172話 クリエイター
この空に浮かぶ島……いかにもファンタジー全開な光景であった。
その空を飛んでいる仕組みと言うのも、きっと魔法とかファンタジー全開な理由づけがあるのだろうとばっかり思っていた。
が、その本当の理由はまさかのまさかであった。
言われてみれば、あんな低重力空間を維持しているのだ。
この島全体を浮かせる技術があっても……
いやいやいやいや。
アルドラゴの技術でも無理そうなのに、流石にそんな事出来ないだろうよ。アルカも言っていたではないか、使われている技術はあくまでもローテクだと。
『重力コントロール装置……これ一基ではありませんね』
俺が混乱していると、アルカがそんな事を口にした。
『この一基だけでこれほど広大な島を空に飛ばす事は不可能です。恐らく、これと同じ物が何基もある筈です』
「流石は精霊様、その通りです」
最近ポンコツになってきたなぁとか思っていたけども、やっぱり優秀だったのねアルカさん。人間の姿にならない方が本当はいいんでないかい?
しかし、アルカが認めたと言う事は、ハイテクとはいえ科学の力で島が浮かんでいるってのは本当なのか。
もっとファンタジーな答えを期待していた身としては、かなりガッカリであります。
巨大な魔石とか浮遊石とか、そういうのでいいじゃんよ。とほほ。
「これは、この地区の重力コントロール装置。これと同じものが、この島には258個あります」
「!!」
噴いた。
に、258個!?
あれだけで結構なでかさだというのに、それと同じものが200以上もあるのですか。
『ケイ、驚くのはそこじゃありません。それだけの数が無ければ、この島を空に浮かべる事は不可能……そういう事です』
「え?」
アルカが簡単に説明したところ、この島は巨大な飛行船のようなもので、空を飛ぶ為にはエンジンが258個必要との事。もし、それが一基でも壊れたり誤作動したりすれば……
「お、落ちるって事? この島が?」
『はい』
……想像しにくい。
色んなエンタメ作品は見てきたつもりだったが、その中に浮いている巨大な島が落ちるってのは無かったような気がする。
……いや、あった。
最もあれは島というよりも宇宙に浮かぶコロニーであり、落ちるのももっと上の宇宙からだったと思う。
その際、大地震や津波が起こり、大陸の一割が消滅したんだったか。
……やべぇな。
そこまでの規模にはならないまでも、これほどの質量を持つものが地上に落下したとしたら、とんでもない惨事になりそうだ。
「こ、これってメンテナンスとか大丈夫なの?」
俺は声が若干震えるのを感じながら尋ねた。
「問題はそこなのですよ。島が空に浮かび上がって、およそ120年が経過するのですが、この機械を組み立てた技師は既に亡く、その技法も失われてしまっています」
「え?」
「奇跡的に、この機械の数々はこれまで故障もせずに今まで動いてきましたが、明日もそうだという保証はどこにもありません」
「は、はぁ……」
「ですので、レイジ様達にお願いしたい事の一つは、この258基の重力コントロール装置のメンテナンスになります」
や、やっぱりか。
というか、そんないつ落ちるとも分からない島の上でよく生活とか出来るもんだ。
しかし、どうする?
メンテナンスしてやりたい気持ちは山々なんだが、科学体系がかなり違う世界の代物だろう。果たして、アルドラゴの知識で可能なのだろうか?
それに、258基全部メンテナンスするってとんでもない時間が掛かる筈。一日一基と考えても、258日掛かるって事だろうし、とてもやってらんねぇぞ。
「なぁアルカ、さすがに無理だと……」
『……一つ……』
「あん?」
『彼女はお願いしたい事の一つと言いました。という事は、頼みたい事はまだあるのではないですか?』
魔晶モードだと何処までも鋭いアルカさん。至らない艦長の補佐、ありがとうございます。
その問いにシェシェルはにこりと笑みを浮かべる。
「二つ目……それは、この重力コントロール装置を守っていただく事です」
「守る?」
「レイジ様も知っている事と思いますが、現在この島には訪れる筈のない訪問者がございます」
「……俺達の事じゃないよな。じゃあ、あの変な魔獣の事か?」
「その通りです。知ってのとおり、この島には魔獣は存在しません。魔力を吸うという土地の特性が、魔獣の出現を防いでいるのです」
確かに、魔獣の核となる魔石がそもそも無ければ魔獣は生まれないのだ。魔石の魔力も吸収してしまうこの土地ならば、魔獣は生まれようもないだろう。
「でも、実際に現れた」
「その通りです。そして、現れた訪問者は謎の魔獣だけではありません」
「え?」
「神聖ゴルディクス帝国……その者達の姿がこの島で確認されています」
「帝国!!」
ま・た・あいつ等かよ!!
ムカつく!!
俺達の行くところ行くところ、邪魔ばっかしやがって!!
いい加減、マジでカチコミ行ったろうか!?
「帝国の狙いはこの重力コントロール装置の筈。まだ装置を手に入れてないようですが、既に集落の一つが陥落したとの情報です。どうか、帝国の手からこの装置を守ってください」
『帝国には、既に大空を飛ぶ空艦が確認されています。それが重力コントロール装置で強化されてしまったら、強大な力になってしまうでしょうね』
ただでさえ強力な科学技術を持つ帝国の技術が更に飛躍する訳か……。
俺達がこの世界の国家間勢力に関わるべきではないんだろうが、アイツ等がもっと強くなるのを見過ごすってのは嫌だな。
こっちも散々迷惑被っているし、痛い目に遭わせて追い返すってのは胸がすくかもしれない。
「でもさ、追い返したところでまたすぐ来るんじゃないか? ……そもそも、アイツ等どうやって此処に来たんだ?」
『確かにそうですね。彼等の持つ空艦では、この高度まで到達できない筈。そもそも、この土地の魔力吸収をどうにかしなくては、まともな活動も出来ない筈です』
「だが、集落が一つ陥落したって事は、なんとかする手段を持っているって事だよな。そこだけ、俺達の先を行っているって事か」
「ただ、帝国の部隊とやらは少数のようです。恐らくですが、大人数を送り込めない理由というのがあるのでしょう。皆さんにはその理由を突き止め、この島へ来る手段をなんとかして欲しいのです」
「おいおい、なんとかって……いくらなんでも無茶が過ぎないか?」
「少なくとも、今送り込まれている帝国の者達を送り返してください。ここを凌げば、後はオフェリル様のお力で島を移動させる事が可能となります」
「島を移動? そんな事が出来るのか」
「詳しい方法は私もわかりませんが、可能のようです。ただ、それには少し時間がかかるようなので、今は皆さんに頼るしかないのです」
そう言って頭を下げるシェシェル。
うぐぐ……こうやって真摯にお願いをされると弱い。
弱いというか、断りにくい。
ただ、こっちもそう簡単に「やります」と頷ける状況でもないんだよなぁ。
だって、このお願いってこっちの状態が万全であっても難しい案件じゃあないですか。だというのに、こっちは装備の大半が使用不可能、仲間達とはバラバラ、仲間の半分以上がまともな行動不可能という状態。
まず、無理ですな。
「それと、お頼みしたい事はもう一つあるのです」
「はぁ、三つ目!? おいおい、随分と欲張りじゃねぇか。正直言って、先二つの頼みがちゃんと果たせるのかどうかすら分かんないんだぞ」
俺がそう言った時、ふとシェシェルの目がキラリと光ったような気がした。
いや、気がしたどころか目の前の子から発せられるオーラがはっきりと変わったぞ。
『そう嫌そうな顔をするな異邦の子よ。神の頼み、聞いておいて損は無いぞよ』
と、声までもはっきりと変わる。
この光景は前にも見た事がある。という事はだ……
「アンタ……いや、貴方が翼族の神ですか?」
『うむ、現時点で神の立場にある、オフェリルという者じゃ。よろしくの』
オフェリルと名乗った者は、にこやかな笑みを浮かべて軽く手を掲げる。
この世界に来て、二人目の神様に会いました。
いや、正確には魂の共有というやつで遠方からシェシェルの肉体を介して会話しているに過ぎないんだけどな。
『まず、そこの疑似精霊……アルカと言ったの。お主はこの地をシェルター……避難場所と称した。それに間違いはない。だが、それ以外にも用途はあるのじゃ』
「用途?」
『翼族はこの世界に住む7種族の中で、最も脆弱な肉体を持っている。それ故に多種族から迫害に遭ったり等の被害を受けてきた。
じゃが最も大きな要因は、魔獣が溢れる世界になってしまった事じゃ。脆い肉体を持つ翼族では、魔物と戦う事は出来ん。じゃから、魔物が存在しない世界を作り上げ、この地に種族丸ごと逃げ込んできたという訳じゃ』
その理由は分かる。
大人になっても子供程度の体格しかない翼族では、武器を持つ事も難しいだろうし、戦闘で怪我を負ったりしたらそのまま死んでしまいそうだ。
『まぁその分閉鎖的な生活になってしまったのは残念に思うが、致し方ないとも思う。そうしなければ、150年も昔に翼族は滅んでいたからな』
あれ?
でもちょっとした疑問あり。
前に聞いた竜族の神ファティマさんの話によれば、翼族というのはもっと強い種族じゃなかったか。
それに、かつての大戦にも参加していたのだろう? 確かに今の翼族は脆弱みたいだが、オフェリルの話にはちょっと違和感があるな。
そう言うとシェシェルの身体を借りたオフェリルは、少しだけ苦い顔をする。
『鋭いの。そう、かつては翼族も戦う力を持っていた。肉体は脆弱でも、魔法の力に優れていたからな。
だが、その力は……今は無い』
何故?
と問う前に、オフェリルは答えた。
『罰じゃよ。罰として、翼族は戦うための力を封じられたのじゃ』
「罰? 一体何の?」
『……先ほど聞いたの、この地は避難場所の他にもう一つの用途があると。
そのもう一つの用途……それは“牢獄”じゃ』
牢……獄?
その答えに、俺は先ほど見た翼族の子供達を思い出す。
無邪気にキャッキャッと空を舞うあの姿からは、到底この地が牢獄だなんてネガティブなイメージは思い浮かばない。
『大戦の後、一人の翼族が大罪を犯した。その者の行動は、この世界の仕組みそのものを丸ごと変えてしまったのじゃ。
お主たち、魔獣が一体どこから来たのか……聞いておるかの?』
その問いに、俺は思わず胸のプレートに収まっているアルカをちらっと見る。
それはもちろん聞いている。
魔獣とは、かつての魔族のなれの果て。魔族の残留思念が魔石に集まって魔素を構成して肉体としている。……そんな感じだったか。
『じゃが、それであんなに多種多様な魔獣が生まれるものか? 強さに対してあれほどの開きが生まれるものか?』
その問い、正にこの地に来る前の俺達の疑問と一緒だった。
確かに魔獣の生まれる仕組みというやつはどうしても違和感と言うか、疑問点が生じる。
これがもしゲームならば、どうせゲームだし……という暗黙の了解というやつで片づけられる問題ではあるが、リアルに考えるとやはり無理がある。
『今の魔獣を作りだした者が翼族におる。それが、その答えじゃ』
「魔獣を……」『作りだした……』
俺とアルカは思わず声を合わせていた。
そういう存在……所謂クリエイターなる者が居る可能性はここに来る前に議論していた事だが、それがマジだったという事か。
『そして、此処はその罪人を閉じ込めておくための牢獄。……どうか、その罪人が帝国の者達によって解放されるのを防いでくれぬか』