173話 因縁 其の二
クリエイターと名乗った翼族の男は、身動きとれないままのゲイルに向けて、あれこれと話を続けた。
最も、会話が得意とはいいがたく、話しているうちに興奮して口に出してしまったというほうが正しい。
だがゲイルは、この男の話を決して聞き漏らさないようにと集中していた。
「真の芸術家たる僕がなぜこんな所にいるか……そりゃあ疑問だろう。まあ僕だって好きでこんな場所にいる訳じゃない。
本当ならば地上に出て僕が作り上げた芸術作品たちの雄姿をこの目にしたいところなんだぜ。
噂では、最近ルーベリー地方で神級の魔獣が現れたって話じゃんか。そのクラスはさすがに見たことがない。是非とも瞼に焼き付けておきたかった。
ん?
なんだいその変な顔は?
ああ、そういやまだ言ってなかったな。
そう、僕こそが魔獣と呼ばれる存在を創り上げ、この世界に解き放った張本人なのさ!」
クリエイターはそう叫んで両手を掲げた。
話の内容から薄々そうじゃないかと思っていたが、本当にこの男が魔獣を作り出した者だというのか。
いや、そもそもの疑問は、魔獣とは個人で作り出せるものなのかという事だ。
魔獣とは、魔族であった者の思念が魔石の魔力と混ざり合って生まれるものだと聞かされていた。
では、今の言葉はいったいどういう意味なのだ?
「あぁ、その顔は信じていないねぇ。
ならばよろしい。今この場で創って差し上げようじゃないか」
そう言ってクリエイターが取り出したのは、一本の試験管であった。
その試験管の中には、青く光る宝石のようなものが見える。いくら瀕死の状態であったとしても視力の良いゲイルには、その中にある物が何かは理解出来た。
「この中にあるものは極小の魔石である。ただ、この島は“登録”されていない魔力を持つものは生物であれ魔石であれ、あっという間に魔力を奪われて島の養分にされてしまう。
だが、こうやって特殊な容器で密閉さえすれば魔力は流れて行かないのさ。
さて、次に用意するのは……これだ!」
クリエイターは嬉しそうな顔つきでゲイルに向けて新たな試験管を披露する。
最も、その容器の中は空であり、ゲイルの目をもってしても中には何も確認出来なかった。
「クックック……空っぽだと思うよねぇ。まぁとにかく、この容器の中に先ほどの魔石を入れましょう」
クリエイターは素早い動きで両方の試験管の蓋を取ると、一秒もかからない内に空の試験管に極小の魔石を移し、今度は自分の親指で蓋をした。
「魔獣の核となるのが魔石だ。だが、それだけでは魔獣は生まれない。
ならばあと必要なのは何か……そう、魔力濃度の高い場所に魔獣がよく出現するように、魔獣の肉体を構成する濃い魔力粒子……一般的には魔素と呼ばれるものが必要なのさ。
まぁ、そんなものは当然この島には存在しない。ならばどうするのか……」
クリエイターが今度取り出したのはこれまた小さなナイフ……よくナイアが使用する医療用のメスのようなものだった。
それを使い、クリエイターは試験管の蓋をする自らの親指に傷をつける。
その傷口からは血が滴り、指を伝って試験管の中へと落ちて行く。
ある程度の量が流れたと確認したクリエイターは、今度はちゃんとした蓋で試験管を閉じる。
「今は魔法使う事を封じられている翼族だが、血中の魔力濃度は濃い。今度はこれを……」
次の行動をレイジが見たとしたら、目を疑った事だろう。
いや、世界が違えどそういうものがこの世界にもあるのかもしれないと納得したかもしれない。
が、まずは驚いただろう。
クリエイターが取り出したのは、レイジこと彰山慶次が小学や中学時代に理科の授業で使用していた、アルコールランプだったのだ。
そのランプに火を灯し、先ほどの自らの血液入りの試験管を熱していく。
「君は知っているかな? 液体というものはこうして熱する事で気体になるのさ。何やら気化とかいうやらしいが、とりあえず今はどうでもいい。とにかく、今この試験管の中には魔石と高濃度の魔力粒子……これで条件はそろった事になる。
さて、どうなるのご覧あれ!」
変化は突然だった。
魔石が一瞬強く光を発したかと思うと、次の瞬間には試験管の中を青い液体のようなものが蠢いていた。
あれは―――
「はーい、魔獣スライムのかんせーい」
クリエイターは朗らかに言う。
スライムは確かに低級も低級でゲイルも子供時代によく狩っていた魔獣である。
その魔獣が生まれる瞬間というやつを初めて見た。
だが、今の光景には何処か違和感がある。
こんな簡単に魔獣というものは生まれるものなのか? 何故、都合よく試験管に収まるサイズのスライムが誕生したのか。
そもそも、魔獣とはかつて魔族であった者の残留思念が魔石と合わさって生まれるものでは無かったか……。その思念をこの男は操れるというのか?
「おーおー、疑問いっぱいという顔つきだねぇ。
あ、言っておくけど、魔獣は魔族の残留思念から生まれるってアレだけど、嘘だから」
「!!」
「そもそも、かつての大戦時から魔獣は居たし。じゃあ、その時の魔獣ってどうやって生まれたのって話じゃん。
アレは、味方を増やしたいっていう魔族からの依頼で、僕が創り出した存在さ。
最も、当時のは暴れるだけで言う事なんざ聞かないから、嫌がらせとか敵地に放り込む爆弾代わりにしか使えなかったけどね」
そう言ってケラケラと笑うクリエイター。
本当に、本当にこの男が魔獣を生み出したというのか。
魔獣を生み出すには魔族の思念が必要と言う部分が嘘なのだとしたら、他に必要な材料というものかある筈。
まさか……
「そう。魔獣を生み出すために必要なのは、魔族の思念なんてあるのかどうか分からない曖昧なもんじゃない。
コイツだよ」
クリエイターが取り出したのは、先ほど取り出したものと同じ、中身が空に見える試験管であった。
「この瓶は空じゃない。
目には見えない程の極小の生物が入っているのさ。
これこそ、僕が創り出した魔獣の元……アウラムがいう所の“ウィルス”さ」
「ウィ……ル……ス……?」
思わず声が出た。
ウィルス。
この世界にはまだ病原菌や細菌の概念は広まってはいない筈。
それを、150年も前から生み出していたというのか。
「ああ。僕は名前なんかどうでもいいから、適当に番号で呼んでいたんだけど、それじゃ味気なからってアウラムが言うからね。
このウィルスには、数百種類の魔獣のデザインが仕込まれているのさ。コイツが魔石、魔素、その土地の環境と合わさる事で、その場に最適な魔獣が生み出される。
いやいや、大戦が始まった当初は数種類しか用意できなかったのに、今はよくこんなに揃ったもんだ。頑張った甲斐があったなぁ」
ニコニコした笑みを浮かべながら、クリエイターは試験管の中のウィルスを眺めている。
そこにあるのは、見た目通りの子供らしい笑みは無く、何処か禍々しさを感じさせる狂気の笑みであった。
◆◆◆
『まさか、魔獣が生み出される理屈がそんなものだとは……』
アルカが絶句したように言葉を漏らす。
「ウィルスとか、アルカ達でも感知できないのか?」
『勿論、艦内部はケイ達にとって有害なものは自動的に除菌される仕組みです。ですが、そんなものが仕込まれているとは知りませんでした。
……ひょっとしたらナイアなら何か気づいていたかもしれませんね』
ナイアを本格起動したのは最近だものなぁ。
考えてみたら、この世界の人間は普通に生活しているんだし、人体にとって有害って訳でも無いのか。
とは言え、知ってしまったら実に気持ち悪い。もう外で深呼吸とか出来なさそうだ。
「でも、そんな事をしでかしたヤツをどうして生かしておいたんだ? 流石に極刑もんだと思うけど」
そう言うと、オフェリルはやや苦い声色で答えた。
『それは終戦直後のゴタゴタの影響というやつじゃな。そもそも、妾がヤツの存在を知ったのも、戦後しばらく経っての事じゃったのじゃ』
「弁明させてもらいますと、当時は翼族の神の座は空位でありまして、オフェリル様は勇者様……現在の人族の神と共に魔人討伐を行っていたのです。クリエイターの存在を知り、その存在を隠ぺいしようとしたのは当時の神官です」
『いや、全ての種族が一丸となって戦わねばならなかった当時、ヤツの存在を隠そうとしたことは間違いではない。
……まぁそれを戦後になっても隠そうとしたことは間違いに違いないがな。そのせいで、翼族は罰として戦う力を封じられてしまった。
また、魔獣が個人の手によって生み出されたことを知られる訳にもいかず、大々的に処刑する事は止め、人知れずに幽閉する事とした。
最も、幽閉した事でヤツは大好きな研究とやらが出来なくなり、作り出した魔獣の姿を見る事も叶わない。正に生き地獄を味わっているらしい。
今にして思えば、この方が良かったのだろうな』
こっちの世界でも色々あったのですね。
それにしても、魔獣を作り出したマッドサイエンティストかぁ……。出来れば会いたくないなぁ。
「そいつは今どこに?」
『島の奥地に地下牢があり、そこに投獄されている』
地図で教えてもらうと、ここから更に北部に山岳地帯があり、そこに牢獄とやらがあるらしい。
帝国の狙いは現時点では分からないが、北上しているのは間違いない。
……そういや、帝国は人造的に魔獣を作り出す技術を持っていたな。あれが何処までの力があるのか不明だが、ある程度は魔獣を生み出すためのシステムを理解しているという事なのかもしれない。
そのクリエイターを万が一にでも帝国に連れて行かれると、今後とんでもない事になりそうだな。
ポリポリと頭を掻き、俺は改めてシェシェルとオフェリルに向き直る。
「まぁ、そちらの依頼に関しては理解しました。ただ、うちらも今のままじゃまともに動けないもんで、まずは魔力の回復方法を教えてもらえるとありがたいんですけど」
やるやらないは置いておいて、このままじゃ満足に動く事すら出来ないからなぁ。
少なくとも、アルカ達が外で活動出来たり、装備が使えなければ意味がない。
俺がそう言うと、シェシェルもコクンと頷いた。
「それは当然考えています。ですが、その前に―――」
そう言った時だった。
工場内部にビーッビーッと、甲高い警報音が鳴り響いたのだった。
会話途中だったこともあって、めっちゃビビった。
「ぬおっ! 何? 何が起こった!?」
「た、大変です……」
見れば、シェシェルが蒼白な顔色となっている。
なんかむちゃくちゃ嫌な予感がするでござる。
「まさか、この島が落ちるとか?」
「いえ、そうではなく……地上の集落が帝国の者達に見つかってしまったそうです」
「えーっ!!?」
よ、よりよって今来ますか!?
もうちょっとで魔力の回復方法が知れたって言うのに!!
ともあれ、俺達は急いで集落へと戻ったのだった。
そして、あの男の姿を再びこの目にする。
『ケイ……あの男は……』
「あぁ、あの時の変態騎士……」
あぁ、奇妙な防護服に覆われてはいるが、髭面のあの顔はよく覚えている。
俺にとってはトラウマの一つである敗北相手。
戦闘能力では負けていなかったが、あの結末は確実に敗北だ。
「悪いねぇ。アンタ達の集落が地下だってのは、もう既に知っちゃっているのよねぇ。さぁて、この村にはあるのかなぁ?
噂に聞く……重力コントロール装置ってもんは」
名前は確かブラット。
その男が、ニヤニヤした笑みを浮かべて地下にある翼族の広場に乗り込んでいた。




