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168話 狙撃者




 神聖ゴルディクス帝国の騎士の一人となって一年が過ぎていた。

 騎士……そんな呼称は自分達の国の雰囲気からすれば時代錯誤感が否めないが、自分は気に入っている。

 ただの一兵士から始まり、その素養が認められて騎士へと昇格するのだが、騎士となるにあたり別に昔や他の国の騎士のようにお家柄の問題なんてものは無い。

 ただ強さだけが認められ、ただ強くなるだけだ。

 実際、騎士に昇格する際も身体に薬を流し込まれた。

 まぁ、薬だけならまだマシだ。もっとランクを上げる為には、それこそ身体を開かれたり、頭をいじられる事だってある。


 ……俺達が引きずるようにして運んでいるコイツがそうだ。


 まるで棺桶のような箱に詰められ、バッテリー式の魔導兵器によって運ばれている。


 ただの一兵士だった頃は憧れもしたが、今となっては哀れな存在に見える。

 聞いた話では、帝国の貧民街の出身で、食うに困った家族によって帝国の技術開発部に売り飛ばされたらしい。

 まぁそこで今までの運の悪さが逆転したのか、騎士の素養を認められ、更には十聖者の一人である聖騎士に任命されるまでになったのだ。

 が、そこで運を使い果たしたのか、エメルディア王国で大失態を犯し、聖騎士の称号は剥奪。果てには人体実験の対象となって今に至る……という訳だ。


 正に最底辺から頂点……そこからまた最底辺というややこしい人生である。


 だが、下手をすれば明日は我が身……。

 騎士になったからには……という欲はあるが、目の前にいい実体験者が居るのだ。過ぎたる欲は身を滅ぼす……。分相応のままに頑張ろう。


 とは言え、こんな辺境の地に飛ばされてしまったのは想定外だ。

 なんでも、この土地は生物の魔力を吸うんだとか。バッテリータイプの魔導兵器ならば普通に動かせるみたいで、元聖騎士様の棺桶はそれで運んでいる。

 自分達が着込んでいるこの首なし防護服もバッテリー内臓式の魔導兵器の一つだ。

 元々は海の底等、人間が立ち入る事が出来ない場所を調査する為のものらしいが、ある意味ではこの変な土地もそうかと言える。


 さて、戦いらしい戦いも今の所無し。

 せいぜい暴れる元聖騎士ルクスを取り押さえるだけの仕事だが、それが出来るのは拳聖ブラウだけだろう。

 つまり、やる事が無い訳だ。


 あぁ、魔獣が居ないのならせめてこの地に住む翼族とやらをぶっ殺したいねぇ。

 騎士になるにあたって体内に流し込まれた薬の影響で、やたらと好戦的になったというか、殺しに対する衝動が抑えきれなくなる時があるのだ。

 この土地に来てから何も殺していないから、そろそろ衝動がきつくなってきた。

 聞いた話では、そろそろ集落が近いそうだから楽しめると―――


 その時、何やらパァンという破裂音と共に俺の身体に衝撃が走る。

 衝撃と言っても、軽く突き飛ばされた程度のものだが、重いスーツを着こんでいるせいでそのまま転んでしまった。


「ちくしょう! なんだってんだ!!」


 起き上がって辺りを見回すが、見れば他の騎士連中までが同じように地面に転がっていた。


「!!」


 そして気付く。

 頭部を保護している透明なガラス部分に、蜘蛛の巣状のヒビが入っていたのだ。

 このヒビ……まさか銃弾を受けたのか!?

 銃なんて、帝国以外ではほとんど普及していない高価な武器だぞ。そんなものを一体誰が……。


「ひ、ひいぃ!」

「ガラスにヒビが!?」

「マズイ、死んじまうぞ!!」


 悲鳴を聞いて周囲を見渡してみれば、他の騎士達のガラスにも同様のヒビが入っていた。

 そうだった。そもそも、このガラスが割れて中の大気に触れちまったら、俺達は魔力を吸われて死んじまうんだ!


「お、落ち着け! このガラスの強度はたかが銃弾如きで貫通は出来ん! ヒビが入ったぐらいで騒ぐな!」


 一人の騎士の怒声が響く。

 騎士の声自体も上ずってはいたが、その言葉を聞いて心が落ち着いたのも事実だ。

 このガラスは透明なだけに脆いと思われがちだが、帝国製の銃弾であっても貫通できない強固な代物だった筈だ。

 全く、ヒビが入った程度で動揺してしまってみっともない……


 パァン……


 再び衝撃に弾き飛ばされ、無様に地面に転がってしまう。


 くそ、撃ったところで無駄だってのが分からな―――


「―――え?」


 顔を上げてみると、ガラスに入ったヒビがより細かく……大きくなっている事に気付く。

 まさか……まさかとは思うが、全く同じ場所に命中させているとでもいうのか?


 確かに、一度の命中では貫通しないかもしれない。

 だが、それが二度……三度ともなればどうなる?


 いやいやいや。

 ただの的ならともかく、こうして動いている物体を相手に全く誤差なく命中させるなんて曲芸が続く筈もない!

 これはただのマグレだ。だからいちいち恐れるな―――


「ひ、ひぃぃっ! ヒビが大きくなっているぞ!」

「お、俺もだ!」

「なあ、これあと何発耐えられるんだ?」

「駄目だ! もう死んじまうんだ!!」


 たった一人ならマグレかもしれない。

 だが、ここに居る14名の騎士全てのガラスを二度以上同じ個所を撃つなんて、マグレとは思えない。


 マジだ。

 マジで、コイツは俺達を殺す事が出来る狙撃者スナイパーだ。


「も、森だ! 遮蔽物の多い森に逃げ込め!!」


 誰かの声に俺は我に返り、まるで転がるようにして近くの森林へと逃げ込んだ。

 それなりに大きな木を背にして、息を整える。

 顔の表面に位置しているガラスが割れればそこでお終いだ。だから、必然的に顔を俯く必要がある。そのため、どうしても顔を上げる事が出来ない。……くそ!


「ちくしょう、せめて一糸―――」


 そう言って立ち上がった騎士が一人。

 だが、立ち上がった途端に彼の顔面目掛けて丸太が振り子のように放られ、その衝撃に吹き飛んでしまった。


 見れば、その騎士が立っていた場所にはワイヤーのようなものが切られた跡がある。

 まさか―――


「ひ、ひぃぃ! もう御免だ!!」


 すると一人の騎士がストレスの極致に達したのか、その場から脇目も振らずに駆け出した。

 が、しばらくしてその男の身体はまるで何かに釣り上げられるかのように上空へと飛びあがったのだった。それも、逆さまに……。

 当然ながら、自発的に飛んだのではない。

 足にワイヤーらしきものが絡みつき、それに引っ張られて吊し上げられるという……古典的なトラップだ。


 同じような悲鳴が森の中より木霊する。

 まさか、この森はこんなブービートラップがそこら中に仕掛けられているのか!?


 ちくしょう、安全地帯だと思って逃げ込んだ林の中がこんな危険地帯だとは……。

 これでは、このまま動く事すら出来ない。


 だが、この程度のブービートラップ程度ではうちの騎士団を殲滅する事は不可能だ。


 多脚式大型魔導兵器……通称 《クラブ》。

 3メートルはある足が四本。普段は足の底にあるタイヤで移動しているが、それこそ蟹や蜘蛛のように四本の足を駆使して細かい移動も出来る。

 当然中に人が入って操縦するものだし、俺達の装甲服同様にバッテリー内臓式だからこの特殊な地域下でも自由に動く事が出来る。

 元々は長ったらしい正式名称があるらしいのだが、俺達騎士団ではただ《クラブ》と呼んでいる。クラブとは、どこぞの言語で蟹を意味するらしいが、今はどうでもいい。

 この鋼鉄に覆われた大型機械ならば、トラップに引っかかる心配は無い。


 元々移動と運搬目的でこの地に運ばれた機械ではあるが、決して非戦闘系機械では無い。

 金属の弾を発射する砲台が備え付けられているし、3メートルからなる足を振り回せば立派な武器となる。


『おらぁ出てこい! この《クラブ》にはてめぇの銃なんざ効きやしねぇぞ!!』


 操縦士パイロットの騎士が怒声を張り上げながら俺達の潜む林の中に乗り込んでくる。

 確かにあの巨体ならばトラップなんぞに引っかかる訳が無い!


 すると、林の中からパァンという銃声が響き、《クラブ》の機械に銃弾が命中した。

 が、やはりそんなもので《クラブ》の装甲を撃ち抜く事は出来ない。


『そこに居たか!!』


 銃声の方向から敵の位置を割り出し、《クラブ》に備え付けられた砲台より砲弾が発射される。


 あの馬鹿……俺達がまだ隠れているのに使いやがった!


 雷のような轟音が響き、砲弾が着弾した大地が爆音と共に破裂した。

 なんという破壊力! 魔法なんぞに頼らなくとも、機械の力は人を更なる高みへと導くのだ!


 それに、《クラブ》は俺達のように視界をガラスによって確保している訳では無いからな。なんでも機体に備え付けられたカメラから景色を機械の内部に投影しているんだとか……。中を見た事ないからよく知らないけど。


 とにかく、この林の中でそんな何処に付けられているか分からないカメラを正確に射抜く事は、いくらヤツにも不可能だろう。

 そもそも、さっきの一撃でもう死んだという可能性も―――


 ―――またしてもパァンという銃声が響き、《クラブ》の機体に着弾する。

 まだ生きてやがる!


『無駄だと言ってるだろうが! ……え?』


 な、なんだ?

 急に《クラブ》が混乱したように辺りをキョロキョロと見回しているぞ。


『き、急に真っ暗になりやがった! おい、どういう事だ!』


 焦った様子の操縦士パイロットの言葉が響く。

 まさか、こんな状況で機械の整備不良か? それとも操作をミスったのか?


 いやいやいや。

 まさか……まさかとは思うがさっきの銃撃は……《クラブ》に取り付けられたカメラを正確に射抜いたとてもいうのか!?

 おいおい、聞こえた銃声はたった二発だぞ!


『くそ、全く見えない! 何処だ! 出てこい!!』


 操縦士は喚き散らし、ボンボンと砲弾を闇雲に撃ちまくる。そのたびに轟音が響き、林の地形を変えていく。なんて迷惑な奴だ!

 そんな状態で撃って当たる筈も無い。このまま弾切れになれば《クラブ》はそれで終わりだ。


 ……と思っていたら、《クラブ》の機体が急にバランスを崩してガクッと倒れたのだ。

 何があったのかと思っていたら、四本あった足が一本消えている。……いや、地面にめり込んでいるのだ。これはつまり……


「お、落とし穴!」


 あの長い脚が埋まる程の落とし穴っていったいどれだけの深さだというのか。いやまさか、これまでの行動も全て《クラブ》対策の計画だというのか?

 俺達を《クラブ》の傍から引き離し、この林の中へと誘い込んだ。そこはブービートラップの山であり、しかもクラブを想定した罠まで仕掛けてあるという始末。


 そして《クラブ》の末路であるが、落とし穴に嵌まった途端に頭上から丸太の山が降り注ぎ、完全にその機体を埋め尽くしてしまった。

 あれでは、もう単独で動く事すら叶うまい。


『く、くそ!! こうなったら―――』


 まぁ使うしかないだろうな。

 最も、拳聖ブラウ団長が離れている状況では、ヤツを解放したところで止められる術は無いのだが。

 それでも、このまま負けたままというのは気に食わない。せめて、一泡吹かせてやりたいと思うのは、ここに居る騎士達全員の総意であると言えよう。


『おい、せいぜい後悔しろ! 今からお前が味わうのは本物の地獄だぞ!!』


 そう言い、操縦士は《クラブ》に備え付けられている……ヤツの封印解放ボタンを押した。


 岩場に残して来たヤツの棺桶の蓋が開き、その封印の拘束具が外されていく。

 まるで死んだようだったヤツの目に光……いや狂気が灯る。


 咆哮が周囲に木霊し、聖騎士ルクス……いや狂騎士ルクスが棺桶の中から文字通りに飛び立った。


 終わりだな。

 あのスナイパーも俺達も……。




活動報告にて、主要キャラの新規イラストを公開中です。

よければ見てやってください。

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