175話 アルカVS不死者ブラット
本当にあるのかどうかも分からない重力コントロール装置とやらを探して、ブラット達はこんな辺鄙な所までやってきた。
そう、最早幻と言われている翼族が住まう地だ。
正直言って、どうやってこの地に来たのか、よく覚えていない。
そのことを考えようとすると、頭がボーッとして、数秒後にはそんな事はどうでもいいやと思ってしまうのだ。
おそらくは、妙な薬でも使われたのだろうとブラットは認識している。どうにも、そこを追及されたくない事情というのが本国にはあるのだろう。
尤も、その辺はブラットにとってどうでもいい。
彼としては、無難に与えられた仕事をこなし、早いところ仕事を終わらせて、元の前線部隊に戻りたいと思っているのだ。
そして、あの男……自分をこんな所へ追いやった張本人であるハンター……アイテムコレクター・レイジを追う。
調べた所本国では、あの男達を追うためのチームが集められているのだとか。
……興味はあるが、そこに入りたいかと問われると微妙なところと答えるだろう。
ブラットがレイジを追うのはあくまでも個人的な興味。奴が引き起こす事件、問題、被害……それらをこの目で追っていきたいのだ。
そして調子に乗っている奴が、いつの日か絶望する様を見届けたいのだ。
あれほどの力を持っているのに、決して人を殺そうとしない。
そこに確固たる信念はなく、ただ自分の手を汚したくないだけの卑怯で甘ちゃんな性格の持ち主。
一体どんな人生を送っていたらあんな性格になるというのか。その中途半端な生き方では、やがて限界が来ることはブラットには理解出来た。
ブラットは、是非ともその瞬間をこの目にしたい。
だからこそ、こんな場所で停滞している暇なんて無いのだ。
「あれ、部隊長……ここって翼族以外の種族って居たんですかね?」
ぼんやりとしていたら、そんな声が届いた。
「ああん?」
「なんか女が出てきましたけど……しかもどえらい美人」
「なんだぁそりゃ?」
言われて視線を向けると、確かにいつの間にやら広場に女が現れていたではないか。
うむ、報告の通りにどえらい美人である。
水晶のように輝く長い髪に、体のラインがくっきり出る薄い衣服。そんでもって顔は、10人いたら9人は振り返るような超美女だ。うち一人はあくまで好みの問題だろう。……ちなみにブラットもその一人である。
だが、なるほどこの地にほかの種族がいるって話は聞いていなかったな。だとするならば、これは問題だろう。
「……あれ、あのお目付け役はどこに行った?」
相談するべく辺りを見回してみたが、目の届く範囲にあのアークとかいう技術開発局の男は居なかった。
まぁ居ないなら仕方ない。こっちの判断でやらせてもらおう。
「なぁ部隊長、あれ好きにしていいだろう?」
「あぁ、ガキみたいな翼族じゃあやる気も起きなかったが、あんなのを見たらもう抑えられないぞ!」
ほかの兵士たちが何やら興奮した声を上げる。
まあ、こんな状況であんな超美女を見てしまったらどうしようもないだろう。
兵士たちに投与されている薬は身体能力を高めるのと同時に人の精神をより不安定にさせる。ここに集められたのは、それがより攻撃的に発揮された者たちだ。
翼族に対してあれだけ容赦がなかったのだ。同族である人間を襲う事に何の罪悪感もないだろう。……尤も、襲ったところで防護服を脱げない今の状態では何も出来ないだろうと思うのだが。
「まぁ好きにしていいが……どうもあの女……引っかかるな」
まぁこんな場所に一人で現れて、普通の人間なはずはない。
とりあえず部下を向かわせて様子を見るかとブラットは判断した。
『警告します』
下卑た笑みを浮かべながら、じりじりと女に近寄る兵士達だったが、突如発した女の声でその動きを止めた。
『乱暴狼藉な行為を直ちに停止し、すぐにこの地より離れなさい。であれば、被害なくこの場所より出られることを約束します』
真面目な顔でそう言い放ったのだ。
兵士達は顔を見合わせ、しばらくの後に大笑いを始めた。
「ゲハハハ! ひ、被害だってよ!」
「俺たちが怪我するってのかい」
「残念だなぁ、被害に遭うのはお嬢さんの方だよ」
まず三人の兵士が武器も持たずに女に向けて飛び掛かった。
左の兵士が両腕で抱きすくめるように女を捕まえようとしたが、女はその場からスーッと後ろに移動してそれを躱す。
右の兵士がその女目がけて手を伸ばすが、今度はスッと身体を左に移動させて躱す。
「チイッ!」
正面の兵士が舌打ちと共に、目の前の伸ばした手を避けられて棒立ちのままとなっている兵士を強引にどかし、女目がけて突進する。
が、女は突進してきた兵士がぶつかる寸前にその兵士の頭部に手を置き、その頭部を支点としてふわりと宙を舞うのだった。
そして兵士の背後へと着地した女は、その兵士背中を蹴り飛ばし、無様にゴロゴロと転がる様子を見届ける。
「総員抜刀しろ!」
一人の兵士が怒鳴り、唯一身に着けている片手剣を抜き放つ。集落の外に出れば他の武器もあるのだが、わざわざ取りに行くのも面倒だし、大して広くもないこの場所ならば片手剣は最適な武器ともいえる。
残された兵士5人で女を取り囲むわけだが、全員どうするべきか迷っているようで、剣先を突き付けたまま何もできないでいる。
まぁ、身体目的で捕まえようとしているのに、傷物にするわけにはいかないものな。
ブラットならば何とか出来たが、今はこの状況に興味があるので黙って見ている。
「この女ぁ!」
動いたのは、女に蹴られて転ばされた兵士だった。
輪の中に強引に入り込み、怒りに任せて剣を振り落としたのだ。が、その切っ先を女は身体を大きく反らして避ける。
それに触発されて、他の兵士達もそれぞれ己の剣を振うのだった。
しかし、その乱撃を女はまるでダンスでも踊るように華麗に避けて見せた。ブラットとしては、これだけでも良いものを見せてもらったと拍手を送りたいものだ。
その後、躍起になって女へと剣を振るう兵士達であるが、その行為が約一分続いた所でブラットはある事に気づく。
「あぁ、こりゃダメだな」
その言葉通り、まず一人の兵士が動きを止めてその場に膝をつく。
「お、おい、どうした?」
「な、なんか……息苦しくないか?」
その会話の最中に一人……また一人と兵士が倒れる。
「息が……息が……」
「く、苦しい……」
結局、6人全員がその場に倒れ伏してしまう結果となった。
少し離れた場所から観察していたブラットには、この結末の理由を理解出来ていた。
自分達は現在、魔力を吸い取るこの土地の対策のために、無駄とも思えるほどの重たい防護服を着こんでいる。
この防護服は元々深海等の空気のない場所を想定して作られたものらしい。空気の無い場所へ向かうわけだから、当然この服には酸素ボンベなる空気を貯蔵しておける装置がある。
が、今回の目的地は別に空気が無い場所ではないため、軽量化のためにその装置は取り払われており、首の裏にある吸気口から空気を取り込むという仕組みが使われている。
その吸気口……よく見れば、何やらスライムのような粘液によって塞がれている。あれでは、満足に空気を取り込む事も出ないだろう。
つまり、兵士達は動けば動くほどに防護服内部の空気を失っているという事だ。あのまま動き続ければ、ものの数分も経たないうちに窒息してしまうだろう。
あの粘液……恐らくは水魔法の一種だと思われるが、この魔力を吸われるという土地でいったいどうして魔法が使えるのか。
……いや、その疑問はどうでもいい。
とりあえず、あっという間に6人を行動不能としたこの女の勝利だ。
「いやいや、お見事お見事。これは良いものを見させてもらった」
ブラットはパチパチと手を叩きながら、女へと近づいていく。
『貴方が部隊長なのですね。今ならまだ間に合いますので、即刻この集落より離れなさい。そうすれば今回は見逃してあげます』
まだ意識のある兵士達は助けを求めるかのようにブラットへ手を伸ばすが、ブラットはそれに視線を向ける事もしなかった。
「いや、こいつら程度どうなろうと俺は知ったこっちゃないから、それは別にいいんだよね」
『なんですって?』
「ところで、アンタってひょっとして……ハンターチーム・アルドラゴの一員で合ってる?」
ブラットのその言葉に、女はハッとした顔つきとなる。
この反応は、どうやらアタリのようだ。
「よっしゃビンゴ! 名前は確かアルカだったか。チームリーダーであるレイジの右腕だか左腕だか分かんないが、とにかく頼りにされている仲間の筈だ」
『……私のことを知っていましたか』
「いーや、顔までは知らないが、特徴が分かりやすかったもんでな。それと、気になったのはその赤い上着……。奴が着ていたものとは違うが、デザインがどうにも似ていたもんでね」
その指摘に女……いやアルカは顔を歪める。
どうやらこちらもビンゴのようだ。
「それにしても、まさかこんな所でアルドラゴの連中に遭うとは……人生分かんねぇもんだな。ひょっとしたら、レイジも近くに居るのかい?」
『………』
「おっとおっかねぇ顔つきだ。……ってことは、少なくともこの付近には居そうだな。ところで話は変わるが、アンタってレイジの女なのか?」
そう尋ねると、アルカはキョトンとした顔つきとなる。
『……は?』
「だからよお、レイジの奴と恋人とか愛人とか、そういう関係なのかって事だよ」
アルカはものの数秒「う~ん」と悩んでいたが、やがて答えた。
『……微妙なところです。そのような関係だと答えろと言われた時期もありましたが、もうかなり前のことですので、果たして今も有効なのかどうか……』
なんだそりゃ。
まぁ一応聞いては見たが、あの甘ちゃんが自分の女だろうがなんだろうが、仲間を大切にしていない訳がないなとブラットは結論をつける。
「……とにかく、アンタを人質にでもしたら、レイジの奴は出てくるって認識でいいんだろ?」
『……まだ戦うつもりですか? 貴方もその防護服を着ている以上は私の相手は出来ないと思いますよ』
「あぁ、確かに不利だねぇ。でも、だったら着てなきゃいいんだろ?」
そう言うとブラットは、防護服の喉付近にあるボタンを強く押し込んだ。
「む……むぐっ!!」
それによって内部のブラットの首筋に注射が打ち込まれる。血を通して熱いものが血管を駆け巡り、体中の体液が沸騰しそうになる。
それが約5秒間続き、ようやく身体の火照りが治まってきた。
「ふぃー……これで完了」
すると、突然ブラットは防護服頭部の接続を外し、そのヘルメット部位を取り外したのだ。
『何を―――』
「あぁ、部隊長クラスの防護服にはね、万が一用の薬が仕込まれているんだわ。コイツを打ち込めば、2~3時間は普通に動けるらしいよ。つー事で……」
防護服を全て脱ぎ、ブラットは軽く屈伸運動をして首をコキコキと鳴らす。そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「今度は俺と戦ってもらおうか……」
◆◆◆
そんな様子を俺はハラハラした様子で見守り続けていた。
あのままなら楽勝だと安心していたが、服脱いでも戦えるとか反則みたいな状態になってしまった。
いやでも、あのヤロウってそこまで強くないし、アルカなら大丈夫なんじゃないかな。
『本気ですか?』
「おお、アンタのとこのリーダーとも戦ったことがあったが、あれはマジな戦いじゃなかったからな。今度は正真正銘、マジでいかせてもらおう……」
あ、やっぱりそうなのね。
あの時は俺が奴の術中に嵌っちまったのが悪いからな。実際の奴の実力は、もっと上という事だ。
アルカもそれを認識したのか、気を引き締めなおす。
『わかりました。私も、全力で立ち向かわせてもらいます』
「ああ、遅い遅い」
そうブラットが言ったと同時だった。
何の予備動作もなく、棒立ちだったブラットの首筋より、何かが勢いよく射出される。
幸い動体視力だけは人間以上であるアルカは、それをなんとか見切り、躱す事に成功する。尤も、その避け方は今までの余裕のある避け方ではなかった。
『それは―――』
「あらぁ、凄いな。これを避けるとは、こっちも見誤っていたよ」
奴の喉元から発射されたもの……それは、先端が槍の穂先のように尖った触手である。
触手で攻撃ってのは割とよくある攻撃手段ではあるが、それが喉から出るっていうのがどうにも気持ち悪い。
『貴方の能力は確か細胞変化でしたね。それを利用すれば、肉体をこのように改造する事も可能という事ですか』
「ふん、リーダーから聞いているって訳か」
聞いているというか、アルカもあの場に居たんですけどね。
確かあの時も、その気になれば腕を伸ばしたり出来るってアルカが推測を立てていたな。
それが、腕とか指とかじゃなくて、全然攻撃手段に使わない身体の箇所をも攻撃に使えるって訳かい。
おいおい、これって予想以上に厄介なんじゃねぇか?
本当に大丈夫なのかよ、アルカ。
目次の頭部分の、キャラ紹介ページのイラストを一新しました。
http://ncode.syosetu.com/n9051dk/1/
悩んだ挙句、メインキャラのみの紹介としています。
いずれはゴゥレムとかハイ・アーマードスーツバージョンとかも描きたいのですが、時間がねぇんだよなぁ。