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170話 手向け




「こ、ここは……」


 遭遇した翼族の子供達を追いかけて、俺はこの場所へと辿り着く。

 街の中をいくら探した所で見つからない筈だ。


 翼族達の居住地……それは、地下にあった。

 まぁ空に浮いている島でその場所を地下と呼んでいいかどうか迷うところだが、とにかく島の内部が彼らの居住地だったのだ。


 学校の地下室より、この空間へと繋がる通路があった。

 通路の先にあったのは、地下とは思えない程のとんでもなく広い空間だ。


 イメージとしては蜂の巣。

 と言っても穴ぼこにそのまま住んでいるなんて事はなく、壁一面がマンションのように扉がついているのだ。

 最も、扉の前に廊下なんてものはないから普通の手段ではその扉を開ける事は叶わないだろう。


『なるほど、空を飛ぶ翼族ならではの集落という事ですね』


 アルカが感心したように言う。

 確かに、実際俺でもジャンプしてあの扉に飛びつく事は出来そうだが、その扉を開ける事はなかなかに難しい。

 正に翼族の為の住居という感じだな。


 そして、街があったという事は、此処に俺が探し続けていた者達が居ると言う事だ。

 つまり、この地に住む翼族の者達。


「うおおー」


 それを目にした際、思わず声が出た。


 俺の声に、この空間内に集まっていた翼族達の視線が向く。

 空の上で何やら井戸端会議を行っていた主婦らしきものたち翼族、飛びながら本を読む青年風の翼族、そして追いかけっこをしながら空を舞う翼族の子供達。

 その視線がこちらへと向かったのだ。


「あ!」


 その中の一人が、俺の姿を視認して声を上げた。

 俺をこの地へと運び入れた翼族の少女……名は確かリリム。


「ナイト様――――ッ!!」


 リリムはこれまでのようなふよふよという速度とは比べ物にならないスピードで、こちらへ向かって飛んでくるではないか!


「ぬあっ!?」

『だ、ダメです。ガード間に合いません!!』


 いくら体重が軽いと言っても、ロケット砲弾のようなスピードで激突されれば、今の俺はどうなってしまうのか!?

 咄嗟に身構える俺であるが、そんな事態にはならなかった。


「ふにゃ」


 何処からともなく出現したクロっぽい猫が俺に当たる寸前だったリリムを空中で踏みつけたのだ。


「うきゃー!!」


 突然軌道を変えられたリリムは、そのまま地面へと激突し、そのままずべーっと床の上を転がっていく結果となった。


「お、お前いったい何処に?」

「ふにゃー」


 この猫とは今日は一緒に行動していなかったし、実際さっきまでは傍に居なかった筈だ。本当にいったいどこから現れたというのか……。

 ……まぁ、何はともあれ助かったらしい。


 とりあえず地面に転がる結果となったリリムなる少女を助け起こすとしようか。

 そうして一歩を踏み出そうとして気付く。


「!」

『ケイも気づきましたか』

「当たり前だろう。何ていうか……明らかに……身体が軽い」


 今では興奮していたためか気づけなかったが、身体がやけにふわふわと感じる。

 ……何と言うか、微妙に気持ち悪い。


『正式な計算は出来ていませんが、この地下空間が低重力になっている事は確かです。恐らくは、約0.5G……地上の半分の重力場です』


 半分って……ほぼ月と変わらないじゃないか。

 そこで俺は視線を上に移して、地下空間内を舞う翼族を見る。


 空を飛んでいる事は凄い事であるが、やはり飛ぶと言う事はそんなに簡単な事ではないのかもしれない。いくら体が軽いと言っても、永遠にずーっと飛び続けていられる鳥なんて居ないからな。

 だからこの空間内の重力は低く、飛び続ける事も難しくないって事なのか。

 ……そう言えば、地上に居た頃のリリムは、地面スレスレに浮かんでいるだけで、高く飛んだりしていなかったな。


「それで、この低重力の空間ってのも魔法の力のか?」


 だとするならば、この地下空間ならば魔力の使用や回復が可能なのでは……。

 そう思ったのであるが、話はそうはいかなかった。


『いえ、これはむしろ我々には馴染み深いもの……。重力コントロール……人工的なテクノロジーによるものです』

「何!?」


 それはそれで話が変わってくる。

 そもそも地上にまるで日本のような街並みがあり、地下空間にこんな近代的な都市があるってのも驚きなのだが、更に人工的な技術で重力コントロール装置を実現しているってか!?

 周りを見渡してみても機械の類は存在せず、生活風景もどちらかと言えば原始的であるのだが、これで帝国以上に文化水準が高いというのは理解しにくい。


 そうやって混乱していた時だった。


「あらあら。休んでいてくださいって言ったのに、こんな所まで来てしまったのですね」


 その声を聞き、俺は視線を下に移す。

 視線の先に居たのは、俺がこの地へ来て会った二人目の翼族……シェシェルだ。


「でも、身体の方はある程度回復なされたみたいですね。それは良かったです」


 ともあれ、この少女に再会できたことはラッキーだ。

 俺の知りたい事は大概この子が知っているようだしな。


「悪いが、のんびりとしていられる時間は無いんだ。特に、君からはもっと詳しい話が聞きたい」

『ケイ、では彼女が……』

「ああ、翼族の神の神官……ラザムさんと似たような立場の人だ」


 あの人は人間の癖に竜族の神と魂を共有しているから、厳密には違うんだけどさ。


「そうですか。では、ここでは他の人の目がありますから、場所を移しますがよろしいですか?」


 この場に集う多くの翼族の目が俺へと突き刺さる。

 興味津々といった目もあれば、中には怯えた目でこちらを見る者も居る。


「ああ、構わないよ」

「良かった。では、ご案内します」


 こんな場所では静かに話し合いも出来ないだろう。


「あ!」


 俺はシェシェルの後に続こうとして思い出す。


 ……床に転がったままのリリムの事をすっかり忘れていた。




◆◆◆




「この惨状はどういう事だ!!」


 怒声が森の中……いや、かつて森があった場所に響き渡る。


「いやいや、落ち着いてください。きちんと説明したじゃないですか」


 大柄な壮年の男―――神聖ゴルディクス帝国十聖者の一人、拳聖ブラウに首を掴まれたまま少年―――神聖ゴルディクス帝国技術開発局員、アウラムはなんとか声を絞り出す。


「ルクスが暴走し、騎士団が全滅しただぁ? そんな戯言を聞きたいワケじゃねェンだよ!!」

「ざ、戯言も何も……それが真実なんだから仕方がないでしょう……」


 ブラウは血走った目で、辺りの惨状を睨み付ける。

 元々は小規模な森があった場所だ。この森を抜けて、この先にある山岳地帯を目指すようにと指令を与えた。

 それが、これだ。

 彼が少しの間離れている間に、騎士団は全滅していた。

 残っていたのは、この技術開発局の男一人だけだ。


 この男……アウラムの言葉によれば、移動の最中にルクスが暴走。その後、止めようとした騎士団の者達を惨殺。そして、自身もその暴走によって力を使い果たし、自らが出現させた巨大な地の裂け目の中へと落ちて行った。


 そんな真実など、到底受け入れられるはずもない。

 だが―――この大地の様子からして、それは真実であると察せられた。

 激しい戦いの後……というよりは、ルクスが暴れたのだという痕跡がはっきりと残っていたからだ。


 ようやくブラウも事実を受け入れ、舌打ちと共にアウラムの身体を放りだす。


「そ、それで……ブラウさんの方はどうだったんです?」


 乱暴に放り投げられた際に強打したのか、痛そうに腰をさすりながらアウラムが尋ねる。


 そう。

 彼が騎士団より離れていたのは理由があるのだ。


 移動の最中、彼は奇妙な気配を感じ、たった一人で様子を見に行ったのである。

 本来ならば、誰か伴うか部下の騎士に向かわせるべきだった。だが、何故かその時は自分一人で確認するのが一番であるという確信があった。

 その結果、騎士団は全滅。

 ブラウにとって、悔やんでも悔やみきれない事である。


「……獣族の男が居た」


 ブラウが絞り出すように出した言葉に、アウラムは驚いたような声を出す。


「ほう、獣族ですか?」

「ここは翼族が隠れ住む土地の筈。そんな地に獣族が居る事はおかしいと感じたが、そんな疑問を余所にそいつは我に襲い掛かって来た」

「では、その獣族の男は既に捕えて? いえ、もう殺してしまったとか?」

「……勝負はつかなかった」

「え? あ、貴方がですか?」

「うむ。我もこの地位に就いて長い。まさか、我と互角に渡り合う程の猛者がまだ居たという事に驚きを禁じ得ない」


 その言葉、決して傲慢ゆえの言葉では無い。

 言葉が示す通り、ブラウは十聖者の中でも最強と謳われた存在なのだ。最も、上位数名の実力はほぼ拮抗しており、序列など意味も無い者になっているのだが。


「結局その男には逃げられた。フッ、このような失態を犯すとは、我ももう歳という事か……」

「しかし、今後は一体どうするべきですねぇ……」

「こうなってしまっては、最早任務を果たすなんて事は不可能だ。恥を忍んで、本国へと戻るべきだろう。いやその前にブラットの奴と合流するのが先か」


「あ、いえいえ。それは駄目です」

「何が駄目だというのだ?」


 すると、アウラムがニヤリと笑みを浮かべて手をパンパンと叩いた。


「不慮な事故で実験体も騎士団の皆さんも失ってしまいましたが、まだ貴方が残っているじゃないですか」

「なんだと?」


 何がブラウだけは残っているか。

 こんな状況で調査も何もできる筈が無い。

 そう反論しようとしたのだが、何故だかブラウの口からは言葉が出なかった。


「ねぇ、そうでしょ。ブラウさん」


 アウラムの瞳が何故か金色に輝いた……ように感じた。


「む……う、うむ」


 そうだ。ブラウはまだ残っている。

 確かにブラウ一人と他の騎士団員では、実力も大きく差が出る。はっきり言って、騎士団員が全員で戦ってもブラウの準備運動にしかならないだろう。


「だが、我は探索なんてものは不得手で……」


「それも大丈夫です。既に“目的の物”の位置は判明しています。ならば、何も問題は無いでしょう」


「う、うむ。そうだな。何も問題は無いか……」


 ああ。問題は無い筈だ。

 人数は減ってしまったが、戦力としては特に大きく変わっている訳でも無い。

 ならば身軽に動ける分マシ……か? 本当にそうか?


「さあさ、二人だけになってしまいましたが、元気を出して行きましょう!!」


「そう……だな。行くか……」


 それだけ言って、ブラウは荷物を拾い、ゆったりとした足取りで歩を進めるのだった。

 その背中が遠くなったところで、アウラムは大きく息を吐き出した。


「はぁぁ、馬鹿力出しやがって。首なんか掴んだら痛いだろうが」


 首を擦りながら軽く屈伸運動をする。


「ともあれ、グリードさんは上手くやったみたいだね。良きかな良きかな。さぁて後は、ブラウさんとこがどうなるか……だなぁ」


 にんまりした笑みで、ゲイルとルクスが消えた裂け目の底を覗き込む。


「結構面白い戦いだったなぁ。まぁ結末の方は予想外だけど……」


 そして、何処からともなく一輪の花を取り出した。

 その花の香りを嗅ぐとまたしてもにんまりと笑い、そのクレバスへと放り投げる。


「手向けだよ。お疲れ様。……あぁ、後は好きにしていいからね」


 そう言うとその裂け目に背を向け、何も無かったかのように軽快なステップでブラウの後を追うのだった。




 予定していたところまで進みませんでしたが、キリが良いのでここまで……。

 なかなか話が進まなくて申し訳ありません。

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