167話 因縁 其の壱
その後も町の中を駆け回ってみたが、この町に住民が住んでいたという形跡は発見できなかった。
いや、家の中に踏み込んでみてそこに何者かが住んでいた……生活していたという痕跡はあったのだが、家具に積もった埃の量から考えて、もう何年も前の事のようだった。
「一体何があったんだ……町はそのまま、住んでいた者達だけが居ないなんて、何かのミステリーみたいな話だ」
俺は民家の家の屋根の上へと登り、この町の全体像を確認してみる。
ちなみに、スーツの力もアイテムも全部機能していないから、ただ屋根の上にあがるだけでも結構しんどい。
町の規模自体はそれほど大きいものではない。
大体町内が二つ三つ合わさった程度のもののようだ。
その町が、森の中にポツンと存在している。まるで、画像ソフトで切りぬいたかのように、不自然な状態だ。
『不思議です。上空から見た時はこんな町は無かった筈なのに……』
「ああ、俺もチラっとだがアルドラゴから落ちる前にこの辺りを上から見たよ。こんな町があればすぐに分かった筈だ」
付近に集落の類は上から発見できなかった。だから俺は諦めて仲間と合流するべく歩いていたんだ。
だというのに、こんな比較的近い場所に町があったというのはなんか腹立たしい。
いやいや、腹が立つ前にこの町の謎……というか、住んでいる筈の人間を探さなければ。
少なくとも、翼人の人間が二人は居る筈なんだ。
『ケイ、あの大きな建物は何でしょう……』
「あん? ……おいおい、あんなものまであるのかよ!!』
アルカの声に視線を動かしてみると、その先にあった物に俺は唖然とした。
……視線の先にあったのは、学校だ。
最も、学校らしき建物というだけで、その建物自体に見覚えは無い。
ただ、校庭らしきものが接地された三階建ての横に長い建物と言えば、俺の中で学校が当てはまっただけだ。
もしやここに……と、僅かな希望を抱いて学校へと向かう。構造的にやはり学校なのか、教室らしき小さな部屋がズラリと並んでいる。
が、やはりそこにも人影は無かった。
「……ここもダメか」
そろそろ体力も限界に近づき、俺は教室の一室で腰を下ろした。
律儀に並べられた机や椅子……そして教壇。机の大きさからして小学校のようだが、この椅子に腰を下ろしていた筈の子供たちは一体どこへ消えたというのか……。
『ここが、学校ですか……』
「あぁ、本来なら多くの人間が集う場所だよ。……こんな静かな学校なんて初めて見たな」
『ケイもここで学んだのですか?』
「あぁ、最も現在進行形だけどな。……全く、ここから戻ったらまた学校に戻るのか! 思い出したらげんなりしてきた!!」
『戻りたくないのですか?』
「学校に通う事を楽しかったと思える程年取ってねェよ! まぁ、友達には会いたいけどな……」
あ、やべぇ。普段思い出さないようにしてきたけど、こんな嫌でも現実を思い出す場所に来ると元の世界での思い出が堰を切ったように溢れ出てくるな。
家族や友達はどうしてんだとか、いきなり行方不明になった俺の事を心配してんだろうな……とか。
もう、あれから約半年か……。
俺の事はもう死んだとか思われてるかなぁ……。
ああ、いかんいかん。
ネガティブな事ばっかり頭に浮かぶ。
『あの、ケイ……』
「なんだ?」
『この学校という場所ですけど、同年代の方が多く集う場所なのですよね』
「そうだよ」
『同年代というのは、勿論異性も含まれるのですよね』
「そうだよ」
『という事はですね、その……所謂その……男女の関係とやらになる場合もあるのでしょうか?』
「まぁ中には居ない事もないなぁ」
『で、でしたら……ケイの場合はその……』
「さっきからお前は何が言いた―――」
そうして何気なく教室を見回して扉付近に目を向けた時であった。
「「―――あ」」
目が合う。
扉の陰からこっそりとこちらを見ている小さな影が一つ……いや二つ。
背丈が人間の子供よりもずっと小さく、目が大きくて背中に四枚の翼がある。
……間違いなく翼族だ。
「お、お前等……」
「「イヤァ! 見つかったぁぁッ!!」」
恐らくは翼族の子供二人は、俺と目が合った途端に踵を返し、そのままピューッと逃げ出したのだった。
「お、おい待ってくれ!!」
俺は腰かけていた椅子を蹴飛ばし、その子供達の後を追った。
◆◆◆
『それで、こうして帰艦されたという訳ですか』
フェイとルークは、アルドラゴへと即座に戻ったヴィオによって事の次第を伝えられた。
ちなみに、レイジ捜索の時と違って周囲に気を配る必要性が無い為、帰るだけなら僅かな時間で済んだらしい。
「流石にあのままだとどうしようもなくてね」
それでもやろうと思えばやりようもあったと思うのだが、次にまたあの魔獣の群れに遭遇した場合は対処が難しい。
なので、一旦帰艦して対策を練るという行為は間違ってはいない。
間違ってはいないのだが……。
『それで、ゲイルさんは姉さんや艦長の捜索を続行……というのは建前で、その帝国の者達の元へ……という事ですか』
「まぁ、あの様子だとそうだろうな」
その言葉を聞いてフェイは「はぁ」と溜息を吐いて頭を抱える。
「で、その帝国の騎士とやらって何もんだい」
『……ゲイルさんのお父上を殺した人物です』
「……なるほど」
ヴィオはしばらくの間顔をしかめて考え込んでいた様子だったが、やがてポツリと言葉を吐く。
「マズイな」
『ええ、マズいです』
万全の状態のゲイルならともかく、スーツも武装もエネルギー切れという今の状況においては、果たして何処まで渡り合えるのか……。
最も、それについてはゲイルも理解している筈だ。だとしたら、何か対策は考えている筈であるが、やはり不安は付きまとう。
フェイは数秒間うんうんと唸っていたが、やがて何かを決心したようにルークへと向き直る。
『……こうなったら仕方ありません。ルーク、《アリエス》と《ジェミニ》の起動準備を!』
《アリエス》と《ジェミニ》……その名を聞き、ルークは思わず目を見開いた。
『ええーっ!? 使っちゃうの? だって、あれってリーダーの使用許可とか出てないよ! だからダメ!!』
強く抗議するルークではあるが、フェイは静かに首を振る。
『貴方は起動準備だけしてください。起動自体は私がやります』
『んあー……裏ワザだけど、確かにそれなら出来るかぁ。……でも、後で怒られるかなぁ』
『怒られるのは私だけですから安心なさい』
しょんぼりするルークと少し落ち込んだ様子のフェイ。
その様子をヴィオは首を傾げながら眺めていた。
「ん……どういうこったい? 聞いた限りだと、一発逆転の秘密兵器があるっぽい感じだったけど」
アルドラゴのAIについて詳しい知識の無いヴィオからすれば、今の二人の会話はさっぱり理解が出来ないだろう。
そんなヴィオにフェイが改めて説明をする。
『艦において、正式に実戦配備のなされていない武器や兵装の数々は、艦長の許可がなくては実戦に投入する事が出来ません。これは権限によって規制されていて、ルークや他のサポートAI達には絶対に逸脱出来ないようになっているのです。ですが……私は正式にこの艦のシステムに接続していませんから、その権限に縛られることはありません』
フェイはついこの間まで、その立場を利用されていたとはいえ敵陣に属していた立場である。こうしてアルドラゴに戻って来られた事は嬉しいし、今までフェイを縛り付けていた鎖は解除されている。
たが、まだ何かしらの罠が仕込まれているという可能性はゼロではない。
もしアルドラゴのコンピューターに接続し、その事が原因でアルドラゴのシステムが丸ごと敵の手に落ちてしまえば、大変な事態となる。
だから、フェイは独立した端末を用意し、自分の意識を艦のメインコンピューターには移さない事に決めたのだ。
その為、フェイはアルカやルークと違って艦のルールからは外れた行動も出来るようになっている。
今回のこの行動は、そのルールから外れた行動であった。
それがつまりどういう事に繋がるのか、ヴィオも頭は悪くないので理解は出来た。
「ははぁ、つう事はフェイっちはやろうと思えばレージを裏切れるってのかい」
『ま、まぁそういう事ですね』
改めて言われた事で、その事実をはっきりと再認識してしまったのか、フェイは分かりすくずーんと沈んでしまった。
そうなのだ。
フェイは艦長であるレイジの命令を素直に聞く必要はないし、その気になれば裏切る事だって可能なのだ。
だからこそ、フェイ自身の制御装置である右目を差し出したのであるが、こうして隠れて行動をしている時点で言い逃れの出来ない裏切り行為であると言える。
隠れて行動している意味は当然ながらあるのだが、騙しているのだという罪悪感は消えるものでは無い。
言った本人であるヴィオと言えば、こっちは特に思う事無い様子でつかつかとフェイへと近づき、その額にデコピンを浴びせた。
『ひゃ、ひゃう! 何を!?』
額を抑えておろおろいるフェイに、ヴィオは一喝する。
「いちいち凹んでんじゃねぇよ。つまりは、アタシ等と並列扱いって事だろうが」
フェイはきょとんとしてヴィオを見上げる。
『アタシ……等?』
「アタシとあの耳長だよ。アタシ等も別にそのコンピューターとやらに接続している訳じゃねぇんだ。やろうと思えば、裏切る事だって出来る。つまりは一緒だろうに」
『そ、それは……そうですね』
考えてみればそうとも言える。
同一存在であるアルカやルークと同じ立場という事を強く意識していたが、立場で言えば近いのはゲイルやヴィオ達の方なのだ。
『まぁヴィオ姐も最初は敵だったしね』
「そういうこった。この状況を打開できる手段があるなら、使うべきだろう」
ヴィオにそう言われ、ルークもコロっと笑顔となる。相変わらず楽観的な思考だ。
『分かったよ! じゃあ、準備してくるね!!』
『ルーク、それと……あの二人の起動……いえ、起こす準備を……』
すぐさまスミスの工房へ向かおうとしたルークをフェイが止める。
『うええ!? だ、だって……まともな起動実験もしてないんだよ! それに、この島の中でまともに動かせるかどうか……』
『私だって100%起動成功を保証できるわけじゃないですよ。ただ、アークが残した人形の解析によって、彼等を“艦の外で”遠隔操作出来る方法は分かりました。もうこうなったら、細かい事を考えるのは止めましょう! 今はとにかく戦力が必要なんです』
『ううん、それもそうだよねぇ。……ぶっつけ本番かぁ。怖いけど仕方ないなぁ……』
またも姉弟間で意味不明な会話が繰り広げられ、ヴィオは首を傾げた。
「……よく分かんないけど、戦力っつったか? うちら以外の味方とか居たっけ?」
そう。
レイジ、アルカ、ルーク、ゲイル、フェイ、ヴィオ。まともな戦力と呼べるのは、この6人だけの筈では無かったか?
スミスやナイアはサポートAIと呼ばれる存在で、戦闘向きの存在では無かった筈。
するとフェイは「はぁ」と小さな溜息を吐いて改めてヴイオに説明をする。
『……艦長には秘密にしていた事なのですが、アルドラゴの戦力を増やすべく、進めていた計画があるのです』
『僕も聞いた時はびっくらしたんだけどねぇ……』
これもまたちょっとした反逆行為の一種ではあるのだが、一つ秘密がばれたのなら二つ目も一緒であるとフェイは開き直った。
「ふぅん……秘密の計画ねぇ。所謂サプライズってやつかい」
『はぁ、サプライズ?』
『言われてみれば、そうだよねぇ。リーダー、きっと驚くだろうし』
確かに対象者に黙って計画を進め、後でお披露目して驚かせる行為はサプライズと言える。
であるのだが……
『え、えっと……そういう問題でいいのでしょうか? これってある意味では艦長に対する反逆行為で―――』
「アイツがそんな事気にするヤツに見えるのかい」
『そ、そう言えばそうでした』
「つう事で、早いとこその味方ってのを紹介しろい。可愛い男の子女の子なら、尚の事ヨシ」
『い、いえ……可愛いとかそういう美醜に関する判断は私達には出来なくて……ですね……』
そんな感じでフェイとルークはヴィオをスミスの工房に案内するのであった。
◆◆◆
今までゲイルとヴィオが滞在していた集落より少し離れた場所にちょっとした渓谷が存在する。
森林と森林に挟まれた形になる谷だ。
つまり、あの集落に辿り着くならば、この渓谷を乗り越える必要がある。
そう思い数時間張り込みを続けていたゲイルは、やがてその一団を発見する。
約10名程の歩兵。
あの村長の言葉通り、奇妙な首なしのゴツイ防護服を着込んだ帝国の騎士の一団だ。
その中には、巨大な蜘蛛を連想させる機械の姿もある。
あの中に……かつて自分の養父を葬った男……聖騎士ルクスが居るのだ。
思わず、手にしたライフル銃を握る手に力がこもる。
「さぁ、ゲームスタートでござる」