 事実、アルカは無傷のままにその槍の中から抜け出し、再びブラットと距離を取った。


 ……今のは、ブラットの策略だ。

 槍の正体は触手状に伸ばしたブラットの肉体。一体どうやって地面から打ち出したのかと言えば、その秘密は奴の足元にあった。

 ブラットは靴の裏を突き破り、地中を通して触手の槍を放ったのだ。

 想像以上にトリッキーな戦い方をする奴だ。……俺がマジで戦っていたらと思うと悪寒が走る。


「なーるほど。その身体は水みたいなもんで出来ていて、肉体そのものは見せかけって訳か。……水を操るところから見て海族かと思ったが、どうやら違うみたいだな」


 ブラットはニンマリといやらしい笑顔を浮かべ、一歩一歩とアルカへと近づいた。


「噂の魔族の生き残りなのか、それとも俺みたいな実験体か……どっちにしても、まともな人間じゃねぇな」

『……なんですって?』

「俺とおんなじ化け物って事だよ。ゲハハ……噂のハンターレイジの相棒は化け物か! 世間が知ったら大騒ぎになるだろうよ。それとも、レイジ本人も化け物か?」

『化け……物……?』


 その言葉に、アルカの表情が無となる。

 が、やがてその顔にある色が浮かび上がった。


 それは、明らかな怒り。


『黙り……なさい』

「あん?」

『黙りなさい!!』


 アルカは激昂と共にブラットへ向けて飛び出した。

 その両腕には、水で創り上げた鎌の如き刃がある。


「ゲハハ!! いいさ、化け物同士仲良く殺し合おうぜ!!」

『一緒にするなッ!!』


 俺ですら見た事の無かったアルカの姿がそこにあった。

 化け物と揶揄された事がきっかけには違いないが、自分が人間以外の存在である事はアルカも理解しているし、傍目からどう見えるのかも理解している筈だった。

 それがどうしてここまで怒りに呑まれてしまったのか……。残念なことに俺には分からなかった。


 とにかく、怒りに任せてアルカは両腕の刃を振るってブラットへ猛攻を仕掛ける。

 同じくブラットも、両腕を剣のように変化させ、その猛攻を受け止めていた。

 あのアルカの剣戟を受け止めるとは、やはりあの男……素の力も結構なものだ。


 しかしアルカよ。怒りに身を任せるのは良いが……いや、良くはないんだけど、そもそも人工知能でも頭に血が上るってあるのかね。

 いやいや、そういう問題ではない。ブラットの能力に関しては、こっちも色々と対策は練ってきたんだ。まぁその対策用のアイテムの数々は今は使えないのですが、アルカの力ならばその代用として立派に使えるはずだ。

 どうか冷静になってそれを思い出してほしい。


 んでもって、その間俺は何をしているのかと問われると、別にただ陰から見守るだけじゃないですよ。

 ちゃんと、今の俺にでも出来ることはやっとります。

 その一歩として、帝国兵にいたぶられた翼族と、最初に奴らに捕まった子供の翼族の確保だ。

 とりあえず、動ける帝国兵は既にアルカが行動不能にしてくれたし、最後の一人たるブラットも今は手一杯だろうから、俺は比較的自由に動ける。


「おい無事か?」

「き……貴様は!?」


 ボロボロになって蹲っている翼族の男に声を掛けたら、ビビられました。

 まあ俺も帝国兵と同じ……この世界でいうところの人族だものな。同族しか見た事の無い翼族には恐怖の対象って事か。ちょっとショックです。


「安心してください。この方は大丈夫です」

「お……おう……」


 同行していたシェシェルが口添えしてくれたおかげで拒絶されるって事は無かった。

 続いて捕まっていた子供の翼族も保護し、他に増援が近くにいるかどうか確認するために地上への出入り口へも向かった。

 幸いこの付近に帝国兵の姿は無いようだった。また、帝国軍が置いてきたらしき武器の類も発見した。

 狭い出入口を潜り抜けるのに邪魔だろうから置いてきたのだろうが、中にあるのはこれまたとんでもない武器だった。

 刀剣タイプの武器はもとより、食事らしき補給物資、また爆弾らしき物や、果てはバズーカらしき武器まである。どうも砲弾を撃ち出すんじゃなくて魔力を撃ち出すタイプの武器らしい。

 使い方はいまいち分らんが、牽制にはなるかと思ってバズーカを持っていくことにした。……重い。


 慌てて地下広場へと戻り、戦況を確かめる。

 剣戟はまだ続いていたが、時間が経ってアルカの精神にも落ち着きが出てきたのか、激しさの中に正確さが見られるようになってきた。

 そして、ブラットは背を向けていたので気づかなかっただろうが、広場に入ってきた俺と目が合う。

 アルカは一瞬だけハッとした顔つきとなり、やがて深く頷いた。

 どうやら、思い出してくれたようだ。


「どうした? 何かいいものでも見つけたか?」

『はい。貴方を倒す方法を思い出しました』

「あん?」


 するとアルカは、次に振り下ろされたブラットの手刀を避けることをせず、自らの身体に食い込ませる。

 ブラットは一瞬だけ驚いた顔を見せるものの、身体を斬ったという手応えが無い事に気づき、やがてアルカの意図に気づく。

 当のアルカはといえば、身体の中心にブラットの腕を収めたまま、笑みを浮かべた。


『私と貴方の能力は似ている。……でも、こういう事は出来ないでしょう』


 すると、アルカの身体が水しぶきと共にバシャンと弾けたのだ。


「な!?」


 思わず辺りをキョロキョロと見回すブラット。

 当のアルカは、少し離れた場所に実体化した。尤も、普通に実体化すれば素っ裸なので、半透明の水の水晶みたいな状態でだけど。


「全身が水……なるほど、水の精霊とかそういう類か。……確かに、俺にはそういう戦い方は出来ないな。だが、まさかそれで勝ったとか思うなよな」

『いえ、もう終わりました』


 そう言って、アルカは自らの指を擦り合わせ、パチンと音を鳴らす。


「何? ……ぐぉっ!?」


 突如としてブラットの身体が不自然な形で静止する。

 そして、その身体の表面が次第に白く染まっていくのだった。


『貴方の能力の対処法はおよそ18通り考えました。私単独で使える戦法が幸いにもありましたので、使用させてもらった次第です』

「こ、こんなもので……俺の動きが……」


 そう言う間に、ブラットの身体はもう顔まで白く染まっている。

 最後のあがきなのか、頭部がうにょうにょと動いている。が、もう遅い。


「ちく……しょ―――」


 変化が始まるよりも早く、ブラットの全身は白一色に染まり、その動きを完全に止めたのだった。


 ブラットの体表を覆う白い膜は、氷ではなく石膏のようなものらしい。

 広場に敷き詰められているコンクリートの地面を一部取り込み、先ほど水の飛沫となって弾け飛んだ際にブラットの全身に浴びせたのだ。

 後はその水を操って即座に硬質化。身動きをとれなくするという寸法である。


『貴方は細胞変化であらゆる物に変化できる。でも、自分の体積以上にも以下のものには変化出来ない。であるならば、そのまま身体を固定化してしまえばどうしようもないでしょう』


 完全に石膏で固められたブラットに向けてその言葉を送るアルカ。

 まぁ、石膏で固められたら大抵の人間はどうしようもないけどな。


 アルカの出来る戦法と言えば、他にスライムで全身を包むとか、全身を凍り付かせるとか色々あったのだが、少ない魔力で出来る戦法という事でこの方法が使われたのだろう。

 当然このままだと窒息死する訳だが、そこはきちんと見極めている。意識を失ったと判断したら即座に石膏は解除する事が出来る。


 ともあれ、かなり冷や冷やしたがなんとかなったようだ。

 捕獲完了!!




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