171話 天空の島の秘密
「さて、この島は一体何なのか……レイジ様はどうお考えですか?」
広場を出て、やたらと長いトンネルを潜り抜けながらシェシェルはそんな事を尋ねて来た。
……この島が何なのか。
今までいっぱいいっぱいでそんな事考える余裕は無かったが、確かに不思議な事が盛りだくさんの島なのだ。
まず、魔力を吸い上げる不可思議な大地。これのせいでアルドラゴは墜落する羽目になった。
次に森の中に存在する謎の日本都市。だというのに人が住んでいた形跡は無い。
そして、肝心の翼族はその集落じゃなくて地面の中で暮らしているときたもんだ。
う~む……正直言って、さっぱりわからん。
というか、この島に来てから色々ありすぎて、あんまし難しい事考えたくないってのが本音です。
「では、御一緒の精霊様はどうお考えですか?」
『「!!」』
精霊……やはりアルカの事はバレているか。
オールンドのギルドマスターとかも気づいていたから、気付ける人は居るもんなんだな。
俺はコツコツと魔晶を叩いて合図をする。すると、アルカも理解したのか口を開いた。
『……はっきりとした事はまだ分かっていませんが、ここはシェルターのようなものなのではないですか?』
「シェルター?」
シェルターって……確か、地下とかに備え付けられている避難場所みたいなもんだろ? 見た事はないけども、この島がシェルターってのはどうにもイメージが結びつかない。
『何も地下にあるものだけがシェルターとは限りません。簡単には手出しができない安全な場所……その条件に当てはまっていると言う事から、シェルターという言葉を選びました』
「安全な場所?」
来て早々にフェニックスに襲われたり、アルドラゴが墜落したり色々あったぞオイ。
ここが安全な場所とは到底思えないけどなぁ。
『それは、あくまで私達外部の者達からの視点です。
考えてみてください。ここは標高一万メートル以上の高い空の上です。そんな場所に、そもそもどうやってたどり着けますか?』
「それは空を飛んで―――って、それが出来る奴ってのがそもそも居ないか」
そうだった。ここに来るには、そもそも飛ばなければ無理だ。
空を飛ぶ技術がさほど進んでいるとは言えないこの世界では、確かに安全な場所とも言える。
『そして、魔力を吸うこの土地……。何かしらの対策を取らなければ、地上の者達はまともに動く事すらできなくなります。まず、害意のある行動はとれません』
まぁ確かに。
この世界の人間の身体には魔力が流れている。それが一気に失われれば、まず動けなくなるし、そのまま放っておけば死んでしまうだろう。
唯一の例外が身体に魔力が流れていない異世界人である俺だけだ。
なるほど、一旦島の中に入ってしまえば、ここは確かに安全な場所とも言えるか。
『素晴らしい。流石は精霊様です』
シェシェルは満面の笑みでパチパチと手を叩く。
流石はアルカと思うが、俺としては少し悔しい。
『ですが、この島で生きていくには土地に魔力を吸収されない方法が必要になる筈です。貴方達翼族は、その手段を得ていると言う事ですか?』
「はい。具体的な方法はまだ明かせませんが、生まれながらにして私達翼族はこの土地に魔力を奪われません。私達だけでなく、この土地で生まれた動植物も同様ですが」
あ、やっぱ方法はあんのね。
という事は、その方法さえ分かればアルカ達もこの島で制限なく活動出来るのかな?
ふと、その方法を知る事を報酬にしようかと思ったが、意外に簡単かもしれないからまだ口にしないでおこう。もうちょっと調べてからだ。
それに、俺からもちょっとした疑問がある。
さっきのアルカの答えからは相反するものであり、このシェシェルも知っている筈だ。
「だが、俺としてはこの島が安全な場所とはどうしても思えないぞ。魔力が吸われる筈のこの島に魔獣が存在するし、事実あのリリムって子が襲われているのを俺は見た」
俺の言葉にシェシェルは神妙に頷く。
「はい。それも含めて、おふたりにきちんと話しておきたい事があります」
シェシェルがそう言った所で、長いトンネルの道が終わりを告げる。
トンネルの先にあったのは、これまた巨大なドアである。いや、ドアと言うよりはこれは……
「金庫の扉?」
銀行の金庫とかにある巨大な大金庫……のようなものが俺の目の前にあった。
いや、実物なんて見た事ないし。テレビとかで見た事ある程度だけどね。
シェシェルは扉の横にあるコンソールらしきものをピポパと押す。
何というか、ファンタジー全開の翼族がそういう現実感のある代物をいじっている姿は非常にミスマッチだ。……なんか、他の人も別の場所で言ってそうだな。
とにかく、やたらと長いパスワードを打ち込んだと思ったら、巨大扉がガチャリとオチを立てて開いたのだった。
「どうぞ」
シェシェルの促しに俺は応じ、僅かに開いた狭い扉の隙間を潜り抜けて中へと入り込む。
すると、そこにあったのはこれまた予想外の光景だった。
機械、パイプ、機械、パイプ……
何に使うのかも分からない大小さまざまな機械が並び、それにこれまた太い細い様々なパイプが繋がっている。
テレビとかで大きな工場とか発電所の内部ってこんな感じじゃ無かったかな。
とにかく、アルドラゴほどオーバーテクノロジーではないが、この世界の文明レベルにとっては十分ハイテクな光景だ。
特に、一際目立つのは正面奥に配置されている巨大な円柱状の機械。
俺にはさっぱり用途が分からんが、いかにも大事ですという貫禄がある。
『ケイ、アレです』
「アレが何なんだ?」
『使われている技術はローテクですが、間違いありません。
あれが、重力コントロール装置です』
「!!」
あれが……あれがそうなのか。
アルドラゴにも使用されている重力コントロール装置。それによって、あの地下空間は地上の半分の重力を維持しているんだっけか。
「そう、あれが貴方達の言う重力コントロール装置……この島を空に浮かしている力の源です」
ほう、そうか。やはりあれがそうなんだな。
しかし、そんな大事な物を俺達に見せる意図ってなんじゃらほい。
………
……
…
……ん?
なんかおかしかったぞ、今の言葉。
『ケイ、私は何かさらっととんでもない言葉を聞いた気がするのですが……』
うむ、俺もそのような気がする。
俺は改めてシェシェルに向き直った。
「え、ええと……もう一度聞いても良いですか?」
「はい。ですから、あの機械の力でこの島は空に浮かんでいる……そういう事です」
「は……はぁぁぁぁ!!!?」
素っ頓狂な俺の声が、この広い空間内に響き渡ったのだった。
◆◆◆
全身に走る激痛を感じ、ゲイルは意識を覚醒した。
しばらく忘れていた継続的な痛み……。アルドラゴに身を置いてからは怪我をするという事は稀であり、傷を負ったとしてもすぐに治療して完治していたから尚更に痛みと言うもが懐かしく感じた。
まぁ、懐かしいからと言ってずっと感じていたいというものではない。
戦闘中はアドレナリンが放出されていたせいか、あまり痛く感じていなかったが、どうも自分はかなり酷い状態のようだ。
(それにしても、生きていたでござるか)
最後のあの光景は目に焼き付いている。
ルクスの放った光の斬撃……あれを躱しきる事は不可能であり、事実その光に呑まれたのだという記憶がゲイルにはしっかりと残っていた。
一体、あの後に何があったのか……そしてここは何処なのか……。
「ほほう……地上の技術というのも侮れんものだ。sf#t.e:@p3tでは駄目……ならば-lo,f:[a"%gghならば……ふふん、これも無理か。一体、何の素材で出来ているのか……全く、なかなかそそるじゃないかぁ」
……声が聞こえる。
やけに甲高く、まるで少年のような言葉の響きだ。それに、言葉の一部一部が翻訳しきれない。この世界の言葉ではないと言う事なのか?
目を開けて声の主を確認しようとしたところ、またしても全身に激痛が走った。
思わず呻き声が漏れ、その声に反応してか少年のような声の主がゲイルに気付く。
「ふむ、目が覚めたか。別に僕としてはどうでも良かったんだが……まぁ、サンプルは多いに越した事ない」
(サンプル? 一体、コイツは何者だ? そして……此処は何処なんだ?)
「あぁ、痛いか痛いか。まぁ普通なら死んでいる程の怪我だ。言っとくが、別に僕が助けた訳じゃない。礼を言うならば、君が着ていたこの服に言うがいい。
いやいや、素晴らしいな。僕の持つ最高の硬度を誇るドリルでも貫通できない程の素材に、生命維持装置まで付いている」
生命維持装置……簡単に説明するならば、完全自動のAEDが取り付けられているようなものだ。装着者の心臓が止まった途端に自動的に発動するようになっている。
ゲイルは知らなかったが、それがアルドラゴユニフォームには取り付けられていた。万が一の事も考えられ、これだけはスーツの魔力エネルギーが尽きた状態でも発動するようになっている。
また咄嗟に頭部を守った事で剥き出しになっている頭は光の直撃を受けず、スーツの素材の力で身体そのものはギリギリ守られたという状況だった。
が、高度から落とされた際の衝撃だけは殺しきる事は出来ず、身体のありとあらゆる場所が骨折しているという現状である。
(まだよく分かっていないが、つまりは主によって助けられたという事でござるか)
服に感謝するならば、結局はそこに行きつく事になる。
この服はレイジによって与えられた物だから、感謝するのもそこしかない。
(―――こっちは、主を救出するという任を放りだして来たというのに……情けない限りだ)
とは言え、今のゲイルは瀕死の状態には違いない。このまま放置されていたら、間違いなく死ねる。
相手の男はゲイルを生かそうという気はさらさらないのか、さっきから一方的に話しかけるのみで怪我の手当をしようという様子はない。
生を拾った以上、なんとかして生き延びなくてはならない。そんな焦燥感にとられ、ゲイルはなんとか瞼を開けようとした。
せめて、自分が置かれている状況を確認せねばならないと思ったのだ。
「!!」
自分の置かれている場所……室内だとは思っていたが、その様子が分かった途端にゲイルは戦慄した。
なんだこれは……
暗い室内に所狭しといった感じで並べられた円柱状の容器……手のひらサイズの物から、身の丈以上のものまで大きさは様々である。
そしてその中に入っているものは……
ネズミ、ウサギ、熊、鹿等の野生動物の数々……。
更には様々な種類の鳥、爬虫類、両生類……そして蜘蛛やムカデ等の虫……。
この室内だけで千種類以上もの動物達が存在している。いや、そのどれもが死んでいるかのように動きを止めている。これではまるで、標本のようではないか。
「あぁ、目に入ったかね。どうだろうか、僕のコレクションの数々は、見事だろう」
コレクション?
一体、何のつもりでこんなものを集めているというのか。
「最近のお気に入りは、アウラムの奴から土産に頂いたこのムカデとかいうやつだ。いやぁ、見事なグロテクスさだろう。こればかりは、僕もデザインをさほど変えずに作ってしまったものだよ」
ムカデ?
ムカデと言えば、この空に浮かぶ島に来る前に遭遇したあの魔獣が思い浮かぶが……。
「!!」
そこでようやく声の主である者の姿が視界に入る。
少年のような声だと思っていたが、それも納得。
その姿は少年であった。
いや、ルークよりもさらに若い外見であるが、その顔つきは何処か老成めいたものを感じさせた。
それも当然と言えば当然……その者は、翼族の外見をしていた。だから、実際の年齢ははっきりとは分からない。だがなんとなく、実年齢はゲイルよりも上であろうという事は察せられた。
「ああ、とりあえず久しぶりだが名乗っておこうかな。とはいっても今から言うのは字名。本名はあるにはあるのだが、あまり気に入っていなくてね。アウラムの奴より付けられたこの字名が僕は気に入っているんだよ。
僕は“クリエイター”。この世界に名を刻んだ最高の芸術家だ」